高校スポーツの競技人口が減り、地方大会や全国大会での試合組みに影響が出始めている。元ラグビー日本代表で成城大学教授の平尾剛さんは「高校ラグビーでは、少子化で地方予選すら開けない県も出てきている。
各都道府県が代表を決めてトーナメントで日本一を競うという方法を考え直す時期に来ている」という――。
■「予選ゼロ」で全国大会が決まった島根県
「花園」の名で親しまれている全国高等学校ラグビーフットボール選手権大会。第105回を迎えた今年は、神奈川県の桐蔭学園高校が京都成章高校を36―15で下し、史上6校目となる3連覇を果たした。
毎年選手が入れ替わる高校年代での連覇はまさしく偉業だ。代替わりしてもブレないほど厚みのあるウイニングカルチャーが築けている証左だからだ。機を見るに敏な選手たちが織りなすチームプレーは、ディフェンディングチャンピオンに特有の重圧をものともしなかった。優勝校にふさわしい戦い振りに多くのファンは拳を握りしめ、ときに腰を上げながら観戦を楽しんだことだろう。
振り返ればベスト16以降はどの試合もレベルが高く、真剣なまなざしで楕円球を追う高校生たちの姿に気持ちは昂った。花園はやはりオモシロい。
その一方、曰く言い難い複雑な思いが拭い去れないのも事実で、正直なところここ数年は純粋に楽しめていない。そう遠くはない将来、現行の花園は終焉を迎える。その危惧が脳裏から離れないのである。

ついにというか、今年の花園では特筆すべき事態が起こった。島根県代表の石見智翠館高校が予選なしで出場を決めたのである。試合が成立するのに必要な15人を揃えられたチームが、島根県内では石見智翠館だけだったのだ。
予選なしでの代表決定という由々しき事態は、実は今年が初めてではない。2022年の鳥取予選ですでに起きている。参加した3校のうち2校が選手不足により棄権を余儀なくされ、倉吉東高校が1試合もすることなく花園への切符を手にしたのだった。
■決勝でも100点以上の差がつく試合が増えている
予選に参加する高校も減り続けている。今年は山形県、福井県、鳥取県では2校、香川県、高知県、佐賀県は3校、富山県、石川県が4校で、つまりはたったの1勝ないし2勝で代表校が決まったわけだ。
しかも予選の決勝では大差がつく試合が増えていて、100点以上の差がついたのが栃木県(158―7)、千葉県第1地区(113―7)、愛知県第1地区(110―5)、80点以上が滋賀県、岡山県、愛媛県と、各校の実力差は広がりつつある。全国大会でベスト8に残る高校の顔ぶれも、ここ数年はほとんど同じだ。
実際にこの20年で、高校ラグビーにおける競技人口は著しく減少している。2003年に3万419人だった全国高等学校体育連盟(高体連)の加盟人数が、2022年には1万7649人となり、実に40%以上も減少している。
この間サッカーやバスケットボールはほぼ横ばいだから、つまりはラグビーだけが激減していることになる。
つまるところ高校ラグビー界は岐路に立っている。代表校なしの都道府県が出てくるのも時間の問題だろう。今年で105回目を迎えた花園は、そのありようを問い直す必要に迫られている。少子化が加速するいま、ドラスティックな改革は避けられそうにない。
では、どのような改革が必要なのか。以下、私なりに提案をしてみたい。
■ラグビーのミスマッチは百害あって一利なし
高校ラグビー界において競技人口の減少に歯止めをかけるために求められる方向性は、一にも二にも「ミスマッチをなくすこと」である。ミスマッチとは競技力に差がありすぎるチーム同士の試合のことで、おおよそ80点差がつく試合がそれに当たる。
近代スポーツの勃興期には、いかにしてミスマッチを避けるかという考えが根強かった。なぜならミスマッチは、百害あって一利なしだからである。
為す術なく敗れた側に利がないのはいわずもがなだ。
圧倒的な差を突きつけられれば自信を失うし、防御ばかりでボールに触れる機会がほぼ訪れない試合が楽しいわけがない。ときに手加減されたことへの屈辱すらも味わうのだから、この先も競技を続けようという意欲は減退する。ほぼ無抵抗なままに敗北した側の、競技を継続する意思や意欲の減退は、どれだけ強調してもしすぎることはない。
■ミスマッチは勝者の「試合勘」すら狂わせる
さらにミスマッチは、敗者のみならず勝った側にも大きな爪痕を残す。ほぼ攻撃し続けなければならないため防御する機会がほぼなく、タックルなどのディフェンススキルが磨かれることがない。たとえ攻撃していても想定外のところで容易にゲインできるから、きめ細やかな戦略や戦術が不要となる。
つまり、体格や個人技に優れた選手がよくボールを持つこととなり、個人技に頼りがちな、いわば雑な攻撃で事足りてしまう。ラグビーの生命線であるチームプレーは、選手同士がいかに緊密に連携するかが本質なのに、そこが疎かになる。
目一杯にプレーせずともよい試合は、結果を問わず選手個々の身体感覚を狂わせる。過去を見渡せば、大差で勝った次の試合で苦戦したり、コロッと負けてしまう強豪校が散見されるが、それはこの「身体感覚の狂い」が影響していると考えられる。
同程度の競技力を備えているチーム同士の試合でなければ、敗者はおろか勝者にも得るものがない。それどころか、双方に負の影響を及ぼすのである。

