健康を保つには、どんなことに気を付けたらいいのか。『世界中の研究結果を調べてわかった! 糖尿病改善の最新ルール』(あさ出版)を書いた国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長/同大学医学部教授の坂本昌也さんは「お正月に食べる物に注意したほうがいい。
特に餅は吸収力が高いため食べ方を間違えると健康リスクが高まるおそれがある」という――。(聞き手・構成=医療・健康コミュニケーター 高橋誠、第2回/全3回)
■お餅は甘くないのに、なぜ血糖が上がるのか
餅は甘くありません。それなのに、食べると白米以上のスピードで血糖が上がることがあります。
鍵になるのは、もち米に含まれるデンプンの“構造”です。もち米は「アミロペクチン」というデンプンがほぼ100%でできており、このアミロペクチンは酵素がつかみやすく、体内で一気に糖へと分解されます。
つまり餅は、見た目や味に反して“即効性の炭水化物”。さらに柔らかいため、どうしても噛む回数が少なくなり、吸収のスピードに拍車がかかります。意識しないうちに“血糖スパイク”が起こる人が多いのは、この二つの構造が重なるためです。
■冬はいつもより血糖値が上がりやすい
冬は、誰でも血糖が上がりやすくなる季節です。気温が下がると体が軽く緊張し、血糖を下げるホルモン(インスリン)の効きが落ちます。さらに、寒さで活動量が減るため、体が糖を処理する速度もゆっくりになります。
つまり、体質の問題ではなく“季節のクセ”なのです。
同じ炭水化物を食べても、夏より冬のほうが血糖が上がりやすい。この前提のうえに、“吸収の速い餅”が重なると、普段であれば問題にならない量でも血糖が急に動きやすくなります。
私は「餅を控えてください」とは申しません。正月の楽しみをむやみに我慢する必要はありません。ただ、冬の体は少し敏感になっているという視点を持つだけで、食べ方の工夫が自然にでき、体への負担を小さくできます。
冬の代謝についての詳しい話は別の記事でお伝えします。ここではまず、
「冬は、いつもより血糖が上がりやすい」
この一点だけを心に留めていただければ十分です。
■「冬の餅太り」が起きる原因
正月に体重が増えると、「自分の意志が弱いからだ」と責めてしまう方がいます。しかし私は、そう考える必要はないとお伝えしています。正月太りの多くは、意志ではなく“仕組み”がつくっている現象だからです。
餅は柔らかく、噛まずに食べられてしまう食品です。噛む回数が減ると満腹感が遅れ、「思ったより食べている」状態になりやすい。
そこに、餅の“吸収の速さ”が重なると、血糖がすぐ上がり、その反動で「もう少し食べたい」が生まれます。
さらに正月は、生活のリズムが乱れやすい時期です。夜更かし、活動量の低下、食事時間のズレ――。こうした条件が重なると、普段なら問題にならない量の炭水化物でも、体重が動きやすくなります。
つまり、
「餅がおいしい」→「噛まない」→「満腹感が遅れる」→「食べ過ぎる」
という流れは、誰にでも起こりえる自然な反応であり、意志の問題ではありません。
だからこそ私は、「意志で我慢するより、食べ方を整えるほうがずっと楽です」とお伝えしています。たとえば、最初に副菜を入れ、汁物をはさんでから餅に進むだけで、満腹感の出方はまったく変わります。餅の“速さ”が和らぎ、「もう1個ほしい」という衝動が起こりにくくなるのです。
正月の餅太りは、過ちではなく“季節の流れ”です。その流れの仕組みを理解すれば、同じ正月でも体への負担を驚くほど軽くできます。餅は、避けるのではなく、仕組みを知って上手につき合う食べ物なのだと感じていただければ幸いです。
■餅を“安全に楽しむ”ためのルール
餅は、食べ方次第で負担を小さくできる食品です。
私は診療の中で、餅を避けるのではなく「餅の入り方を設計する」ことをお勧めしています。冬の体に合わせた5つの工夫をお伝えします。
➀最初のひと口は“繊維”でブレーキをかける
餅をいきなり食べると、どうしても血糖が急に上がりやすいものです。ところが、先に野菜・豆・海藻といった食物繊維の多い副菜(黒豆、昆布巻き、なますなど)をひと口入れておくだけで、血糖の上がり方は驚くほど緩やかになります。
食物繊維が胃腸で“壁”のように働き、糖の吸収スピードを下げるためです。特別な準備はいりません。「餅の前に副菜」。これだけで十分です。
②餅は“1食1個”を基準に
もちろん体格や基礎疾患によって調整は必要ですが、基本は「1食1個」が無理のないラインです。餅は見た目以上に糖質量が多く、2個、3個と重なるほど血糖のピークが急になります。「食べてはいけない」よりも、「最初に量を決めておく」ことで、食後の乱高下が落ち着きます。
③減塩醤油×磯部焼き
磯部焼きは人気がある分、醤油をつい多く使ってしまいがちです。
正月前に「減塩醤油」を用意しておくと、塩分を抑えながら味の満足度は下げずに楽しめます。
さらに海苔には、自然と噛む回数を増やす効果があります。噛む回数が増えるほど血糖の上昇はゆるやかになり、「おいしさを味わいながら負担を減らす」という理想的な形に近づきます。
■「汁物」との組み合わせでブレーキになる
私の患者さんの中にも、「甘い砂糖醤油が大好きで、一口噛むごとにたっぷりつけて食べるのが一番の楽しみです」と話す方がいます。その一方で、その方は肥満・高血圧・脂質異常症・高血糖のために複数の薬が必要になっています。こうしたリスクにつながりうることは、知っておいていただきたいと思います。
④汁物は“餅の減速装置”になる
雑煮や具だくさんの味噌汁など、汁物との組み合わせは理にかなっています。野菜が入りやすく、温かい食事は交感神経の緊張をやわらげ、結果として血糖の上がり方も穏やかになります。
“餅だけ”より“汁物とセット”の方が満腹感も早く訪れ、無理なく量を抑えることができます。続けやすい現実的な方法です。
⑤“噛む工夫”をする
餅はどうしても噛まずに飲み込みがちで、これが血糖上昇を速める一因になります。
・小さめに切る

