年始早々、アメリカによるベネズエラへの軍事行動と同国大統領ニコラス・マドゥロさんの拘束という、かなり衝撃的な事態が起きました。とんでもないことしやがって。
ただ、この論理はあくまでアメリカ国内法の問題であって、これから自衛権も含めたアメリカなりの国際社会に対する釈明がどうなるかが注目されるわけですが……。これはとりもなおさず主権国家の領域内に軍を投入し、現職とされる大統領を拘束する行為が、国際法上きわめて問題含みであることは論を俟ちません。
■高市首相が「沈黙」を貫くワケ
日本政府もこれを受けてコメントを出しました。高市早苗首相の表明は、情勢への懸念と平和的解決の重要性に触れたものの、「アメリカ」という国名を明示して非難することも、「国際法違反」という言葉を前面に出すこともありませんでした。
なんかこう、同盟国として諸般勘案してしぶしぶ出した感があって「私の指示の下」なる高市節を除けば若干抑えた内容になっており、関係者の大変な苦労がしのばれます。お疲れ様でございます。この点については、腰が引けている、あるいは同盟国に配慮しすぎだという批判もあり得ますが、まあ、日本として最低限言えることは言っておこうというレベルではこんなものなんじゃないでしょうか。
日米同盟を外交・安全保障の基軸に据える日本が、同盟国アメリカの行動を真正面から断罪するのは、現実的には相当難しい。特に、台湾海峡や朝鮮半島という喫緊の安全保障課題を抱える中で、感情的・原理主義的なコメントは自国の首を絞めかねませんが、かといって、国際法の「こ」の字も触れないのはどうなのよ、というのは23日ごろ始まる次期通常国会で議論となることは必至で、また高市さんが国会での質問で煽られて余計なことを言いそうな気もするという点で波高しであると言えます。
■モンロー主義2.0「ここは俺たちの影響圏だよ」
で、今回のベネズエラ攻撃を大きな文脈で見ると、アメリカが事実上「西半球」を自国の核心的利益圏と位置付け、そこでは国際法よりも自国の安全保障判断を優先する姿勢を明確にした、と理解するのが自然です。いわばモンロー主義2.0で、モンローと大統領「ドナルド」トランプを掛け合わせた『ドンロー主義』なる大爆笑フレーズを1月3日に堂々と披露しています。
中米・南米はアメリカにとって、歴史的にも地政学的にも「裏庭」とされてきました。一方で、麻薬、移民、資源、そして中国の影響力拡大――特に、中国はベネズエラを主要な汎世界経済戦略である「一帯一路」と中国経済政策手段の根幹である「AIIB」、上海経済機構(SCO)の終着点・結節点として、世界有数の原油埋蔵量が見込まれるベネズエラは大変な投資先として位置付けられてきました。
官民投資の観点では、中国はブラジルに対して電力や製造業を中心にベネズエラ以上の投資をしてきているのですが、対ブラジル投資は普通に中国以外からも投資が集まるので3位に留まり、あまり中国の自由が効かない民主主義国ですので、よりアメリカに近く中国ぐらいしか手を出さないベネズエラは非常に大事だ、将来いろんな武器を配備するかもしれないし、といったところでしょうか。
■背景に中国による「約14兆円」投資
中国はこれまでに直接投資だけで620億ドル(約9兆6000億円超)、ベンダーファイナンスや手当て済みの貿易取引額・オプションを合わせると900億ドル(約14兆円)ぐらいの現金をベネズエラに注ぎ込んできました。いわば中国によるアメリカの裏庭荒らしとしての窓口に、政情不安が続いてきたベネズエラへの集中投資が行われてきたわけですから、CSISなどアメリカの保守系シンクタンクからも「中国からの投資により、ベネズエラの腐敗が可能であった」とまで言われてきました。
アメリカからすればとんでもない話であることに変わりはないんですが、これらを理由に、アメリカは今後も必要とあらば直接介入する、というメッセージを中国に対してだけでなく世界に向けて発したのだ、と見るべきでしょう。
