■靴紐の先端を、1センチ削る
129グラム。単一電池約1個分。
それが、2025年8月に発売されたメタスピードの最新モデル「METASPEED RAY」(以下、レイ)の重さだ。
初代のスカイ約199g、エッジ約188gに比べると、60~70g軽くなっている。メタスピード開発チームが、「削れるものはすべて削る」姿勢で「あと1グラム」の削減に臨んだ結果である。
例えば靴紐。初代シリーズから、2024年に発売された3代目でより軽量になったのだが、レイでは、靴紐の先端についているプラスチックの小さな部品「セル」も約1センチ短くし、太さも約1ミリ細くして軽くしている。
靴が地面にふれる部分「アウトソール」の厚みは「3ミリないくらい」まで薄く。
また、通常のランニングシューズは、グリップ力を高めるために「エンボス加工」と呼ばれる凹凸が施されているが、レイはそれも取られた。
「プロのランニングフォームで走ったときに問題がないか、グリップ力は何度も突き詰めました。レイにはトレイルランニング用のアウトソールを使っており、エンボスがなくてもグリップします。むしろない方が地面と“噛む”んです」
加えて、アウトソールに使っているラバーは水切れもよく、「雨の日のレースでも抜群のグリップ力を発揮してくれる」と、アスリートから評価が高い。
■「糊」の重さすら惜しかった
靴の大部分を占める生地「アッパー」も、軽く通気性を高くするため、極限まで目を荒く。しかしながら、アスリートが力強く引っ張ってもやぶれない素材をフランスから取り寄せた。
さらにレイでは、アッパーとアウトソールの間の「ミッドソール」の構造も変えている。
通常は2層仕立てで間にカーボンプレートを挟んでいたが、レイは安定性よりも軽量性に重きを置いたため、1層構造に。
2つのミッドソールを貼り付ける「糊が減らせる」こともポイントとなった。
数ミリ、数グラムでも「削り出す」。執念を感じる試行錯誤である。
「トップアスリートにテスト実証してもらい、減らせる部分はどんどん削り出していきました。
筆者は取材時レイを持たせてもらったが、「うわっ」と思わず口走ってしまうほど軽かった。とても靴とは思えない、例えるなら、ティッシュ箱を持った重さに近かった。
■「怪我したくない」ハッとさせられた選手の言葉
しかしもちろん、すべてを削ったわけではない。
初代モデルを開発していた頃、竹村さんはランナーから「怪我したくない」と言われたことがある。――その言葉に、ハッとした。
「プロフェッショナルな人たちで、ご家族もいて。生計を立てていくためには、好成績を出さなきゃいけない。それも、ずっと安定して成績を上げなければならないので、怪我は一番避けなくちゃいけないものなんだと」
生計、成績、家族。怪我をしたら、すべてに悪影響が出る。だから、安定性を担保する「ゲージ」――道路に接する幅は減らさず確保した。
削るところは、削る。
でも、アスリートの安全を最優先に。
その軸は竹村さんのなかに刻み込まれている。
■「分かるんだけど、分からない」
開発を進める中では、意外な壁にもぶつかった。見た目だ。シューズのデザインが、選手の心を惑わせていたのだ。
メタスピードの内部構造では、踵の方が厚く設計されている。前に進む力を生むためだ。しかし、ミッドソールのシルエットデザインで前のほうが厚く、重心があるように見えてしまう。
選手たちは履いて、「ちょっとこれ、踵がのけ反っちゃうような気がする」と訴えた。
「でも実際の中身はこうなんですよ。後ろの方が分厚い」と説明しても、「分かるんだけど、分からない」と言われる。頭では理解できても、不安が残ったのだ。
「レース中5キロで、『なんか今日、ちょっと前に進みにくいな』と思ってしまうと、あと37キロ、ずっと不安を抱えたまま走ることになります。それだと変な方向に行ってしまいかねない」
そのため内部構造はそのままに、シルエットデザインを修正した。3代目の「PARIS」(以下、パリ)シリーズからだ。「体感、感覚的なところも調整していっています」と竹村さん。数値では測れない領域がある。選手の「不安」を取り除くことも、シューズ開発の一部なのだ。
■「タネ」は、すでに蒔いてあった
メタスピードは、2026年1月の現在までで、4シリーズ発売されている。
最新モデルは、2025年7月に発売された「METASPEED TOKYO」(以下、トウキョウ)シリーズだ。このとき最軽量約129gのレイが加わり、ランナーは、約170gのスカイトウキョウ、エッジトウキョウ、レイと、3種類のメタスピードから選べる形となった。
