■「自己責任」の冷たい海で溺れる
そもそもホワイトカラーのシニア転職は、難易度が極めて高い領域にある。
そこでサラリーマンの多くは「60歳定年」を迎えると、同じ会社で非正規として働き続け、65歳から年金受給を開始するのが、事実上「定年後のスタンダード」になっている。
その一方で、60歳を待たずに早期退職したり、定年後は会社に残らない選択をしたりと、長年勤めた会社を離れる人もいる。ところがそれは、冷たい海に真っ裸で飛び込んでいくようなものである。
組織に守られていた人にとって、年金受給開始までの期間は「自己責任の海」だ。この海に飛び込む備えが万全でない人は、貯金を切り崩しながら「自分探し」に溺れることになる。
「自己責任の海」で溺れる人には、次のようなパターンがある。
1 別の会社に転職するが、スキルが伴わず、もしくは企業風土が合わず短期で退場
2 「自分の力で何かやりたい」と資格を取得しまくる
3 独立しようと看板を掲げるも、マネタイズできず「持続不可能」で終わる
4 「投資話」を持ちかけられ、なぜか大金を差し出す
中高年男性に取材をしていると、この無情の海で溺れる人には驚くほどよく出会う。
■「想定よりかなり少ない」退職金1000万円
「現役時代は年収1200万円でしたが、退職してからは想定外のことばかり。まあ、今はそれを楽しんでいますよ」
こう話すのは、大手ハウスメーカーに30年以上勤務し、最後はグループ内の子会社を57歳で早期退職した埼玉県在住のAさん(61歳)。ラフなトレーナー姿、白髪交じりの無精ひげを生やした、人のよさそうなシニア男性である。
ただしシニア世代の「楽しんでいます」は、たいていの場合「こんなはずじゃなかった」と言い換えもできる。
退職前のAさんは「技術事務」として取引先を束ねる部長という立場にあり、ゆくゆくは潤沢な退職金と年金で安定したシニア生活を送るつもりだった。
ところが会社人生が終わりに近づいた頃、思わぬ事態が起こる。
コロナ禍で建築現場の仕事が激減し、発注先の工務店などの苦情をAさんが一手に引き受けるハメになった。これをきっかけに経営陣との折り合いも悪くなり、ストレスで心筋症を発症したのである。
「早期退職を希望したのですが、『途中で投げ出すのか』と反対されました。それでも強引に退職したため退職金は減額になり、想定よりだいぶ減らされた。もっともらえると思ったのに」
退職金の額を聞いてみると、税別で1000万円くらい振り込まれたという。ちなみに年金は65歳から受給する予定で、その額は月30万円くらいではないかとのことだった。
■退職後にまたしても退職
退職金の少なさにショックを受けたAさんは、ハローワークで見つけた人材斡旋会社にすぐ再就職した。そこで正社員として、書類作成などの事務を担当することになる。
しかし、転職先は従業員数20人程度の零細企業。
「私は営業や経営の経験がありません。そうした業務は契約外だと訴えましたが聞き入れられず、結局2カ月くらいで退職しました」
手取り月20万円の仕事をあっという間に投げ出したAさん。条件やカルチャーのミスマッチで再就職先をすぐに離職するのは、「シニア転職あるある」である。
転職に懲りたAさんは「やはり自分で何かやったほうがいい」と、次は個人事業主になることを目指す。
もともと海外旅行が趣味のAさんは、海外移住を支援する民間資格を取得。さらにFPや「終活アドバイザー」などの資格も次々と取り、シニアをターゲットに「海外移住コンサルタント」として独立しようとしたのである。
■資格ビジネス・投資話の餌食に
「まあ、どうしてもお金が欲しかったわけではないのですが、ちゃんとした売り上げが出たときのため、『観光業』という形で事業届も出しました」
Aさんは人のよさそうな笑顔を浮かべる。「お金のためではない」というのも、シニア男性がよく言う口癖。しかし、お金を目当てにしない「独立」が、お金を生み出すはずがない。
資格取得にはそれぞれ1万~2万円かかった。「資格を取れば、ビジネスになるのでは」という思惑も、資格ビジネスにお金を投じて終わる、典型的な「シニア転職あるある」なのだ。
さらにAさんは知人から投資話を持ち掛けられ、300万円ほどを溶かしている。「どこかでお金を生まなければ」という焦りが、冷静な判断を失わせたようだ。
「今は月30万円ほど貯金を下ろして暮らしています。65歳までに2000万円は残しておきたいと思っていましたが、すでに600万円くらいマイナスになりました」
Aさんは「今年こそ海外移住コンサルとして本格的に活動したい」と意欲を見せる。散歩とジム通いが日課というが、退職して早4年。狼煙を上げるものの、コンサルとしては未だに1円も稼げていない。
