ゴミ屋敷になってしまう家にはどんな特徴があるのか。『マンガで解決 老人ホームは親不孝?』(主婦の友社)で、親の介護体験を漫画に描いたイラストレーターの上大岡トメさんは「老いた親が暮らす実家がゴミ屋敷になるケースは少なくない。
帰省した時には必ず玄関で確認してほしいことがある」という――。(第2回/全3回、構成=プレジデントオンライン編集部)
■介護でもっとも苦労するのが「実家の片づけ」
久しぶりに実家へ帰省した際、多くの人が直面するのが「親の衰え」と「家の荒れ具合」ではないでしょうか。
かつては整然としていたはずの空間が、どこかどんよりと澱んでいる。その違和感こそが、遠距離介護や“実家のゴミ屋敷化”の前兆であることに、私たちはもっと敏感になるべきです。
きっかけは、当時80歳だった母の脊柱管狭窄症でした。歩けなくなった母に加え、さらに母より4歳年上でパーキンソン病を患っていた父も2021年7月ころに認知症を患い、当時54歳だった私は介護漫画を描き始めることになったのです。
いままで3冊の介護漫画を執筆した際に集めた介護経験者へのアンケートでも、困ったことワースト3は、親との意思確認、きょうだいトラブルを抑えて、1位は実家の片づけでした。介護が始まってから多くの人が頭を悩ませるのは、排泄や食事の世話そのものではなく、実は「実家の片づけ」なのです。
親が元気なうちは、私たちは「親はいつまでも元気だ」という「親フィルター」を通して実家を見てしまいがちです。しかし、数カ月ぶりに会う親が以前より小さくなっていると感じたり、背中が丸くなっていることに気づいたりしたなら、それは生活環境にも確実に異変が起きているサインです。
片づけが進まないのは、単なる怠慢ではありません。加齢によって判断力や体力が低下し、何を捨てて何を分けるべきかという決断ができなくなっているのです。

年末年始の帰省は、そんな親の現状を把握する絶好の機会です。実家の片づけを放置することは、親の転倒事故のリスクを高めるだけでなく、将来的に大きな「負の遺産」を背負い込むことにも直結します。介護はベッドの上で始まるのではなく、まずはいまある生活の場を整えることから始まるのだという認識を持つことが大切です。
■二人暮らしなのに数十人分の食器がズラリ
実家の片づけにおいて衝撃を受けるのは、その「圧倒的な物の量」です。たとえば私の母親は、長年趣味で描いてきた油絵を100枚以上も保管していたり、いつ使うのかわからない来客用の食器を何十人分も保管していてそれが食器棚の大半を埋め尽くしていました。
戦後の「もったいない世代」である親たちにとって、「物を捨てる」ということはハードルが高い行為なのでしょう。
特にキッチン周りは、親の老化が顕著に表れる場所です。老化によって食べられる量が少なくなり、食べきれずに賞味期限が切れたものが冷蔵庫の奥で眠っていることも少なくありません。
床には「いつか裏紙として使うから」と溜め込まれたチラシの束や、年々の前に届いたであろう役所からの書類や通知書が積み上がり、足の踏み場もないほどに散乱していることもあります。こうした状況は、見た目が悪いだけでなく、高齢者にとって致命的な転倒事故を招く「地雷原」のようなものです。
実際に、介護経験者のアンケートのなかには、「義母が転倒して足を骨折したと聞き、マンションの部屋に入ってみたら床が見えないほどのゴミ屋敷になっていた。部屋からはスーパーの買い物かごまで出てきた」というものもあり、ゴミ屋敷内での転倒事故で負傷されている方もいるようです。

■なぜ実家はゴミ屋敷になってしまうのか
実家が数年をかけてゴミ屋敷へと変貌していく背景には、単なる「片づけが下手になった」という言葉ではすまされない、深刻な理由が潜んでいます。
まず、最も大きな要因は「判断力の低下」です。物を捨てるという行為は、その物が自分にとって必要か不要かを瞬時に判断する、高度な知的作業です。脳の機能が衰え始めると、この「決断」ができなくなり、結果として「とりあえず取っておこう」という選択を繰り返すようになります。
この「とりあえず」の積み重ねが、数年後には個人の手では負えないゴミ屋敷を作り上げてしまうのです。
気力と体力の減退も大きな要因のひとつです。水分を含んだ生ごみは臭いだけでなくある程度の重量になります。そうしたゴミをゴミ袋に集めるだけでも気力が必要ですし、重いゴミ袋を持ち上げて集積所まで運んでいくのは体力が必要です。気力と体力が少しずつ失われていくことで、ゴミを集めることも捨てることもできなくなってしまうのです。
さらに、高齢になると「嗅覚」が鈍くなるという点も見逃せません。生ゴミの臭いやトイレの異臭に気づかなくなるため、不衛生な環境にいても平気になってしまうのです。鼻が利かなくなれば、台所にカビが生えていても、食べ物が腐っていても、それを異変と感じることができません。

