■動物写真家・星野道夫さんの悲劇
前回、とある観光客がSNSへの投稿を目的にヒグマに接近し、自撮り写真を撮影して命を落とした事件をご紹介したところ、思わぬ反響があった(参照〈TikTokで子グマへの餌付けを撮影中に、母グマが後ろから現れ…自然をナメた「迷惑観光客」が辿った末路〉)。
ヒグマに限らず、野生動物が自然の中で見せる愛らしい姿を見てつい撮影したくなる気持ちは理解できるが、実際には大きな危険がともなう行為であり、動物の生態を熟知したプロの写真家でさえ、被害に遭うこともある。
その代表例と言えるのが、動物写真家の星野道夫さんの悲劇だろう。
TBSの人気番組「どうぶつ奇想天外!」の撮影チームがヒグマ撮影のためにロシアのカムチャツカ半島を訪れたのは1996年7月だった。
一行の内訳は、動物写真家の星野道夫さんと、ロシア人ガイド2人、TBSのディレクター、カメラマン、アシスタントの3人の計6人。
星野さんは慶應義塾大学に進学しながら、神田の古書店で手に取ったアラスカの写真集に魅せられて単身渡航。アラスカでの体験をレポートにして提出しギリギリ卒業したというエピソードも残っている。
大学卒業後はカメラマン助手を経てアラスカ大学フェアバンクス校に入学。以降、グリズリーをはじめとするアラスカの野生動物たちの写真を次々に発表。1990年(1989年度)には『アラスカ:極北・生命の地図』(朝日新聞出版)で写真家の登竜門ともいえる「木村伊兵衛写真賞」を受賞。また、大自然の中での体験をつづったエッセイも高く評価されていた。
■世界の「食害事件」との共通点
「どうぶつ奇想天外!」のカムチャツカロケは星野さんの持ち込み企画で、「ヒグマと鮭」がテーマだったという。
カムチャツカ半島には手つかずの自然が豊富に残されていて、エサとなる鮭もたくさん遡上してくる。そんなカムチャツカで、鮭を追うヒグマの姿をカメラに収めようという企画だった。
TBSの一行が目指したのはカムチャツカ半島南部に位置する「クリル湖」のほとりだった。クリル湖は直径約7キロの巨大なカルデラ湖で、カムチャツカ半島の中でも特にヒグマの生息数が多い地域として知られている。
この時、TBS側のスタッフ3人とロシア人ガイド2人は木造の小屋に宿泊していた。だが、星野さんだけは小屋から3メートルほど離れた場所に自分のテントを張って泊まっていたという。
万が一ヒグマが襲ってきた場合、薄い布製のテントでは攻撃を防ぎようがない。
以前ご紹介した環境活動家のティモシー・トレッドウェル氏の死亡事故でもヒグマはテント内にやすやすと侵入し、同行のガールフレンドとともに食害している(参照〈現場には「時計をつけた腕」だけが残っていた…米国版「ムツゴロウさん」が巨大野生グマと戯れた後に起きたこと〉)。
日本国内でも1970年に発生したいわゆる「福岡大ワンダーフォーゲル部ヒグマ事件」では、人間が宿泊するテントをヒグマが襲い、倒壊させて3人を食害している。
ヒグマが多数生息する地域において、あえてテントに宿泊するのは危険な行動だったはずだ。
■TBSが妄信した「安全神話」
この経緯について、TBS側は事故直後のプレスリリースにおいて、次のように説明している。
小屋は決して大きくはないが六人が寝られない程ではなく、五人も小屋で寝起きするよう進(ママ)めたが星野さんは『皆がそうしていること。またこの時期川を上がってくる鮭で食料も豊富なので、ヒグマも人を襲うことはない』とテントでの寝起きを続けていた(以下、小坂洋右、大山卓悠著、山と渓谷社刊『星野道夫 永遠のまなざし』からの引用)
この時TBS側は「現地ではヒグマによる事故が起きていないから安全」という認識を持っていたようだ。
TBSがのちにまとめた「遭難報告書」ではこのように説明されている。
当地域には時折、ヒグマが出没することがあるが、音をたてれば、すぐに逃げていた。また、この時期は湖には六〇〇万匹もの鮭がオホーツク海から遡上し、食料が不足するようなことはないことからも、ヒグマの襲撃など今までなかったという」(前掲書)
また、同報告書では「地元科学者、レプスカ氏(カムチャツカ漁業・海洋学研究所)の見解」として、次のようなコメントが紹介されている。
