■「日本は危険」と主張する中国
高市早苗首相が台湾有事に絡んで「存立危機事態」の可能性に言及して以降、中国政府は対日批判のトーンを一段と強めている。
中国国営の英字紙チャイナ・デイリーは、日本国内で中国人や中国関連施設を標的にした「憎悪犯罪」が増えていると主張。日本政府に対し、具体的な安全上の対策を講じるよう求めた。11月中旬には中国人への暴行容疑で5人が逮捕されたとも報じ、日本の治安悪化を示す証左として取り上げている。
中国側の言い分は、これにとどまらない。同紙によれば、日本のSNS上では過激かつ脅迫的な反中発言が急増しているという。加えて、在日中国大使館や領事館の職員が右翼団体から繰り返し嫌がらせを受けているとの主張だ。被害はオンライン上だけでなく実世界でも発生しており、中国人は日本で身の危険にさらされているとしている。
こうした認識を背景に、中国外務省の毛寧報道官は定例記者会見で「日本は中国の懸念を真剣に受け止めるべきだ」と述べ、日本政府に対応を求めた。中国当局はさらに踏み込み、日本への渡航を控えるよう自国民に呼びかけている。あたかも日本にいる中国人に身の危険が迫っているかのような発言だ。
■大使館、傘下のメディアを利用して吹聴
毛報道官の発言は、中国共産党傘下のグローバル・タイムズ紙も取りあげた。
記事は「先週だけで、日本の警察は中国人を襲撃した容疑者5人を逮捕した」と報じ、日本のネット上には中国への脅迫的な言説があふれていると強調する。在日中国大使館や領事館も日本の右翼勢力から繰り返し嫌がらせを受けているとの言い分だ。同紙は中国政府としての公式見解を英語でなぞり、政府の立場を国際社会に発信する役割を担っている。
同紙は日本の治安悪化を裏付けるとするデータも持ち出す。日本の警察庁統計を引用し、刑法犯罪の認知件数が2021年の56万8000件から2024年には73万8000件へ増加したと指摘。殺人や強盗といった重大暴力犯罪は約65.7%急増したとしている。
こうしたデータを根拠として、在日中国大使館は改めて安全警告を発出した。日本への渡航を控えるよう中国国民に呼びかけ、多くの事件が未解決のまま加害者が法的責任を問われていないと日本側を批判する内容だ。
■日本側は明確なデータで反論
一方、中国の主張に対し、日本側はデータをもって明確に反論している。外務省は「日本国内で中国国籍者への犯罪が急増し、安全リスクが高まっている」との認識を真っ向から否定した。
外務省が公表したのは、被害者が中国国籍の凶悪犯罪(殺人、強盗、放火)に関する警察庁の認知件数だ。このデータには、主たる容疑者が中国人であると判明した事案も含まれている。
NHKも統計の詳細を取りあげた。殺人は2023年と2024年にそれぞれ15件だったのに対し、2025年は1月から10月までで7件にとどまった。強盗は2023年が31件、2024年が27件で、2025年は同期間で21件。放火は2023年が2件、2024年が3件だったが、2025年は10月時点でゼロだ。
外務省は「中国政府の最近の発表では、今年日本で中国人への犯罪事件が多発しているかのような言及があるが、そのような指摘は当たらない」と強調する。
日本側の反論は海外でも報じられた。香港英字メディアのスタンダード紙は、日本の外務省が犯罪の増加を否定し、警察庁のデータを引用して「1月から10月の殺人件数は前年同期比で半減した」と発表したと伝えている。
■大連で2人の日本人が亡くなった
そもそも、日本が危険との認識は国際的理解に反するものだ。
米フォーブス誌が取りあげる「世界平和指数2025」ランキングでは、日本は163カ国中12位と上位にランクイン。参考までにイギリスは30位、アメリカは128位となっている。
1位はアイスランド、2位はアイルランドなど、上位は比較的人口密度の低い国が占める傾向にある。
安全上の脅威にさらされているのは、むしろ中国を訪れる日本人であるとも言える。
