年末年始、ご実家ですごされた方もおられたのではないでしょうか。久しぶりに会った親御さんはお元気でしたか?
「少し見ないうちにずいぶん足元がおぼつかなくなったなあ」
「親父とおふくろ2人だけなのに、こんなに醤油を買い込んでどうしたんだろ」
「冷蔵庫を開けたら異臭、奥の方から腐ってとろけた長ネギが」
などということはなかったでしょうか。
もしそのようなことをご実家で経験したら、早急に介護体制を整えなければならないサインだと思いましょう。高齢になれば程度の差や速度に違いはあろうとも、多かれ少なかれ、遅かれ早かれ、脚力をはじめとした筋力低下や認知機能の低下は、誰にでも起こり得ます。
ご夫婦であれ、すでにどちらかお亡くなりになってお一人で住まわれているのであれ、たとえ今は誰の助けも要らず自力で生活できていても、いつかは必ずそうはいかなくなるときが訪れます。それは徐々にとはかぎりません。急に訪れることも十分あり得るのです。
拙著『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』でも触れましたが、「そのとき」の備えについて、帰省のときこそ親子、家族で話し合っておくまたとないチャンスであると言っても良いでしょう。
■日本の会社の「休みにくさ」問題
さて前回の記事では、体調不良となった場合の「休み方」の話題を取り上げました。
日本は先進諸外国のなかでも、有給休暇のほかに賃金保障されるシックリーブ制度の導入がもっとも遅れている「世界でもっとも休みにくい国」であることをお示ししましたが、それには非常に多くの読者の皆さんから反響をいただきました。
今回は、同じ「休みにくさ」でも、体調不良ではなく、家族(多くの場合は親でしょう)の介護に充てる休みについて取り上げてみましょう。体調不良時の休みにくい構図と奇しくも似た構図が、そこにはまざまざと見えてくるのです。
まずは介護にかんする事実関係から整理しておきましょう。
昨年は団塊の世代が75歳以上となる「2025年問題」が注目された年だったこともあって、現役世代のビジネスパーソンが親の介護を担う「ビジネスケアラー」というワードもよく耳にするようになりました。
耳にするだけでなく、これらのビジネスケアラーが爆発的に増加している現状ですから、読者の皆さんのなかにも、じっさいに家族介護の渦中にいらっしゃる方もおられることでしょう。
かくいう私もそのひとりです。
夫婦2人暮らしの老親はまだ寝たきりではなく排泄も自力でできているため介護需要は現時点ではそれほど多くないものの、冒頭に挙げた「異変」にはずいぶん前から気づいていました。介護サービスを利用しながら、また妻の多大なる協力も得ながら、私自身も医師として診療・教育・研究にたずさわるかたわら、ほぼ毎週末は実家通いの生活です。
■「約9.2兆円の経済損失」という試算
ビジネスケアラーのなにが問題かというと、この世代の多くは職場でも中堅から管理職世代であることもあって、職場でも重要な地位にあり多忙。そこに親の介護が重なることで仕事との両立が困難となり、体調を崩したり離職してしまったりという事態を引き起こしかねないからです。
これらは介護者個人のリスクであることは言うまでもありませんが、彼らが所属する企業や組織、さらには社会そして国全体にとっても大きなリスクになると言えます。あるシンクタンクの試算によれば、介護離職によるマクロの経済損失は2030年に約9.2兆円に達する可能性まで指摘されています。
国としても危機感をおぼえて当然です。まったく無策というわけではありません。
たとえば、育児・介護休業法の整備と義務化によって、企業にたいして介護休暇や介護休業の取得要件緩和や、所定外労働の制限など、ビジネスケアラーへの最低限の支援策を義務化しています。
また、企業が社員の介護離職を防ぐために外部の専門家による介護支援制度(コンシェルジュサービスなど)を導入し社員に利用させた場合や、社員がじっさいに介護休業制度などを利用したのちに職場復帰した場合などに支給される「両立支援等助成金」という、経済的支援も企業にたいしておこなっています。
■休業3カ月は“準備”で終わる
そのほか、企業と地域の介護サービス事業所がスムーズに連携できる地域包括支援センターなどの「ハブ」の整備をすすめることで、企業に情報提供をおこない、企業も社員も地域のサービスを利用しやすい環境づくりはおこなっています。
しかし、これらだけでは急増するビジネスケアラー問題への「実効性」の観点からは、はなはだ心もとない、いやきわめて不十分と言わざるを得ません。
まず家族介護のために仕事を離れて休業できる制度である「介護休業」ですが、これは対象家族1人につき通算93日が上限です(期間内には最大3回まで分割取得可能)。つまりたった3カ月です。
介護休業について、「自分が介護をするための休み」と誤解している人も少なくないかもしれませんが、介護は長期におよぶことがほとんどです。これではとうてい足りません。
事実上、これは要介護者が一時的に状態悪化した場合や、介護体制を整えるための準備期間、多くの場合は「プロに介護を任せるにあたっての環境整備期間」くらいにしか充てられないのです。
■だから「介護隠し」が横行する
さらに、金銭面での実効性にも疑問が残ります。
介護休業は法律上「無給」が原則であり、企業が独自に賃金を保障しないかぎり、その間の収入は途絶えます。
