■臓器移植件数が増加している
2022年、93人。23年は132人、24年130人、そして25年は11月末までに134人。
脳死となり、自らの臓器を移植のために提供したドナーの数だ(一部、医学的理由などにより摘出・移植に至らなかった事例を含む)。
1997年に臓器移植法が成立・施行されてから今日までに、脳死ドナーとなった人はおよそ1300人に上る。
脳死とは脳幹を含む脳の機能全体が失われた状態で、植物状態などと異なって回復することはない。その脳死者の臓器を、他に治療法がない重症患者の臓器と入れ替える治療法が臓器移植だ。
日本では心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸(・眼球)が対象で臓器ごとに移植を受けた人数は異なるが、心臓の場合、臓器移植法施行以来の移植件数が2025年8月に1000件に達した。
法の下での国内の心臓移植は1999年に1例目が行われて以降、多くて年間10例程度で推移したが、2010年に本人の意思が不明でも家族の同意で移植できるとする改正法が施行され、増加傾向に。近年は移植医療への認知・理解も進みつつある。
ここ3年ほどは、移植数が新規登録者を上回っている。
■「自分はもう、家族にも会えずに死んでいくんだ」
臓器移植法下1例目の心臓移植でドナーからの心臓摘出を担当したほか、移植医としておよそ200人の心臓移植患者に関わってきた福嶌教偉医師(現・千里金蘭大学学長)は言う。
「かつては移植を希望しても、5年以上待つことが珍しくありませんでした。しかし今のペースで移植が進めば、4~5年後にはほとんどの心臓移植待機者が2年以内に移植を受けられるようになる。補助人工心臓を使えば、2年なら90%以上の人が安全に移植を待つことができます」
5年超に及ぶ移植待機の末、3年前に心臓移植を受けた男性を取材した際、彼はこう語っていた。
「移植を待っている間にコロナ禍が始まり、長期入院したまま家族にも会えない生活になりました。闘病仲間も次々に亡くなり、自分はもう、家族にも友人にも会えずに死んでいくんだと怖かった。移植が決まったときは涙が止まりませんでした。いただいた心臓を、一生大事にしていきたいと思っています」
日本の移植後の成績は、世界的に見て極めて良好だ。
欧米で約6割とされる心臓移植者の10年生存率は約90%、20年生存率も7割を超える。
臓器移植法制定後の最初期に移植を受け、いまも現役で働く人もいる。これは医療者がひとりひとりのドナー、レシピエント(臓器提供を受けた患者)に丁寧に向き合い、レシピエントもまた、服薬や生活制限を守りながら臓器を大切に引き継いできた結果だ。
しかし近年、こうしたレシピエントの考え方が変わりつつあると福嶌医師は懸念する。
■変化する“臓器提供”が持つ重み
補助人工心臓を付けて待機している間、かつては男性のように長期入院が必要だった。しかし現在は体内埋め込み式の補助人工心臓が発達し、成人なら自宅で生活しながら移植を待つことができるケースも多い。
待機期間も短くなり、「死の恐怖」に直面しないまま移植にたどり着く人もいる。そのこと自体は、移植医療が発展した証左だ。
「しかしその分、心臓を頂くことや、移植後の生活制限を軽く考える人が増えた印象です。
移植の陰には、脳死になり臓器を提供してくださったドナーと、そのご家族がいるんです。ドナーのご家族にとって何よりうれしいのは、大切な家族の臓器が誰かの身体の中で動き続けること。その思いに応えるためにも、ドナーやそのご家族への敬意を持ち続けることが、レシピエント本人にも、医療者や社会にも必要です」(福嶌医師)
福嶌医師が言うように、これまでの日本の脳死臓器移植には計1300人超のドナーが存在し、大切な家族の臓器提供を決断した家族の思いがある。
ただ、これまではいかに移植件数を増やすかの議論が先行し、ドナー家族の声に十分に耳が傾けられてきたとは言い難い。
■「お金いくらもらったの?」家族を苦しめる声
そして多くのドナー家族自身も、積極的に口を開くことができなかった。
福嶌医師は言う。
「日本ではまだまだ、家族の臓器を提供したことを周りの人に言いづらい。『なんでそんなことを』とか、『かわいそう』とか、場合によっては『お金たくさんもらったの?』とか、多くのドナー家族が、周囲からの声に悩まされています」
数年前に脳死になった夫の臓器を提供した三重県の米山順子さんも、周囲の声に苦しんだ経験を持つ。(第1回記事:「だから周りには「夫の最期」を話せなかった…夫の臓器を提供した女性を追い込んだ“知人からの一言”」)
