健康で長生きするには、どんなことに気を付けるべきか。『世界中の研究結果を調べてわかった! 糖尿病改善の最新ルール』(あさ出版)を書いた国際医療福祉大学三田病院糖尿病・代謝・内分泌内科 部長/同大学医学部教授の坂本昌也さんは「おせちをどう食べるかで、その人の10年後の健康が見える。
正月の食卓ほど“その人の食習慣の正体”が表れる場はない」という――。(聞き手・構成=医療・健康コミュニケーター高橋誠、第1回/全3回)
■正月の食卓は「食習慣を映し出す鏡」
伝統的な「おせち」には、魚介、豆類、根菜、海藻――といった食材がふんだんに使用されています。これらは、生活習慣病の予防という観点で本来きわめて価値が高い栄養源です。
そう、おせちは一年のうちで最も「日頃は食卓に上りにくい食材」をバランスよく選び、まとめて摂れる絶好の機会なのです。好きなもの“だけ”を選んでしまうと、おせちという文化の良さを十分に活かせません。
正月の食卓は、その人の食習慣をもっとも素直に映し出す“鏡”です。普段の食生活が顕在化するとも言えます。
おせち料理には、「塩分が多い」「糖尿病に良くない」といったイメージがあるかもしれませんが、結論から言えば、おせちを食べること自体は非常に良いことです。決して「健康に悪い」ものではありません。
ただし、近年はおせちも多様化し、そのイメージも十人十色かもしれません。私自身も毎年、家族とパンフレットを眺めながら、おせちを選ぶ時間を楽しみにしています。和、洋、中など、バリエーションの豊富さに驚いています。

■「保存食としてのおせち」には健康リスクも
おせちは歴史的に、➀保存食であり、②年に一度のご褒美(ご馳走)という二つの側面を持っています。
保存性を高めるため、かつ、美味しくするために、塩分が多い、味つけが濃い、糖分が高いという特徴があります。そういった料理ばかりに箸を伸ばすと、血圧・血糖値が乱れやすくなります。高血圧・糖尿病とは相性が悪い部分です。
一方で、おせちの食材に目を向けると、小魚、昆布、海老などの魚介、黒豆や大豆などの豆類、大根・人参・ごぼう・れんこんなどの根菜といった、本来は体にとってプラスの食材が多く使われています。
おせちは、食べ方ひとつで“利益にも不利益にもなる”二面性を持っています。どの食材を、どのくらい、どう組み合わせて摂るかが重要です。「体と折り合いをつける」という医学的に合理的な戦略で、おせちを存分に楽しんでほしいと思います。
■不足しがちな栄養素も補える
おせちの本質は“乱す”のではなく“取り戻す”ことにあります。失われがちな栄養を一気に補える――それがおせちの力です。ここを見ずに「体に悪い」と決めつけるのは惜しい話です。「良い側」を足し、「注意側」を少し引く。
その発想で、“足すべきもの”としての「良い側」から見ていきましょう。
●田作り・小魚――“失われたミネラル”の補給源
今の日本人は、慢性的に亜鉛不足傾向があり、とくに糖尿病の患者さんでは顕著です。私は外来でもよく指摘します。田作りや片口イワシなどの小魚は、亜鉛などのミネラル、良質なたんぱく質の宝庫、“実力派”の一品です。
●黒豆――「冬の腸の味方」
黒豆は、食物繊維・ポリフェノール・亜鉛が豊富で、健康な方にとっては積極的にとるべき食材です。冬の腸内環境は乱れやすいのですが、それをやさしく整えてくれます。
●根菜(煮しめ)――日本人が忘れた「食物繊維」
糖尿病が増えた背景には、戦後の食物繊維の激減があります。根菜・雑穀・豆類を食べなくなり、腸内環境も血糖反応も弱くなりました。おせちの煮しめは、その不足を一気に補える理想的な一皿です。大根・人参・ごぼう・れんこんは、冬の体にとって最強の“代謝の味方”。私は患者さんにこうお伝えしています。「正月は“食物繊維リセット週間”。
根菜・豆・海藻を意識して増やしましょう。」
■「伊達巻き」はほぼ“砂糖のかたまり”
良い食材ほど“光”がある一方で、影の部分にも目を向ける必要があります。「量を誤ると一気に血糖・血圧を悪化させる」食材を見ていきましょう。
【血糖を上げるグループ】
●伊達巻き――卵焼きではなく、ほぼ“甘味”
伊達巻きを「卵焼きの一種」と見ている方が多いのですが、実際には砂糖がかなり入っており、おせちの中でも血糖値を上げやすい一品です。私の感覚では、伊達巻きは主役の“おかず”ではなく、食後のデザートや、おやつの仲間です。
●栗きんとん――糖質のかたまり
栗きんとんも、糖質量だけを見ると完全にデザートの領域です。「体が温まりそうだから」とたくさん食べてしまう方もおられますが、冬はもともと血糖が上がりやすい季節です。“ひと口・ふた口”程度で楽しむくらいがちょうどよいと思います。
【塩分過多グループ】
●かまぼこ・練り物――地味だが“塩分の落とし穴”
かまぼこやその他の練り物は、「軽くつまめるもの」として人気ですが、もともと保存食であり、塩分は決して少なくありません。高血圧の方は、「なんとなく手が伸びていたら、結果的にかなりの塩分をとっていた」ということが起こりやすい食材ですので、量を決めておくことをおすすめします。
●数の子――“塩分の塊”
数の子は塩分の塊と言っても過言ではない、要注意食材です。高血圧などの持病のある方は特に、小さな1切れのみにしましょう。
【腎臓病注意グループ〕】
●黒豆
黒豆は良い食材でも挙げましたが、腎臓病の患者さんではカリウム・リンの制限が必要です。
「体に良いから」と大量に食べると、かえって腎臓に負担をかけてしまうこともあります。健康な方:積極的に、腎臓病の方:量を決めて少なめに、というように、自分の持病に合わせたさじ加減が重要です。
■しょっぱいもの、甘いものは控えめに
現代の食環境では、好きなものだけを、好きなタイミングで、好きな量だけ食べられます。これは、からだにとってはかなり危険な環境です。
本来のおせちは、「保存食」+「ご馳走」でした。常日頃、食べたいものを食べられる食生活ではない時代からの文化です。
おせちを、飽食の現代に合わせて摂り入れるには、次の2点を心がけてください。
・甘いものは「食中のおかず」ではなく、「食後のデザート」、「食間のおやつ」にする

