■体はホットに、頭はクールに
怒りは笑いの最大の敵である。お笑いの仕事をやっていて、自分が腹を立てたり、怒ったりしたことを、エピソードとして話す分には面白いのだが、怒りの感情を持ったまま本番に入ると、笑いの邪魔にしかならない。体はホットに、頭はクールに、飲料の自動販売機のようにうまく分担させておくことが肝要である。
しかし、20代の若い頃は、本番前に腹の立つことや、イライラすることなどがあると、その気持ちを引きずったまま、体はホット、頭はホッテストな状態で本番に入り、表情が険しかったり、突っ込みがいつもよりキツ目だったりすることがあり、笑えない結果になることが、一度や二度ではなかった。
いや、正直に言うと、30代の頃も何度かあった。そんな痛い経験を踏まえ、本番前に嫌なことや腹の立つことがあると、心の中で(怒りは笑いの最大の敵)と自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えて、怒りの感情を持ち込まずに本番に臨めるようになった。
自分で言うのもなんだが、とはいえ、誰もそんな私の心の中での葛藤など知る由もないから、自分で言うしかないので言うが、この10年くらいで私が一番成長したな、と思えるのはじつはこの部分である。
■忘れられない10年前のエピソード
2016年、ある番組の収録前。
着替えもメイクもすませ、本番前にトイレをすませておこうと思い、用を足してから楽屋に戻ると、有田とその番組の総合演出兼プロデューサー、わかりやすく言えば、その番組で一番偉い人と何やら話をしていたが、私が楽屋に入るなり、有田は私に話しかけてきた。
■相方「俺を官房長官にして欲しい」
ちなみに、お笑いコンビの楽屋はそれぞれ別、というコンビも多いし、仮に一緒でも会話を交わすことは皆無、というところも多いが、我々はかなり会話をするほうである。
数年前、とある番組の2本録り(2週間分の収録)の時、ゲストの都合で1本目と2本目の収録の合間が4時間ほど空いたことがあった。
「あのさ、そっち(私のこと)が将来総理大臣になったとするじゃん」
「なんだよ、その唐突な話!」
「いや、まあ聞いてよ。総理大臣になったとするじゃん」
「ならねーし、なれねーよ!」
「いや、もしなったらさ、俺を官房長官にして欲しいんだよね」
「は? なんで?」
「いや、官房長官って毎日記者会見みたいなのするじゃん。あれを俺に任せて欲しいんだよね。今日は総理がこういうことを言ってた、とか、その件についての総理の見解はこうであります、とか、俺がちゃんとやるからさ」
「一番任せられねーよ! お前、俺の好感度落とすことに全力投球の人間じゃねーか」
「いや、総理ともなったら、それは別よ」
「えー、ちゃんとできるか? じゃあ俺が記者役やるから、質問に答えてみ」
■2人で喋っていたら4時間たっていた
そこから有田官房長官と上田記者のミニコントが始まった。その場のくだらない思いつきのやり取りなので、詳細は書かない。詳細を書くと、若手芸人に「えっ、そんなレベルでテレビって出られるんですか?」と言われるのは確実だから。
まあ、そんなやり取りから始まり、そこから派生して現在の政治の話やメディアの話などをしていると、楽屋のドアがノックされスタッフが入ってきた。
「すいません、長らくお待たせしちゃって。2本目の収録始めます」
なんと、気付かないうちに4時間喋っていた。それだけならまだしも、私も有田も、「えっ、もう? もうちょい待ってくれ! まだ話終わってないから」と、さらに話を続けようとする有様であった。
要するに我々コンビはよく会話をする、ということが言いたかったのだが、「ちなみに……」の話がこんなに続くかね? 星新一塾があったら初日で破門だろう。余談が長過ぎた、ぺこぱに頼んで時を戻そう。
■番組スタッフを怒ったのは初めてだった
用を足して私が楽屋に入るなり、有田が私に話しかけてきた。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ」
「ん? 何?」
「いや、今さ、◯◯さん(総合演出兼プロデューサー)が入ってくるなり、『有田さん、ご結婚発表なさったようで。一応おめでとうございます』って言うのよ」
「ん?」
「だから『一応って何よ? おめでとう、でいいじゃない』って言ったらさ、『いや、でも結婚することが果たして幸せなのかどうかは現段階ではわかりませんからね。だから一応、ってことです』ってさ。どう思う?」
それを聞いた瞬間、私の堪忍袋が破ける音が聞こえた。
「あぁ⁉ おめでとうございます、でいいだろ! なんだ、一応って! あぁ⁉」
断っておくが、私は30年近くこの仕事をしているが、スタッフを相手に声を荒らげたことはない。もちろん番組の内容に関して、異論反論、疑問に思うことなどをぶつけてきたことは多々ある。でもあくまで冷静なトーンで話をしてきたし、怒りをストレートに投げつけたことはただの一度もない。しかも今回は番組の内容のことでもない。
■「番組で一番偉い人」が平謝り
予想外の私のリアクションに、有田はスティーヴン・セガールばりに沈黙を続け、総合演出兼プロデューサーは、冗談のつもりであったであろう自分の一言が、予期せぬ修羅場をプロデュースしてしまったことに、おそらく今世紀一番のドギマギを見せていた。
「いや、あの、すいません。そんなつもりで……」