今年5月23日、中国東北部の遼寧省大連市で、日本人2人が殺害される事件が発生した。香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、中国外務省の林剣報道官は会見で、容疑者は被害者のビジネスパートナーであり、事件は商取引をめぐるトラブルが原因だと説明した。
大連警察の発表によれば、容疑者は日本に居住していた42歳の中国人男性で、事件翌日に逮捕された。被害者2人は日本側のビジネスパートナーだったという。商用で一時的に中国を訪れていたところを襲われた。
■反日感情の犠牲になった10歳の日本人少年
共同通信は日本政府関係者の話として、今回の事件は「ビジネス上の恨み」が原因であり、「政治的動機や反日感情によるものではない」と報じた。しかし、ビジネス上のささいなトラブルはどこの国でも日常的に起こりうる一方で、殺人事件への発展はにわかに信じがたい。
日経新聞によると、日本政府は現地当局に対し、在留邦人の安全を確保するよう要請している。日中双方とも、事件は反日感情を主因とするものではないとの見方を示した。
昨年には、中国に住む日本人少年が反日感情の犠牲者となった。2024年9月18日、広東省深セン市で10歳の日本人少年が登校中に男に刺され、翌朝に死亡が確認されている。
アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は、事件の日付には特別な意味があると指摘する。1931年に満州事変の発端となった日であり、中国では「国恥の日」として反日感情が高まりやすい。
警察は現場で44歳の中国人男性を逮捕した。中国政府は「独立した事件」と位置づけ、日本側に冷静な対応を求めた。事件を「政治化」しないよう強調する内容だったが、直近で「日本危険説」を唱え波風を立てる中国政府の言動と矛盾するかのようだ。
■いまと矛盾する中国政府の言動
事件は在中日本人に衝撃を与えた。イギリスのBBCによると、トヨタは社員に注意喚起を行い、パナソニックは無料で帰国便を手配するなど対応を迫られた。
犯人は2025年1月に死刑判決を受け、すでに刑が執行されている。BBCは日本大使館の声明を取りあげ、「完全に無実の子供の殺害は許しがたい犯罪であり、この死刑執行を極めて厳粛に受け止める」と伝えた。
サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、中国当局は外国人の安全を守る「効果的な措置を講じる」と約束した。しかし一方で、加害者の動機は明かされていない。審理は非公開で行われ、当局は「独立した事件」と繰り返すのみだ。なぜこの日に、なぜ日本人の子供が狙われたのか。その説明は一切なかった。
■蘇州では1年強で2度、日本人親子が標的に
昨年日本人が標的にされたのは、この件が初めてではない。
AFP通信は、6月にも中国東部の江蘇省蘇州市で、日本人の母親と子供が刃物を持った中国人男性にバス停で襲われ負傷したと報じている。このとき、2人をかばおうとした中国人女性が命を落とした。日本人を守ろうとした女性の勇気は敬意に値するが、一方で事件後、中国で暮らす日本人は深刻な身の危険を感じることとなった。
BBCは、吉林省ではアメリカ人教師4人が刺される事件も発生しており、中国各地で外国人を標的にした事件が相次いでいると報じる。
そして今年7月31日、蘇州で再び日本人親子が襲撃された。AFP通信によると、江蘇省蘇州市内の地下鉄駅で子供を連れた日本人が、石のようなもので殴られ負傷した。
中国外務省は容疑者を拘束したと発表。被害者は病院に搬送されたが命に別状はないという。在中国日本国大使館は中国側に対し、こうした事件の再発防止を強く求めている。
■「日本人を憎むのが正しい」政府主導の教育
なぜ日本人が繰り返し標的になっているのか。
アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は、中国政府が主導する排外主義的なナショナリズム教育が背景にあると分析する。中国側は学校教育や国営メディアを通じ、日本人やアメリカ人、香港の民主化デモ参加者、台湾独立派、そして中国政府への批判者を憎むことが「正しい」行為として教え込んでいるという。
