高市早苗首相の「台湾有事」発言に猛反発する中国は、今後どんな動きに出るのか。拓殖大学客員教授の名越健郎さんは「中国は台湾統一工作で盟友ロシアに同調を求める動きを強めている。
ただ、伝統的に相互不信がある中露関係は一筋縄ではいかないようだ」という――。
■習近平がプーチンに頼んだこと
ロシアのSNS、テレグラムで発信する独立系情報チャンネル「インサイダー・ブラック」(11月17日)によると、中国の習近平国家主席はロシアのプーチン大統領との電話会談で台湾情勢を協議し、「中国は2027年までに台湾を北京の支配下に置く」方針を伝えたという。
同チャンネルはクレムリン関係筋の話として、「台湾をめぐる戦闘が起きた場合、中国はロシアが北京と一致団結して、反西側枢軸を構築することを期待している」「中国はプーチン政権が日米やNATO(北大西洋条約機構)諸国に圧力をかけ、台湾に介入させないことを望んでいる」と伝えた。
プーチン氏は要請を拒否しなかったが、「現時点でロシアは、この計画を支持すると約束できない。ウクライナの戦闘が続く限り、すべての戦力はそちらに集中する」と述べたという。習主席は、ウクライナ戦争を早期に終結させるよう求めた。
この報道は、習主席が政権4期目に入る共産党大会開催年の2027年を「台湾復帰」の目標に据えていることを意味し、衝撃的だ。電話協議は11月7日の高市首相の台湾有事発言の後行われたとされ、時間切れが近づく習主席の焦りがうかがえる。
しかし、トランプ米大統領は、「あなたの任期中に行動を起こさない」との誓約を習主席から受けていると述べており、報道の信憑性は不透明だ。ロシア得意の情報操作の可能性もある。
■台湾工作でのロシアの役割とは
中国が台湾統一工作で、盟友ロシアの役割を重視していることは間違いない。
「インサイダー・ブラック」(5月24日)によれば、習主席は5月初めに訪露した際、プーチン氏との非公式会談で、「台湾と中国本土の再統一は不可逆的な歴史的潮流であり、国家政策の重要な課題だ」と強調。
プーチン氏は、「ロシアは軍事面で中国との戦略パートナー関係を維持する」と応じたという。
習主席は訪露に先立ち、「ロシア新聞」に寄稿し、「今年は台湾が日本から解放されて80年になる。台湾が中国の懐に戻ることは、第二次世界大戦の勝利と戦後の国際秩序の重要な構成要素だ」と力説した。5月の中露共同声明も台湾統一の必要性を明記し、ロシアは「台湾統一への努力を強く支持する」と表明した。
習主席は9月3日、北京での抗日戦勝記念式典演説で、「国家の主権と統一、領土一体性を守る」と述べたが、「台湾」には言及しなかった。身内のロシアには、台湾工作での同調を強く求めていることが分かる。
■新たな「三国枢軸」誕生の可能性も
中露間では2026年7月16日で現行の2国間条約が期限切れになり、新条約が同盟条約に格上げされるかが要注意だ。2001年に締結された期限20年の中露善隣友好協力条約は21年に5年間自動延長されたが、放置すれば失効する。
ロシアのラブロフ外相は11月、メディアの質問に対し、「中露の戦略的協力、多面的なパートナー関係はさらに進化し、深まっている。条約をどうするか他の省庁とも協議する」と述べた。延長か新条約かはまだ決まっていないが、過去25年の中露関係緊密化を踏まえ、同盟色が強まる可能性もある。
ロシアの著名な中国専門家、アレクセイ・マスロフ国立モスクワ大学東洋学部長は11月、筆者らとのオンライン会見で、「中露間で新条約の締結作業が進行中と聞いているが、いろいろな提案が交錯している。
ロシアの言う多極化世界、習主席が最近言い出したグローバル・ガバナンスが重視されるのではないか。現行条約よりも有事の連携や軍事協力が打ち出されると思う」と予想した。
9月3日の北京での抗日戦勝記念式典では、習近平、プーチン、金正恩(北朝鮮総書記)3首脳の揃い踏みが注目されたが、中朝間では1961年の同盟条約が維持され、朝露両国は2024年6月に事実上の同盟条約を結んだ。中露が新条約で同盟に踏み込めば、中朝露の「三国枢軸」が完成し、日本にとっては脅威だ。
■中露が「世界の警察」になる日
ただし、中国外交は原則的に他国と同盟を結ばないだけに、新条約が「中露同盟」に進む可能性は小さい。新中国設立直後の1950年に結ばれた中ソ同盟条約は、その後の中ソ対立や国境衝突で無効になり、30年後に廃棄された。
「インサイダー・ブラック」(8月5日)によれば、ロシア政府高官は「中露両国は同盟条約を締結しない場合でも、あらゆる形態の軍事協力構築が活発に議論されている。ロシアと中国の軍事力を合わせれば、NATOを上回り、世界の勢力均衡が逆転する」と述べ、「世界には、ロシアと中国という二人の警察官が現れる」と豪語した。
トランプ米政権が12月に公表した国家安全保障戦略(NSS)は、「米国が世界秩序を支えた時代は終わった」と世界の警察官放棄を宣言したが、今度は中露が新しい警察官になりかねない。
中露間では、陸海空の合同軍事演習が年間10回近く行われ、各種の軍事・安保対話も定例化している。ウクライナ戦争でも、中国はすっかりロシア支持に転換。積極的に経済・技術協力を提供している。

■中露関係は一枚岩ではない
一方で、中露間には数世紀前にさかのぼる伝統的な疑心暗鬼や相互不信があり、関係は一筋縄ではいかないようだ。
中国はロシアがトランプ政権に取り込まれ、中国の頭越しにウクライナ戦争を終わらせ、米露連携が進むことを危惧している。
ロシアの情報チャンネル、「インサイダーT」(8月7日)は、「北京指導部は、米露関係の安定と緊張緩和が台湾問題での中国の戦略的選択肢を弱めると考えており、米露の接近を憂慮している」と伝えた。
たしかに、ウクライナ戦争の長期化で漁夫の利を得るのは中国だろう。国力が弱体化するロシアはますます中国に接近し、欧米諸国も疲弊するからだ。トランプ政権2期目の親露外交について、中国が沈黙しているのはこれを好感していないからだろう。
王毅外相が12月初めに訪露したのは、反日包囲網の構築が目的と日本で報じられたが、実際には、トランプ政権のウクライナ和平案に対するロシアの反応を探るためだったとみられる。
■中国の手下に成り下がったロシアの悲哀
ロシアも米中関係が一方的に進展することを警戒している。米中両国は26年4月のトランプ大統領訪中に向けて、関税協議が大詰めに入っており、関係が一気に改善される可能性がある。
中国は米国のロシア石油大手2社への制裁措置を受けて、ロシアからの原油輸入を縮小している。習近平政権は欧米との経済関係を重視し、西側の対露制裁に間接的に加わるかもしれない。
ロシアが無謀なウクライナ戦争に没頭する間、米中など主要国はAI(人工知能)などの先端技術や製造業の国際競争にしのぎを削り、ロシアは技術力ですっかり立ち後れてしまった。
侵略国家という国際的イメージが定着し、停戦後も国際社会でのけ者扱いだろう。
中露間では「平等互恵」の時代は去り、経済規模は10分の1のロシアが「組員」として「組長」に従う構図になろう。

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名越 健郎(なごし・けんろう)

拓殖大学客員教授

1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。

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(拓殖大学客員教授 名越 健郎)
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