夫の意思に沿って提供を決断したが、そのことを明かすとポジティブな反応はほとんどなかった。ある人からは「いくらもらったの」とも尋ねられたという。
「それ以来、自分の周囲の人には臓器提供したことを話せなくなりました。でも2年ほど前、移植関連のシンポジウムで韓国に行ったとき現地の方に言われたんです。『あなたは自分のしたことを誇っていい』って。『あなたと夫は5人の人を助けた。胸を張っていい』って。はっきりそう言ってもらえたのはそのときが初めてで、感覚の違いに驚きました」(米山さん)
そして、移植の現場がシステムや規則に縛られていること、ドナー家族を支援する体制ができていないことも課題だと、福嶌医師は指摘する。
■“病院の努力頼り”でいいのか
例えばドナー家族には、厚生労働大臣からの感謝状が贈られる。感謝状の宛名はドナー本人だが、受け取るのは家族の代表として署名した人で、それ以外の家族には届かない。
若い男性が亡くなり、家族は悩みながらも提供を決めた。男性の妻の元には感謝状が届いたが、別居する男性の母には届かない。母にとって何より大切な息子の死だが、そこに対するフォローはほとんどなかった。
そのことをきっかけに妻と母の関係は壊れてしまった。
「多くのご家族は深い愛情があるからこそ、本人の意思を慮り、悩んだ末に提供を決めるんです。感謝状1枚で死別の悲しみが癒えるわけではないけれど、2人に贈ったって何の問題もないでしょう。これは一例ですが、硬直化してドナー家族ひとりひとりに寄り添えない場面がいくつもあるんです」
ドナー家族をケアする仕組みも不十分だ。
臓器提供を決断し、法的脳死判定から移植にいたるまでの最後の数日間をどう過ごせるかは病院の努力次第で、しっかりとした別れの時間を持てないこともあるという。
福嶌医師は続ける。
「グリーフケアに熟練した医療者がいて終末期家族を支援する医療チームがあれば、例えば最期にアルバムをつくりませんか、とか、お子さんだったら手形や足形を取りませんか、とか。好きな音楽をかけたり、好きな服を用意したり、そうした時間を持つこともできます。
■「先生は、私たちを利用したんですか」
福嶌医師は、その時々の状況に応じてドナー家族に寄り添うグリーフケア専門家の必要性を長く主張してきた。
しかし、現状はそれに沿っているとはいいがたい。唯一の臓器あっせん機関である日本臓器移植ネットワーク(JOT)は、ドナーとレシピエントのマッチングだけでなく、レシピエントの登録、ドナー家族への説明、移植後の状況把握と報告、感謝状の手配、移植医療の普及啓発など幅広い業務を担っており、ドナー家族ひとりひとりに寄り添ったケアまで十分に手が回らないのが実情だという。
2009年の臓器移植法改正時、福嶌医師は改正運動の先頭に立っていた。そのとき、協力してくれた家族や国会議員らに約束していたことがある。
「絶対にドナー家族を守れる社会にするから、家族の同意だけで移植できるようにしてほしいと訴え続けました。しかし今、それができていない。ドナー家族から『先生は移植推進に私たちを利用したんですか』と問われたこともあります。でも、ドナー家族の思いを忘れた移植なんてあり得ないんです」
福嶌医師はいま、ドナー家族のケアをJOTから切り離した組織で担えないか、模索している。
先出の米山さんは、自身は夫の臓器提供したことを後悔していないとしつつ、こんな言葉を口にした。
「私は、子どもたちをドナー家族にしてしまったんです。こどもたちが、胸を張ってドナー家族だと言える社会になってほしいと思っています」
臓器移植法制定から28年。
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川口 穣(かわぐち・みのり)
ノンフィクションライター
1987年、北海道生まれ。大学卒業後、青年海外協力隊員として中央アジア・ウズベキスタン共和国に派遣、同国滞在中の2011年にライター活動を始める。登山雑誌編集者を経て、現在は雑誌・ウェブで取材・執筆。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長。著書に『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)、構成・文を担当した書籍に竹内洋岳『下山の哲学 登るために下る』(太郎次郎社エディタス)などがある。
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(ノンフィクションライター 川口 穣)

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