▼第1位 中国は81%で世界一高く、日本は34%で世界一低い…両国の人間性・価値観が180度違う事を決定づけるデータ
▼第2位 芦田愛菜さんのせいではない…大コケ「果てしなきスカーレット」で再燃する細田守監督作品の「女性描写」問題
▼第3位 「佳子さまカレンダー」を超えた…発売即増刷の「愛子さまカレンダー」に専門家が感じる国民感情の"地殻変動"
なぜ細田守監督『果てしなきスカーレット』(11月21日公開)は観客から避けられているのか。ライターの村瀬まりもさんは「作品の評価は公開当初の酷評から上がってきているが、女性描写に違和感を抱かざるをえないシーンもある」という――。
■公開2週目、着席率は2%未満
『果てしなきスカーレット』を2回観た。2度目の鑑賞は12月3日朝9時台の回。同作は公開2週目で既に週末興行成績はトップ10から脱落していた。全432席のIMAXシアターには6人しか座っていなかった。上映終了後、広い空間にポツポツと離れて座っていた私たちはなんとなく目を合わせた。まるで劇中に出てくる“死者の国”の砂漠で「他にも人間がいる」とお互いの存在を確かめるような気持ちだった。
ネットでは酷評が目立つ『果てスカ』こと『果てしなきスカーレット』だが、細田作品について何度か取材したこともある筆者は、そこまで不出来な作品とは思わない。前回の記事でも書いたとおり、設定にツッコミどころはたくさんあるが、『ハムレット』を原案とする復讐劇という筋は一本通っている。フラダンスや近未来の渋谷が登場する“超展開”があることを織り込み済みなら(知らなければもちろんビックリする)、芦田愛菜が声を当てている主人公スカーレットの心情に集中して、最後まで観られる。
【参考記事】432席が2席しか埋まらない…細田守監督の新作「果てしなきスカーレット」が大コケしている悲しい理由
特に肝心のアニメーションが新しいルックで手を抜かずに作り込まれていることは、3DCGの絵柄の好き嫌いはあるにせよ、誰しもが認めるところではないだろうか。
■日テレも認めた「想定外の大苦戦」
しかし、興行収入的にはとても厳しい状況だ。20億円前後だと推測されている製作費すらも回収できるのかどうか。12月1日には製作の筆頭である日本テレビの定例記者会見でも言及された。
「『果てしなきスカーレット』は残念ながら、思いのほか大苦戦。(中略)我々が想定している興行収入からはかけ離れた数字のスタートとなった。これまでの作品とはかけ離れたテイストとなっているが、当初から監督と世界に挑戦していくには今までの作風にこだわらないものを作ろうということでやってきた。従来の細田アニメファンには受け入れがたかったのかなと思っている。SNSで辛口の批判が起こっているが、一方で、非常にいい内容だと評価していただく声もある」と澤桂一専務。福田博之社長も「映画を観たが、圧倒的な映像美、スケールの大きい世界観、芦田愛菜さんのセリフもすごいものがあった。これを観ていただかないのは残念」とコメントした。
日テレ社長も感動した芦田愛菜の熱演。
■芦田愛菜の声の演技はさすが
筆者も「愛菜ちゃん、上手いなぁ」と唸った側だ。
デンマークの王女であるスカーレットは父親である王を叔父に殺され、復讐心に取り付かれている。格闘術の練習に励むなど自らを追い込んで鍛え、叔父を暗殺しようとするが、失敗してみずからが死の淵に追い込まれ、死者の国に落ちる。ゆえに、序盤から苦悶しっぱなしの、まさに女性版ハムレットなのだが、芦田の声は日本の若い女性に多い甲高いふわふわした音ではなく、ハスキーで、迫力がある。さらに、現代日本から死者の国に来た看護師・聖(ひじり)(岡田将生)と心を通わせていく、揺れる乙女心の表現はさすがで、同性が聞いても嫌味がない。
少なくとも興行成績の責任が、芦田愛菜にあるわけではないだろう。2020年に主役の声を演じた『えんとつ町のプペル』は興行収入27億円を達成している。そもそも今の時代、“数字を持っている”絶対的なスターは存在せず、興収173億円を達成した『国宝』の吉沢亮にしても、同じ2025年公開の主演作『ババンババンバンバンパイア』では推定5億円弱にとどまっているし、ましてや顔を出さないアニメでの声の主演なのだ。
■女性描写を批判された細田監督
むしろ、子役時代から芦田愛菜を見守ってきた人たちからは、『果てしなきスカーレット』が彼女の汚点、黒歴史になるのではと危惧する声も上がっている。
筆者にも忘れられない思い出がある。2012年の『おおかみこどもの雨と雪』公開時、ちょうど劇中の「雪」「雨」姉弟と同年代である保育園に通う子どもがいた。試写を観た後、18時のお迎えに間に合うよう自宅方面に戻る予定だったが、同作の内容が衝撃的すぎて、かなり動揺してしまった。ここは心を落ち着かせてから子どもを迎えに行こうと思い、保育園に電話をして延長保育を頼み、近くのスターバックスに入った。
筆者にはどうしても主人公の母親・花(宮﨑あおい)の気持ちが理解できなかった。19歳からシングルマザーとして13年間、子育てに全てを捧げた花、たいへんすぎないか? しかも、それを「お母さんはすごい」というような母性神話、美談として描いていないか?
