■わずか20分の結婚式に現れた、誰も知らない花嫁
2023年10月、40歳のあるロシア兵は、ロシア軍に入隊したまさにその翌日に結婚式を挙げた。家族も友人も困惑した。花嫁の存在を誰も知らず、結婚の話など一度も聞いたことがなかったからだ。
この件を報じた米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、式はわずか20分。写真撮影も指輪の交換もなく、出席者はたった1人だったという。奇妙なことに新婦は、結婚後も元夫や子供たちの家で暮らし続けた。
兵士の家族が事態の拙さに気づいたのは、この兵士がウクライナで戦死した後のことだった。妻が遺族として、戦死兵士に支払われる一時金を受け取ったのだ。その額20万ドル(約3100万円)。ロシアの平均年収の20倍にあたる。
今年になってロシアの裁判所は、結婚は無効と判断した。妻が男性を騙して結婚させ、遺産を狙ったと認める判決内容だ。だが、罰金はわずか3000ルーブル(約5800円)にすぎない。3100万円を狙った詐欺行為に対し、あまりに軽い処罰だ。さらに驚いたことに、女性は判決を不服として控訴している。
■入隊事務所の職員が黒幕だった
この偽装結婚のケースでは、軍の入隊事務所職員が黒幕であった疑惑が持ち上がっている。
新婦は隣村の軍入隊事務所に勤める女性だった。米フォーリン・ポリシー誌によると、男性は結婚の翌日にウクライナへの出征を志願。4カ月後、前線で命を落とすことになった。軍務経験は一切なかった。
葬儀から数日後、妻は遺族給付金を申請した。だが2人は同居したことすらなく、彼女のパスポートには既婚であることを示す記載もない。
男性の兄は婚姻無効の確認を求めて提訴し、勝訴。裁判所は「夫の負傷または死亡時に金銭的利益を得る目的」の偽装結婚だったと認定した。兄によれば、妻は入隊事務所での権限を悪用して弟の入隊手続きを迅速化したという。
こうした女性たちは「黒の未亡人」と呼ばれる。前線から戻った独身兵士に近づき、ごく短期間の交際で結婚して再び戦場へ送り出す。兵士が戦死すれば、政府から給付金を手にできるからだ。
1300万ルーブル(約2500万円)ほどが支給されることも少なくなく、月給3~4万ルーブル(約7万円前後)という貧困地域では、恐ろしいほどの富となる。
■社会的弱者ほど狙われる
こうした事例は氷山の一角にすぎない。
ルハンスク地域では、詐欺が組織的に行われている兆候がある。ブロガーのアナスタシア・カシェヴァロワ氏は、米議会が出資するラジオ・フリー・ヨーロッパに対し、「ルハンスクでハニートラップ集団が摘発された」と言及。「彼女たちは何度でも詐欺を繰り返せる」と警鐘を鳴らす。
極東沿海地方でも、詐欺集団の動きは活発だ。独立系メディアのロシアンライフによると、複数の関係者が連携し、社会的弱者を狙い撃ちにしているという。
ロシアに住む24歳男性は、母親と引き離され、国の施設で育てられた。昨年、地元の起業家に軍と契約しないかと誘われ、同時に38歳女性との結婚を仲介されたという。女性は彼の給与と約150万ルーブル(約290万円)相当のマンションを手に入れ、戦死すれば1200万ルーブル(約2300万円)の保険金も受け取る算段だった。戦地にいる男性との連絡は途絶えがちになっており、家族は万一の事態が起きた際、経済面でも痛手を被るのではないかと心労を募らせている。
同じ詐欺グループはまた、32歳の元受刑者も標的にした。比較的安全な後方支援部隊での勤務だと約束して軍に勧誘し、国防省職員との結婚を仲介。この職員は先の男性の書類処理にも関与していた人物だ。2月、容疑者の1人が逮捕されたが、他の関係者への捜査は進んでいない。
■死亡給付金2800万円、平均年収の20倍
こうした詐欺の手口は、なぜ広がっているのか。「黒の未亡人」が蔓延するに至った背景に、ロシア社会に深く根を張る経済格差がある。
フォーリン・ポリシー誌は、ロシアの最も裕福な層10%の所得が、最も貧しい10%の層と比較し、実に15倍に相当すると指摘。ブラジルの8倍、アメリカの6倍、ノルウェーの3倍と比べても突出している。中でも軍需産業が集中するクルガン州と、最貧困地域のイングーシ共和国との格差は、軍需工場による高給での雇用が増えたことでさらに広がった。
貧困地域の女性にとって、兵士との結婚は、何世代かけても抜け出すことのできない貧困から脱出するための「唯一の現実的な道」になっている――と同誌は指摘する。加えて記事は、1000万ルーブル(約1900万円)にも及ぶ死亡補償金は、低賃金の仕事での生涯収入にほぼ匹敵すると指摘する。
モスクワ・タイムズ紙によれば、高給と手厚い恩恵を得られる兵士は、低所得層の女性にとって人気の結婚相手となっている。結婚中は兵士名義でローンを組むことができ、戦死すれば政府から補償金が支払われるためだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、戦死兵士の遺族への補償金は18万ドル(約2800万円)を超えることもある。
■4人の兵士と連続結婚、年収15年分を荒稼ぎ
