「飲み会には顔を出すべき」「女性はお茶を出すべき」「男は泣いてはいけない」……私たちは無意識に決めつけていないだろうか。心理カウンセラーの大野萌子さんは「私は私、人は人、という線引きをはっきりさせることが重要」という。
著書『いつも感じがいい人はこんなふうに話している』(アスコム)より、一部を紹介する――。
■職場の飲み会は、抜けても遅れてもいい
最近若い世代が、会社絡みの飲み会に参加しないことが増えているそうです。
「参加しません」とハッキリ意思表示できる世代がいる一方で、「断れない」「行くとなかなか帰れない」と悩んでいる方も、まだまだ数多くいます。
特に「NO」を言えないタイプの人だと、飲み会を断るなんて選択肢は浮かばないのかもしれません。
私は、飲み会の途中であっても、ある程度の時間で支払いだけして帰ってしまってよいと思います。仕事を放り出して帰ったわけではないのですから、その場では、「もう帰るの?」と言われてしまうかもしれませんが、帰った人のことを悪く言うようなこともないと思います。
また、後でそのことを責めるでしょうか? たいして覚えていない人のほうが多いのではないでしょうか。
■「おかしな暗黙の了解」は減っている
みなさん、人のことだと「たいしたことないじゃない」と思えることでも、いざ自分が行うとなると大変なことと感じてしまうようです。
コロナ禍を経験するまでは、会社によって、風土によって、「誰かが帰らないうちは帰れない」「先に行って待っていなければいけない」などなど、会社絡みの飲み会に関してはおかしな暗黙の了解のようなものが数々ありました。
ですが最近では、そういった傾向はだいぶ薄れてきていると思います。
また、飲み会を強要されていたような時代は、少なくとも会社が支払いをしてくれていました。でも近年は、支払いをしてくれる会社も減っていますよね。

ですからなおさら、無理に長時間の飲み会に参加しなくてよいと思うのです。
私自身、そんなに長時間お付き合いしたくないな、という会合の時は、少し遅れて途中から参加することも多々あります。
■遅れて参加しても、それだけで“感じが悪い人”とはならない
途中までで帰っても、遅れて途中から参加しても、それだけで“感じが悪い人”ということにはなりません。
もちろん好きな先輩や同僚と楽しく色々な話をしたい、部下と仕事以外の話をしてみたい、というような気持ちがあるなら、フルに参加すればよいと思います。
本当はイヤなのに、「NO」と言えないからという理由で参加して、つまらなそうにしていたり、会話を無反応で聞いていたりしたら、そのほうが、感じが悪い印象になってしまいます。
“感じがいい人”は、自分はどうしたいか、を理解していて、会社絡みの飲み会との付き合い方も、自分で決められる人なのです。
感じが悪くなるのは「飲み会は参加すべき」という決めつけと、それを人に強要することです。
世代によっては「参加するのが当たり前」だった時代も、確かにあるわけで、そういう意識を持つこと自体が悪いわけではありません。問題は、「周囲もそうするのが当たり前」と思ってしまうことです。
■唐揚げにレモンをかけるか、かけないか問題
こうした無意識の思い込みは誰にでもあるものです。これを専門用語でアンコンシャスバイアスといいます。
感じがいい人は、仮にアンコンシャスバイアスがあっても、それを表に出さないでいられます。
なぜなら、「私は私、あなたはあなた」という線引きがハッキリしているからです。
例えば、唐揚げにレモンをかけるか、かけないか、という身近な話題でもそうです。
どちらでも気にしないという人もいますが、勝手にレモンをかけると怒る人もいます。
これも「レモンをかけたほうが美味しい」と決めつけずに、相手にひと言、「レモンをかけていい?」と聞けばすむ話です。
親しい人だからといって、相手の考えを完全に理解しているとは限りません。親子だろうが夫婦だろうが、知らないことは多いもの。
つまり、私が好きなことは、相手も好きだと思い込むのが危険なのです。
私が好きでも、相手はそうではないかもしれません。逆に、私は嫌いでも相手は好きかもしれない。
親しい、親しくないにかかわらず、相手との境界線を自分の中でしっかり把握する。
その線引きがあると、相手のことを勝手に決めつけるような発想が減りますし、もしそういう決めつけるような意見を持っていたとしても、会話の中でわざわざ出さないように意識できます。
■よかれと思ってやったことが「押し付け」になる
私とあなたは違う。
考えや主張も、信じていることも違う。言われてみれば当たり前のことなのですが、でも私たちはつい、そのことを忘れがちです。
だからこそ、ちょっと意識を向けること。気づきさえすれば、会話の際にも気をつけようと思えます。
アンコンシャスバイアスに基づいた会話ではなくても、勝手に決めつける気持ちがあることで、意図せず感じが悪くなってしまうシチュエーションは、日常の中に色々あります。
人は「思いやり」と称して、自分の価値観を相手に押し付けてしまう場面があるのです。特に誰かを誘ったり、何かを提案して声をかけるような時は、注意が必要。
なぜなら、声をかける側は「よかれと思って」のシチュエーションで、悪気はないことが多いからです。
■車で同僚を送ることが習慣になり、相手の負担になったケース
私のカウンセリングを受けている方で、こんなことがありました。
ある会社に、車で通勤しているAさんと、徒歩で通勤しているBさんがいます。
ある日ふたりの退社の時刻が重なり、ロッカールームで一緒になりました。
その日は雨が降っていたので、AさんはBさんに「よかったら駅まで乗せていってあげますよ」と提案しました。

