2025年12月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト3をお送りします。教育・教養部門の第2位は――。

▼第1位 夫の活躍のためなら別れてもいい…フランス社交界の華となり42年の人生を駆け抜けた伯爵令嬢の生きざま

▼第2位 「怖い」と言い残し妻は2歳息子と出て行った…家事も育児もする自称いい夫(36)が自分の暴力性に気づくまで

▼第3位 子どもの学歴と年収は「生まれ」で決まる…最新研究で判明「頭のいい子が育つ裕福家庭」が幼少期に徹底すること

モラハラをする人は、なぜモラハラをするのか。ジャーナリストの林美保子さんは「私が取材したのりすけさん(仮名)は、テーブルから箸が落ちたり、ジュースがこぼれたというだけで怒鳴り散らしたり、妻が定価で買い物をしてくると怒ったりしていた。彼は、自分がモラハラ行動をしてしまうのは、父や祖父が日常的に暴力を振るうような家庭で育ったことに、その一因があるのではないかと分析していた」という――。
■突然、妻は子どもを連れて出て行った
「すごくいい夫だと、自分では思っていました」
のりすけさん(仮名・36歳)は、掃除、洗濯、買い物、料理もする。息子が生まれると、お風呂に入れるのも、保育園の送り迎えも、毎日必ず行った。優秀なキャリアウーマンである妻が、思い切り仕事ができる環境をつくってあげたいと考えていたのだ。
ワンオペの家事育児に心身をすり減らしている女性にとっては、理想的な夫に映るのではないだろうか。
ところが、結婚4年後のある日、妻は2歳の息子を連れて家を出て行き、行方知れずになってしまった。さらには弁護士を通して、「離婚を考えている」と伝えてきたのだった。
のりすけさんは愕然とした。当初は、妻が何の断りもなく突然出て行ったことで、あっという間に家庭が崩壊して、愛するわが子にも会えなくなったことにショックを受け、妻の仕打ちへの怒りと、「自分は何も悪いことをしていないのに」という被害者意識で頭がいっぱいになった。
■「あなたが怖い」と言う妻
ある日突然、配偶者が子どもを連れて出て行き、行方知れずになるというケースは少なくない。
なかには、「自分には落ち度がないのに、勝手に子どもを連れ去った」と実子誘拐を主張して、相手を刑事告訴する人までいる。
ただ、のりすけさんの場合、妻が出ていった理由はなんとなくわかっていた。自分は夫としての役割をしっかり果たしているという自負があったが、その一方で、妻が自分を怖がっていることを知っていたのだ。
「あなたがやっていることはDVなのよ。怖い、怖い」と何度も言われていた。
のりすけさんは、妻に暴力をふるったことはなかった。DVとは殴ったり蹴ったりするような身体的暴力のことを指すと思い込んでいたのりすけさんは、DVだと言われてもまったく身に覚えがなく、妻の言葉をまともに受けとめようとしなかった。
「妻が怖がるようになったきっかけは、何だろうな。思い出せないですね。積み重ねだとは思います」
妻と子どもが出て行ったあとののりすけさんは、「何とかしなければ」と考え、夫婦関係について書かれた本を読み漁り、カウンセリングも受けた。その中で知ったのは、相手を「怖い」と思わせる言動すべてがDVにあたるということだった。それから過去の自分の言動を振り返ってみると、いまさらながら、自分がどれだけ妻を傷つけていたかに気づいた。

