※本稿は、江上隆夫『スロウ・ブランディング 記憶から価値をつくる これからのブランドの教科書』(朝日新聞出版)の一部を抜粋、再編集したものです。
■衝撃を受けた独自の味
日本のワインのレベルはここ30年ほどで飛躍的に上がってきましたが、その中でもココ・ファーム・ワイナリーが果たした役割は小さくありません。
私がココ・ファーム・ワイナリーのワインを知ったのは17、8年前になります。よほど印象的だったのか、その時のシーンをいまだにはっきりと覚えています。
東京・半蔵門の駅近くにあるカフェレストランで友人のアートディレクターと仕事終わりの軽い食事をしていたのですが、そのワイン好きの友人がお店のワインリストから「農民ロッソ」を勧めてくれたのです。「これ、栃木のワインなんだけど美味しいんだよ」と。「変わった名前だね」と言いながら飲んだワインの味に「えっ!」と驚きました。不意打ちを食らったような感じです。
いわゆるフルボディタイプではありません。もっと軽いタイプの赤ワインなのですが、芯がしっかりした、酸味と微かな苦みのバランスのいい、とても美味しいワインなのです。
川田園長(※1)が目指したのは「本当に良いワイン」でした。障害者が携わっているからと同情で買ってもらうワインではなく。そのワインづくりとワインの美味しさは設立十数年も経たないうちに評価されるようになります。政府の晩餐会などでココ・ファーム・ワイナリーのワインが採用されるようになったのです。
(※1 編集部註:川田昇氏のこと、隣接する知的障碍者支援施設「こころみ学園」の園長でありココ・ファーム・ワイナリーのブドウ畑を開いた)
■各国首脳陣が舌つづみ
外交において食事やお酒はかなり重要な役割を担っています。ただの評判だけではなく十二分に味や質が吟味され、精査されたものだけが提供されます。
・2000年7月 九州・沖縄サミット首里城晩餐会「1996 NOVO」
・2008年7月 北海道洞爺湖サミット総理夫人主催夕食会「2006 風のルージュ」
・2016年4月 G7 広島外相会合1日目岸田大臣夫人主催夕食会「2012 北ののぼ」
・2023年5月 G7 気候・エネルギー・環境相会合歓迎会(札幌)「こことあるシリーズ 2021 シャルドネ」
さらに、JALの国際線ファーストクラス、ビジネスクラスの機内用にも数多く採用されています。ファーストクラスでは「こことあるシリーズ 2014 ぴのぐり」に始まり、「こことあるシリーズ 2019 ツヴァイゲルト」まで計12製品が。ビジネスクラスでは「2013 足利呱呱和飲」に始まり「2022 農民ロッソ」まで計10製品が、ここ10年弱の間に乗客に提供されています。
長い間、私はココ・ファーム・ワイナリーのことを完全に誤解していました。実は私は「慈善事業的に障害者の方を雇っているワイナリー」だと思っていたのです。事実はこれまで述べてきたように真逆です。「障害者の方の心身の自律のためにつくられたワイナリー」なのです。池上さん(※2)は言います。
(※2 編集部註:ココ・ファーム・ワイナリー顧問)
野菜だと草むしりする際も、草か野菜か区別がつかないわけです。でも実のなる木(果樹)だったら分かるだろうと。
それで南側から草を刈っていって、北側に来る頃にはまた南の草が生えてくる。
そのくらいの広さが園生たちには必要なんです。
とにかく(毎日からだを動かして)草を刈ることに意味がある。
園生たちの仕事がなくならないように除草剤は撒きません。
■徹底的な手仕事が生んだ高品質なワイン
もちろん、ワインのための畑仕事はこれだけではありません。春夏秋冬、季節ごとに無数の手仕事があります。
春には葡萄の伸び始めた枝をいい方向に伸びるように麻でもやい、針金で結わえる「誘引」の仕事。夏には葡萄の房の傘や袋掛け。虫や病気を防ぐために、園生たちが一房ひと房に一枚ずつ、20万枚の傘や袋を掛けていきます。秋には熟した葡萄の収穫。朝早くから総出で葡萄を摘み取ります。
摘み取ったあとは、良い実と傷んだ実をより分け、選別する作業。100人を超える園生たちは年齢も10代から80代まで、それぞれ自分に見合った仕事をして、ワインづくりに参加します。
ココ・ファーム・ワイナリーは徹底的な人の手仕事によるワインづくりで知られています。そのことはこころみ学園の園生にとっても、ワイン好きにとってもとても幸運なことです。
どうして、こんな急斜面かというと平らなところは買えなかっただけで(笑)。
でも、結局、斜面だと日当たりはいいし、水はけはいいし、葡萄づくりに適しているんです。
もともと私の母は酒屋の娘で、祖母の実家が造り酒屋で。
父の実家は果樹園で、父は三歳からお酒を飲んでたなんて家系ですから(笑)。
それに葡萄だったら実を売ることもできるし、ジュースにもできる。
当初、お酒の免許がなかったときには葡萄ジュースも売っていたんです。
園長先生のジュースは一週間ぐらい経つと美味しくなるね、とか言われて。
たぶん自然発酵していたんでしょうね。
■10年の助走期間
ココ・ファーム・ワイナリーのワインづくりには、カリフォルニアでワイン・コンサルタントをしていたブルース・ガットラヴさんが関わっています。
彼は1989年に来日し、醸造の指導を行ったあと、ココ・ファーム・ワイナリーでのワインづくりに深く関わることを決断し、とうとう日本に移住。1999年にココ・ファーム・ワイナリーの取締役になります。
彼と川田園長や池上さんが目標としたのは「ここでしかできないワイン、ほかのどこでもできないワインをつくること」であり、そして「ゴールを設けず、いいワインをつくるため、とにかくできるだけやってみること」でした。こうして辿り着いたのが次のようなワインづくりです。軌道に乗るには10年以上の歳月が必要だったと言います。
