高級ブランドの代表格であるルイ・ヴィトン。富裕層はヴィトンのどこに価値を感じているのか。
富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんは「彼らは消費ではなく『投資』としてルイ・ヴィトンを買い続けている。その資産価値を支えているのは、皮肉にも『偽物市場』の存在だ」という――。
■一目でわかるロゴは「時代遅れ」なのか
一昔前、日本の街を少し歩けば、右も左も「ルイ・ヴィトン」だった。
空港のターンテーブルで荷物を待っていれば、モノグラムのキャリーケースが流れてこない回はない。老若男女を問わず、誰もがその「LV」のロゴを誇らしげに掲げていた時代があった。それは間違いなく、実用性とラグジュアリーを両立した、日本の「国民的ブランド」としての風景だった。
しかし、2025年の今、その景色は少し様変わりしている。
先日、プライベートバンクで富裕層を担当する金融関係者と話す機会があった。彼は顧客の消費動向について、興味深いことを口にした。
「最近、金融資産3億円以上の顧客で、あからさまなルイ・ヴィトンのモノグラムを使っている人は、表向きにはほぼゼロですね」
ここ数年、富裕層の間で定着した「クワイエット・ラグジュアリー(静かなる贅沢)」のトレンド。ロゴやブランド名を前面に出す「見せびらかす消費」は品がないとされ、上質な素材とシンプルなデザインで、わかる人にだけわかる「静かな余裕」を纏うことが美徳とされるようになった。ユニクロのようなシンプルさと、エルメスのような職人技が同居する世界観だ。

■富裕層の「ヴィトン依存」は消費から「投資」へ
では、ルイ・ヴィトンは富裕層の選択肢から外れてしまったのか?
答えは「No」だ。むしろ、彼らの「ルイ・ヴィトンへの依存度」は、質を変えてより深まっていると言っていい。彼らは消費しているのではない。「投資」しているのだ。
なぜ、トレンドが「ロゴ隠し」に向かう中で、ルイ・ヴィトンだけが別格の扱いを受けるのか。その謎を解く鍵は、意外な場所にある。質屋の買取価格表だ。
富裕層がモノを買うとき、彼らは無意識に「出口戦略」を考えている。つまり、手放すときにいくらで売れるか、というリセールバリューだ。
ここで、ある「連立方程式」が浮かび上がる。
方程式①:高リセールバリュー=高価買取

方程式②:高価買取=圧倒的な需要(人気)

方程式③:圧倒的な需要=偽物製造の動機
この3つの方程式を連立させると、皮肉な結論が導き出される。「偽物の流通量が多いブランドほど、本物の資産価値は盤石である」という解だ。

これを私は、ニュートンの「万有引力の法則」ならぬ、「万有模倣の法則」と呼んでいる。本物が強く輝けば輝くほど、その影(偽物)もまた濃くなる。ルイ・ヴィトンの栄光と偽物の氾濫は、経済学的に見れば表裏一体の現象なのだ。
■正規店で買った42万円が偽物だった衝撃
コロナ禍前、インバウンドで賑わう日本の百貨店で、ある中国人旅行者に話を聞いたことがある。自国にもルイ・ヴィトンの店舗はあるのに、なぜわざわざ日本で並んでまで買うのか、と。
彼の答えは衝撃的だった。
「自国では、正規店で『これをください』と言って店員が奥から新しい在庫を出してきたとき、一抹の不安がよぎる。偽物にすり替えられていないか、と。でも日本の正規店なら、その心配は100%ない。だから日本で買うルイ・ヴィトンには『安心』というプレミアがついているんだ」
実際に、中国長沙市のルイ・ヴィトン店舗で2021年、客が2万2350人民元(約42万円)で購入した「ヴォジラール」のハンドバッグとアクセサリーが、第三者の鑑定で正規品ではないことが判明し翌年に裁判になっている。中国の裁判所はヴィトンに対して、購入にかかった費用の賠償に加え、損害賠償として購入費用の3倍の6万7050人民元(約127万円)も支払う判決を下した。
偽物市場が活発であればあるほど、逆説的に「真正品(オーセンティック)」の信用力は高まり、通貨のような流動性を持つようになる。
富裕層は、単なるバッグとしてではなく、世界中どこでも換金可能で、価値が毀損しにくい「ポータブル・アセット(持ち運べる資産)」として、ルイ・ヴィトンを選び続けているのだ。
■ヴィトンの黎明期は「テック企業」だった
資産価値だけではない。ルイ・ヴィトンが170年以上生き残っている理由は、その出自が「ファッションブランド」ではなく、「テクノロジー企業」に近かったことにある。
創業者のルイ・ヴィトンがパリに店を構えた1854年は、まさに「移動革命」の夜明け前だった。
それまで主流だった馬車移動から、鉄道や蒸気船による大量輸送時代へ。社会のOS(オペレーティングシステム)が書き換わるような激動期だ。当時のトランクは、雨水を流すために蓋が丸く盛り上がっているのが常識だった。しかし、これでは鉄道の貨物室に積み重ねることができない。
そこでルイは発明した。「平らな蓋のトランク」を。
これは単なる形状変更ではない。今で言えば、ガラケーからスマートフォンへ移行するような、ユーザーインターフェース(UI)の革命だった。