問題は、その一方で「では東半球はどうなるのか」という点が、きわめて不透明なままだということです。いや、正直どういうことなんだ、という。アメリカは西半球では強硬なリアリズムを発揮しながら、東半球、とりわけ東アジアに対して同じ熱量と覚悟を持ち続けるのか。この点について、確たる保証はどこにもありません。
■「次」の狙いはグリーンランドか
このアメリカの行動原理は、必然的に他の地域問題にも波及します。ロシアによるウクライナ侵攻、グリーンランドをめぐる主権問題、そして日本にとって最重要課題である台湾海峡問題です。
特にグリーンランドに関しては、アメリカが「国家安全保障上の必要性」を理由に、同盟国デンマークの主権を軽視するかのような言動を繰り返してきました。また、ベネズエラ攻撃とマドゥロさん夫妻の連行・逮捕後も、トランプさん自らが安全保障上の危機を理由にグリーンランドへの介入を改めて示唆、これにグリーンランドを領有しているデンマークが強く反発という伝統芸能的な流れになっています。
もっとも、グリーンランドも先住民に強制避妊を強いられた歴史も含めてデンマークは長らく「二等国民」扱いをしてきたことなどから、グリーンランドと同じくデンマーク領から独立を果たしたアイスランドにルーツを持つ世界的歌手ビョークさんなどはデンマークにもアメリカにも靡かず国家として独立するべきと煽っておられます。
■だからデンマークは揺さぶられている
これは、対ロシアを仮想敵とした場合の海洋出口(北極評議会の一員で、日本もオブザーバー)であることに加えて、米露間のミサイルの通り道、さらにグリーンランドに豊富に埋蔵されているとみられるレアメタル等各種資源が地球温暖化により採掘しやすくなり採算に合うかもしれないという合理的な理由も重なっています。まあ、トランプさんというかアメリカからすれば魅力たっぷりなんですよ。
要するに「なんか都合のいい土地だから俺によこせ」と言われているに等しいいちゃもんをデンマークは小国であるがゆえに受け取らされ、揺さぶられているわけでございます。これは、主権や国際法を尊重するという建前が、アメリカの戦略的利益の前ではかなり露骨かつダイナミックに後景に退くことを示しています。
■ウクライナをめぐり過熱する「米欧対立」
また、ロシアによるウクライナ侵攻に関しては、トランプさんもそうですが副大統領・ヴァンスさんによる欧州批判も強まってきております。これは、トランプさんによる親ロシア的な態度というよりは、ちゃんと資金面、人員面、戦力面や情報戦でロシアに対峙しないヨーロッパ各国の決められなさ、だらしなさをヴァンスさんに正面から批判されている、という文脈になってきています。
つまりは、アメリカからすれば俺たちがこんなにウクライナを支えてきたのに、本来ならすぐ隣でロシアに攻め込まれそうなヨーロッパが本腰を入れてウクライナにカネを入れないから負けそうじゃねえか、それならウクライナが本格的に負けて危機になる前にロシアと現状の戦線で停戦させろ、というトランプ政権の圧力をもろに喰らいはじめている、ということに他なりません。
ウクライナとロシアの間の停戦交渉とは別に「米欧対立」の様相からアメリカとヨーロッパの間での同盟関係の破棄まで囁かれる状況に発展してきました。個人的には、トランプ政権にケツを叩かれるまで腰を上げない欧州がじりじりしているうちに、どれだけ多くのウクライナ人が亡くなってしまったのかよく考えるべきだとは思いますけどね。
■「台湾有事」につながりかねない
そして、この論理が台湾に適用されない保証はありません。アメリカは「武力による現状変更は許されない」と繰り返し主張してきましたが、同時に、自国の利益に合致する場合には、国際法に基づく世界の世論など法的な整合性よりも結果を優先する現実主義を選んできた歴史があります。
一部論調で、今回のアメリカによるベネズエラ攻撃で破られた国際法の問題は、両岸問題には影響しないというアナリストもおられますが、一方で、日本を含めアメリカの「一つの中国政策」に乗り、曖昧戦略で台湾問題をやり過ごしてきたが、これは「中国の立場を尊重するが中国は国際法がハードルになるから台湾に攻め込まない」のではなく「アメリカや日本の台湾防衛で介入されると台湾攻撃が失敗に終わる可能性がある」ので抑止されていることになります。