こうした感覚の麻痺が、ゴミを溜め込むことへの抵抗感を薄れさせ、ゴミ屋敷化を加速させてしまいます。
■「トイレの悪臭」は老化のサイン
実家のゴミ屋敷化は、親の老後に致命的な影響を与えます。この実家のゴミ屋敷化を見抜くために、必ずチェックすべき「汚部屋の兆候」がいくつかあります。
まずは、玄関を開けた瞬間の「臭い」です。特にトイレからアンモニア臭が漂っていたり、便器の周りが汚れたままになっていたりする場合は要注意です。
私の実家も母親が脊柱管狭窄症で歩けなくなりはじめた頃から、トイレの臭いが気になるようになっていました。トイレの便器の外側部分に“尿の痕”のようなものがびっしりとこびりついていたのですが、掃除する体力がないからかそのまま放置されていたのです。
「トイレが臭い!」と両親に伝えても、「掃除するのが大変だからね」と綺麗にすることを諦めた表情でつぶやいていました。本人たちも臭いの問題には気づいていたようですが、綺麗にしようにもその気力も体力もない状態だったのだと思います。
トイレからひどい臭いがするということは、親の嗅覚が衰えてきているか、掃除をする体力を失っているか、あるいは汚れそのものが認識できなくなっている証拠です。トイレのひどい臭いは、親の体力低下や、五感の鈍感化のサインだといえます。
結局、この問題が解決されたのは、ヘルパーさんに入ってもらえるようになってからでした。

■冷蔵庫の中身を見れば老化レベルがわかる
次に確認すべきは、冷蔵庫の中身です。同じ銘柄のヨーグルトが何個も入っていたり、同じ調味料が何本もストックされていたりしていませんか。買ったことを忘れて再び同じものを買ってしまうのは、認知機能低下の典型的なサインです。
買いすぎて余らせた卵が腐ってしまったり、まとめ買いしたソーセージが3袋まとめられたまま放置されている、といったケースもよくあるパターンです。昔は食べられた量の食事が喉を通らなくなってきているのに、買い物の仕方が変えられずに冷蔵庫のなかに消費期限が切れて腐った食材や食品がどんどん溜まっていってしまうのです。
ほかにも、リビングのテーブルの上に、見慣れない工務店やリフォーム業者の名刺、あるいは怪しげなサプリメントのチラシが置かれていないかも確認してください。判断力が鈍った高齢者は、悪質な訪問販売や詐欺のターゲットになりやすく、こうした名刺が置かれているのはすでに接触があったことを示唆しています。
視覚や嗅覚で捉えられるこれらの物理的な変化こそが、親のSOSそのものなのです。
■「同意の積み重ね」が片づけの鍵
こうした実家の惨状を目の当たりにすると、つい「なんでこんなに汚いの!」「早く捨てなよ!」と声を荒らげてしまいがちです。しかし、良かれと思っての一方的な片づけは、親のプライドを傷つけ、激しい拒絶反応を招くだけです。
大切なのは、親の所有権と意思を尊重する姿勢を見せることです。私も母親が大量にため込んでいた食器や調理器具を処分した際に、10個中1個くらいの割合で親の思い出話を聞きながら「これはもう十分使ったね」と同意を得て処分していました。
最初は物を処分することに否定的だった母親も、思い出話を聞いてあげたことで素直に対応してくれるようになりました。
残りの9割については、親が疲れていないタイミングで、あるいは目につかないところで少しずつ整理を進めるといった工夫も必要です。作業を急ぐあまり、数時間の滞在で一気に全てを解決しようとするのは逆効果です。話を丁寧に聞くことで親の不安が解消されれば、物の処分に対しても驚くほど柔軟になることがあります。
もし、どうしても親子間では感情的になってしまうのであれば、ケアマネジャーや医師といった「第三者」の力を借りるのもかしこい選択です。親世代にとって、権威のある専門家のアドバイスは、子供の言葉よりもはるかに説得力を持って響くものです。
「お医者さんが、足元に物があると危ないって言っていたよ」という一言を添えるだけで、頑なだった親の態度が変わることも少なくありません。
■実家の様子を確認するところから介護は始まっている
介護という言葉を聞くと、入浴、食事、着替え、排泄など生活の介助をする光景を思い浮かべるかもしれません。しかし、真の意味での介護は、もっと手前の「実家の様子を確認する」ところからすでに始まっています。
親の小さな変化に気づき、生活環境を整え、将来の不安について対話を重ねる。これら全てが、親の自立した生活を守るための大切なケアなのです。
もし帰省した実家で、冷蔵庫の異変やトイレの臭い、物の山を見つけたのであれば、それは「介護のスタートライン」に立った合図です。
ここでの初期対応が遅れれば、やがてそれは火事のように燃え広がり、最終的には親も子も疲れ果てる「共倒れ」の事態を招きかねません。早めに地域包括支援センターに相談したり、介護保険の申請を検討したりするなど、公的なサポートを受ける準備を始めてください。
親を甘やかすのではなく、あくまで「できるだけ長く、自宅で元気に暮らしてほしい」という願いを伝え続けること。そのために実家を安全に保つ必要があるのだと説明することは、子供としての誠実な態度です。
この年末の帰省を、単なる儀礼的な行事に終わらせないでください。実家の隅々に目を配り、親の言葉の裏にある不自由さを汲み取ること。その一歩が、親にとってもあなたにとっても、穏やかな将来を迎えるための確かな土台となるのです。

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上大岡 トメ(かみおおおか・とめ)

イラストレーター

東京生まれ、横浜(上大岡周辺)育ち。現在は山口県在住。1級建築士、ヨガインストラクターでもある。世の中の難しいことを、わかりやすくマンガとイラストで描くことが仕事。著書『キッパリ!たった5分間で自分を変える方法』は、130万部超のミリオンセラー。『老いる自分をゆるしてあげる。』『遺伝子が私の才能も病気も決めているの?』(ともに幻冬舎)など著書多数。『マンガで解決 親の介護とお金が不安です』『マンガで解決 親の認知症とお金が不安です』『マンガで解決 老人ホームは親不孝?』(主婦の友社)など介護をテーマにした著書も多数ある。

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(イラストレーター 上大岡 トメ)
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