アメリカのベネズエラ奇襲成功は、中国に「台湾統一も許される」「自分たちの裏庭で好きにしていい」という誤ったメッセージを送ってしまったのではないか。そんな憂慮の声が上がっている。
だが、ICU教授(政治学・国際関係)のスティーブン・R・ナギさんは「中国の政治システムは台湾進攻による経済損失や国内混乱に耐えることができない。仮に軍事的に勝利しても、孤立し経済的に“不具”化すれば、それは敗北を意味する」という――。
■トランプのベネズエラ政変が台湾に突きつける問い
カラカスでニコラス・マドゥロ政権が転覆された夜明け前の作戦は、世界中の首都を震撼させた。数時間後には、外交アナリストたちがこう問い始めた――トランプの「ベネズエラ賭博」は、北京に「台湾統一も許される」という誤ったメッセージを送ってしまうのではないか?
答えは単純ではない。ベネズエラでの「成功」が台湾で通用しない理由を理解するには、両者の間にある決定的な非対称性を見極める必要がある。世界から非難の声も上がっているベネズエラ大統領拘束はいわば計算されたリスクだったが、中国がもし台湾に手を出せば、それは決して負けられない実存的な賭けであり、超ハイリスクとなる。
■ベネズエラの成功法則は台湾に適用できない
カラカスで奏功した手法――世界経済から孤立した政権への精密攻撃――を台湾海峡に持ち込めば、破滅的結果を招く。
ブランシェットとディピッポによる2022年のCSIS(ワシントンDCにある戦略国際問題研究所)の分析が示すように、たとえ中国が台湾侵攻に「成功」したとしても、それは歴史的規模のピュロスの勝利(損害が多すぎる割に合わない勝利)に終わるだろう。
まず直接的被害を考えよう。
台湾に最も近い中国の3省(広東、福建、浙江)は、中国GDPの22%、人口の17%を占める。米国の非営利シンクタンク「ランド研究所」の推計では、1年間の紛争で中国のGDPは25~35%減少する。米国の減少幅5~10%と比べれば、その打撃の深刻さがわかる。

海運混乱だけでも第2次世界大戦以来最悪の規模になる。中国最大級の港湾6つが紛争地帯内にあり、世界のコンテナ船団のほぼ半数が台湾海峡を通過している。中国貿易が完全停止すれば、世界GDPから2兆6000億ドル(世界生産高の3%)が消失する。これはフランスの経済規模を上回る損失だ。
台湾の半導体支配が、このコストをさらに跳ね上げる。台湾は世界の半導体の60%、先端チップのほぼ90%を生産している。TSMCは、経済学者が「単一障害点」と呼ぶ存在だ。
マドゥロ排除が石油市場を揺るがす程度なら、台湾の機能停止は家電、自動車、医療機器、防衛システムの生産を全先進国で同時停止させる。ブルームバーグ社の専門分析部門ブルームバーグ・エコノミクスは初年度の損失を5兆ドルと推計している。
■中国共産党が耐えられない国内の動揺
国際経済への影響は別としても、中国の政治システムは軍事冒険主義がもたらす国内混乱に耐えられない。中国共産党は「百年国恥」(※)と毛沢東時代の混乱から立ち直るために50年を費やしてきた。党の正統性は3本の柱で支えられている(経済成長、政治的安定、予測可能な統治)だが、台湾有事は、これらすべてを同時に崩壊させる。

(※)1840年のアヘン戦争から、欧米列強や日本による侵略、不平等条約、領土割譲・租借、半植民地化などを強いられ、清朝が倒れるまでの約100年間(1840年代~1940年代頃)。中国にとって屈辱的な期間とされる。
中国経済は今、不動産崩壊、20%を超える若年失業率、デフレ圧力に苦しんでいる。デロイトが2026年の成長率を4.5%と予測しているのは、西側諸国との貿易が続くという前提に立っている。この前提が崩れれば、予測すべきは恐慌だ。
2025年11月の中国経済指標は脆弱性を物語る。小売売上高は前年比わずか1.3%増で、2022年12月以来最低。固定資産投資は2.6%減、民間投資は5.3%減だ。こうした数字は、信頼感を失いつつある経済の姿を映している。ベネズエラ式の軍事ショックを与えるとすれば、経済は完全に麻痺するだろう。
オリアナ・スカイラー・マストロとブランドン・ヨーダーが『フォーリン・アフェアーズ』誌で指摘したように、中国指導部が侵攻を検討するのは「米軍が介入する前に島を奪取できる」場合だけだ。この極めて狭い時間枠は、自信ではなく制約の表れだ。