そこでBさんは、その日は車に乗せてもらって帰宅しました。Aさんの親切に、Bさんはとても感謝しました。
ところが、話はここで終わりませんでした。
車で送ることがいつもの習慣のようになり、続くようになったのです。
私のところに相談にいらしたのはBさんで、「常に車に乗せてもらうことを断りたいけれど、悪い気がして断れない」とのことでした。
Bさんは、「私は普段は歩きながら、今日あったこととかを考えたりして、その間にちょっとリセットしてるんですね。その時間が自分にとってすごく大事な時間なので、歩きたいんです。でも一度乗せてもらって、断るタイミングを逃してしまって。そうしたら車に乗せてもらうのが当たり前になってしまって。最近、帰りの時間が一緒になりそうな時は、わざとちょっと残業しているふりとかをしちゃって……。そして先に帰ろうとすると、“え? もう帰るの?”みたいに言われる時もあって。本当にどうしたらいいんでしょう……」
と、ずっと悩んでいたのです。

■「感じが悪い人」にならないためにはどうすればよかった?
これは、Aさんのほうは「よかれと思って」しているのに、感じが悪くなってしまっているわかりやすい例ですね。
親切心から言っているのはわかりますが、「Bさんは私の車に乗って帰るのが習慣になった」と勝手に決めつけているのです。
もしかしたら、「これでかなり親しい仲になった」「歩かなくてすむし、Bさんも喜んでいる」などと思い込んでいたのかもしれません。
これがAさんの一方的な決めつけです。
ここで、質問です。
Aさんが「感じが悪い人」にならないためには、どうすればよいのでしょう?
ちょっと、考えてみてください。
最初の日は、雨が降っていたという理由がありましたが、その次からは、晴れている日もあったでしょう。
Bさんを車に乗せていってあげる、という前提ではなく、
「今日はどうする? 乗っていく?」
と、選択できるような声かけをすると、押し付けているような印象はないと思います。
■相手に「選んでもらう」だけでいい
相手に決めてもらうことがポイントなのです。
つまり、答えは「相手に選択権を与える」ことです。
そしてBさんも、よい対応ではありませんでした。
自分の気持ちを伝えずに、なんとなくAさんを避けるようになっているなんて、悪気はないAさんも気の毒です。

理由を言わずに、嘘の残業をしているBさんも、やはり感じがいいとは言えないと思います。
一度きちんと、「私は、歩くことで1日の気持ちをリセットしたり、運動のためにも歩こうと思っているので、これからは大丈夫です。お声がけありがとうございます」と伝えればよいのです。
その時に、「今日はちょっといいです」といった曖昧な断り方をすると、また別の日に声がかかるかもしれません。なぜそう思うのか、きちんと自分なりの理由を伝えておけば、声がかかる確率は下がると思います。
何かに誘ったり、提案をする時は、相手に選択権を渡して、選んでもらう。
感じのいい人が自然と行っている方法です。

----------

大野 萌子(おおの・もえこ)

公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士

一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー。法政大学卒。企業内カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。現在は防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで講演・研修を行う。著書に『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)、『好かれる人の神対応 嫌われる人の塩対応』(幻冬舎)『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)、『電話恐怖症』(朝日新書)などがある。

----------

(公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士 大野 萌子)
編集部おすすめ