■後発商品「混ぜ込みわかめ」の挑戦
丸美屋と聞いて「のりたま」「とり釜めしの素」「麻婆豆腐の素」のいずれか(あるいは全て)を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
いずれもカテゴリーでトップシェアを誇り、すべてが50年以上も売れ続けている超ロングセラー商品である。
しかし丸美屋には「混ぜ込みわかめ」という、これらの主力商品とは少々出自の異なる大ヒット商品があるのをご存じだろうか?
「混ぜ込みわかめ」は全種類の合計では丸美屋の不動のセンターである「のりたま」を凌ぐ売上高を記録しているのだが、上記3点がいずれも業界に先駆けて開発された商品であるのに対し、先行して発売された他社のおむすびの素に遅れること6年という、完全な後発商品だったのである。
「混ぜ込みわかめ」はいかにして先行商品に追いつき、追い越し、トップに立ったのか。そこには、現在のポップなパッケージからは想像もつかないドラマと、ひとりのマーケターの格闘があった。
■「ふりかけのトップ企業」という慢心
「丸美屋はふりかけでやってきた会社なので、おむすびの素需要にはふりかけで対応できるという目算があって、参入に消極的だったのだと聞いています」
こう語るのは、丸美屋マーケティング部部長の丸山すみれさんである。丸山さんは、ふりかけのマーケティングを担当して22年という異色のキャリアを持つ、ふりかけ業界の生き地引的な存在だ。
1982年、おむすびの素というかつて存在しなかった新しい商品を世に送り出したのは、ふりかけメーカーではなく、ある調味料メーカーだった。ふりかけ業界の雄・丸美屋は、この新しい商品を少々甘く見ていた節があったようだ。
丸山さんは言う。
「私の入社は96年なので正確なところは分かりません。ただ、競合の先行商品は、分包スタイルで具も細かめでした。当時はふりかけでおにぎりを作るのも一般的だったため、対抗できると考えていた、と聞いています」
分包で具材が細かいから対抗できるとは、何を意味するのだろう?
「丸美屋はふりかけをチャック付きの大袋に直詰めするのが得意なのですが、これには意外に技術が必要なのです。先行していたおむすびの素は、うちのようなチャック付きの大袋ではなく、小分けになっていました。具材の細かさなども見ると直詰めすることは難しかったのかもしれないと思いました」
丸山さんによれば、ふりかけの世界では、味もさることながら「振り出し」に高度な技術力が要求されるというのだ。
■目算ははずれ、市場はみるみる成長した
ふりかけの成分表示を見ると、実にさまざまな具材が使われているのがわかる。大きさも形もさまざま、重さもさまざまだ。
この「さまざまな具材」を大袋からパッと振り出したとき、混ざり具合に偏りがなく、しかも使い始めから使い終わりまで同じ混ざり具合を維持するには相当の技術力が求められる。具材のサイズを保ちながら、さらにそこに素材のおいしさを閉じ込めるとなると、もう一段階高い技術が要求されのだが、丸美屋はこの点で突出しているという。
つまり、先行商品は、既存ふりかけで十分に対抗できる、という楽観的な判断で参入を見送ったということらしい。
ところが、同業他社の新規参入が相次いだこともあって、おむすびの素市場はそこそこの規模に成長してしまった。ふりかけの雄として、座して眺めているわけにはいかない。
「そこで、おむすびの素ではなく、学校給食でわかめご飯人気が高まっていたこともあって、あくまでも『わかめご飯の素』を作ろうという形で参入をしていったわけです」
1988年、丸美屋は「混ぜ込みわかめ」(わかめ、若菜、梅じその三種類)を得意のチャック付き大袋の直詰めで売り出した。しかし発売から6年もの間、売上に目立った伸びは見られなかった。
■40代、50代、難攻不落のコアターゲット
「95年の20%増量キャンペーンあたりから売れ始めて、97年にはお弁当需要にアピールするために、それまでのお茶碗に代わって、おむすびを前面に出したパッケージにリニューアルをしました。テレビCMの効果もあり、徐々に売上が伸びていきました」
以前から、調査担当として動向を追い続けていた丸山さんが、正式に「混ぜ込みわかめ」担当となったのが2004年。翌05年には先行商品を追い抜くまでに成長したが、しかし、丸山さんには「本当の意味で勝った」という手応えはなかった。
「先行商品はCMの効果もあって、ブランド名がしっかり確立していました。一方『混ぜ込みわかめ』は単純に行為を表すだけの商品名に留まっていて、ブランド名まで行っていない。社内からブランドとして弱いと指摘されて、確かにそうだと思いました。
ブランドの逆転劇は商品へのロイヤリティーが低い若年層から始まるのですが、『混ぜ込みわかめ』は40代、50代のコアな層をまったく崩せていなかった。絶対に取れるはずなのに、なんでもっとシェアを取れないのか。それが悔しくて、何がネックになっているのかを考え抜きました」
丸山さんがマーケティングの基本に据えているのは、徹底した現状分析である。環境分析、競合分析、SPT分析(セグメンテーション、ポジショニング、ターゲティング)をしっかりやって、まずは「自分たちがどこにいて、どこへ行こうとしている」のかを明確にしてから、マーケティング戦略を練る。
『混ぜ込みわかめ』に関してはwebを使ってユーザーにアンケート調査を行ったが、そこから興味深い事実が浮かび上がってきたという。
■ボトルネックは“手抜き感”と“罪悪感”