被害は後を絶たない。極東では、親族のいない男性が共犯の女と結婚させられ、戦死後に約10万ドル(約1600万円)が支給された事件などが発覚。検察は「男性に他の相続人がいないと理解した上で、遺族支払い金を盗む目的だった」とみる。
なかでも悪名高いのは、西シベリアのニジネヴァルトフスクで暮らしていた女だ。
あろうことか警察官が加担した例もある。ロシアンライフによると、今年5月に中部ハンティ・マンシースクで起訴された事件では、容疑者の1人が現職の警察官だった。
警察のデータベースを悪用し、経済的に厳しい状況にある独身男性の情報を検索。グループは標的に対して架空の女性を紹介して軍への入隊を促し、給付金の受け取りを妻に委任するよう仕向けていた。市民を守るべき警察官が、職権を悪用して詐欺に加担していた構図だ。
■不動産業者が波紋「物件は死亡給付金で買えばいいのです」
こうした手口は、もはや大っぴらに語られている。
南部トムスクでは不動産業者が「特別軍事作戦で戦う男性を見つけなさい。彼が死ねば10万ドル(約1600万円)が手に入る」と笑いながら語り、SNSで激しい批判を浴びた。
ブロガーとのインタビューで、顧客たちが住宅購入の資金難をどう乗り越えたかを語った際の一幕だった。
独立系メディアのメデューサは、この発言がロシア国内の軍事系ブロガーから激しい批判を浴びたと報じている。不動産業者とブロガーの両者は公開謝罪に追い込まれ、「ダークユーモア」「友人同士のジョーク」だったと釈明。不動産業者は、インタビューのこの部分が公開されるとは思わなかったとも述べている。
事態は瞬く間に深刻化し、謝罪だけでは収まらなかった。トムスクの裁判所は「憎悪や敵意を煽り、人間の尊厳を侮辱した」罪で両者を有罪とし、不動産業者に80時間、ブロガーに85時間の社会奉仕活動を命じている。
地元警察は不動産業者の謝罪動画を公開した。動画の中で彼女は「本当にひどいことになってしまいました。お許しください」と反省の弁を述べた。
■遺族の心痛…二転三転した給付金の行方
ジョークだったと弁明する不動産業者だが、実際に兵士の死亡補償金を狙い、形ばかりの結婚生活を目論むケースは後を絶たない。
昨年8月、モスクワ南東部の町で27歳の兵士と22歳の女性がSNSを通じて出会い、結婚した。だが裁判記録によれば、2人の同居生活はわずか11日間。兵士はすぐに前線へと戻っていった。
数カ月後、やはり不自然な点を感じ取ったのだろう。兵士は離婚を申請した。これを受けて今年2月、裁判所は婚姻は無効であるとの判決を下し、異議申し立て期間を1カ月と定めた。
判決から2週間後、兵士はクルスク州の前線で戦死する。女性が婚姻無効への異議を申し立てたのは、その翌日のことだった。
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、一時的に女性が補償金の受給資格者となった。当然、兵士の遺族たちは納得がいかない。母親は訴訟を起こし、女性が短い結婚期間中に不貞を働いたほか、息子の死から金銭的利益を得ようとしたと訴えている。
兵士の死から1カ月後の4月、女性はインスタグラムに兵士とアパートでじゃれ合っていた動画を投稿。「私たちがお似合いだとまだ疑う人がいる?」と綴り、結婚生活は偽装ではなかったと主張した。
6月、女性は裁判で敗訴。補償金の受給権を剝奪された。
■ウクライナ侵攻がロシア社会を歪ませた
相次ぐ事例を受け、ロシア議会では「黒の未亡人」を規制する法案の検討が進む。2025年夏、ブリャンスク州の裁判所は、結婚を詐欺的なものと認める判断を下した。
だが、法による対処には限界がある。ロシアンライフによると、下院のニーナ・オスタニナ議員は「偽装結婚は法的問題ではなく道徳の問題だ。社会的非難が唯一の抑止力であり、道徳を立法で規定することはできない」と語る。結婚した2人が真に愛し合っていたのか、単純に結婚期間だけでは判断できない現実がある。
一方、不正が横行する背景にあるのが、前線での深刻な兵士不足だ。ロシア当局は入隊契約への給付金を引き上げ続けており、高額の死亡給付金に目がくらむ事例が多発。結果として詐欺や搾取を助長しているとの見方がある。
ラジオフリー・ヨーロッパなどが伝えるように、プーチン政権は国内で兵士の配偶者を称え、「英雄の妻」と呼ぶイメージ戦略を推進してきた。プーチン氏や与党議員らは兵士の妻や母と定期的に面会し、親政府メディアがその様子を伝える。
だが「黒の未亡人」の横行により、こうしたプロパガンダに水を差す結果を招いている。国に尽くして命を落とした兵士の妻という立場は、一概に美談と捉えることができなくなっている。兵員が不足する今、プーチン政権としては兵士やその妻を美化し、志願者を募りたい。しかし、大量動員には給付金を引き上げざるを得ず、それにより結婚詐欺が横行。こうなっては兵士やその妻の神話性が損なわれるという、皮肉な状況が生じている。
ウクライナ侵攻によって、法で裁くことのできない新たな歪みがロシア社会に生まれている。
----------
青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
----------
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
