米ラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー見本市「CES」が1月6日から9日(米国時間)まで開催された。2026年のテック業界はどのような方向に進むのか。
現地を訪れた日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「エヌビディアとシーメンスの基調講演では、日本の製造業に対する『重要な問い』が投げかけられた」という――。
※本稿は、富士通「テクノロジーニュース」の記事〈CES2026で定義された「産業AI革命」とは何か〉(1月9日公開)を再編集したものです。
■「産業AI革命」というCES2026の本質
2026年のCESは、もはや「最新技術の展示会」ではなかった。それは、世界の産業が今後どのルールで競争し、どの主体が価値を握るのかを定義する場だった。
その核心は、多くの基調講演の中でも、2社の基調講演と展示内容に集約されている。
1月5日の基調講演でエヌビディアが示したのは、AIの主戦場が、言語(LLM)から「世界そのもの」へ移行したという決定的な転換だった。
そして翌日、ドイツの機器・システム世界大手シーメンス基調講演では、そのAIを現実世界で止めずに動かすための「AI産業革命」が、明確な構造として提示された。
重要なのは、この二つが別の話ではないという点だ。同じ産業転換を、異なる視点から、しかも提携関係にある2社が最初から企図して語った。それがCES2026の本質である。
第1章:エヌビディアが示した「問い」とシーメンスが示した「答え」
エヌビディア基調講演で示された最大のメッセージは明確であった。AIの主戦場は、もはや言語(LLM)ではない。
物理世界そのものである。
ロボット、自動運転、工場、倉庫、インフラ。AIは「答える存在」から、「見て・理解し・判断し・動く存在」へと進化した。
しかし、この圧倒的なフィジカルAIのビジョンには、必然的に一つの問いが残る。
そのAIを、誰が、どの責任で、止められない産業の中に実装するのか。
この問いに、エヌビディア1社では答えられないことも明らかであった。
■ドイツの最強企業シーメンスが示した「答え」
シーメンス基調講演は、この問いに対する完成された答えであった。その象徴が、この言葉に集約されている。
「Industrial AI Revolution」
ここで重要なのは語順である。
シーメンスは「AI産業革命(AI Industrial Revolution)」とは言わなかった。産業AI革命(Industrial AI Revolution)と言ったのだ。
これは単なる言葉選びではない。
主語をAIではなく、産業に置いたという明確な意思表示である。
産業は、AIに革命される対象ではない。産業は、自らの論理・制約・責任の中でAIを組み込み、革命を起こす主体である。この思想こそが、シーメンス基調講演の背骨であった。
さらに重要なのは、なぜ「Transformation」ではなく「Revolution」なのかという点である。
・Transformation:既存の工場、プロセスを変革する

・Revolution:工場、産業、競争のパラダイムやルールそのものを変える
シーメンスはここで宣言した。
AIは“製造業を良くする道具”ではなく、製造業そのものの物理法則になる。
これは、蒸気機関/電力/ITに続く、第四の産業革命の「実装宣言」であると。
■単なる「提携発表」ではない
第2章:エヌビディア×シーメンス対談が示した統治構造
基調講演の中盤、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOが登壇し、シーメンスのローランド・ブッシュCEOと対談した。
この構図は、Industrial AI Revolutionの最終的な力学を象徴している。
・エヌビディア:世界モデルとComputeを担う

・シーメンス:産業OS(基本ソフト)と責任を担う
どちらが上でも下でもない。役割分担による共同統治である。

AIを速く賢くするのがエヌビディアなら、そのAIを産業の中で止めずに、安全に動かすのがシーメンスである。
これは単なる「提携発表」ではない。このシーンを、単なるパートナーシップ演出として捉えるのは誤りである。すでに前日のエヌビディア基調講演で、シーメンスとの連携は明確に語られていた。そしてこの日、シーメンスの舞台にエヌビディアのCEOが立った。
これは順序の問題ではない。最初から両社は、同じ産業転換を“二つの視点”から語る役割分担をしていたのである。
エヌビディアは前日、「AIの主戦場は、言語(LLM)から世界そのものへ移行した」と宣言した。
シーメンスはこの日、「そのAIを、止められない産業の中でどう動かすか」を提示した。
そしてこの対談で、両者の物語が完全に接続された。
■主語は「IT企業」でも「製造業」でもない
ここで確定した役割分担、この対談が示したのは、Industrial AIにおける二重中枢構造である。
エヌビディアは、世界モデルを学習し、探索し、最適解を導く知能エンジンを担う。