・おせちは健康食。塩分の強いものは「少しだけ」と最初から決めておく
根菜、豆、小魚などの“良いもの”を土台にして、伊達巻き、栗きんとん、練り物など“楽しみの部分”を少量足す、という設計にしましょう。
■“正月太り”には科学的な根拠がある
「毎年、正月太りしてしまう。自分は意志が弱い」とおっしゃる方は少なくありません。しかし、医療者の立場から見ると、正月太りは“意志の問題”に加え、冬は代謝の逆風が重なる季節、という“冬の構造”の問題もあります。

・寒さで交感神経優位→インスリン抵抗性↑

・運動量が減る

・食事量が増える(会食や行事が多い)

・生活リズムが乱れる
これらが重なることで、1+1+1が“3”ではなく“5”になるように、負荷が重なって跳ね上がる――それが冬です。私は患者さんに、「冬は、リスクが“複利”で増えていく季節です」と説明しています。
「いつも通りのつもりで食べていても、冬は“いつも通り”には収まらない」という前提を持ってください。それが代謝トラブルを防ぐ上で大切です。自分を責める前に、「構造として太りやすい季節だ」と理解していただくと、対策も取りやすくなります。
■おせちは食育のチャンスでもある
おせちは、単なる年中行事ではありません。私はむしろ、家族全員の“健康教育の場”だと思っています。おせちの席では、
●子どもは好き嫌いを言いにくい

●大人も普段食べないものに挑戦しやすい
という特徴があります。つまり、「偏った1年分の食事を、少しだけリセットするチャンス」として活用できるのです。
「おせちは体を壊す食事」ではなく、“普段の偏りを見直す機会”として、前向きにとらえていただければと思います。
■いまの食事は「10年後の自分」を作る
最後に、冬のおせちの摂り方のポイントをもう一度、簡潔にまとめます。
【おせちのトリセツ】

・好きなものだけ食べない

・良いもの(根菜・豆・小魚)を先にしっかり摂る

・甘味・塩味の強いものは“デザート化”して少量に

・普段の調味料は食卓に出さない(味変での過剰摂取予防)

・正月太りは構造の問題。
自分を責めない
私は患者さんに、よくこうお伝えしています。「元旦は、来年のためではなく“10年後の体を仕込む日”です」
冬はどうしても、「太った」「血圧が上がった」といった短期的な変化ばかりに目が向きます。しかし、本当に差がつくのはその積み重ねです。
人の体は、女性は45歳、男性は50歳を過ぎるころから、どこかの臓器が少しずつ弱りはじめます。生活習慣病も、10~15年かけて静かに進み、ある日突然、症状として現れます。
だからこそ、元旦のおせちの食べ方を少し整えることは、未来の自分を守る一歩になります。小さな心がけは、複利のように積み上がり、未来の体を変えていきます。今日の選択が、10年後の体を変えていきます。
皆さまが2026年も、そして10年後も、健やかに過ごせますよう願います。

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坂本 昌也(さかもと・まさや)

国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長

国際医療福祉大学 医学部教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒。東京大学・千葉大学大学院時代より、糖尿病、心臓病、特に高血圧に関する基礎から臨床研究に渡るまで多くの研究論文を発表。日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定指導医・内分泌代謝専門医、日本高血圧学会認定指導医・高血圧専門医、日本内科学会認定指導医・総合内科専門医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本医師会認定産業医、厚生労働省指定オンライン診療研修、臨床研究協議会プログラム責任者養成講習会を修了。現在も研究を続けながら若手医師や医学部生の指導も担当している。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)、『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(2025年、野尻英俊著、岡田あやこ体操監修)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長 坂本 昌也、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠)
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