私はクリル湖畔の当研究所で、一六年間夏期調査のため、勤務しているが、その間クリル湖畔でクマが人を襲ったことは一度もありませんでした。以前に働いた人の話によっても最近六〇年間、クマが人間を襲ったケースは記録されていません(前掲書)
■テントを襲ったのは「250キロのヒグマ」
事件は1996年8月8日未明に起こった。
『星野道夫 永遠のまなざし』の記述によると、事件前日となる7日の夜、TBSスタッフ3人が就寝したのは午前0時ごろだったという。
就寝前に星野さんが小屋にやってきて「ヘッドライトが見つからない。貸してくれ」と頼んだという。さまざまな原稿の締め切りに追われていた星野さんは、自分のテントの中で遅くまで執筆していたらしい。
星野はヘッドライトを受けとると、自分のテントに戻っていった。
クリル湖畔に星野さんの悲鳴が響き渡ったのは、翌8日未明だった。
小屋で寝ていたTBSクルー3人およびロシア人ガイド2人が駆けつけると、ヒグマがテントを押しつぶし、星野道夫さんを引きずりだしていた。
TBSのスタッフたちは「ヒグマが星野さんをくわえて森の中に逃げ込むところ」(TBSのプレスリリースより。前掲書からの引用)を目撃したが、もはやなす術がなかった。
五人は近くのサイエンスセンターに避難し、現地のロシア人に通報した。午前六時にロシア人による捜索隊が編成され、ヘリによる現地警察の捜索も始まった。その結果午後一時頃、もり(ママ)の中で星野さんの遺体が発見され、まもなく星野さんを襲ったと思われるヒグマが捜索隊によって射殺された
射殺されたヒグマは「体長二メートル強、体重二五〇キロの七~八歳と思われる雄」だったという。
■死後に流布された「自己責任論」の違和感
「著名な動物写真家がヒグマに襲われ亡くなった」というニュースが日本国内をかけめぐると、全国から星野さんへの哀悼の意が寄せられた。一方で心ない憶測や批判も一部で巻き起こったという。
特に、TBS側のプレスリリースおよび遭難報告書で、星野さんが周囲の制止にもかかわらず危険なテント泊を続けた」と説明されていたことも、星野さんへの批判に火をつけた。ヒグマ専門家としての星野さんの見識、能力が疑問視されると同時に、「動物の写真を撮るために危険な行動を取ったカメラマン」というイメージも一人歩きしていったのだ。
ただ、その後、星野さんを直接知る人々は、そうした批判や汚名をそそぐために、事件の実態についての調査を続けた。彼らの努力によって、事件の真実はTBS側の当初の発表とはいささか異なっていたことが明らかになったのである。
TBS側のプレスリリースを読む限り、事件現場にはTBSスタッフ3人とロシア人ガイド2人しかいなかった印象を受ける。だが、実際には、アメリカ人カメラマン、カーティス・ハイド氏も現地に滞在しており、星野道夫さんとも交流していたことが明らかになった。
■星野さんが「第三者」にかけた一言
事件発生前の7月27日にクリル湖畔入りしたハイド氏は、最初の夜は星野さんのテントの隣に自分のテントを張ったが、「寝る前に星野道夫が想像もしなかったことを言いだした」という。
「あのさあ、クマが出たら起こしてくれない」
カーティスは一瞬、聞き間違いではないかと思って「何だって?」と聞き返した。
「クマが出たら起こしてくれる」
星野道夫はそう言って自分のテントに入って行った。
約二時間半後、深夜の一時頃に、外から聞こえてくる物音に、カーティスは跳ね起きた。最初は地面を掘るような音だったが、バンバンと何かをたたくような激しい音に変わり、ドスンドスンという感じで響いてくるようになった。何事かと寝袋から這い出し、ジッパーを開けてテントから出ると、音は小屋から二、三十メートルほど離れた食料庫の方から聞こえてくる。おそるおそる近づいてみると、大きなヒグマが食料庫に乗って、トタン屋根の上でせわしなく飛び跳ねては降りているのが目に入った。明らかに、食料庫を壊して中の食料を奪おうとしている様子だった。
「クマが出たら起こしてくれ」と星野道夫が言ったその意味が、この時ようやく分かった。一行がクリル湖畔に入って以来、この三日の間にきっと同じようなことが起きていたのだろう(前掲書)
■「餌付け」がクマを怪物に変えた
