NHKが2025年10月から始めたネット業務「NHK ONE」が大コケしている。前サービスの「NHKプラス」からの移行が進んでいないのだ。
次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「受信料が危機的な状況に瀕するだけでなく、ネットの世界でNHKの存在感は極めて希薄だ」という――。
■「放送100年」で苦境に立つNHK
2025年は、本来なら放送100年の記念すべき1年だった。
1925年にラジオ放送が始まった時は、開局第一声でバラ色の社会像が示された。ところがラジオからテレビへと移行した放送界は百年後に大きな曲がり角に立つ。
特にNHKは長年に渡り先導役を務めて来たが、インターネット時代に後れを取り、さらに生成AI時代の入り口で、次の方向性を見いだせないでいる。
苦戦①:ネット対応
2025年に、NHKは大きな転機を迎えた。1つはインターネットをNHKの必須業務と位置付ける放送法が前年に改正され、25年10月から「NHK ONE」が始まったことだ。
従来の「NHKプラス」などのアプリや各ホームページを集約したものだ。ところが新サービスが始まって1カ月での「NHKプラス」からの移行は約201万件、11月末でも235万件に留まった。
旧サービスの9月末でのID数は約668万件だったと報道されている。しかも一週間あたりの視聴UB数は約264万(第1四半期平均)。旧サービス登録者の大半は2~3カ月の間、全くNHKのネットサービスを利用していない計算になる。

そもそも「NHKプラス」のID数は、人口比では1割に満たない。TVerアプリのDL数と比べても10分の1以下で、ネットの世界でNHKの存在感は極めて希薄と言わざるを得ない。放送ではリードする局面が多かったが、ネットでは大きく出遅れているのである。
■2030年代に受信料が5000億円を割り込む可能性
苦戦②:受信料問題
インターネットの必須業務化には、テレビを持たない世帯が増えている状況を前提に、受信料制度を維持・安定化させる意味もあった。ところが出遅れ感がこれだけ強いと、新たに受信料を払い始めるケースは稀だろう。
しかもネットによる受信料収入増を語る以前の問題として、従来の受信料が危機的な状況に瀕している点が一番の問題だ。もともと受信料制度は、「特定の勢力、団体の意向に左右されない公正で質の高い番組や、視聴率にとらわれずに社会的に不可欠な教育・福祉番組」を届けるためにできていた。
ところが不払い率2~3割が続き、公平負担の観点からこの10年で法の力を前提に受信料収入増を果たしてきた。いわば性善説から性悪説に転じていたのである。
受信料収入はグラフにある通り、ピーク時(2018~19年)には7000億円を超えていた。いかに法の力が絶大だったかがわかる。ところがコロナ禍や受信料徴収制度の変更で、2020年以降下がり始めた。
さらに菅義偉政権時に受信料の1割値下げが決定打となり、24年は遂に6000億円を割り込んだ。
今後を展望すると、状況はさらに悪化する可能性がある。人口減・世帯数減に加え、テレビ所有世帯も減るからだ。2030年代にはピーク時の3割減、5000億円を割り込む可能性もあり得る。
新会長の就任が発表された井上樹彦副会長は、「支出削減をやり切る。受信料収入の下げ止まりを何としてでも実現する」と語った。ただしコスト削減こそやりようはいろいろあるが、収入増は簡単ではない。
■受信料収入の減少期にNHKができること
対応策①:収支均衡
では増収策が容易でない中での採りうる対策は何か。1つは受信料収入減にあわせて、経営資源の選択と集中を進め収支均衡を図る道だ。井上新会長も「1300億円の支出削減、2027年収支均衡化」を記者会見で宣言している。
実際にNHKが今年1月に修正した「経営計画(2024-2026年度)」では、受信料収入は微減を続け27年度は5590億円・事業収入5770億円と示されている。そして事業支出も、「構造改革を断行し、2027年度までに1300億円規模(2023年度比)の削減」としている。

1300億円の内訳は次の通り。コンテンツ関係600億円程度、設備投資500億円程度、営業や管理間接業務100億円程度、経常的経費100億円。確かに実現可能かもしれない。ただし収支均衡という名の“負のスパイラル”では、事業としての展望が開けないし、職員のモラルも保ちにくい。やはり増収策を積極的に展開し、時代にあわせた新しい業務を開発することが組織として望まれる。
対応策②:関連会社による増収
NHKには子会社・関連公益法人等・関連会社などがある。その中にあってNEP(NHKエンタープライズ)・NED(NHKエデュケーショナル)などは、80年代に放送法改正を受けて設置された経緯を持つ。業務効率化・ソフト資産などの社会還元・NHKへの財政的寄与・視聴者負担の抑制などが目的だった。つまり受信料収入が減少期に入った今こそ、その存在意義が問われる。
実はBBCも今世紀に入って以降、国内での民業圧迫論に対して“海外展開など、民間が実施していない部門の強化”を掲げ、積極策に転じていた。“世界に英国の価値観を広める”とBBCワールドが世界に打って出たのがその一例だ。
これをNHKに当てはめると、まず可能性があるのが大河ドラマだ。
連続ドラマの時代劇は、今や民放はどこも制作していない。ところが24年の『忍びの家』『SHOGUN 将軍』、25年の『国宝』のヒットでわかる通り、日本の伝統文化は世界に通ずる可能性を持つ。ならば大河ドラマも世界展開を最初から視野に入れて制作したらどうだろうか。
他にもNHKスペシャルや「映像の世紀バタフライエフェクト」、社会派ドラマなどは、たとえ視聴率が低くとも世界全体を市場とみれば視聴者は一定数に達する。海外展開を前提に制作すれば、社会還元と財政的寄与に貢献する番組を作ることは十分可能だ。
100年前にラジオ放送が始まった際、当時の社団法人東京放送局の後藤新平総裁は「(ラジオは)今後の国家・社会に対して新たなる重大価値を加え民衆生活の枢機を握る」「(ラジオなくして)将来の文化生活を創造することができない」と演説を始めた。
そして放送について、以下4つの機能を挙げた。
「文化の機会均等」

「家庭生活の革新」

「教育の社会化」

「経済機能の敏活」
これらの機能を武器に、放送は報道・教養・娯楽を各家庭に届け、日本社会や経済に寄与してきた。ところが先述したようにインターネット時代に出遅れ、生成AIが牽引する現代では周回遅れの感が否めない。
コンテンツの世界発信は今や日本の重要政策でもある。視聴率狙いでなく、特定層に響く深い番組制作に注力すれば、新たな道が拓けるだろう。そこでは生成AIの活用も十分考えられる。

NHKの新たなベクトルに期待したい。

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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)

次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。

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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)
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