コメ価格が高止まりし続ける理由は何か。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「残念ながら、農政については与党だけでなく、野党も含めて一致している。
誰もコメ価格を下げる気がなく、鈴木農水大臣の政策を支持している。消費者が重い負担を強いられる状況が続くだろう」という――。
■これほどメディアに出る農水大臣は初めて
大臣就任後から鈴木憲和農水大臣はTV局に盛んに出演している。前任者の小泉氏を含め、これまで様々な農水大臣を見てきたが、これほどマスメディアへの露出度が高い大臣は初めてだ。
立派な政策を掲げて国民にアピールしようとするなら出たいという気になるのも分からないでもない。しかし、コメの価格が高騰している中での前政権の増産から減産への転換、利益誘導を疑われたり、無駄な費用もかかるなど自治体から総スカンを受けているお米券、米価高騰で国民が悲鳴をあげているのに米価を上げる減反に他ならない「需要に応じた生産」の法定化など、その政策は一般の国民には問題が多く評判の悪いものばかりである。
防戦一方で弁解するしかないなら、極力表に出ないようにするのが普通の人の心理だが、かれは積極的にTVに出て「お米券は他の食品にも使えますよ」などと言い訳している。
これまで多くの政治家と付き合ってきた。政治家はメンタルが強くなければやっていけない。しかし、彼ほどメンタルの強い政治家は、せいぜい一人か二人くらいしか思い浮かばない。しかも、この人(達)は社会的には下からのたたき上げで、二世議員でないことは共通しているが、鈴木氏のように東大を出て中央官庁の役人になるような経歴を持った人ではなかった。
ただし、鈴木氏のメンタルの強さは性格だけによるものではないように思われる。

■「おこめ券」と「減反強化」が看板政策
鈴木大臣が行おうとしている政策を簡単に振り返っていたい。
今年秋以降の高いコメ価格は、JA農協が集荷率をあげるため高い概算金を農家に払い、その維持のため在庫を増やして市場への供給量を減少させているからである。JA農協は倉庫料などの負担を強いられるが、農水省が財政(納税者)負担により備蓄米の積増しと称して市場から買い入れたりコメ券を発行したりすれば、JA農協の在庫は減少する。高い米価を設定したJA農協の利益を守る一方、消費者にとって高い価格は下がらず納税者としての負担は膨大となる。
そもそも減反がなければコメ騒動は起きなかった。減反によって輸入途絶の際には必要なコメの半分しか供給されない。それなのに、減反を法定化しようとしている。
農家も被害者だ。異常な高米価でコストの高い零細農家が温存され、農地を出してこないので、主業農家の規模拡大は進まない。逆に、農地を貸しだす際の地代よりも高い米価を受ける方が有利だと判断した零細な元農家が、主業農家に貸している水田を貸しはがして再び農業を開始するという事態も生じている。これは構造改革に逆行している。コメ農業のコストダウンは進まない。
国内の消費者は高いコメ代金を払い続けなければならず、海外のコメ農業との競争力も悪化する。
■鈴木大臣を高く評価している人たち
大きな利益を受けるのはJA農協である。
これまでも、減反・高米価政策で零細なコメ兼業農家が滞留してその兼業収入等をJA農協の口座に預金してくれた。農業の生産額はコメも含めて9兆円しかないのに、JA農協の預金量は108兆円に上る。農業への融資は、その1%程度に過ぎない。
農業金融機関のはずなのに、JA農協は預金量のほとんどをウォールストリートで運用することによって莫大な利益を上げてきた。異常な高米価で零細兼業農家の減少に歯止めをかけることができれば、JA農協の金融事業は盤石となる。JA農協がコメで政治活動を行うのは金融事業のためである。農水省は国民(納税者及び消費者)の負担でJA農協という既得権者のための事業を実施している。
つまり、利益を受けるのは米価を高くしたJA農協だけで、あとの国民は消費者としても納税者としても大きな負担を強いられる被害者なのだ。鈴木農水相が一般国民から評判が悪いのは当然だろう。しかし、当然ながらJA農協の関係者には極めて評判が良い。
逆に、前任の小泉氏は、備蓄米の放出で米価を下げようとしたり減反を緩和しようとしたりしたため、JA農協関係者には極めて評判が悪い。
■鈴木農水大臣が揺るがないワケ
鈴木農水相にとって仲間・支援者はJA農協なのだ。
JA農協から批判されると動じるだろうが、一般国民やマスメディアからどれだけ非難されても心が折れるようなことはない。JA農協の利益代表である農林水産大臣として、米価を高く維持するよう備蓄米の買い上げやコメ券の発行などを行うことは、JA農協から褒められこそすれ非難されるものではない。
JA農協に利益誘導したと言われても悪びれるそぶりはない。彼の厚顔無恥さやふてぶてしさは一般国民ではなくJA農協だけを向いているからなのだ。JA農協のために仕事をすれば、選挙で落選することはないと考えているのだろう。
■他にもいる支援者たち
しかも、彼の支援者はJA農協以外にもたくさんいるのだ。
まずは農水省である。かつての農水省は農業の構造改革に反対するJA農協と対立してきた。零細農家を温存したいJA農協と規模を拡大して生産性を向上しようとする同省が対立するのは、当然だった。
農地面積が一定で規模を拡大しようとすると、農家戸数や農業者数を減らさなければならない。
JA農協だけでなく票が減る農林族議員も反対する。しかし、ある頃から農水省でも、農業票が減って農林族議員が弱体化すれば、天下りに必要な農業予算を獲得できないのではないかと考える人たちが増えるようになった。かれらは、柳田國男以来の農政思想をかなぐり捨て、JA農協や農林族議員にすり寄ったのだ。JA農協に奉仕するのは、鈴木農水相だけではない。農水省がかれをバックアップしているのだ。同省内で孤立することはない。外でいくら叩かれても農水省に帰れば、慰めてくれる仲間がたくさんいる。
■オール与党状態の国会
小選挙区制で二大政党の候補が争っていても、農政については、二人とも減反推進、高米価維持、株式会社の農地保有反対、農協改革反対、TPP反対を掲げる。農政については、有権者の選択肢はない。
農業関係の法案を審議する国会の農林水産委員会は、「高米価」「高関税」「小農保護」など農政の重要政策について、自民党から共産党まで、オール与党状態だ。少し前は、維新の会が改革的な主張を行っていた。しかし、少数派のかれらが発言をすると、議場内から猛烈なヤジが飛んでいた。

