国税局の職員はどのようにして脱税を見抜いているのか。税理士で、元東京国税局職員の佐藤弘幸さんは「国税局の職員にもさまざま仕事があるが、繁華街を担当する『ハンカ』と呼ばれる部署では、夕方から朝方までキャバクラや風俗などを調査していた。
特に風俗店は脱税を見抜くのが難しいが、閉店後のとある動きを追うことで実態を掴むことができる」という――。
※本稿は、佐藤弘幸『国税最強の精鋭部隊「コメ」』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■“夜の街”を担当する「ハンカ」
さまざまな手法で脱税に関する情報を収集している国税局のなかで、もっとも情報収集能力の最も高いセクションが、課税部にある資料調査課、すなわち「コメ」だ。
コメの現場が過酷なゆえに、配属される職員も税務署のなかでとりわけハードワークを強いられる特別管理部門(トクチョウ、税務署のなかで不正計算が想定される事案を担当)や繁華街・特定地域担当部門(ハンカ・トクチ、風俗などの現金商売担当)といった部署から這い上がるケースが多い。
悪質事案の経験を積み、無予告調査に必要な機動力や洞察力に長けている者を即戦力として吸い上げているのだ。
「ハンカ」は私も経験があるが、新宿、渋谷、銀座、新橋、横浜などの歓楽街を管轄する8つの税務署にのみ設置されている。飲食店や風俗店をターゲットとし、全件無予告で臨場する。無予告なので、当然、トラブルがつきものだ。
コメの場合、国税局という看板があるので相手もしぶしぶではあっても折れやすいが、税務署となると、なめてかかられることも少なくない。入り口で揉めることが多く、それが調査官にとってはストレスになる。私の相方は、調査着手前に頻繁(ひんぱん)に下痢を起こしていた。
調査を受ける側と同じように、調査をする側も極度の緊張を強いられるのが無予告調査なのだ。

■手ごわい相手が多い風俗店
昼間も現場に足を運んで調査することはあるが、本番は夕方5時以降。私服に着替え、夜の街へと繰り出す。これがハンカの役割だ。
1件目は飲食店や居酒屋を調査し、時間を見ながら風俗店に潜入、夜が更(ふ)けるとクラブ、スナック、キャバクラ、外国人パブなどを攻めるというのが基本的な流れだ。夜中から朝までは、税務署の人間は内観調査になど来ないだろうと舐めているととんでもない。はやっている店舗については、閉店後の人や金の動きまで追跡するのだ。
事前調査の段階では客を装って店に入ることもある。そうなると飲み食いしないわけにはいかないので、どうしても過食気味になる。太って尿酸値が上がるうえに、風俗店の場合は、運が悪いと性病をうつされることもある。文字どおり過酷な現場だ。
なかでも風俗店は、手強い相手が多い。客として入ったり、店の前に張りついて入客数をカウントしないと、本当の売り上げが見えてこない。
たいていはどの女の子にどういうお客さんがついたかなどをリスト表にしているので、まずはそれを探す。
また風俗店の場合は、売り上げをどこに持っていくかを見極める必要がある。税務署に提出しているような資料にはA社の誰々と書かれているが、本当のオーナーは違うことが多い。
■「オーナー事務所」を突き止めようとするが…
店舗にいるのはほとんどが雇われ店長なので、閉店後に必ずキャッシュをどこかに持っていく。夜間金庫に入れる場合もあるが、それだと売り上げがわかってしまうので、オーナー直属の事務所に持ってこさせるのが一般的だ。
その事務所がどこにあるかを把握するために後をつけるのだが、彼らが運転するクルマはベンツやクラウンが多く、馬力があるので、公用車でついていくのはなかなか難しい。苦労してようやくその事務所を突き止めても、証拠を隠滅されていることが多い。
お互い、何十年という歴史のなかで調査したり、されたりの関係なので、向こうも隠すことにかけてはプロ。しかも現金商売なので、隠されたら見つけるのは容易ではない。ハンカ勤務時代はかなりきつかったので、それがトラウマになっている。
いまだに担当した地区の繁華街は歩きたくない。当時やり合った調査関係者に会うと、何をされるかわからないからだ。