■数合わせの選手と強靭な経験者がぶつかり合う怖さ
そして、何より強調したいのが次の点である。
ラグビーにおいてミスマッチを避けなければならない最大の理由は、怪我の防止である。
コンタクトプレーが認められているラグビーでは、競技力の差は怪我につながる。高校ラグビーでは、人数不足を補うために他の部活動に所属する生徒が一時的に入部し、試合に出場するケースがある。ほぼ初心者が、筋トレを積み重ねた強靭な肉体を持つ者ばかりの強豪校との試合に出るのは危険極まりない。
全速力で走る選手へのタックルには相応のスキルが必要だ。とくに受け身が身についていなければ、地面に倒されたときに頭部を守ることができず、場合によっては大怪我につながる。このコンタクトスキルの差に、圧倒的な体格差があることも加味すると、その危険性は想像できるはずだ。
競技力が同程度のチーム同士の切磋琢磨こそがラグビーの醍醐味である。こてんぱんに負けることが避けられず、怪我への恐怖がつきまとうラグビーを、誰が続けようと思うだろう。これが、ミスマッチをなくせば競技人口の減少に歯止めをかけられると考える理由である。
■トーナメントを廃止しリーグ戦に移行する
では、ミスマッチをなくすにはどのような具体策が必要だろうか。

それは、リーグ戦への移行である。現行のトーナメント制を廃止するわけだ。
まずは参加チームを大きく2つに分ける。毎年ベスト16の常連校で、数十人の部員を抱える強豪校をエキスパートリーグ(仮)、初心者や経験の浅い部員が所属する高校をビギナーリーグ(仮)とする。そこからさらに細分化し、競技力が同程度のチーム同士にグループ分けする。それぞれのグループでリーグ戦を戦って優勝を決めるのである。
そうすると、グループ数と同じだけの優勝チームが生まれることになるが、それで構わない。端から実力差が顕著なチーム同士を戦わせ、無理に「全国1位」を決める必要はない。ラグビーの楽しさが亢進され、ラグビーを続ける意思や意欲が損なわれず、卒業しても競技を続ける選手がひとりでも多くなれば、それでいい。
大学進学後も2部や3部で続けていけば、なかにはそのポテンシャルを開花させて、いずれリーグワンで活躍する選手が出てくることもありうるはずだ。
■半数が1試合しかできないトーナメント制は不公平
各校の競技力の見極めは、大会前にシード校を決定しているシード委員会が担えばいい。毎年シード校が上位に進出している現状から、シード委員会の見る目は確かだ。
番狂わせが少なく、ほぼ下馬評通りに決まるラグビーの特性からも、豊富な経験とそれに裏打ちされた専門家の観察眼で各チームの実力を選別すればいい。
よくよく考えればトーナメント制ほど不公平な仕組みはない。決勝まで勝ち残る2チームが最もたくさん試合をすることになり、半分のチームがたった1試合しかできない。しかもその1試合がミスマッチとなれば、弱小校の立つ瀬がなくなることはもちろん、強豪校も「消化試合」をする必要がなくなる。参加したチームの試合機会を均等に近づけるうえでも、リーグ戦の導入は最適解だ。
トーナメント戦を残す方法を模索するとすれば、エキスパートリーグ(仮)であろう。全16チームでトーナメント戦を行い、「全国1位」を決めればいい。ただし、初戦で負けたチーム同士での「裏トーナメント」も実施する。そうすれば各チームが少なくとも2試合は行える。実力差が接近したチーム同士の試合こそが白熱するするわけだから、観る側も楽しみが増えることとなる。
あくまでも私案に過ぎないが、このように改革してはどうだろうか。
■少子化に対応し「ミスマッチ」をなくす大会運営を
現役時代の頃から私はずっと花園を楽しんできた。負けたら終わりのトーナメント制で、「全国1位」を目指すからこその真剣勝負が花園の醍醐味である。ずっとそう思ってきた。
でもこれは、郷愁感がともなったごく個人的な好みでしかない。少子化が加速し、競技人口が激減しているいまは、もうこんな私的な楽しみに引きずられている場合ではない。競技人口の減少に歯止めをかけるために、一人でも多くの選手がより安全に、より楽しくプレーできる環境を作らなければならない。
つまり「ミスマッチ」を減らさなければならない。さもなければ遅かれ早かれラグビーは衰退してゆく。昨今の状況を振り返れば、それは火を見るよりも明らかである。
将来を憂いて慎重に思考を重ねて辿り着いた結論が、このリーグ戦への移行である。ミスマッチをなくす、少なくとも減らすことを目指さなければ、今後ラグビーは確実に先細るだろう。
裾野が広ければ広いほどその山は高くなるのだとすれば、日本ラグビー全体の競技レベルもいずれ下降してゆくことが予想される。ここ日本においてラグビーを継続的に発展させていくための具体策がリーグ戦への移行であり、ひいては高校年代の他のスポーツもまた同様の改革が必要だと私は考えている。
複数のスポーツを掛け持ちできる「マルチスポーツ」の導入も検討すべきだが、これについてはまた稿を改めて書くつもりでいる。とにもかくにも長期的な視野での抜本的な改革が、いま求められている。

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平尾 剛(ひらお・つよし)

成城大教授

1975年、大阪府生まれ。専門はスポーツ教育学、身体論。元ラグビー日本代表。神戸親和大教授を経て現職。スポーツハラスメントZERO協会理事。著書・監修に『合気道とラグビーを貫くもの』(朝日新書)、『ぼくらの身体修行論』(朝日文庫)、『近くて遠いこの身体』(ミシマ社)、『たのしいうんどう』(朝日新聞出版)、『脱・筋トレ思考』(ミシマ社)、『スポーツ3.0』(ミシマ社)がある。

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(成城大教授 平尾 剛)
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