食糧管理制度の時代、米価を自民党政府が引き上げると、日本社会党、民社党や共産党は、もっと引き上げるべきだと言って、政府を批判した。米価を高くし、コストの高い小農を滞留させておいて、その小農のコストを賄うだけの米価が必要だといって、また米価を上げる、ということが繰り返された。米価を下げて、構造改革を進めるといった主張は、小農の苦しみを知らない暴論として非難された。
今でも、農林水産委員会では、TPP交渉で農産物5品目を関税撤廃の例外とし、できなければ政府は交渉から離脱すべきだという、農業以外の利益など全く考慮しない主張が、簡単に決議されてしまう。同委員会で、消費者のことを考えると、関税をなくして農産物価格を引き下げるべきだなどと主張しようものなら、ヤジを浴びるだけだ。“国民の生活が第一”をスローガンとした政党も、消費税の逆進性を問題として食料品の軽減税率を訴えた政党も、食料品価格を高くする関税の維持を、国益と考えている。
■政治家は国民の苦しみを理解していない
報道された衆議院農林水産委員会のやり取りを紹介したい。
神谷ひろし議員(立憲民主党、北海道10区選出衆議院議員)は「小泉農政から鈴木農政、私の地元の皆さんはむしろ鈴木さんになられたことで安心しているというのが本音だ。ただ、そうは言いながらも、小泉農政の方針と鈴木農政の方針は極端に変わったと見えてならない。やはり農政は安定というか一貫性というか、(米作などは)1年1作なので、“猫の目農政”という批判は甘んじて受けなければいけないのではないか?」と質問。
これに鈴木大臣が「私に代わって、良い意味で今回は猫の目農政だったと私としては受け止めればいいのかなと思いましたが」と話すと議場内で笑いが起きた。(中略)神谷議員は「『間違いを正すに憚ることなかれ』とあるので、農家にとって安心な方向にぜひ舵を切っていただきたい」と述べた。

全く緊張感のないやり取りだと思わないだろうか。猫の目農政と批判しながら減反廃止ではない。鈴木農水相も余裕で受け流している。野党議員なのに、大臣を“よいしょ”しているようだ。農林水産委員会では、与野党議員ともに、高米価が国民消費者に打撃を与えているという認識は持っていない。農林水産委員会のメンバーは全て「農家ファースト」なのだ。
■コメ価格の高止まりが続く
減反の法定化にはいくつかハードルがある。しかし、難なくクリアしそうである。
まず、閣議で全ての閣僚の了解をとる必要がある。唯一反対しそうなのは小泉氏だが、そのようなリスクはとらないだろう。農相時代、減反廃止を打ち出したが、農林族議員から巻き返されて「需要に応じた増産」=減反の緩和に後退している。
自民党内で総務会の全員一致の了承が必要である。ひとりでも反対すると通らないが、農林部会が了承した法案に反対すると自分の部会が提出する予定の法案に農林族議員の総務から反対されるかもしれないと考えると、おかしいと思っても了承してしまう。河野太郎氏や石破茂元総理が総務なら反対するかもしれないが、残念ながらかれらは総務ではない。
国会の農林水産委員会も反対はないだろう。維新の会は与党なので反対できない。
なお、鈴木大臣を開成高校、東大法学部卒のエリートだという報道がなされる。記者会見でも国会での議論でも、彼への追求が中途半端に終わるのは、質問者が気後れしているのではないかと思われる。
しかし、私はエリートだとは思わない。私が農水省にいたころは、それぐらいの学歴を持った者はたくさんいた。
十分な知識があれば、鈴木農水相を追求することは難しくない。しかし、残念ながら、仲間意識の強い野党議員の追求は甘くなるし、1、2年で各省を渡り歩く新聞記者は、十分な勉強をする余裕がないようだ。

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山下 一仁(やました・かずひと)

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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