・焼き餅にして歯ごたえを出す

・意識してゆっくり噛む
こうした小さな工夫でも、血糖の上昇は変わってきます。
噛む回数が増えると満腹感も早く出て、「気づいたら3個食べていた」という状態を防ぎやすくなります。
これら5つの工夫だけで、餅の“吸収の速さ”は驚くほど穏やかになります。食卓にあるものをどう並べて、どの順番で口に入れるか。その設計が、冬の食べ過ぎや血糖変動を防ぐ最大の鍵です。正月は、おせちを活かしながら、お餅を安心して楽しみましょう。
■“危険な餅の食べ方”トップ3
ここまでお話しした工夫をしていただければ、多くの場合は十分です。それでも、どうしても血糖が大きく動きやすい“危険なパターン”がいくつかあります。代表的な3つを挙げておきます。
①空腹の状態で、いきなり餅を2個食べる
これは最も血糖が上がりやすいパターンです。空腹時は糖の吸収にブレーキがかかりにくく、そこに吸収の速い餅が一度に入ると、血糖が急に跳ね上がります。糖尿病や境界型糖尿病の人は要注意です。
「昼まで何も食べていなかったので、餅を2個だけ」というケースが典型的ですが、じつはこの“2個だけ”が血糖スパイクの引き金になります。

改善策は非常にシンプルで、餅の前に副菜をひと口。これだけで上昇カーブは大きく変わります。
②甘い餅(おしるこ・きなこ餅・あんこ餅)を続けて食べる
甘い餅が悪いわけではありません。ただ、餅自体が吸収の速い糖質であるところに砂糖が重なるため、糖が“二重で”入ってくる構造になり、血糖が大きく動きやすくなります。
特におしるこは液体として吸収されるため、血糖の上がり方が非常に速くなります。きなこ餅も、きなこそのものは良いのですが、砂糖が多いと、餅と相まって血糖が大きく動きやすくなります。
主食はお雑煮といった汁物に置き換えて、“デザートとして最後にすこしだけ”という位置づけにすると、血糖の動きは穏やかになります。
■餅を食べるなら「夕方まで」
③夜に餅とお酒を組み合わせる
これは体にとって最も厳しいパターンです。夜は活動量が少なく、血糖を処理する力が昼より落ちています。そのうえ、アルコールは血糖値を乱しやすく、眠りの質にも影響します。
さらに、お酒を飲むと判断が鈍くなり、「もう1個食べてもいいかな」と量が増えがちです。この“気づけば3個”という展開が、翌朝の高血糖や体重増加につながります。
夜の餅そのものが禁止というわけではありませんが、私は患者さんに「餅は昼か夕方までに」とお伝えすることが多いです。
三つの“危険パターン”に共通しているのは、「餅そのものよりも、餅の入り方とタイミングが問題をつくっている」という点です。餅の構造と冬の代謝が重なるからこそ、こうした食べ方では血糖が大きく動きやすくなります。
■「餅の食べ方」が10年後の健康を左右する
正月に餅をどう食べるかは、ほんの小さなことに見えるかもしれません。それでも私は、診療の中で「こうした小さな選択の積み重ねが、10年後のからだを形づくる」と実感しています。
一年の中で生活が最も乱れやすい時期だからこそ、“餅の入り方”には意味があります。量を決める、順番を変える、汁物を添える――どれも些細な工夫ですが、続けていくと血糖や体重の“揺れ”が確実に小さくなります。
血糖・血圧・脂質といった指標は、一日で劇的に変わるものではありません。逆に、一日の乱れがすぐ病気につながるわけでもありません。ただ、日々の選択が積み重なると、10年後には驚くほど違う“健康の景色”が生まれます。
正月の数日は、一年の“初期設定”のようなものです。ここで負担の少ない食べ方を選んだ方は、その後の数週間を安定したリズムで過ごしやすくなり、春先の体調が変わる方もいます。
楽しむことを我慢する必要はありません。ただ、楽しみ方を少し整えるだけでいい。餅も同じです。避けるのでなく、賢く付き合う。その積み重ねが、未来のあなたのからだを静かに守ってくれます。

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坂本 昌也(さかもと・まさや)

国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長

国際医療福祉大学 医学部教授。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科部長。東京都出身。東京慈恵会医科大学医学部卒。東京大学・千葉大学大学院時代より、糖尿病、心臓病、特に高血圧に関する基礎から臨床研究に渡るまで多くの研究論文を発表。日本糖尿病学会認定指導医・糖尿病専門医、日本内分泌学会認定指導医・内分泌代謝専門医、日本高血圧学会認定指導医・高血圧専門医、日本内科学会認定指導医・総合内科専門医、厚生労働省認定臨床研修指導医、日本医師会認定産業医、厚生労働省指定オンライン診療研修、臨床研究協議会プログラム責任者養成講習会を修了。現在も研究を続けながら若手医師や医学部生の指導も担当している。

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高橋 誠(たかはし・まこと)

医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント

1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)、『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(2025年、野尻英俊著、岡田あやこ体操監修)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。

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(国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科 部長 坂本 昌也、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠)
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