■「日本叩き」の裏で進む経済苦
台湾をめぐる11月の国会答弁に端を発し、中国の日本叩きが止まらない。
反発の背景に、台湾問題は中国の譲れない国益と位置づけている中国共産党の事情がある。加えて党として、不況で高まる中国国民の不満を日本へ逸らしたいとの思惑がある可能性があると指摘されている。この指摘を裏付けるかのように、借金生活に転落する中国国民の事例が相次いで報じられている。
ニューヨーク・タイムズ紙は今年8月、中国政府が国民に対し、もっと消費し、もっと借金をするよう求めていると報道。4年間続く景気低迷からの脱却を図るためだという。中国の金融規制当局は今年3月、銀行に対し、消費者の融資を拡大し、より柔軟な返済条件を提示するよう指示した。
この政策は市民の首を絞める可能性がある。同紙によると、2021年から2024年にかけて中国の家計貯蓄総額は50%増加した一方、返済不能となった借入件数はほぼ2倍に膨れ上がった。貯蓄できる層と借金に溺れる層の二極化が急速に進んでいる。同紙は中国の慣用句を引き、政府の施策は「渇きを癒すために毒を飲む」行為だと断じる。
■「終わることのない借金のループ」
実際、借金生活に陥る若者が相次いでおり、その実態は悲惨だ。
上海に住む27歳のテック企業勤務の男性は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に応じた。ネットの消費者金融アプリで借りた金を、別のアプリへの返済に充てることが多いという。「終わりのないループに囚われている」と語り、不安に押しつぶされそうだと胸中を明かしている。
男性が借入を始めたのは、大学時代だったという。通販サイト・アリペイの後払いサービスで、生活費の支払いを少額ずつ後回しにするところから始まった。2019年に卒業すると、借入額は7000ドル(約110万円)以上に膨らんでいた。安定した職があれば少しずつ返せる額だが、卒業後も3年間半分ほどをほぼ無職で過ごした。気づけば借金で借金を返し、金利は雪だるま式に膨らんだが、それでも彼は、金利の仕組みすら理解していなかったという。
若者だけではない。かつて成功を収めた起業家も、同じ泥沼にはまり込んでいる。
杭州に住むある女性は大規模な教育事業を手がけていた。ピーク時には30カ所以上の学習塾を展開し、生徒数は5万~6万人。年間売上は1億~2億元(約22億~45億円)に上った。事業をさらに拡大すべく、個人ローンを組んで数百万元(100万元は約2200万円)を事業に投じていた。
■年商45億円の女性経営者がブラックリスト入り
だが、コロナ禍に加え、中国政府による学習塾規制策が追い打ちをかけた。行きすぎた教育熱を抑えるため、学校以外での学習事業を取り締まった施策だ。
事情を報じた英エコノミスト誌によると、この女性の事業は破綻。家と車を売って返済に充てたという。銀行との交渉は、比較的穏やかだった。パンデミック中、政府が債務者への柔軟な対応を求めていたこともあり、数万元(1万元は約22万円)の利息が免除された。
一方、女性がネットで借りた貸金業者は容赦なかった。業者が雇った「圧力犬」と呼ばれる取り立て人が、本人だけでなく友人や親族にまで執拗に電話をかけ続けた。
「中国では親に悪い知らせを伝えないのが普通。だから両親はとても、とても傷つきました」と女性は語る。執拗な取り立てによって借金問題が両親に知れ渡り、家族との信頼関係まで崩れた。うつ状態に陥り、いつしか自殺も頭をよぎるように。夫からは離婚を告げられた。
裁判所ですら、彼女を救いはしなかったという。女性は「社会的信用」のなさを示すブラックリストに登録された。以来、飛行機にも高速鉄道にも乗れない。高級ホテルへの宿泊も禁じられている。年間売上45億円を誇った事業家が、今や移動の自由すら奪われた生活を送っている。
■「低金利ローンがあることを知らない」
これほど多くの中国人が借金地獄に陥るはなぜか。
香港中文大学アジア太平洋ビジネス研究所の専門家は、米政府が運営する国際放送サービスVOAの取材に対し、「香港の人々なら、低金利ローンを選べることを知っています。しかし、中国本土の人はこの考えに馴染みがないのです」と指摘する。低金利で安全に借りられる選択肢があることを知らないまま、高金利のクレジットカードやネット上の融資に安易に手を出してしまうという。