しかしながら、現状で台湾周辺で米下院議長ペロシさん電撃訪問時や今回の中国による事実上の台湾の海洋封鎖を伴う大規模な実弾演習はすでに台湾経済や社会を圧迫している状態で、これを容認するならばそれはアメリカや日本の側が中国国内法に反して中国の主権を蹂躙し、彼らに対して国際法を破っていると言われかねない事態となります。いつまで曖昧でいられるのかを考えなければなりませんし、中国からしてもアメリカが鮮やかにベネズエラでの「斬首作戦」を成功させたのを見て触発されないとも限りません。
■日本が直視すべき「深刻な現実」
その背景にあるのは、国際法の定める力による現状変更の抑止という考えが、アメリカ自らの手によってふたたび反故にされたという現実です。アメリカは今回、事実上「ケル=フリスビー・ドクトリン」を国際政治の場で再宣言したようなものです。すなわち、「どうやって連れてきたかは問題ではない」「正義は勝者が定義する」という発想です。
これは実際には突発的なものではありません。
最終的にはアメリカの安全保障や、パナマ侵攻のときがそうだったように薬物などによるアメリカ人の殺害等を口実に自衛権を建前に主張してくるとは思います。そして、それは国際法違反であったとしても抑止できない――アメリカに対して血を流す覚悟のない国家が、いくら国際世論という形のないもので押しとどめようとしてもアメリカの決意を止められないのです。ロシアによるウクライナ侵攻も、中国による新疆ウイグル自治区やチベット、モンゴル、香港ほか地域の少数民族ジェノサイドが国内問題に押し込まれると世界は何もできなかったのと同じように。
■重要なのは「善悪」で裁くことではない
大量破壊兵器があるぞと言われてイラクに攻め込んでサダム・フセインさんを滅ぼしてみたら、いや、実はそんなものはありませんでしたとテヘペロされたのが00年代の安全保障を語る上でホットトピックだったわけで、今回の「ベネズエラは国ぐるみで麻薬犯罪に加担している」というのはどこまでどうなのかというのも冷静に見ていく必要があるんじゃないかと思うわけですよ。たぶんそうなんだろうとは感じますが。
で、重要なのは、アメリカを善悪で裁くことではなく、「アメリカはそういう国だ」という現実を冷静に理解することです。同盟国であろうと、アメリカは自国の利益を最優先します。それが幻想でない以上、日本はそこから目を逸らすべきではありません。
■「日本の存在感」は否応なく高まる
日本の場合、特に台湾海峡と南シナ海において、より多くの役割と責任を担う覚悟が求められます。アメリカの影響力が相対的に揺らぐ中で、地域の安定において日本の存在感は否応なく高まります。
絶対的な同盟国アメリカ様の核の傘に守られていると思っていた日本の安全保障体制は、トランプさんによるアメリカの「相対化」によって動揺せざるを得ず、台湾に対する武力併合の野心を隠さない中国や、中国と協調して日本海で軍事演習までやっているロシア、さらには下手をすると10年ぐらい前にベネズエラ同様にアメリカによる「斬首作戦」の被害者になっていたかもしれない北朝鮮という、不安定要因ばかりが日本の周辺にある、という事実です。
■法を語るために「守る力と覚悟」が必要
核を持たない日本にとって、建前であることを承知の上で国際社会に対し強く国際法遵守を訴えることは、間違いなく「弱者の武器」です。世界で唯一の核被爆国として核兵器廃絶を訴えながら、アメリカの核防衛で守られているという壮大なファンタジーを体現しているのが日本であり、長らく防衛戦力しか持ち得ない日本は攻撃的な軍事力で対抗できないからこそ、世界的な法とルールを盾にすることは、最低限必要なことと言えます。
同じ意味で、価値がどんどん下がっている国連や国際司法裁判所のような枠組みがリアリズムの前に使い物にならなくなっているとしても、御旗として支え続けなければならないのです。しかし、それだけでは足りません。法を語るためには、最低限、自国や周辺の権益を守る力と覚悟が必要です。