■「箸を落とした」ささいなミスで怒鳴り散らす
「私は理屈屋なんです」と、のりすけさんは言う。
どんなに小さなルールも遵守することを信条としていた。車がほとんど通らない道でも、赤信号で道を渡るようなことはしない。そんな自分を誇らしいと思っていた。職場でもプライベートでも、自分が正しいと信じることが通らないと、「それはおかしい!」「私の方が正しいのに!」と怒りがこみ上げた。そのせいか、人間関係がなかなかうまくいかず、いつもイライラしていた。
そんなイライラを抱えたまま家に帰ると、「テーブルから箸が落ちた」「ジュースがこぼれた」といった、ほんのささいなことが怒りの引き金になる。
「なんで、もっと緊張感を持って生活しないんだ!」と妻をなじり、怒鳴り散らした。何がのりすけさんの気に障るのかわからず、何がきっかけで逆上するか予測がつかないため、妻はびくびくしながら生活するようになっていった。
無類の酒好きだったのりすけさんは、飲むと気が大きくなり、さらに饒舌になり、一度怒りに火がついたらなかなかおさまらなくなる。そして始まるのが、2時間にもおよぶ説教だった。
「自分では理不尽なことをしているつもりはなく、ただ自分の正しい考えを相手にわかってもらうために説明しているという感覚なんですね。
自分が正しく、相手が誤っていると思っているので、妻が謝るまで言い続けるのです」
妻は最初の頃こそ反論していたが、やがて何を言っても無駄だと悟ったのか、何も言わなくなった。
妻が「怖い」と叫んで取り乱すと、のりすけさんはなぜ妻がそんなことを言うのか理解できず、どうしていいのかもわからなくなり、自分の携帯電話を折って壊したり、ドアを蹴破ったりするなど、目の前にある物に感情をぶつけることでその場をおさめようとした。妻に危害を加えてはいけないという思いから、自分の頭をコブができるまで殴り続けたこともある。そんなのりすけさんを見て、妻はさらに恐怖感を募らせ、凍りついたように沈黙した。
■半額シールの食品を買うよう強要
倹約家だったのりすけさんは、家計も細かく管理した。妻が定価で食品を買ってくると、「なんで半額ではないものを買ってきたんだ!」「あそこの店なら、もっと安く買える」と文句を言って、過度の節約を強いた。
のりすけさんの年収は、世間的にみればそれなりにあるほうだったが、妻はさらに高収入で、それほど家計を切り詰める必要はなかった。妻は、無駄遣いをするタイプでもない。しかしのりすけさんは、妻に、半額シールが貼られている食品のみを買うことを強いた。「食べたいものではなくて、半額シールを貼ってあるもの」を前提に買わざるを得なかったという、貧困にあえいだ子ども時代の金銭感覚がしみついてしまっていたのだ。
のりすけさんが、2万円と書かれた美容院のレシートを見つけたことがあった。金銭的に余裕があることはわかっているので、妻に、「行くな」とは言えない。