さらには、一般市民が銀行の融資を受けにくいという構造的問題もある。山東省の銀行員はVOAに、「(銀行に)お金を借りに来るのは富裕層です。一般の人は返せなくなることを恐れて、借りに来ようとすらしません」と語る。
ところがその警戒心は、クレジットカードとなると一気に緩んでしまう。クレジットカードであれば、身分証があり、信用記録に傷がない限り、容易に発行される。その手軽さが仇となる。
VOAによれば、中国本土では消費の伸びが給与の伸びを上回っており、借入のリスクやコストを十分に理解していない人が多い。資金繰りが苦しくなった時点で利息はすでに膨らみ、返済不能に陥るケースが後を絶たないという。
■出前アプリが「お金を借りますか?」と尋ねる
中国における手軽すぎる融資の危険性を、米メディアも取りあげている。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のヴィクター・シー教授(経済学)は、ニューヨーク・タイムズ紙の取材に対し、中国ではネットで消費者金融から借り入れることが「おそらく他国よりも容易です」と語る。大手サイトであれば、ほぼ例外なく独自のローン申し込みページを用意しており、国有銀行と連携しているという。
住宅市場の崩壊で融資先が縮小した国有銀行にとって、今や消費者向け融資が新たな収益源となった。中国では元々、決済アプリが普及している。アプリでの支払いが広く受け入れられていたことから、各種の消費者金融サイトは瞬く間に、手軽な資金調達手段として広がった。人々は利息がクレジットカードよりも割高という認識すらなく、高金利の融資サービスに飛びついた。
融資の誘惑は、ネット上のあらゆる場所に潜んでいる。ニューヨーク・タイムズ紙は、出前アプリで食事を注文する際ですら、「食事代を借りますか?」と尋ねられることがあると伝えている。手続きは驚くほど簡素だ。身元情報と職業の情報を入力するだけで、資金はほぼ即座に振り込まれる。
■借金額を競うインフルエンサーたち
こうした環境の中、借金苦に陥った市民の声が中国各地から相次いで報じられている。
湖南省長沙市で事業を営む30代男性は、2~3年前からネットの金融会社で借り入れるようになった。当時は審査が緩く、簡単に融資を受けられた。だが今、10万元(約220万円)以上の債務を抱え、返済の目途は立たない。VOAの取材に「誰も助けてくれません。返済を遅らせることしか思いつかない」と苦境を吐露している。
上海に住むミレニアル世代(概ね30代~40代前半)の女性も窮地に立たされている。エコノミスト誌によると、勤務先のソフトウェア会社が資金繰りに行き詰まり、給与が支払われなくなった。生活費のためネットで申し込める融資サービスに手を出し、気づけば3万元(約60万円)の借金を抱えていた。
彼女が活路を求めるのは「債務コンテンツ」だ。借金生活の苦労をSNSで動画配信し、インフルエンサーとして収入を得る人気ジャンルがある。「自分は1000万元(約2.2億円)の借金がある」「いや私は1億元(約22億円)だ」と、配信者たちは競い合う。だが、すでに配信自体が供給過多の状況にあり、この女性のチャンネルもぱっとした成果は挙がっていない。
■裁判所が中国版TikTokで債務者をさらす
返済に苦しむ債務者に対し、当局の対応は容赦ない。
中国最高裁判所は2013年から、債務不履行者のブラックリストを公開している。これまでに約700万人が登録された。氏名や身分証番号が公開され、社会的圧力をかけて返済を迫る仕組みだ。
ひっそりと行政のブラックリストに載るだけならば、特段注目を集めることはない。しかし、この制度の影響力を高めるべく、恐ろしいテスト事業が広西チワン族自治区の首都・南寧で始まっている。
米ビジネスメディアのクォーツによると、地元の裁判所が債務不履行者の顔写真と名前、身分証番号を動画にまとめて、音楽に合わせて晒しているという。若者に人気の動画アプリ「ドウイン」で公開しているのだ。国際版アプリのTikTokに相当する、同じバイトダンス社による中国国内版アプリだ。
狙いは的中した。6月20日、約7万8000ドル(約1200万円)の債務を抱えた男性が裁判所を訪れ、支払いを申し出た。「友人全員に見られるのでとても恥ずかしかった」と、男性は人民日報に語っている。裁判所は動画内で、債務者の居場所を通報した人へは報奨金を支払うと告知している。
裁判所がこうした手法に踏み切った背景には、債務者の所在把握が難しい事情がある。同裁判所執行部門長は人民日報に対し、「ドウインは人気があり、視聴者が増えている。ユーザーに『老頼』(借金を踏み倒す者)を見つけてもらえれば、驚くべき効果がある」と語った。