雇用保険から支給される「介護休業給付金」というセーフティネットはあるものの、支給額はそれまでの賃金の2/3ていど。
介護休業とは別に、短時間勤務やフレックスなど所定労働時間の短縮措置を企業に義務づけるものや、労働者が請求した場合、事業者は残業させてはならないという法的措置もありますが、これも収入減とキャリア継続のトレードオフが生じるため、ビジネスケアラー問題を根本的に解決する施策とはなっていません。
そもそもたった数日の「カゼ」で休むだけでも「謝罪」が必要な職場で、3カ月もの介護休業や、週1回の「通院のための早退」が快く受け入れてもらえるものでしょうか。けっきょく、社員は家族に要介護者がいることを職場に言わない、いわゆる「介護隠し」を選び、組織のBCPは「静かに、しかし確実に」崩壊していくこととなるのです。
つまり現在おこなわれている国のビジネスケアラー対策は「絵に描いた餅」と言ってもまったく言い過ぎではないのです。
■さらに制度は自己負担を増やす方向へ…
さらに別の問題も浮上してきているのをご存じでしょうか。それは介護保険制度の改悪問題です。
要介護度には1~5の5段階がありますが、比較的軽度とされる要介護1・2の要介護者へのサービスについて、介護保険財政のひっ迫を理由に保険給付から外す、あるいは自己負担を増やす方向へと議論されているのです。
もしこの制度改悪が強行されたらビジネスケアラーはどうなってしまうのでしょうか。
これらの比較的軽度の要介護者は、施設入居でなく約9割が在宅介護となっています。つまり施設にまかせっきりにはできず、介護の主体は家族ということになります。しかも軽度とはいっても冒頭のような状況をはじめ、家族や第三者であるプロの介助や援助が日常的に欠かせない状況でもあるのです。
もちろんこれらを担うプロの方々への手当ても重要です。高市政権は「臨時改定」として、2026年から介護職にたいして最大1万9千円賃上げをおこなうことを決めたと報じられました。
これは一見「高市政権の大英断」のようにも思えますが、その財源は介護報酬の上乗せや加算による介護事業所への手当です。つまり、職員全員にそのまま1万9千円が賃金アップとして行きわたるかは、きわめて疑問といわざるをえないのです。
さらにその「財源」を「軽度者へのサービス削減」で捻出しようとするのであれば問題の解決にはまったくつながりません。それどころか、今以上にビジネスケアラーが穴埋めせざるを得なくなって金銭的にも肉体的にも負担が増大することは、誰の目にも明らかでしょう。
これは「介護職への支援」を「ビジネスケアラーの労働」で支払わせているに等しいものです。国はビジネスケアラー問題について積極的に対策しようとしないばかりか、むしろ足を引っ張る施策まで繰り出そうとしているわけです。こんな理不尽な「共助」の構図がつくられていることを、いったいどれだけの人が気づいているのでしょうか。
そもそも国家としての危機管理はいったいどうなっているのでしょうか。
■予算は防衛費7.9兆円の0.45%
「危機管理」といえば、他国の脅威からの防衛力増強を真っ先に思い起こしてしまいがちですし、高市政権は約7.9兆円もの巨費を投じてこれらにたいする「予防的危機管理対策」をおこなおうとしていますが、「ビジネスケアラーの介護離職」は、今まさに私たちの目前にある危機、いや今まさに多くのひとがじっさいに巻き込まれている「実在している危機」です。
しかしこの「実在している危機」、年間約9.2兆円にのぼるともいわれる経済損失にたいする対策予算の規模は、わずか約358億円です。
このあまりにアンバランスな国の危機管理意識について、一刻も早く多くの人が気づいて声をあげなければ、介護離職問題は「個人の問題」ではなく、企業の経営リスクいや「国家レベルの経営リスク」になることは火を見るよりも明らかです。
まずはビジネスケアラーが負い目を感じることなく企業に要介護者を抱えていることを打ち明けられる組織風土を。
そして負い目なく介護休業や時短勤務の権利が行使できる環境整備を。
なにより国は、その組織風土や環境整備の責任を企業まかせにすることなく、強力な予算配分と現状の問題点を解決する新たな法整備とその義務化を。
そしてプロの介護者の手当拡充にくわえて、軽度とされる要介護者の介護サービス削減方針の即時撤回を。
「個人の責任」や「短期的なコスト削減」にとらわれて、働く人の健康や就業の持続可能性をおろそかにしてしまえば、企業はもとより“国家のBCP”も崩壊してしまうことに、為政者は気づくべきでしょう。それこそが危機管理。それこそが「組織防衛、国家防衛のための戦略的投資」なのです。
“介護保険制度改悪”の最大の山場は2027年の介護報酬改定ですので、その結論出しは2026年末ということになります。
つまり今年は、ビジネスケアラーにとっては死活を決める最も重要な年。議論から、目が離せない1年となることは間違いありません。
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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。
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(医師 木村 知)

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