■添乗員付きの団体旅行はめっきり減った
テンツキ、という言葉をご存じだろうか。添乗員付きツアーを意味する観光業界用語である。数十人が団体を作ってバスで移動し、目的地に着いたら旗を持った添乗員のあとをついて観光するというパッケージ旅行のことだ。
テンツキは、個人旅行化の流れのなかでめっきり減った。コロナ禍がそれに拍車をかけ、最近の観光庁の統計によると、主要旅行会社の取扱高のうちテンツキが主体の募集型ツアーの割合は2割程度しかない。
しかし、テンツキは今でも健在だ。テンツキでヨーロッパなどの海外旅行に行く人はまだまだ多いし、国内旅行でも高齢者や障害を抱えた人などの間でテンツキへのニーズは高い。
テンツキが少しずつ進化しているのも見逃せない。団体型の募集旅行というと知らない人同士でも夜は一緒に旅館の大広間で宴会というのがよくあるパターンだったが、現在では参加者それぞれが自分の家族や友人と夕食のテーブルを囲むのが普通になっている。
また、海外の観光地では規制が厳しくなり、添乗員の旗はほとんど見かけず、人形やうちわといった物で代用されるようになった。添乗員が大声で参加者に説明をしている姿もあまり見られない。
■「日本一の添乗員」がバリ島で遭遇したトラブル
テンツキの代名詞ともいえる添乗員の役割自体も変わってきた。宴会でかくし芸を披露したり、バス乗車中に歌ったりという、ツアーの盛り上げ役のイメージが強かったが、最近では、ツアーの安全管理者としての側面により重点が置かれるようになってきた。
「時代が変わってお客さまが自分の時間を大切にするようになったためだと思います」。日本一の添乗員を決めるツアーコンダクター・オブ・ザ・イヤー2024で、グランプリの国土交通大臣賞を受賞した大矢千尋さん(37歳、読売旅行所属)は言う。実際、大矢さんの添乗員としての評価が一気に高まったのは、2016年にバリ島のデンパサール空港で遭遇したトラブルの際の臨機応変な対応だった。
ジャワ島とバリ島の5日間のツアーを終え、深夜の帰国便に乗るためツアー参加者20人を連れて空港まできたものの、滑走路亀裂で空港閉鎖になってしまったのだ。ジャカルタで未明に日本への乗継便に乗る予定だったが、出発できず、参加者はデンパサールで延泊することになった。
■「帰れない」と泣き出す日本人を見て…
ところが翌朝になっても新しい帰国便が決まらない。大矢さんは参加者を部屋に待たせたまま、ホテルにやってきた航空会社職員と帰国便の座席確保の折衝にあたった。同じようにホテルで足止めを食らったツアー参加者以外の日本人観光客もおおぜいいたが、英語が話せない人が多く、右往左往するうちに「日本に帰れない」と泣き出す人もいた。大矢さんは見るに見かねて、業務とは関係のない56人の日本人の帰国便の手配を手伝った。
翌日になんとか全員を関西空港経由で帰国させることができたが、ちょうど5月の大型連休中で日本の交通機関が混みあっていたこともあり、大矢さんは「お客さまを無事に帰宅させられるか、終始冷や汗をかきっぱなしでした」と振り返る。
テンツキのツアー参加者は最近高齢化が進んでいて60歳代や70歳代が多い。参加者の安全と体調の管理に添乗員の果たす役割は地味だがますます重要になっている。
ヨーロッパでは、昨年から今年にかけてロンドンでスマホばかり狙った路上盗難が急増するなど、相変わらずスリや置き引きが絶えない。
「『かばんは斜めがけにするだけでなく、必ずチャックが内側に来るように体の前で持ってください』などと呼び掛けているのですが、盗難を完全に防ぐのは難しいですね」と大矢さん。最近添乗したスイス・ツアーでも、ピラトゥス山観光での自由時間に、60歳代の夫婦の奥さんがリュックに入れてあったスマホやパスポート、現金などをごっそりすられてしまった。
■在外公館の場所、現地の歴史、「狩りもの」まで
最寄りに警察署がないので首都ベルンで大矢さんが警察に届け、大使館で帰国に必要な書類を出してもらった。トラブルがあってもほかの参加者の世話がおろそかになってはならず、添乗員は気を抜けない。「ツアーの自由時間の40分の間に大急ぎで警察に行ってきました」と話す。海外添乗のときは可能な限り立ち寄り先の警察署や日本の在外公館の場所を事前に確認しておくそうだ。
添乗員が観光ガイドの役割も担わなければならないこともしばしばだ。観光名所の説明や案内をする現地のガイドがコロナ禍を経てめっきり減ってしまったためだ。
大矢さんは「お客さまに少しでも多くの情報を伝えてツアーを楽しんでほしい」と、目的地の観光情報を可能な限り下調べして添乗に臨む。大矢さんは、ガイドのいないツアーでは必ず訪問する観光地の歴史や地名の由来といった情報をA5版のリングファイルにまとめ持参する。11月に添乗した北イタリアのツアーでは資料2冊とCDを用意した。CDには道中のバスの中で参加者に聞かせるカンツォーネの曲を入れていった。
「狩りもの」と呼ばれるブドウ狩りやいちご狩り、リンゴ狩りといった国内のバスツアーでも、事前に農園や現地のガイドからネットには載っていない情報を仕入れていく。リンゴなら新聞紙に巻いてビニール袋に入れる、ぶどうなら房から実をとって洗って拭いてから食品用密封容器で保存するなど、「狩った」果物の自宅での保存方法まで参加者にアドバイスしている。
■日本一の添乗員が明かす「クレーム対応」