同紙の取材に応じた出稼ぎ労働者の男性は、11歳の息子に中台関係の緊張について説明したところ、「お父さんは良い中国人じゃない」と非難されたと語った。学校で「台湾は中国の一部」と教わった少年にとっては、それ以外の思想は誤った考えだ。
欧州に長年暮らす中国人女性は同紙に対し、日本人少年の死について、中国の父親と話すのが怖いと打ち明けた。
「父が『当然の報いだ』と言うのではないかと恐ろしい。もしそう言われたら、神経が参ってしまう」と女性は話す。だが、中国政府がナショナリズムを煽り続ける限り、そうした反応は「ほぼ避けられない」とも彼女は語る。
6月の蘇州襲撃事件では、SNS上に「当然だ」「よくやった」との声があふれ、身を挺して日本人親子を守った中国人女性は「売国奴」と罵られた。
■反日コンテンツは野放しだが事件報道は検閲
ニューヨーク・タイムズ紙は、中国では反日コンテンツがあらゆるメディアに氾濫していると報じる。
日本人学校を「スパイ養成所」として描く動画や、中国人が日本人を殴打するフィクションドラマなど、問題のあるコンテンツが野放しの状態だ。元日本大使は日本の新聞に対し、中国当局に誤情報の削除を求めたが効果がなかったと明かす。
動画サイト「快手」は有害情報の拡散を理由に90以上のアカウントを閉鎖するなど、一定の措置は講じられている。それでも別のサイトの元従業員は同紙に、反日コンテンツはアクセス数を稼ぎやすく、検閲も受けにくいと証言する。
一連の事件を受け、中国当局は外国人の安全確保に向け「効果的な措置を取る」と約束した。サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙によると、網易(ネットイース)や、WeChatを展開する騰訊(テンセント)など複数のSNSプラットフォームも、日本関連などで「ナショナリスト感情を煽る不適切なコメント」への取り締まりを強化している。
その一方で、事件そのものの報道は封じられている。AFP通信によると、蘇州での襲撃事件に関するメディア報道は、WeChat上で検閲・削除された。日本政府は再発防止と日本人の安全確保を中国側に要請したが、中国外務省は「効果的な措置を継続する」と繰り返すのみだ。
■中国政府が中国人の立場を追いやっている
日本と中国は互いに重要な貿易上のパートナーだが、領土問題や歴史認識をめぐり関係は冷え込む一方だ。そうした環境の中、SNS上の反日感情は容易に過熱する。
BBCも、中国のSNSでは過激なナショナリズムが野放しになっており、こうした傾向が近年、反外国人感情を煽ってきたと指摘する。
昨年日本人少年が死亡した事件の直後は、追悼の動きが広がった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、中国内外の若手活動家らが追悼キャンペーンを展開し、200人以上が実名で声明に署名して「憎しみの土地で育ちたくない」と表明した。
だが当局は、追悼者の取り締まりに動いた。同紙によると、声明に署名した24歳の中国人女性は国家安全当局に呼び出され、2時間にわたり尋問を受けたという。当局は声明を「反中勢力による組織的な行為」と断じ、少年の死には一切関心を示さなかったという。
「失われた命に対して、彼らは全く敬意を示さなかった」と女性は同紙に語る。良識ある自国民による追悼行為すら「反中」とみなす姿勢に、両国間の関係は悪化する一方だ。
現在、中国側は日本を危険な地域だと吹聴し、渡航自粛を勧めている。仮にもそれが真実であり、中国国民が日本旅行中に居心地の悪い思いをすることがあるのだと仮定しよう。その場合、対立の構図がいかに醸成されてきたか、中国政府はどのように説明するのだろうか。
国際的にも安全性で定評の高い日本を危険視する理論は、はなから破綻していると言わざるを得ない。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
