NHK大河「べらぼう」が全48話で完結した。歴史評論家の香原斗志さんは「最終回付近の大胆な展開を除けば、歴史ドラマとして非常に優秀だった。
特に吉原の描き方は、美しさも怖ろしさも強烈に伝えてくれた」という――。
■「べらぼう」は「歴史ドラマ」としても優秀だった
NHK大河ドラマは、一般に「歴史ドラマ」と認識されている。その証拠に、脚本の段階から専門家が時代考証を行っている。つまり、史実に即しているか、時代状況に合致しているか、というチェックが行われている。
もちろん、ある時代に生きたある人物について、具体的にわかっていることはかぎられているから、ドラマは基本的に、とりわけ細部についてはフィクションの積み重ねにならざるをえない。しかし、それが当該の時代の空気や政治的および社会的状況、人々の考え方などに即しているかどうかが問われると思う。また、まちがいがない史実に反する描き方をしても「歴史ドラマ」の枠から外れてしまう。
極端な話、織田信長に男女平等を主張させたり、豊臣秀吉が天王山の戦いで明智光秀に敗れたことにしたりすれば、もはや「歴史ドラマ」ではない。大河ドラマは子供もよく見ており、視聴者の歴史意識の形成にも無視できない影響をあたえるので、私自身は、描かれる時代の歴史的状況に齟齬がなく構成されてほしいと願っている。
そういう目で眺めたとき、2025年の「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は、蔦屋重三郎が生きた時代の空気、田沼意次や松平定信の治世下の状況が、最終回も近づいてからの大胆な展開を除けばよく描かれていた。そこで、1年を振り返って、すぐれていたと思う点を5つ挙げることにしたい。
■史料に依拠したセリフは◎
5位は、史料で確認できることは、セリフにいたるまで可能なかぎり史料に忠実に描かれた点を挙げる。
たとえば、第40回「尽きせぬは欲の泉」(10月19日放送)には、文武励行や倹約を主張して妥協がない松平定信(井上祐貴)に対し、かつての同志たちが反撃する場面があった。
老中格の本多忠籌(矢島健一)が、「人は正しく生きたいとは思わないのでございます。楽しく生きたいのでございます」と進言し、老中の松平信明(福山翔大)も、「倹約令を取りやめ、風紀の取り締まりをゆるめていただけませぬか」と訴えた。
だが、定信は自説に執着し、こう言い放った。「武士が義気に満ち満ちれば、民はそれに倣い、正しい行いをしようとする。欲に流されず、分を全うしようとするはずである。率先垂範! これよりはますます倹約に努め、義気を高めるべく、文武に励むべし!」。
このように定信が起用した忠籌や信明さえ、妥協がない定信に嫌気が差し、一橋治済(生田斗真)らと反定信グループを形成した。ここで描かれた状況は史料に描かれているばかりか、セリフまで史料に残されたものと非常に近い。定信が優秀であっても狭量であるがゆえに、周囲を敵にしていく模様が、史料をもとに迫真的に描かれていた。
■黒幕・一橋治済の「匂わせ」は見事
ただ、誤解がないように強調すれば、史料に依拠しなければダメだというのではない。歴史学には、可能性があっても史料で裏づけられない、ということがある。
その場合、史料にないことを理由に、可能性すら検討されないことが多い。しかし、「べらぼう」では可能性が大胆に描写された。
一例を挙げれば、10代将軍徳川家治(眞島秀和)の嫡男で、次期将軍に内定していた家基(奥智哉)の急死も、家治自身の死も、黒幕として一橋治済がいて、巧妙に暗殺されたように描かれたことだ。これを第4位に挙げる。
彼らの死はかなり突然だったため、同時代にも暗殺説があった。田沼意次(渡辺謙)の嫡男の意知(宮沢氷魚)が惨殺された案件も、黒幕がいる可能性は囁かれてきた。そして、これらの人物が死んで得をしたのはだれか、とあらためて考えると、やはり一橋治済の名が浮かぶ。
しかし、当然ながら、黒幕に権力があるかぎり史料には残りにくい。結果として文献の裏づけがないと、歴史学においては考察の対象になりにくい。だが、「疑わしきは罰せず」では、歴史のリアリティから遠ざかってしまうこともある。一方、「疑わしき」をしっかり仄めかすことができるのがドラマの強みだろう。「べらぼう」はその点で、強みを活かすことができていた。