自力でもっと多くのことができる国に転換することが強く突き付けられているのが、今回のトランプさんによるベネズエラ攻撃であったことは間違いありません。防衛力、経済力、技術力を総合的に高め、簡単には舐められない存在になる。その上でこそ、国際法や民主主義という価値を語る言葉に重みが生まれます。
■「新世界秩序」がすでに始まっている
力による現状変更を、ロシア、中国、そしてアメリカという国連安保理常任理事国が次々と実行している現実は、重く受け止めなければなりません。これは、大国によって中堅国以下が翻弄され、下手をすれば言いがかりのような先方国内法の理屈で攻め込まれて元首が連れてかれちゃうという、新たな世界秩序が、すでに始まっていることを意味します。そればかりか、情報分野では日本法などお構いなしに日本人の情報が窃取されたり、認知戦が繰り広げられたりしている現状はすでに「交戦状態にある」とさえ言えます。
もちろん、将軍を自称したノリエガさんが連行・逮捕された1989年パナマ侵攻も類例としてあるわけなんですが、あの当時は冷戦末期であり、キューバ危機を乗り越えアメリカ一極強者の世界観へと移行する途中のことでした(ソ連崩壊は1991年)。そこから40年弱が過ぎ、アメリカの時代が支えた旧秩序と、それが定める「武力による現状変更の否定」を守る力が弱まると、力をつけた中国と、かつての超大国ロシアのような大国が周辺国の命運を握る世界が広がることになります。
つまり、法的立て付けはケル=フリスビー法理で変わらないが、それを取り巻く世界環境は東アジアの中堅国・リージョナルパワーである日本にとって不利な状況に傾きます。困ったもんだと悩んでも始まらないので、人はみな、ただ一人旅に出て、ふり返らずに、泣かないで歩くのであります。ああ、誰が知るや、百尺下の水の心。
■日本は「血を流す覚悟」を示せるか
そのような国際法の建前や法の支配による段取りを軽視して物事を進めちゃうトランプさんを日本が制御することも困難なのも事実ですから、日本は日本の考え方をしっかりと持ち、アメリカには言うべきことを言い、しかし信頼関係を引き続き強固に維持しながら、固有の価値観である民主主義や法の支配を尊重する姿勢を堅持することが、これからも日本の基盤であるべきです。「現状がこうだから」と安易に妥協して「まあ、うちも段取りとか適当にやることやっちゃえばいいや」とはならないようにしよう、というコンセンサスが必要じゃないかと思うんですよ。
しかし同時に、力による解決が横行する世界において、それに抵抗する現実的な力もまた不可欠です。建前を守るには、実力と敬意・信頼が必要なのは間違いありません。
何と言っても、自分の国を自分で守れない国が、いくら正義を語っても、誰も耳を傾けませんし、志を等しくする国や地域に対して適切に関わりを持ち続け、予算をつけて血を流す覚悟を示すことは大事なことになってきます。国力に裏打ちされた言葉だけが、国際社会では意味を持ちます。
同盟国アメリカ様のリアリズムと、時に見せる暴走の前に、日本は感情的に反発するのでも、盲目的に追随するのでもなく、冷静に自国の立ち位置と生存戦略を考えなければなりません。2026年は、その覚悟を問われる正念場の年になりそうです。
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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。
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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)

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