「『混ぜ込みわかめ』はエリアによって売り上げに差がありました。そこで、比較的よく売れていた北海道・九州と、弱かった関東(首都圏)に着目して、ユーザーが『混ぜ込みわかめ』をどのようなコンテクスト(文脈)で理解しているかを調べていったのです」
調査の過程で、情緒よりも合理性(価格や機能)で商品選択する傾向が強かった北海道を除外して、九州と関東に絞って比較してみると、九州のユーザーは関東よりも「混ぜ込みわかめ」に対して“一歩進んだ言葉”を紐づけていることがわかってきた。
「関東の場合、安い、簡単、手軽といった機能的な評価の中から、栄養がある、おいしい、彩がよいといった言葉が出てきて、さらに、おいしいの中からは、食が進む、冷めてもおいしいといった言葉が出てきます。そこに、子どもがよろこぶ、おかずがいらなくて済むといった言葉が紐づいて、最終的に『だから便利だ』という文脈。
一方、九州の場合は、冷めてもおいしいまでは関東とほぼ同じなのですが、その先に、手軽だけど本格的な味がする、客に出しても恥ずかしくないといった言葉が紐づいていたのです」
関東のユーザーはおいしく健康的な商品であると評価しつつも、手抜き感、罪悪感を払拭し切れていなかったのに対して、九州のユーザーは「自分は本格的でいいものを選んでいる賢い人間だ」というポジティブな認識を持っていたのである。
丸山さんは、この「手抜き感、罪悪感」こそ「混ぜ込みわかめ」のボトルネックであることをアンケート調査から導きだした。
■「冷めてもおいしい」の着目
「だからといって、九州のユーザーが使っている本格的という言葉を前面に押し出せば、手抜き感や罪悪感を取り除けるかと言ったら、そうではないと思いました」
なぜなら、本格的という言葉は抽象的な言葉だからだと丸山さんは言う。
「ふりかけで本格的と言ったら、それは具材の再現性を意味します。しっかりとサケの味が再現されているから本格的だ、というふうに。ところが中華の場合だと、本格的は本場中国の味、という意味になります」
つまりカテゴリーによって、本格的が指し示す意味は変ってしまうのだ。では、「混ぜ込みわかめ」が本格的であるという言葉の核には、いったい何があるのか?
「調査結果を分析してみて、本格的という言葉には必ず『冷めてもおいしい』という言葉が連動していることに気がつきました」
さらに丸山さんは、なぜ「冷めてもおいしい」のかを一段掘り下げることによって、ある“発見”に至ることになる。
「丸美屋がチャック付きの大袋の直詰めが得意であることはお話しした通りですが、メラメラと大きくなってしまうわかめが入っている混ぜ込みわかめの場合、ほかの具材も大きくしないとうまく振り出すことができなかったのです。その結果、『混ぜ込みわかめ』の具材はどの種類でも大きいのですが、この具材が大きいことこそ、冷めてもおいしい理由だったのです」
■「前年比20%増」驚異的な成長を記録した
混ぜ込みご飯やおむすびは、作ってから3時間以上経過してから食べることが多い。具材が小さいと、味が抜けきってしまう。さらに、具材そのものが時間の経過とともにバラけてしまい、食べたときはっきりと具材に当たったという感覚(当たり)がなくなってしまう。しかし、具材が大きくしっかりしていれば、時間が経過しても、食べたときに明確な当たりを感じられるのだ。
つまり、均一な振り出しを実現するための技術的な要請から大き目の具材を使っていたことを、九州のユーザーは本格的な商品であると認識し、それを「冷めてもおいしい」という言葉で表現していたのだ。
この発見によって、丸山さんは「大き目具材だから、冷めてもおいしい」ことを訴求の中心に据えるべきだと判断した。
冷めてもおいしい本格派であることを訴求すれば、関東でボトルネックになっている「手抜き感、罪悪感」を払拭できると考えたのである。
2008年2月、「混ぜ込みわかめ」全種類のパッケージがリニューアルされ、「冷めてもおいしい!」というコピーが初めて採用されることになった。
結果、「混ぜ込みわかめ」は前年比20%増という驚異的な売れ行きを示し、先行商品を完全に凌駕する存在になった。
丸山さんは、勝ち切ったのである。
■マーケターに必要な“素養”とは
「マーケティングの分析って、ロジカルに考えればできることなんです。
丸山さんはこう、演繹的な語り方をするのだが、筆者は逆ではないかと思った。丸山さんの思考は、たぶん帰納的なのだ。
はじめに「絶対においしい。だからもっとシェアが取れるはずだ」という圧倒的な確信があって、それを阻害しているボトルネックは何かを探り出し、取り除いていく。
味覚から完全に主観を排除することはできないと思うが、なまじ客観的なマーケターよりも、自社の商品は絶対に優れているという信憑を持っているマーケターの方が強い。
4時間におよぶ丸山さんの熱弁を聞きながら、筆者はそんなことを考えた。
次回、丸山さんにロングセラーを育てる方法について伺う。
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山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。
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(ノンフィクションライター 山田 清機)

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