裁判所が動画プラットフォームを活用するとは意外性があるが、債務者にとっては人生を台無しにされかねない。友人や同僚に顔と名前を知られ、社会的信用を完全に失う。返済のため素性を隠して地道に働いている人であれば、働き口を失うおそれもあるだろう。
■個人破産が許されない中国の制度
社会的制裁を受けた債務者に、再起の道はあるのか。答えは絶望的だ。
多くの先進国では個人破産をすることで債務が免除され、人生を再出発することができる。日本でも一般に、個人破産をした場合でも、5~10年ほど経過すれば金融事故の履歴が削除され、クレジットカードを作ることができる可能性がある。
だが中国本土に、そうした制度は存在しない。ニューヨーク・タイムズ紙によると、一度でも債務不履行を起こすと信用記録に消えることのない傷が付き、将来の借り入れは完全に不可能となる。
英フィナンシャル・タイムズ紙は、個人破産制度の整備や企業ローンに対する個人保証の制限など、起業家を守る法的枠組みの構築が中国にも求められると論じる。
一方、わずかな希望の光もある。深セン市は2021年3月、本土初となる個人破産制度の試験運用を始めた。香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストによると、これまでに500件以上の申請が審理され、債務再編や清算、和解の総額は1億9300万元(約43億円)に達している。
だが、完全に債務を免除された例は一件もない。また、95%以上は他の組織との再編となっており、事業の清算が許されるのはごくわずかに過ぎないという。安易な自己破産を許さない行政上の方針を反映したものだが、専門家は「一部は制度上の欠陥によるものであり、個人破産制度に対する理解が欠如している」と指摘する。
広州の弁護士は同紙に対し、「債務返済のためにできることを全てやりましたが、最終的に失敗に終わったケースがいくつかあります」と打ち明ける。「そのうちの一人は、ついに希望の光を見ることなく命を落としました」
■ハイリスクな中国の環境で国民が苦しんでいる
再起の道が示されない中国で、起業家の自殺が相次いでいる。フィナンシャル・タイムズ紙は、かつて活気に満ちていた起業家たちの名前が、企業紹介ではなく訃報欄に登場するようになっている、と報じた。
背景には、企業が存続しにくい構造的な問題がある。同紙によると、中国における中小企業の平均持続年数は4年未満。アメリカの8年、日本の12年超と比べると、3分の1程度に過ぎない。富と影響力を手にしていても、それを長く維持することは極めて難しいのが中国だ。
短命に終わる要因として、不動産セクターの崩壊や、過剰な規制による先行きの不透明さがあり、経営環境が良好でないことが挙げられる。教育事業で失敗した前掲の女性も、政府による急な学習塾の取り締まり策がなければ、今も裕福な暮らしを続けていたことだろう。
こうしたハイリスクな事業環境に輪をかけるように、事業が失敗した際のセーフティネットがないことは無視できない不安要因だ。テック系ベンチャーを中心に勢いに乗る中国企業だが、国際的に成功する一握りの企業の影には、人知れず借金生活に沈んでいく若き挑戦者たちの存在がある。
一般市民においてはやや事情が異なるものの、出前アプリを通じて金融知識なく借金を誘われるなど、やはり債務への入り口は日常の至る所に潜んでいる。「貯金好き」で知られる中国の国民性だが、不景気の風が吹き荒れる昨今、親戚に相談することも叶わず借金を抱え込む事例は後を絶たない。
借金をめぐるあまりに深刻な国内情勢に、中国中央銀行の人民銀行が動いた。ロイターなどによると12月22日、2020年以降に生じた1万元(約22万円)までの個人債務の延滞記録について、来年3月末までに完済することを条件に、信用情報から延滞の事実を削除すると発表している。
同行は目的について、国民の信用記録を改善したいと発表している。だが、延滞の事実を抹消しては本末転倒であり、信用情報自体の信頼が揺らぐ。強い動機付けをしなければ回収の見込みが立たないなど、厳しい状況を反映している可能性がありそうだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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