ウクライナへの「短期」侵攻が4年近い戦争に発展したプーチンに聞いてみるといい。長期化する紛争は、党の正統性が決して耐えられないシステム的不確実性を生むに違いない。
■静かすぎる国際社会の反応が意味すること
ワシントンによる露骨な国際法違反(主権国家への武力行使)に対し、批判や憂慮はあるとはいえ、なぜ各国の反応は総じて控えめなものと言えるのか。答えは「餌をくれる手は噛まない」という現実主義だ。
各国とも内心ではマドゥロ政権を嘆いており、それが犯罪国家であることを承知している。同時に、これらの国々はルールに基づく秩序への信念を中国に示そうと努力してきた。トランプの“カウボーイ流儀”は、議会承認も国連安保理承認も得ていないため、こうした努力すべてに水を差す形となった。
多くの国は、トランプの行動を公然と非難すれば二国間関係に悪影響が出ることを恐れている。分析家たちの中には、これがロシアや中国に「自分たちの裏庭で好きにしていい」という青信号を与えたと言う者も多いだろう。だが深い分析をすれば、ベネズエラはウクライナでも台湾でもなく、北京やモスクワが好き勝手できるという結論は、前述の経済的な背景から浅薄だとわかる。
ベネズエラは、自国民と麻薬活動の標的を犠牲にして機能する、いわば麻薬犯罪国家の様相を帯びた国だった。そのため、トランプの行動を、国家安全保障と地域安定のため、マドゥロのような犯罪国家指導者を根絶する試みと位置づける議論は成り立つ。

一方、ウクライナも台湾も麻薬国家ではないため、ロシアや中国が同じ論理を使うのは難しい。米国の友好国はこれを見過ごすだろうが、グローバルサウスは西側の偽善の証拠と受け止める――北京とモスクワがあらゆる機会に増幅させる物語だ。
■台湾自身の準備不足という危機
台湾自身も危険なほど準備不足のままだ。細田尚志とヌーノ・モルガドの評価が明らかにした欠陥は深刻だ。エネルギー自給率はわずか2.7%、LNG備蓄は11日分――韓国や日本を大幅に下回る。食料自給率は1985年の56.1%から2022年には30.7%へ低下した。
こうした脆弱性は政治的失敗を反映している。台湾の指導者たちは「完全封鎖という最悪シナリオ」に備えた対策を設計していない。民主主義国の指導者は、終末論的準備で有権者を動揺させることを避けがちだ。
ここで台湾の友人たちが責任を負わねばならない。防衛副大臣および外務副大臣を務めた中山泰秀(自民党所属の元衆議院議員)が訴えるように、「自由と民主主義を守るにはコストと決意がいる」。日本、オーストラリア、欧州諸国は、言葉を超えて具体的行動に移る必要があるということだろう。
資源備蓄、救援物資の事前配置、エネルギーインフラの強靭化、そして台湾の安全保障を「国際公共財」として扱うことに他ならない。
■中国が台湾で賭けに出ない本当の理由
マストロとヨーダーは、抑止のパラドックスを説明している。「対応が不十分なら、北京はワシントンが反応する前に台湾を奪取できると賭けるかもしれない。過剰なら、中国指導部は武力が唯一の道だと結論するかもしれない」。
逆説的だが、ベネズエラでの行動は、トランプの型破りな力の行使を示すことで抑止力を強化する可能性がある。
習近平は第一期トランプ政権時代、マー・ア・ラーゴ(トランプ氏の別荘がある場所)でチョコレートケーキを食べている最中に、米国のシリア攻撃を知らされた。トランプはイラン、フーシ派、そして今回のベネズエラに対し、秘密裏かつ精密に軍事力を行使してきた。
だがベネズエラが成功したのは、外科手術的に精密で、地理的に封じ込められ、大国間衝突のリスクがなかったからだ。これらの条件は台湾には一つも当てはまらない。
ベネズエラが台湾の前例にならない最も深い理由は、中国自身の歴史的記憶にある。中国の戦略文化は百年国恥に取り憑かれている。中国共産党の正統性は、中国の偉大さを回復したことに基づく。
失敗するか、あるいはコストがかかりすぎる“台湾冒険”は、習近平が「偉大な復興」に個人的権威を賭けている今、あの亡霊を蘇らせてしまうことになる。
ベネズエラとはリスク計算が根本的に異なる。ベネズエラでの政権転覆は地域的不安定を引き起こすが、世界秩序を脅かしはしない。台湾は全か無かだ。軍事的に「勝利」しても、中国が孤立し経済的に“不具”化すれば、それは敗北を意味する。
前出のブランシェットとディピッポが警告するように、「中国は台湾を手に入れるが、世界的超大国になるという大きな野望を犠牲にする」ことになる。
王朝的時間軸で成功を計る党(習近平が繰り返し語る「2つの百年目標」)にとって、世界的超大国への軌道を台湾と引き換えにすることは、歴史的過ちとなる。
百年国恥が中国に何かを教えたとすれば、それは、国家復興は、経済崩壊と国際孤立の上には築けないということだ。ベネズエラは台湾ではない。北京がこの真実を早く理解すればするほど、我々全員の安全は高まる。
最善を望め。最悪に備えよ。そしてある戦域での戦術的大胆さを、別の戦域での戦略的知恵と混同すれば身の破滅を招くに違いない。

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スティーブン・R・ナギ
国際基督教大学 政治学・国際関係学教授

東京の国際基督教大学(ICU)で政治・国際関係学教授を務め、日本国際問題研究所(JIIA)客員研究員を兼任。近刊予定の著書は『米中戦略的競争を乗り切る:適応型ミドルパワーとしての日本』(仮題)。

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(国際基督教大学 政治学・国際関係学教授 スティーブン・R・ナギ)
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