厚みは、いずれも39.5mm(最大値、以下同)。世界陸上連盟の厚みの規定があり、中敷きからアウトソールまでの厚みが40mm以下でないと履くことができない。誕生から5年で、その限界である40mmに迫る、39.5まで分厚く仕上げたのだ。
初代メタスピードエッジの厚さは35.5mm。スカイは199g、エッジは188gだった。そう考えると、恐ろしいスピードで進化を遂げている。
なかでもレイは、前作のパリから1年3カ月で開発された。2024年2月に廣田会長から号令がかかり、2025年に発売。それができた理由を、竹村さんはこう明かす。
「開発の際はいくつもの『タネ』を蒔いています。プランを3つくらい用意して、AがダメならB、BでダメならCと移行していくのです。そうしたら失敗しても開発が止まることはない。そして、採用されなかったアイデアもタネとしてストックしておきます。そうすれば必要になったとき、すぐに取り出せますから」
レイも、2024年に発売したパリの時点で「タネ」があったそうだ。
「もっと軽いものを作ろうって話になった時に、あれ使おうかっていう話になった。どうしようじゃなくて、あれやんな、と」。失敗は、次のタネになる。
■開発に終わりはない
アシックスは選手たちの信頼をじわじわと取り戻し、2024年の箱根駅伝ではシェア24.8%でナイキに続いて2位になった。努力が報われた瞬間だった。続く2025年も25.7%で2位。ナイキは23.3%のシェアで3位落ち、しかし、アディダスがシェア36.2%を獲得してトップになった形だ。
10月18日に行われた予選会では、山梨学院大学のブライアン・キピエゴン選手が全体1位、中央学院大学の近田陽路選手が日本人1位になったのをはじめ、本選出場の上位10名のうち、31%がメタスピードを着用していた。
2026年の箱根駅伝本番で、アシックスはどこまでシェアを伸ばすのか。
竹村さんは具体的な予想を明かさなかった。うつむき加減に微笑んでこう言った。
「CプロジェクトのCは頂上。常に頂上を目標に掲げています。もちろんランナーのコンディションにもよりますけれども、我々としては、頂上になる確率をどれだけ高めるかが大切だと思っております。だから、開発に終わりはありません」
ライバル各社ももちろん、努力を続けている。
そして、新しいものを出し続けなければ、契約選手が「このブランドでいいんだろうか」と不安になるという背景もある。
だから常に、次の「タネ」を蒔いているのだ。詳細は秘密だが、足を止めずに開発は続いている、とニヤリ。目下の目標は、「ワールドマラソンメジャーズ」と呼ばれる世界7大マラソンでの表彰台だ。
■シューズが129g以下になる日
ところで、これ以上軽い靴はできますか?——尋ねると、一瞬、言葉を詰まらせた。
「お、お、お、お。まあ、常に我々としてはやっぱり新しいものをやっていくんで、それを目指して動いてはいます。これ以上言うと、あっち(取材立ち会いをしている広報担当者の方向を指して)から吹き矢が飛んできますから……」
129g以下のランニングシューズに私たちが出会う日は、意外に近いのかもしれない。
しかし、そもそもこのCプロジェクトは、どうやって生まれたのか? その震源地は、2019年11月のボストンにあった。
後編では、Cプロジェクトを起ち上げた廣田康人会長にインタビュー。投資家に「ボロクソ」に言われ、眠れなかった夜。「言い訳から入った」という自戒、「運動からっきしダメ」というコンプレックス、そして409円から3950円へ――株価10倍の復活劇の舞台裏に迫る。
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笹間 聖子(ささま・せいこ)
フリーライター、編集者
おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。
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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)

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