・瓶の中で二次発酵させないための方法として熱で酵母を殺す「火入れ」方式では
なく、難しいがアロマを残す「無菌濾過の生詰め」方式でつくる。
・「培養酵母を使った低温発酵」ではなく、発酵に時間もかかりリスクの高い「野生
酵母を使った自然発酵」方式でつくる。
・一本あたりの単価は高くなるが、100パーセント日本の葡萄から、質の高いワ
インを適度な量でつくり、適度な利益を上げる。
池上さんにお聞きして本当に興味深いと思ったのが「野生酵母」でのワインづくりです。私は単純な先入観で一、二種の酵母が働いているのではないか、と考えていましたが違うのです。
■酵母の秘密
たまたま機会があり、東京大学大学院の研究室の方がココ・ファーム・ワイナリーの発酵中のワインから採取した酵母を分析したところ、この土地に根付いた野生酵母が20種以上も働いていることが判ったのです。
その中のいくつかをDNA検査し、どの土地のものに近いのかを調べたそうです。すると、たとえば「ハンゼニア・スポラ・ウバラム」という酵母のDNAはブラジルのコーヒー農園のハマダラカ由来のものに近く、「サッカロミセス・セレヴィシエ」は喜望峰のある南アフリカの葡萄果汁から検出された酵母に近いということが判ったそうです。
地球上にいまから20億年前に発生した微生物をはじめとして、植物・動物などのたくさんの生きものが、ココ・ファーム・ワイナリーのワインづくりにも関わっているというのが池上さんの見立てです。
これらの酵母は一斉に働くのではなく、ある酵母が働いているときは、他の酵母が休んだり、いくつかが同時に働いたりと、その機序はなかなかうかがい知ることはできません。ブルースさんの愛弟子とも言える現醸造責任者の柴田(しばた)豊一郎(とよいちろう)さんは、この酵母たちを「まるで園生のようだ」と表現したそうです。
このような取り組みから生まれるオリジナルのワインは、私の表現でお許し願えるなら、酸とタンニンのバランスのいい「きれいな味のワイン」です。しっかりした味ですが、何か軽みのある澄んだ品の良さを感じます。
■日本ならではの味わいを活かしたワイン
もちろんココ・ファーム・ワイナリーのワインはいくつもの種類があり、葡萄の品種、栽培方法、醸造方法、貯蔵方法などにより、製品の味わいは多様です。しかし、明らかに欧米の銘醸地やチリ、オーストラリア、南アフリカなどのワインとは違う独自の味がします。
まさに日本の、足利の、この地でしか生まれないワインになっているのです。それは、この北関東の足利の地、足利の自然への敬意を表したワインであり、味なのです。 いまも、ブルースさんは北海道の空知で家族とともに「10Rワイナリー」を運営しながら、月に一度、ココ・ファーム・ワイナリーに通っています。
■どこでもできないワインづくりにこだわった
日本ワインを代表するココ・ファーム・ワイナリーのことを書いてきましたが、お気づきでしょうか。いわゆる「ブランディング」の話は一切していません。
池上さんから頂いたメモには次のように書かれてありました。1984年当時、ブランドをつくるという考えはありませんでした。こころみ学園の園生たちを中心にしたワイン造りにおいては、あらゆる面において本物であることを心がけてきました。
ワインを楽しくつくり、ワインづくりがもたらすひとつひとつを楽しみながら。ココ・ファーム・ワイナリーが行った、いわゆる「ブランディング的な作業」はわずか次の3点です。
・ワインラベルやロゴを串田(くしだ)光弘(みつひろ)さんにお願いしたこと。
(グラフィックデザイナー。父は哲学者の串田(くしだ)孫一(まごいち)氏、兄は演出家の串田(くしだ)和美(かずよし)氏)
・ワイナリーの考え方を示すことばを木村(きむら)博江(ひろえ)さんと考えたこと。
(翻訳家。『ブルース、日本でワインをつくる』〈2014、新潮社〉の聞き書きを行った方)
・建物や印刷物を考えるときに四つのポイント「シンプル、シック、シンメトリー、スモール」を大事にしてきたこと。
つまり、ほとんどの力は「ここでしかできないワイン、ほかのどこでもできないワインをつくること」に注がれてきたのです。「ワインとしてあらゆる面において本物であること」を目標にわき目も振らず。
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江上 隆夫(えがみ・たかお)
ディープビジョン研究所 代表取締役 ブランド戦略コンサルタント
長崎県五島列島出身。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。20年近く大手広告代理店ADK(旧アサツーディ・ケイ)のクリエイティブ部門でコピーライター、クリエイティブ・ディレクターとして数多くのブランディング、広告キャンペーンを手掛ける。独立後、ベンチャー企業から1千億超までの理念構築・浸透、ブランド構築・運営にかかわるほか講演、企業内での研修・ワークショップも多数行っている。著書に3万部超のロングセラーとなっている『無印良品の「あれ」は決して安くないのに なぜ飛ぶように売れるのか?』(SBクリエイティブ)〈中国語版、韓国語版あり〉のほか『降りてくる思考法』(同)〈台湾版あり〉やはりロングセラーを続ける『THE VISION あの企業が世界で急成長を遂げる理由』(朝日新聞出版)がある。(著者近影 提供=朝日新聞出版)
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(ディープビジョン研究所 代表取締役 ブランド戦略コンサルタント 江上 隆夫)

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