一方、ツアー参加者からのクレーム対応も添乗員の重要な仕事だ。バスの出発時間の遅れや食事やホテルへの不満など参加者からあらゆるクレームが添乗員に飛んでくる。
大矢さんが経験から学んだクレーム対応のこつは、まず、クレームをつけてきた参加者の言い分を十分に聞くこと。「途中で口をはさみたくなっても我慢します。全部話をうかがった後で、こちらの言いたいことを伝えます」と言う。話を遮るとかえって話がこじれる恐れがあるからだ。
次に、こちらから話をするときにも「言葉を選んで、決してお客さまの言葉の否定からは入らない」のが鉄則だ。実際には、クレームそのものが客の勘違いのこともあるという。時には10分以上時間をかけて、じわじわとクレームの主を説得していく。
もちろん、カスタマーハラスメントに該当しかねないクレームもないではないが、「こちらの感じ方とお客さまの感じ方が違うこともあるので、(カスハラだと)一概には言えません」と大矢さん。相手の精神的な許容量を図りつつ対応するが、それでも解決しない場合には、ツアーを主催する旅行会社に連絡し判断をゆだねる。
■一番多いクレームは「部屋割り」
事前に説明しているはずの旅程についても、現地に到着後、ルート外の観光地にも行きたいと言い出す参加者もなかにはいる。香川県小豆島のツアーで往年の名作映画『二十四の瞳』(1954年)のロケ地を訪れたとき、一組の参加者が旅程に入っていない近くの映画村も見てみたいと強く主張したが、旅程上難しいことを丁寧に説明した。結局、その参加者は納得せず、「離団証」にサインしてもらってツアーを一時離れてもらった。
クレームに一番発展しがちなのが、ホテルの部屋の割り振り。ホテルによっては部屋の位置によってエレベーターや階段からの距離がまちまちだったりするので、ツアー参加者を完全に公平にするのは難しい。高齢だったり、足が不自由だったりする参加者から順にエレベーターに近い部屋を割り振るなど事前に最大限の配慮をしている。
「階段しかない部屋があったりすると、どうしても40歳代や50歳代の比較的若い参加者の方にその部屋を割り振ることになりがちですが、そのような場合でもバスの座席の位置などほかのところでその方が損をしないようにしています」と苦心のほどを明かした。
■添乗員はピーク時の半分近くまで減っている
意外なのは、富裕層向けのツアーではクレームが比較的少ないということだ。飛行機や新幹線の時間が遅れたりしても文句を言う参加者はあまりいない。観光地をこまめに回るより、ホテルでの滞在や食事を楽しむことに重点を置いている人が多いようだ。「時間とお金に余裕があるせいか、ツアーの最中でも鷹揚に構えるお客さまが目立ちます」と大矢さんは話す。
テンツキの変化に合わせて役割も変わってきた添乗員だが、旅行を仕事とする魅力的な職業には変わりない。しかし、観光ガイドと同様、若い成り手が少なく、人出不足が大きな問題となっている。日本添乗サービス協会の統計によると、2008年に約1万1000人いた添乗員は6600人台にまで落ち込んでいる。
テンツキが減って添乗員の仕事が減ったのもたしかだが、添乗員の待遇がほかの業種にくらべて決して良くないことも人手不足の一因だ。給与のレベルもさることながら、多くの添乗員の場合、実際の添乗回数に応じて収入が変化する。観光需要がほぼ消滅したコロナ禍の間は収入が激減し、やむなく転職した添乗員も少なくない。大手添乗員派遣会社の経営者は「添乗員の収入の安定化が今後の課題」と指摘する。
■「インバウンド富裕層向け添乗員」が新たな花形に?
一方で、全国的に高齢化が進むなかで、これからも添乗員を必要とするツーリストが存在するのも間違いない。
また、急増する訪日外国人旅行者は、富裕層になればなるほど観光ガイド的な知識と語学力を備えた添乗員を必要としており、すでにインバウンド向けの添乗員・ガイドの養成は喫緊の課題となっている。
大矢さんは「しんどい仕事ですが、いろんな国に行けて文化などに触れることができるし、何よりお客さまがだんだんと可愛らしくみえてくるんです。添乗員はやめられません」と話す。
最高視聴率31.7%を記録した昭和の恋愛ドラマ『男女7人夏物語』で明石家さんまが演じる主人公の男性の職業は添乗員だった。海外旅行が一般の人の間でもようやく普及してきた時代の花形職業だったのだ。
放映から40年近くたち、観光のあり方そのものが変化する中で、添乗員は新たな花形職業になれるのか。日本の観光業界全体が試されているともいえそうだ。
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坂元 隆(さかもと・たかし)
ジャーナリスト
1983年読売新聞社に入社、国際報道記者としてニューデリーで3年、ワシントンで8年特派員を務める。経済部記者、国際部長、論説副委員長などを経て、2014年に読売旅行に。18年に社長、23年に会長に就任。また19年からは、月刊誌「旅行読売」を出版する旅行読売出版社の社長も兼ねた。25年に読売旅行退任後はフリージャーナリストとして主に観光・国際分野を取材している。
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(ジャーナリスト 坂元 隆)

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