奈良県立医科大学は入試改革により、定員50人以上の入試区分でのランキングで全国トップ3に躍り出た。理事長で学長の細井裕司さんは「2013年度入試から後期日程重視の入試に改革した。
その結果、全国から優秀な受験生が集まるようになった」という――。
※本稿は、細井裕司『挑戦する人か、文句を言う人か 奈良医大7883日の奮闘と大改革』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■東大理3・京大医落ちを狙え
(国公立大学入試制度で)分離・分割方式が採用された当初は、多くの大学が前期、後期の両日程で試験をしていた。しかし数年後には、前期日程だけで試験する大学が増えた。関西で医学部のある8つの国公立大学医学部の募集定員は合計900人ほどだが、私が後期日程入試を行っている医学部の減少に着目した2010年頃、後期日程での試験を維持しているのは奈良医大と大阪大学医学部だけとなった。
人数にすれば奈良医大が20人、大阪大学が15人のわずか35人だ。そのうち大阪大学医学部も後期日程試験を取りやめた。もはや全国的に見ても、後期日程試験を残す大学は少数であった。私はこの状況を見て、チャンスだと感じた。後期日程試験を実施するのが奈良医大だけになれば、東京大学理科3類や京都大学、大阪大学の医学部を不合格になった受験生の多くが本学の後期日程を受験するようになるだろう。
後期日程の募集定員を増やせば、それだけ優秀な学生を全国から集めることができると私は確信した。受験には運の要素も大きいので、東大を不合格になった人が合格した人よりも大きく劣るということはないはずだ。
少なくとも入試偏差値だけは、全国トップクラスの大学と肩を並べることができるかもしれない。
■教授会で多くの反対にあう
そこで私は2011年、当時の吉(※吉は「つちよし」)岡章学長に後期日程重視の構想を提案し、「入試改革委員会」をつくっていただいた。委員は当初10人規模で構成する案が示された。
だが、それでは議論が冗長になりかねない。5人に絞り込むことを提案し、私は入試改革委員会委員長として改革案のとりまとめに着手した。従来の慣行を大きく転換し、後期日程を重視する入試戦略だ。しかし、医学科教授会で待っていたのは多くの反対だった。最大の理由は、「全国から優秀な学生を集めると、卒業後の臨床研修の段階で県外の病院を希望する学生が増える」というものだ。
背景には、2004年に義務化された新医師臨床研修制度がある。新卒医師が大都市の研修病院に流出し、地方の大学病院は深刻な医師不足に直面していたのだ。各科の教授たちは、とにかく一人でも多くの新卒医師を自らの医局に入れたいと思っていた。そのため「全国から学生を集める」という私の提案は、かえって人材流出を招くリスクと捉えられた。

■教授たちの研究室を訪ね歩いて説得を試みた
また、「いったん奈良医大に入学後、在籍したまま東京大学理科3類や京都大学医学部を再受験する仮面浪人が出るのではないか」という危惧も示された。実際、改革当初の数年間は数人の仮面浪人が存在したが、その後は減少した。
私はこうした反対を前に、正面から説得を試みた。将来、世界に認められる研究者や医師を育成するには、やはり優秀な学生の確保が欠かせない。そこで、反対した教授たちの研究室を一つ一つ訪ね歩いて「優秀な学生を、さらに優秀にして送り出すことこそ教育者の使命ではありませんか」と繰り返し語りかけた。
卒業生を奈良県内に残すには、キャリアの構築支援など、また別の取り組みが必要だ。
こうした私の主張に理解を示す教授が少しずつ増えていった。採決をとったのは2011年6月14日の教授会だった。賛否が拮抗する中で、後期日程重視の入試改革案は、僅差で賛成票が反対票を上回った。これにより、2013年度の入試から奈良医大は全国的にもまれな「後期日程重視」への転換を正式に決定したのである。
■全国トップクラスへの躍進
こうして、奈良医大では2013年度入試から、従来の枠組みを大きく転換し、後期日程に募集定員の多くを振り分ける戦略を開始した。直近の2024年度入試の本学医学部医学科の募集定員は、推薦入試37人(地域枠22人・緊急医師確保枠15人)、一般入試前期日程22人、一般入試後期日程53人で、後期日程に重点的に募集定員を配分している。

先に述べた通り、全国の医学部において後期日程の募集定員はごく少数で、多くの大学が前期日程一本で実施していた。その中で奈良医大があえて後期日程を主軸に据えたことは、当時としては大胆な挑戦だったと思う。
入試改革後、奈良医大の後期日程入試には、全国から優秀な受験生が集まるようになった。これは、大手進学塾などが発表する入試偏差値という形で成果が出ている。図表1のグラフは、河合塾が毎年発表している入試難易度予想ランキングから作成した。後期重視戦略により、偏差値が70台となっていることが分かる。
■偏差値70以上となり全国トップクラスの仲間入り
偏差値は、全国の進学希望者や高校の進路指導担当者が重視する基準の一つである。ただし、募集定員が少ないと推定誤差が大きくなり、偏差値の信頼性が低下する。定員5人のみで70台になるのと、50人で70台になるのとでは、意味合いが異なる。そこで、入試改革を念頭に掲げて以来、私は一貫して、募集定員が50人以上ある日程の入試、すなわち各大学が重点的に配分する日程に限って比較を行うようにしてきた。図表2のランキングは、この方法に基づいたものだ。
河合塾のデータで、2026年度の募集人数50人以上の国公立医歯薬系入試の二次試験偏差値を見ると、奈良医大後期(募集定員53人)の二次試験偏差値は70.0で、72.5の東大理3(前期・同97人)、京大医学部(前期・同103人)に次いで第3位となっている。
年度によって若干の変動はあるものの、2013年度の入試改革以来、奈良医大後期日程入試の偏差値は、常に70以上で全国トップクラスの仲間入りを果たしている。
改革当初に寄せられた「全国から学生を集めても、卒業後に県外に流出してしまうのではないか」という懸念は確かに無視できない。しかし、入試の目的を「優秀な学生の獲得」と明確に定め、そのための戦略を一貫して実行したことで、奈良医大は全国医学部の中で存在感を大きく高めることができた。県内定着をいかに実現するかという課題は別途の取り組みで対応すべきであり、入試改革の本旨をぶらさずにいたことが功を奏したといえる。

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細井 裕司(ほそい・ひろし)

奈良県立医科大学理事長・学長

大阪府生まれ。1975年奈良県立医科大学卒業。92年近畿大学医学部助教授を経て、99年奈良県立医科大学耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座教授。2005年奈良県立医科大学附属病院 副院長 兼務のあと、2014年から現職。専門は、聴覚医学、耳科手術(新手術法の開発と実践)。業績として、超音波聴覚(Lancetなど国際誌18論文)、軟骨伝導の発見(国際誌28論文)、住居医学・MBT(Medicine-Based Town、医学を基礎とするまちづくり)の創設などがある。一般社団法人MBTコンソーシアム理事長、奈良県医療審議会会長。著書に『軟骨伝導聴覚』(全日本病院出版会)、『MBT』(三省堂書店/創英社)など。


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(奈良県立医科大学理事長・学長 細井 裕司)
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