しかしこうした現場を経験していると、コメに行っても即戦力として活躍できる。8つの税務署のハンカを経験したなかから数人は、毎年必ずコメに上がってくる。そういう厳しい現場で鍛えておかないと、コメでは即戦力として使えないのだ。トクチョウもしかりである。
■「コメ」になれば出世の道が開かれる
そしてコメで活躍できれば、1年間で税務署での数年分以上の経験ができる。コメのノウハウは、賛否両論はともかく、国税職員に不可欠の技術だ。
余談だが、ハンカにいると風俗店で使われている隠語についても詳しくなる。風俗店では客の数を「1本」「2本」と数えるが、これは何も性器のことを表しているわけではない。昔の遊郭では、線香を立てて、それが燃え尽きるまでを客との行為に及ぶ時間とした。つまり、線香がタイマーの役割を果たしていたのだ。それを数えての「本」だったのだ。
「バンス」なんて言葉もある。
風俗嬢が店から前借りすることだが、英語の「アドバンス」が由来のようだ。どうでもいい話だが。
国税局のエリートコースは、法人課税課などの主管課や総務・人事なのだが、現場業務でも出世の道がある。それがコメなのだ。コメのプロパーになるには、3年以上の在籍が必要といわれる。プロパーになれれば、実査官→主査→総括主査→課長補佐→指定官職→資料調査課長という道が開かれる可能性がある。
税法の勉強が苦手で、法律解釈を扱う審理畑は難しいとか、組織運営ができるようなキレものでない人間でも、調査現場で成果を上げれば、幹部登用への道が残されているのだ。出世すれば、当然給料も上がる。コメにいれば出世できるかもしれない――。悪質納税者をただすという本来の目的は当然だが、一方で出世がコメの調査マンの原動力となっている。
■優等生よりも“一芸”のある職員が求められる
一日当たり14時間以上も働くモチベーションは、コメにいれば勤務評定が高くなるということに尽きる。
一般職員のスタートは誰もが税務署。
成績を残していかないと、国税局や国税庁に上がることはできない。大きな組織なので、当然、派閥はいろいろある。ただ東京国税局の場合は、組織が大きい分、捨てる神あれば拾う神もあり、干されても地道にやっていれば自分を拾ってくれる上司があらわれることもある。復活が可能なのだ。
私にもそういう経験がある。ところが地方の国税局にはそれがないので、主流に乗れなければそれで終わってしまう。30代も半ばを過ぎると、その後の人生が決まってしまうのだ。東京国税局は標準的な能力というよりも、特殊能力を買ってくれるところ。それがあれば、主流で生きていくことができる。
競争が激しいので、平均点を取っているだけでは上に行けない。他人より抜きん出た能力がひとつふたつないと、人の上に立つことはできないのだ。
■「コメの女」も増えてきている
約30年前、コメには女性実査官がほとんどいなかった。

国税局員だけで調査チームを構成する課税第二部第三課に一人いたことがあるが、税務署との合同調査で署員を指揮する任務にあたる課税第二部第二課には一人もいなかった。ところが、女性の社会進出を促す世の風潮の影響なのだろう。最近では、6人に1人くらいの割合で配置されている。一つの課に4~5人程度の割合である。
「お姉ちゃん人事」と揶揄(やゆ)されることもあるが、今ではコメの男以上にデキる「コメの女」もいる。コメの女は、コメをキャリアのひとつとして着実に出世していく。
局内の出世のバロメーターである係長ポストに就く率は男性よりも高いといわれる。将来の幹部候補生であるのは間違いない。

----------

佐藤 弘幸(さとう・ひろゆき)

元東京国税局・税理士

1967年生まれ。プリエミネンス税務戦略事務所代表。税理士。東京国税局課税第一部課税総括課、電子商取引専門調査チーム、統括国税実査官(情報担当)、課税第二部資料調査第二課、同部第三課に勤務。主として大口、悪質、困難、海外、宗教、電子商取引事案の税務調査を担当。2011年、東京国税局主査で退官。著書に『国税局資料調査課』(扶桑社)、『税金亡命』(ダイヤモンド社)、『国税最強の精鋭部隊「コメ」』(扶桑社新書)がある。

----------

(元東京国税局・税理士 佐藤 弘幸)
編集部おすすめ