「人生で一度しかない(まあそうじゃないかもしれないが)結婚を素直に祝うことすらできねーのか?」
「す、すいません」
「そんな人の気持ちがわかんねー奴が、この番組の責任者なのか?」
「いや、あの……」
「そんな奴に、視聴者の心に響く番組なんか作れる訳ねーだろぉー!」
「……」
怒りの収まらない私は、その後も一言二言怒りの豪速球を総合演出兼プロデューサーにぶつけ、とうとう本番の時間となってしまった。
「本番前に不快な気分にさせてしまい、すいませんでした」
総合演出兼プロデューサーは、自分の思った展開と違う、みたいな表情を浮かべつつも、頭を下げて詫びを言い、撤退の速度100メートル8秒5くらいの速さで去っていった。
■怒りを鎮めて収録本番、そこには…
スタジオに呼ばれた私は、廊下を歩きながら例の呪文を唱えた。
「怒りは笑いの最大の敵。怒りは笑いの最大の敵。怒りは笑いの最大の敵……」
何度も何度も唱えた。私にとっては、ドラクエのベホマの呪文よりも回復に効果的である。
そして本番。その番組は、問題が出て、その問題の答えを知ってる、という人だけボタンを押してください、というスタイルでやっていた。
瀬川さんには、その番組に何度もお越しいただいていた。大御所なのに物腰柔らかで、いつも朗らかに我々とワチャワチャ楽しく収録に臨んでくださる方なのだが、答えを知っている人だけボタンを押す、というルールを何度説明してもご理解いただけない。ボタンを押されているので答えを聞いてみると案の定間違えている、というのが毎度のパターンであった。
■「例の呪文」は効いていなかった
その都度、私は突っ込みを入れていた。
「いや、ですから瀬川さん、知らないのに押しちゃダメなんですよ」
「きっとこの答えだと思ったんですよねー」
「ですから、きっと、とか予想で押すボタンじゃないんです」
「じゃあこれは自信がある、って時は押していいんですよね?」
「違います! 自信がある、じゃなく、確実に知っているって時に押してください!」
リンゴ→ゴリラ→ラッパ→パンツのような、毎度お馴染みのやり取りが繰り広げられていた。
そしてこの日も、収録に参加していただいていた瀬川さんをはじめ解答者の皆さんに問いかけた。
「さあ、それではこの答えを知ってるって人はお手元のボタンを押してください」
私の問いかけに、瀬川さんがポツリと呟かれた。
「んー、たぶんあれじゃないかなー。押してみようっと」
瀬川さんがボタンを押すか押さないかの刹那、食い気味に私は叫んだ。
「瀬川ーーーー、押すなーーーー!!!!」
私は思った。
■「やっぱ怒りは笑いの邪魔だな」
大先輩を呼び捨て。もはや突っ込みではなくカチコミ。明らかに楽屋での怒りが突っ込みに乗っていた。しかもふりかけパラパラっと、くらいではなく全部のせ。瀬川さんとしては、お馴染みのやり取りに突入されただけだったと思う。ところが、この日はゴングが鳴るや否やデンジャラスバックドロップでフィニッシュ。なんのことはない、20代の頃より退化していた。
怒りの感情を消し去ることができないまま収録を終え、楽屋に戻ると、私は有田に向かって言った。
「やっぱ怒りは笑いの邪魔だな」
反省と恥ずかしさと後悔の念を込めて呟いた。有田は携帯の顔文字にしたいくらいの苦笑いを浮かべていた。
収録中、瀬川さんの隣に座っていた有田に聞いたところによると、「今日は上田さん、かなり当たりがキツいですねー」と震えるようにおっしゃっていたそうだ。
■怒らない芸人が怒った「余波」
後日その回がオンエアになった後、何人かの人に、「あの時瀬川さんにマジギレしてたでしょ?」とか「アレ、バラエティのテンションじゃなかったよね?」などと言われてしまった。お恥ずかしい限りだし、何より瀬川さんに本当に申し訳ないことをした、という思いで一杯である。
ただ残念ながら、あれから4年、瀬川さんは一度もその番組に来てくださらない。もちろん、あのことが原因でお越しになってないのかどうかはわからない。瀬川さんのスケジュールの都合かもしれないし、その番組も当初と比べゲストの顔ぶれもだいぶ様変わりしたし、形式も変わったので、そういった諸々が重なってお越しになっていないだけかもしれない。でも、しかし、瀬川さんがいらっしゃらないことがずっと気になっている。
私は今、瀬川さんの命令ならなんでも聞く用意がある。瀬川さんが「命くれない?」とおっしゃったら、命をくれる準備があるくらいだ。ですから瀬川さん、またあの番組にお越しいただけませんでしょうか?
あと、総合演出兼プロデューサー氏も楽屋で私と話はするが、なんとなくバリアを張っているような気がする。もうそろそろバリアフリーにしていただけませんかね?
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上田 晋也(うえだ・しんや)
お笑い芸人
1970年5月7日生まれ。1991年に有田哲平と共にお笑いコンビ「海砂利水魚」を結成。フジテレビ系バラエティ「ボキャブラ天国」などに出演し、知名度を上げる。2001年にコンビ名を「くりぃむしちゅー」に改名。コンビとして活動する一方で、豊富な知識を活かし司会者としても活躍している。
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(お笑い芸人 上田 晋也)

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