■瀬川が見せた花魁道中の美しさ
第3位には、花魁道中などの美しさを挙げる。華麗さや美しさで当時の人々の心を打ったものは、ドラマでも華麗に美しく描写されなければ、当時の人たちが受けた衝撃は伝わらない。その点で花の井改め五代目瀬川(小芝風花)が見せた花魁道中は、息をのむ美しさだった。
呼出という最高ランクの花魁は、指名の連絡がくると支度し、吉原中央の仲の町に並ぶ引手茶屋の2階まで客を迎えに行った。そのときに華やかに着飾って下級の女郎らを引き連れ、女郎屋から引手茶屋まで練り歩いたのが花魁道中だった。最初のうちは花魁も平草履で歩いたのだが、次第に一種のパレードのようになり、贅を尽くした衣裳に身を包み、高い下駄を履いて芝居がかった歩き方をするようになった。花魁道中を見るのを目当てに吉原にくる客もいた。
各人の衣裳が美しいばかりか、内側に向かって円を描く「内八文字」という歩き方を、小芝風花が見事に習得していた。当時の花魁にとっても、高下駄を履いてこう歩くのはかなりの練習を要し、上達するのに3年程度はかかったといわれる。
ついでにいえば、小芝風花は現代劇では口を開き、歯を見せて笑うのに、瀬川としては歯をあまり見せなかった。江戸時代には、とくに女性が笑って歯を見せるのははしたないという通念があり、そういう点にも配慮が行き届いていたのは好ましい(この風習は明治の士族にも残っており、連続テレビ小説「ばけばけ」の松野トキはその点で違和感がある)。
美しさという点では、喜多川歌麿(染谷将太)らが描いた浮世絵が、鮮やかに再現されていたことも挙げておきたい。
こうした細部の美しさに大河ドラマの質が宿り、説得力につながっていると考える。
■生々しく描写された吉原の恐ろしさ
「べらぼう」の前半は、蔦重こと蔦屋重三郎(横浜流星)が生まれ育った吉原が舞台の中心になったが、第1回「ありがた山の寒がらす」(1月5日放送)から、吉原の現実について衝撃的な描写があった。同じ女郎でも松葉屋の花の井はトップクラスで、お歯黒どぶに面した浄念河岸で働く女郎は最下層だった。
その浄念河岸の二文字屋で働く底辺の女郎である朝顔(愛希れいか)は、体調を崩した挙句、死んでしまう。すると墓地の穴に朝顔たちの遺体が、着物をはぎ取られて無造作に転がされた。
裸の死体を写したこの場面には賛否両論あったようだが、稼げなくなると物のように捨てられて、尊厳など一顧だにされない吉原の女郎の現実を、問答無用に視聴者に伝えた。以後、吉原の光も影も描かれたが、どんなに輝いて見えても、吉原の根底に暗い現実があるということを、強烈に伝える場面だった。こうした描写を第2位に挙げたい。
また、第3回「千客万来『一目千本』」(1月19日放送)では、同じ二文字屋の内部が描き出され、そこには体の各所に赤い発疹が出て苦しむ女郎が何人も、狭い部屋に横たわっていた。病気は梅毒だと思われる。当時、吉原の女郎の感染率はかなり高く、いったん発症すると、下層の女郎や回復の見込みが低い女郎は、薄暗い一室に閉じ込められ、食事すらまともにあたえられなかったという。
吉原の現実を、短いが生々しい映像で伝えることには、意味があったと思う。

■身請けされた花魁の感動のひと言
いよいよ第1位だが、美しく、ジーンとさせられるなかに、さまざまな歴史的現実が巧妙に織り込まれていたという点で、五代目瀬川が盲目の富豪、鳥山検校(市原隼人)に身請けされる日の場面を挙げる。
蔦重は松葉屋に瀬川を訪ね、自分が完成させた『青楼美人合姿鏡』を贈呈した。「青楼」とは遊廓のことで、「青楼美人」はまさに花魁たちのことを指す。そして、この錦絵本のなかには瀬川の姿もあった。
一時、蔦重と瀬川は、瀬川の年季明けを待って一緒になる約束をしたが、そもそも吉原の男性と女郎の恋は、吉原の定めに反する。また、年季明けまで勤めること自体、女郎の命を危険に晒すことにつながった。そこで2人は足抜け(逃亡)も検討したが、直後、ほかの女郎が足抜けをしようとして捕まり、激しい折檻を受ける。それが吉原の現実であり、女郎の境遇から抜け出すには、事実上、客に巨費で身請けしてもらうしかなかった。
蔦重は瀬川に「売られてきた女郎がいい思い出いっぺえ持って、大門を出てけるとこにしたくてよ」と語った。だが、上に記したように吉原の現実は厳しい。いま述べたことこそが自分と瀬川の夢で、「俺と花魁(瀬川のこと)をつなぐもんは、これしかねえから。俺ぁその夢を見続けるよ」と蔦重はいう。
だが、それは所詮、見続ける「夢」でしかない。だから2人は永遠に一緒になれないし、吉原は「いい思い出」を「いっぺえ持」てるような場所ではない。
瀬川は「そりゃあまあ、べらぼうだねえ」と言葉を返し、涙をぬぐった。ジーンとさせられる場面だった。こうして男女の機微を微妙に描きつつ、吉原の厳しい現実を多面的に伝えるとは、手放しに「さすがだ」と思った。

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香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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