そんなときには、「あなたはそういうところに行けていいねえ。私はいつも1000円カットで済ませているのに」と嫌味を言って、節約しようとしない妻を非難した。
■イクメンや家事メンも“モラハラ夫”になる
のりすけさんは父子家庭で育ち、子どもの頃から家事を担ってきた。そのせいか、妻のやり方のすべてが未熟に見え、料理も掃除も洗濯も買い物も「自分のほうがよくわかっている」とばかりに自らのこだわりを押しつけた。そして結局、「まかせてはいられない」と自分でやるようになり、妻から家事を取り上げていった。
モラハラをする夫は、「家事育児は妻の仕事」という性別役割分担の意識を持っていることが多い。「イクメン」「家事メン」と聞くと、モラハラ夫とは結びつかないイメージがあるが、少なくとものりすけさんには当てはまらないように見える。これはなぜなのだろうか。DVや虐待などの加害者臨床の第一人者で、『脱暴力の臨床社会学』などの著書がある、中村正・立命館大学特任教授・名誉教授に聞いてみた。
「DVとは、『関係性をコントロールする暴力』です。ですからこれは、性別役割分担意識の有無に関係するとは限りません。(のりすけさんのようなケースは、)殴る蹴るなどの身体的暴力ではありませんが、相手をコントロールしようとしているので、暴力性は高いといえます。
『モラハラ』という言葉を使うと、ソフトな暴力だと思われがちですが、精神的暴力は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすこともあり、心身の両方に影響を与えるほど深刻なものです」
■自分はなぜモラハラ夫になったのか
のりすけさんは、「自分がモラハラ夫だったらしい」ということを少しずつ理解していった。しかし当初は、なぜ自分がそんな言動をしてしまうのかがわからなかった。
民間団体が開催するDV加害者更生プログラムを受けてみたが答えはみつからず、途中でリタイアした。そのプログラムは、約30人が参加する講義方式で、「あなたたちはまちがっている」と否定されるところから始まり、「こうあるべきだから、考え方を変えなさい」と講師が説く。
「自分がまちがっていたことは事実ですが、そのメカニズムを理解したからといって、本当にモラハラが治るものなのかと疑問に思いました」
そんなとき、あるカウンセラーから、「加害の根っこは成育過程にあるのではないか」と指摘された。
■加害者の多くは、かつての被害者
のりすけさんは、殴る蹴るといった暴力が日常的に行われるような家庭で育った。生後数カ月のときに、母は父のDVが原因で家を出て行った。祖父から祖母へのDVもあったが、父と祖父のいさかいは特に激しく、包丁が持ち出され、警察を呼ぶようなこともあったという。さらには、父のギャンブル依存症や借金によって生活も困窮した。
このような過酷な家庭環境で育つと、感情を押し殺すことが日常化され、それが鬱積すると怒りを抑制できなくなるなどといったゆがみが生じやすいという。
のりすけさんは、DV加害者が学び変わるための自助団体「GADHA(ガドハ)」のオンライン当事者会にも参加してみた。
「当事者のコミュニティなので自分の発言を否定されることがないんです。
『うんうん、そうだよね』とみんなが受けとめてくれるので、安心感がありました」
当事者コミュニティに参加する人のほとんどが、のりすけさんのように暴力のある家庭で育っていた。
「加害者は被害者であることが多いのです。被害者意識が強いから、自分の加害行為を免責してしまうのだと思います」(のりすけさん)
中村教授はこれまで、多くのDV加害者や虐待親、体罰教師などの脱暴力支援に取り組んできたが、そのほとんどが、かつて家庭で暴力を受けていた被害者だったという。
「ただ、実際にはそのような経験をしても、半分以上は加害者にはなりません。ですから、どんな理由があったとしても、自分が振るっている暴力については、自分で責任を負うべきだと思います」と中村教授は語る。
■「べき思考」で生きてきた
のりすけさんは、妻に過度な節約を強いたことについても、貧困にあえいでいた子ども時代のトラウマが影響していたことに気づいた。経済的にゆとりのある生活が送れるようになってからも、子ども時代に染みついた習慣から抜けきれず、定価でものを買うのが怖い。せっせと貯金をしなければ不安になる。
現在、のりすけさんは過去のトラウマに向き合いながら、「認知のゆがみ」(物事を偏った見方でとらえてしまう思考パターン)などの、不健全な家庭で育ったために身についてしまったことや、身につけることができなかったこと(良好な対人関係の築き方など)を洗い出して、学び直しているさなかにある。
「私は、家族の愛情を知らないまま大人になってしまったので、唯一信じることのできる法律や道徳観をよりどころに、『こうあるべき』という姿を描いて、そこにすべてを当てはめようとする『べき思考』で生きてきたのではないかと思います。頼るものが、それしかなかったのです」
■「対等な関係」の作り方がわからない