このヒグマが餌付け行為によって人慣れしており、いつ人を襲ってもおかしくない危険な個体だったことも明らかになった。
その大きな方のクマが人から餌をもらって食べているところを見たのは、七月三十日のことだった。この日の朝、カーティスは観察タワー近くのたき火のそばで、地元テレビ局のオーナーが、大きな方のクマを撮影しているのを見つけた。自分は二百五十メートルぐらい離れたところにいたが、クマが何かを食べていることは分かった。食べ物は明らかに人工の入れ物に入れてあり、その人物はクマからほんの三メートルぐらいのところに立ってビデオカメラを回していた。
(中略)案の定、その日も日が暮れると例のヒグマが現れた。そして、はしごの下に後ろ足で立ち、前足をタワーに掛けて犬が餌をねだるような仕草をし始めた。クマの行動が専門のウイリアム・リーコックの顔に驚きの表情が浮かんだ。彼にはすぐさま状況が飲み込めたようだった。
「誰か、このクマに餌を与えているやつがいる」(前掲書)
■なぜTBSは対策を講じなかったのか
餌付け行為により人慣れしたヒグマは、人を襲う危険なヒグマに変貌しかねない。
今年8月に知床半島の羅臼岳で登山客がヒグマに襲われた事件でも、観光客の餌付けによりヒグマが凶暴化していた可能性が指摘されている(参照〈観光客がヒグマに「スナック菓子」を与えている…知床・羅臼岳に「殺人グマ」が出現した恐ろしい背景事情〉)。
つまり、TBS側の「現地ではヒグマの事故が起きておらず安全」という認識は全くの誤りだった。
それどころか、事件当時はいつヒグマの襲撃が発生してもおかしくない危険な状況にあったといえる。TBS側がこの認識のもとに、撮影を中止するか、最低でも星野さんを説得して小屋に泊まらせるなどの対策を取っていれば、事故は防げた可能性がある。
推測だが、TBS側のスタッフはヒグマに関する知識に乏しかったので、ロシア人ガイドや、星野さんの判断に従うことが多かったのではないか。
もちろん、当時の星野さんは世界的に著名な動物写真家であり、ヒグマをはじめ野生動物の生態にも明るかった。TBS側が星野さんの意見を遮り、説得するのは難しかったに違いない。
■「アラスカの常識」が通用しなかった
ただ、星野さんのヒグマに関する知識は、大半がアラスカで得たものだった。
アラスカでは野生動物の保護が確立しており、人とヒグマの共生が実現している。ヒグマへの餌付けは厳禁とされてて、人慣れしたヒグマが出没することはなかった。
一方、1996年当時のカムチャツカ半島では、ソ連崩壊後の混乱から抜けきれないでいた。外貨獲得のために外国人観光客を大量に呼びこんでおり、野生動物の知識を欠いた観光客がヒグマに餌付けし写真を撮影するといった悪質なケースも横行していたという。
このようなことが影響し、星野さんは現地のヒグマの危険性を過小評価してしまった可能性がある。
そうした星野さんの判断を、TBS側が正すことができなかったことが、事故の遠因となったと考えられるだろう。
ただ、ロケの全責任を負うのはTBS側だ。その意味で、事前の調査や安全確認が本当に徹底されていたのか、という疑問が生じるのは当然だろう。
また、「TBS側の責任」とされるのを避けたいがゆえなのか、プレスリリースや遭難報告書の記述が、「事故原因は星野さんの判断ミス」をほのめかす表現になってしまっていることも問題ではないだろうか。
発生から20年以上が経過した事件ではあるが、野生動物との向き合い方を考える上で、多くの反省点を含んでいるといえるだろう。
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中野 タツヤ(なかの・たつや)
ライター、作家
出版社で書籍・Web編集者として活躍したのち独立。ヒグマ関連記事を多数手掛けた経験をもとに、日本および世界のクマ事件や、社会・行政側の対応について取材している。tatsu_naka1226@ymail.ne.jp
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(ライター、作家 中野 タツヤ)

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