彼女はなんのためにせっかく入った大学(一橋大学がモデル)を中退してまで、おおかみおとこ(大沢たかお)との同棲生活を選んだのか。学生のうちに子供を2人産み(避妊は?)、相手の男にはあっさり死なれ、医療や福祉にも頼れずに、知人のひとりもいない山奥の古民家を自力でリフォームして畑を耕すことになったのか。
■シングルマザーの苦労を美化した
コーヒーを飲んでいるうちに、ひとつの仮説を思いついた。花はいわゆる“ケモナー”、ケモノフェチなのだ。普通の人間の男には恋愛感情を抱けず、ケモノ人間にはときめく。おおかみおとこが初めて目の前で獣のオオカミに変身したときは興奮し、その日の夜に彼と寝ていた(しかもオオカミの姿のまま、獣姦?)。
出産は助産師にも頼めないアパートでの自力出産だったし、彼の死後、いつオオカミに変身するかわからないリスクがあるゆえに、病院にも保育園にも連れて行けない子どもたちを抱えて苦労できたのも、ひとえにケモノが好きで萌えるから。そう考えると、娘に対する態度はわりとあっさりしているのに、亡きおおかみおとこの面影を宿す息子には異常なほど執着するのも、納得できる。「なぁんだ、変態さんだ。まぁ性癖はそれぞれだものね」と筆者はヒロインのことを理解した。
たしかに細田監督は制作発表時から「理想のお母さんを描く」と宣言していたし(ちょっとイヤな予感はしていた)、当時45歳ぐらいだった監督の友人たちが子育てをしている姿を見て、あこがれを抱き「僕が感じた母親のすごさや、自分がどんな親でありたいか、そうした理想を堂々と表現したかった」「お母さんが子どもを抱えた姿がすごくヒロイック」とも語っている(日経エンタテインメント!『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』)。
■『未来のミライ』ではアップデート
しかし、リアルにワンオペの時間も多く、ちょっとでも目を離せば死に至るような幼児を養育している身としては、映画を観て、ヒーローじゃねーよ、仕方ないからひとりで育児しているんだよ、「お母さんはすごい」じゃなくて、お前も働け、父親も子のおむつを替えて夜泣きの間ずっと立って抱っこしろ、というような反発も感じた。
山田洋次から宮﨑駿まで「献身的な母を聖母のように美しく描く」映画監督たちには慣れていたが、細田監督もその系統なのかと残念に思ったのだが、その後、細田監督は『未来のミライ』(2015年)という作品で、かなりリアルな共働き家庭を描いた。2人目を産んだ後、職場復帰する母親は、仕事優先で育児をあまりしてこなかった夫に容赦なく不満をぶつけていたし、自宅勤務になった夫は、生まれてきた妹に嫉妬する長男と泣き止まない赤ちゃんを抱え、育児の過酷さを思い知っていた。
■「果てスカ」に滲むフェティシズム
この『未来のミライ』の母親像には特に違和感がなかった。むしろよくアップデートしてくれたなと思った。細田監督にも2人の子が生まれ、実体験を多分に反映した物語だったという。
続く『竜とそばかすの姫』(2021年)も、作品としては評価しない人もいるが、女性描写に特段おかしなところはなかったと思う。しかし、『果てしなきスカーレット』のヒロインの描き方には、「これはエロいイメージを重ねているのでは」と思わせる場面がいくつかあった。
例えば、シェイクスピア研究者である北村紗衣・武蔵大学教授は、自身のブログでこう指摘している。
「芦田愛菜スカーレットに対して、たまに若く美しく清らかな女体に対する変なフェティシズムがブワっと出てくるところがあったのは閉口した。(中略)ケガしたスカーレットが聖(ひじり)に袖を切られるところで恥ずかしがるところは不気味であった。(中略)恥ずかしがる美女を見たいというフェティシズムのあらわれである」