さらに彼は、木材に防水加工を施したグレーのキャンバス地「グリ・トリアノン」を採用。軽量で、丈夫で、防水。この「高機能スペック」が、当時の富裕層(アーリーアダプター)たちの心を鷲掴みにした。
最初の顧客の一人が、フランス皇帝ナポレオン3世の妃、ウジェニー皇后だったことは有名だが、彼女が評価したのはファッション性よりも、衣装を無駄なく運べる「機能性」だったはずだ。
ルイ・ヴィトンは、19世紀のAppleだったと言えるかもしれない。移動という人間の行動様式をアップデートするデバイス(トランク)を開発し、それを世界標準にしたのだから。
■ヴィトンを世界一にしたのは、日本人だった
この「機能美」に、世界で最も早く反応した国民の一つが、実は日本人である。
1883年(明治16年)、パリでシリアルナンバー「7720」のトランクを購入した日本人がいた。「Itagaki」という記録が残るその人物こそ、自由民権運動の指導者、板垣退助だ。
髷を落とし、洋装で欧州を視察していた彼は、頑丈で合理的なルイ・ヴィトンのトランクに、近代化を目指す日本の未来を重ねたのかもしれない。このトランクは現存し、日本人がオーダーした最古のルイ・ヴィトンとして歴史に刻まれている。
そして時代は進み、1980年代。
高度経済成長を経た日本人は、パリやニューヨークの店舗に殺到した。
一時期、ルイ・ヴィトンの全世界売り上げの3割以上を日本人が支えていたとも言われる。なぜ日本人はこれほどまでにこのブランドを愛したのか。
よく言われる「モノグラムが日本の家紋に似ていたから」という説だけでは説明がつかない。
より本質的な理由は、日本人の気質にある「モノを大切にする精神」と、ルイ・ヴィトンの「圧倒的な耐久性」が合致したからだろう。「10年、20年使っても壊れない」。この信頼感こそが、高額な出費を正当化する最大の根拠となった。
日本市場での莫大な利益がなければ、1987年のLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループの誕生も、現在のベルナール・アルノーCEOによる世界制覇も、少し違った形になっていたかもしれない。
ルイ・ヴィトンというブランドを「旅の帝国」へと押し上げた影の立役者は、間違いなく日本の消費者だったのだ。

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西田 理一郎(にしだ・りいちろう)

価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役

富裕層向けブランド体験の「物語」を紡ぐナラティブ・マーケティングをプロデュース。また、情報伝達を超えた行動を仕組化し、個の全盛時代において、ラグジュアリー市場での持続的成長を実現する知の「価値共創」戦略を構築する。プレミアムブランドの世界観を体現する戦略的プラットフォームの商品化を手がけ、ミシュラン・ガストロノミーから超高級ライフスタイルまで、文化的価値を経済価値に転換するマーケティング、ブランディングを専門とする。
「to create a Real LIFE 敏腕マーケターが示唆するこれからの真の生き方とは」「Life is a Journey」「食と文化の交差点 ガストロノミーへの飽くなき情熱」などのメディア掲載・連載を通じて真のラグジュアリーとは「所有」ではなく「体験」であり、その体験に宿る物語こそがブランド価値の源泉である――という信念のもと、富裕層マーケティングの新境地を開拓し続けている。主要著書に『予測感性マーケティング』(幻冬舎)、『アフターコロナ時代のトラベルトランスフォーメーション』(ゴマブックス)、『GRAND MICHELIN ミシュラン調査員のことば[特別編集版]』(アンドエト)がある。個人サイト

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(価値共創プロデューサー、ディープルート 代表取締役 西田 理一郎)
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