妻にはよく、「夫婦は一心同体だ」と言っていた。夫婦といえども、別人格の自立した大人同士であるという認識が著しく欠如していた。
「夫婦は対等だとか、相手の考えや感情を尊重すべきだと言われても、夫婦といえば、大正生まれで対等とは程遠い祖父母しか見たことがなかった。そのために、どうしたら相手を尊重する関係がつくれるか、方法がわからないのです。だから、『節約すべき』『掃除も洗濯も、私がイメージする通りに完璧にすべき』という、自分が信じる『正しい姿』『あるべき姿』を押し通そうとして、他の人がそこに当てはまらないと責めてしまう。おそらく、私のようなモラハラ人間は多いと思います」
■先が見えない苦しみ
別居してから2年、ずっと先が見えない苦しみが続いている。妻は、弁護士を立ててきたくらいだから、「いつ、離婚調停の知らせが来るかわからない」という恐怖心もあった。
別居後に誕生した第2子の娘には、まだ一度も会っていない。それでも、のりすけさんは、自分からは子どもに会うことを求めてこなかった。
「妻は私が怖くて逃げたのですから、私が一方的に気持ちをぶつけると関係が壊れてしまうと思ったのです」
妻の負担にならないように、子どもに会いたい気持ちを我慢し続けた。
「これは、地獄ですね。精神的にはだいぶおかしくもなりました」
街中で、仲のよい親子連れを見てパニックになり、叫んでしまったこともあったという。
昨年7月、断酒をスタートさせた。
「少しでも妻の恐怖心を和らげることができればと思いました。それぐらいのことをしないと、自分は変われないという思いもありました」
今年4月から、オンラインによるペアカウンセリングを開始した。妻の恐怖心が薄れ始めたことで、カウンセラーの同席を条件に画面上の対面が可能になったのだ。子どもたちの近況を聞いたり、子どもたちのために夫婦として何ができるのかを考えたりといった話し合いをしている。カウンセラーは同席しているが、口をはさむことはない。
妻との会話の中で、妻の考えを尊重できるようになってきたという感触がある。最近では、妻から子どもたちの画像や動画がたくさん送られてくるようになった。ただ、妻子の住所を知らされるまでには至っておらず、まだ、どうなるかはわからない。
■暴力を容認する価値観や習性を修正する
中村教授は、脱暴力支援に取り組む「一般社団法人UNLEARN(アンラーン)」(京都市)の代表理事を務めている。日本の場合は海外と違い、DV加害者に対して更生プログラムの受講を義務づける制度がなく、民間団体はそれぞれのやり方でプログラムを行っているのが現状だ。
UNLEARNは、自治体の委託を受けてプログラムを開催している。
ここでは、講義もカウンセラーによる心理療法も行わない。5~6人という少人数での対話がメインのゼミナール方式だという。
「直近2週間のエピソードを語ってもらいながら、その中に含まれている、暴力を容認するような価値観や習性を修正していきます」
■「変わったか」判断するのはパートナー
一般的には、変わることができるDV加害者は非常にまれだと言われている。加害の自覚がないうえに、自分は絶対正しいと思い込んでいるからだ。
その中でも、離婚を切り出されたことをきっかけに心を入れ替えようとする人は、多いとは言えないがいる。しかし、長い年月をかけて身についた価値観や習性を変えるのは、たやすいことではない。
団体によっては、数カ月で受講修了というプログラムもあるようだが、UNLEARNでは、「何カ月/何年通ったら卒業」という区切りは設けていない。4~5年通う人は多く、なかには15年通い続ける人もいるという。
「『努力したから、自分は変わった』と言っても、それは自分の評価でしかありません。変わったかどうかを判断するのは、あくまでもパートナーです。もし言い争いが起こっても、互いに話し合い、理解し合うことで収束できるようになるところまでは持っていきたい。それには、被害者の協力や理解も必要です」と、中村教授は語る。
「もっと早く、自分の行為の意味に気づけていたら」というもどかしさが、のりすけさんにはある。家族の再生を願いながらも、内省と苦闘の日々は続く。
(初公開日:2025年12月16日)

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林 美保子(はやし・みほこ)

ジャーナリスト

北海道出身。青山学院大学卒。DV・高齢者などの社会問題に取り組む。2013年より日刊ゲンダイ「語り部の経営者たち」を随時執筆。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト新書)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)などがある。

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(ジャーナリスト 林 美保子)
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