■なぜ転職活動に失敗したのか
年金受給開始の65歳まであと4年。Aさんが「自己責任の海」を泳ぎ切る選択肢は限られている。
貯蓄を取り崩しながら生活を圧縮するか、年齢とスキルに見合った「現実的な」再就職を試みるか、あるいは減額必至で年金を前倒し受給するか。
では、Aさんの転職活動はどこからが間違いなのだろう。
Aさんは自身の退職金について「1000万円くらい」「もっともらえるはず」と話していた。恐らくAさんは「ほぼ定年まで勤めたし、大手企業に30年以上勤務していたのだから、1500万~2000万円くらい受け取れる」と考えていたのだろう。
実は「退職金」という言葉は、曖昧語である。
そもそもAさんは自己都合で60歳定年を待たずに退職した。退職金の減額は止むを得ないと考えていい。
そして退職金とは「退職時に受け取れる現金」と理解されているが、ここには「企業年金」が含まれていたり、いなかったりする。この点を、Aさんは把握しきれていない。
「退職金1500万~2000万円」というのは、企業年金まで含めた額である場合が多いのだ。
■「やりたい仕事」は「お金になる仕事」に非ず
Aさんの65歳以降の年金は月額30万円程度。これは大企業で高い賃金を得てきた層では珍しくない水準だ。その内訳は、およそ次のように予想できる。
基礎年金(月6万円)+厚生年金(月17万円)+企業年金(月7万円)=月30万円
(※あくまで取材と平均水準から推計した一例)
このうち「企業年金」には、確定給付型(DB)や確定拠出型(DC)などの仕組みがあり、企業や個人によって出口が異なる。退職時に一時金として受け取れる場合もあれば、年金として65歳以降に受け取るケースもある。Aさんの場合、この「企業年金」が退職金ではなく年金として設計されているようだ。
しかし、この理解がないまま「退職金が少ない」と感じてしまう人は多い。Aさんのこの誤解が「収入を取り戻したい」という焦りとなり、性急な転職活動に至ったのではないか。
「自己責任の海」を泳ぐには、目的地、距離、体力、泳ぐ速度を正確に把握する必要がある。それは、65歳までに月いくらで暮らし、いくら貯蓄を取り崩し、いくら稼ぐかの計算だ。そのために「やりたい仕事」と「お金になる仕事」は冷静に区別したほうがいい。
拙著『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』にも登場するが、Aさんのように、退職金や年金について正確な知識を持たない人ほど、セカンドステージでは道を見失う。
Aさんは転職失敗後も「お金のためではない」と言いつつ無謀な独立をし、儲け話に乗り、無収入のまま貯金を取り崩す迷走ぶりを見せている。すべては無計画が招いた結果だ。
■退職金と年金の正確な額を把握せよ
これは筆者の独断と偏見だが、「自己責任の海」で溺れる中高年男性には、だいたい次のような共通点がある。
「大企業出身」
「人がいい」
「話が止まらない」
ここから見える人物像は「自己評価が甘い」ことだ。大企業の肩書で生きてきたので、自分の価値を見誤りやすい。しかし、人柄はよく、自分本位なので、自分のやりたいことを優先してしまう。
今の組織を離れて「転職したい」「独立したい」意思があるなら、まずは以下について正確な数字を知るところから始めるべきだろう。列挙しよう。
✓ 退職金の「現金で受け取れる額」
✓ 企業年金を「退職金含・年金・退職金と年金併用」のどれで受け取るか
✓ 65歳までの生活費を「年単位」で試算
✓ 「やりたい仕事」と「お金になる仕事」を区別し、それぞれいくら稼げるか試算
大海原に漕ぎ出したいのなら、話はそれからである。
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若月 澪子(わかつき・れいこ)
ジャーナリスト
1975年生まれ。ジャーナリスト。大学卒業後、NHK高知放送局・NHK首都圏放送センターで有期雇用のキャスター、ディレクターとしてローカル放送の番組制作に携わる。結婚退職後に自殺予防団体の電話相談ボランティアを経験。育児のかたわらウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。生涯非正規労働者。ギグワーカーとしていろんな仕事を体験中。著書に『副業おじさん』(朝日新聞出版)。
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(ジャーナリスト 若月 澪子)

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