■終盤で芦田愛菜が言わされた言葉
筆者も北村氏と同じ場面に違和感があった。他にも、スカーレットの胸の谷間が露わになるシーンや、男性から顔面にベトっとした唾液を吐かれる場面も、イヤだなと思った。しかし、最も嫌悪感があったのは、ラストシーン近くでスカーレットが言わされる、あるセリフだ。以下、終盤のネタバレになる。
父を殺した叔父への復讐に決着がつき、スカーレットは選択を迫られる。そして、心を通わせた日本人・聖に元の世界に戻るべきだと説得され、ある言葉を言わされる。
聖「生きたい、だ! 言葉にして言え! 生きたい! 生きたい!」
スカーレット「……生きたい」
聖「もっとだ、生きたい!」
スカーレット「生きたい……! 生きたい……、生きたい!」
細田守『果てしなきスカーレット』(小説版、角川文庫)より
■R指定コミックの性描写とダブる
この絶叫と連呼が(しかも男に言わされる)、ティーンラブコミックやBLコミックなどでよく出る性的な描写にかぶった。英語で言う"I’m coming."、「イキたい」とのダブルミーニングに聞こえるのは、見る側の心が汚れているからだろうか。外国で英語吹き替え・字幕で上映される場合は、違う言葉になるだろうが、日本においては、他の言葉を選択すべきだったのではないだろうか。例えば「私は生きる!」など……。
劇場パンフレットのインタビューで、細田監督はスカーレットの「生きたい」というセリフは「(『ハムレット』の)『生きるべきか、死ぬべきか』という一節を、別の言葉で表現しようと思いました」と語っている。つまり映画全編の中でも最も重要なセリフであるわけだが、漫画業界に近しいアニメの監督が、これはダブルミーニングになるからヤバイと思わなかったのだろうか。
■細田組から消えたヒットメーカー
細田作品における女性描写については、これまで『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』『竜とそばかすの姫』と4作連続でプロデューサーを務めた川村元気氏(元東宝)の存在が大きかったのではないかと思う。それは『未来のミライ』などのリアルで幻想のない女性描写が、今年ヒットした川村氏監督作『8番出口』などの女性の描き方に通じるからだ。しかし、なぜか今回、川村氏は『果てしなきスカーレット』にクレジットされていない。
東宝、日テレの細田チームにおいて、「川村君は映画の文脈やクリエーティブを中心に“思ったことを言う係”」だったと、スタジオ地図・細田監督の相棒である齋藤優一郎プロデューサーは説明。川村氏自身も「(細田監督と)テーマとどういう物語の映画を作るか話し合い、その上で脚本についてディスカッションを重ね」てきたと語っている(日経エンタテインメント!『スタジオ地図15周年「果てしなきスカーレット」で挑む世界』)。
これまでどおり川村氏が参加していれば、脚本の段階でチェックされ、芦田愛菜が「生きたい!」と絶叫させられることはなかったかもしれない。そこが『果てしなきスカーレット』どちらかといえば肯定派の筆者にとっても、最も残念なポイントになってしまった。
(初公開日:2025年12月7日)
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村瀬 まりも(むらせ・まりも)
ライター
1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。
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(ライター 村瀬 まりも)

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