シーメンスは、その知能を産業の制約・安全・責任の中に実装する産業OSを担う。
どちらが欠けても成立しない。
だからこそ、ロゴは並列であり、対談は対等である。
ここで、Industrial AIの主語が確定した。それは「IT企業」でも「製造業」でもない。
産業そのものである。
重要なのは、この対談がシーメンス基調講演の中で行われたという事実である。もしエヌビディアが主役であれば、この対談は前日の舞台で完結していたはずだ。
しかし実際には、Industrial AI Revolutionという文脈の中に、エヌビディアが招き入れられた。
これは、Industrial AIの最終的な統治構造が、Compute主導ではなく、アルゴリズム主導でもなく、産業OS主導であることを意味する。
■産業AIは「共同統治」の時代へ
エヌビディアは速度と探索力を提供する。だが、産業を止めずに動かす責任を引き受けるのはシーメンスである。
その現実を、両CEOが同じ舞台で共有した瞬間が、この1枚である(写真)。
ここで、前日のエヌビディア基調講演で示されていた2社提携の内容を紹介しておきたい。
この1枚は、産業AIの最終的な役割分担と統治構造が確定した瞬間を示している。エヌビディアはAIの学習・推論・シミュレーションを担う「世界モデルと計算力」を提供する。一方、シーメンスは設計、製造、運用、インフラに至るまでを統合する産業AIオペレーティングシステム(Siemens Xcelerator)を担う。
中央に配置された半導体設計、エンジニアリング、工場運用の一体構造は、AIが構想ではなく実装段階に入ったことを示す。右側のインフラ領域は、産業AIが製造業に留まらず社会基盤まで拡張することを示唆する。この図は、AIの主戦場が言語から現実世界へ移行し、その統治主体が産業OS側に置かれたことを明確に示している。
この対談は、日本の製造業に対しても、極めて明確な問いを投げかける。
AI時代の競争力とは、「自前主義」か、「最適分業」か。
すべてを内製しようとする企業は、変化の速度についていけない。
一方で、主語を失った外注もまた、競争力を持たない。

重要なのは、どのレイヤーを自らの主戦場とし、どのレイヤーを信頼できるパートナーに委ねるかという戦略判断である。
この連携は、Industrial AI Revolutionの政治的・構造的な確定点である。エヌビディアが描いた未来は、シーメンスの産業OSに着地した。シーメンスの革命は、エヌビディアのComputeによって加速される。
Industrial AIは、単独覇権ではなく、役割分担による共同統治の時代に入った。
その事実を、言葉ではなく、この舞台構図そのもので示した。それが、この対談シーンの本質である。
■本質は「OSをめぐる競争」である
第3章:「産業AI革命」革命を現実にする「4つの鍵」
シーメンスは、この産業AI革命を理念で終わらせなかった。実装のための構造を、明確に四つに分解して提示した。
①第一の鍵:Industrial AI Operating System
――産業革命を「思想」から「統治構造」へ引き下ろす中枢
シーメンス基調講演において提示された「四つの鍵」の第一は、ソフトウェアでもハードウェアでもない。Industrial AI Operating System(産業AIオペレーティングシステム)そのものである。
この位置づけは極めて重要である。なぜなら、シーメンスはIndustrial AIを「高度な技術群」ではなく、産業全体を動かす基本構造=OSの問題として定義したからである。
Industrial AI Operating Systemとは、AIを動かすためのソフトウェアではない。AIが産業の中で“どのような権限を持ち、どこまで判断し、誰が責任を負うか”を定める統治機構である。
OSとは、単なるプログラムではない。OSは、何が接続できるかを決め、どのデータが正とされるかを定義し、どこで意思決定が行われるかを規定し、進化の速度と順序を管理する存在である。
スマートフォンにおいて、iOSやAndroidがアプリ経済圏を支配したように、Industrial AI Operating Systemは、産業における価値の流れと主導権を決定する。
シーメンスは、この事実を最初から明示した。Industrial AI Revolutionは、AIモデルの競争ではなく、OSをめぐる競争である、と。
■Industrial AI OSが担う「3つの役割」
第一に、産業データの秩序化である。Industrial AIでは、データは多ければよいわけではない。どのデータが信頼でき、どの文脈で使えるのか。それを定義するのがOSである。
第二に、意思決定権限の配分である。AIが自律判断してよい領域と、人間が最終判断すべき領域を切り分ける。これは倫理や安全、規制に直結する問題であり、アルゴリズム単体では解けない。
第三に、変化の制御である。産業は、一斉アップデートが許されない世界である。どの工場から導入し、どの設備を後回しにするか。進化を“止めずに制御する”役割を、OSが担う。
前日のエヌビディア基調講演が示したのは、圧倒的なComputeとSimulationによる探索力であった。
しかし、探索力だけでは産業は動かない。その探索結果を、どの順序で、どの責任範囲で現実に反映するかを決める必要がある。その役割を担うのが、Industrial AI Operating Systemである。
エヌビディアは、世界モデルを学習し、最適解を高速に導く。シーメンスは、その最適解を産業の制約条件の中で、安全に、段階的に実装する。この分業関係がある限り、Industrial AIの最終的な統治主体はOS側にある。
Industrial AI Operating Systemが存在しなければ、AI-native Simulationは暴走する、Adaptive Manufacturingは不安定になる、AI factoriesはリスク資産になる、つまり、革命は起きても、持続しない。
シーメンスは、革命を語る前に、「革命を管理する装置」を最初に提示した。ここに、同社が“産業側のプレイヤー”であることの本質がある。
■産業の「思考空間」は現実から仮想へ
②第二の鍵:AI-native Simulation
――Industrial AIを「安全に速く賢く」するための思考空間
「Industrial AI Operating System」が産業AIの統治構造だとすれば、次に提示されたこの一枚――AI-native Simulation――は、その統治構造の中でAIが思考する場所を定義するものである(写真)。
この位置づけは極めて重要である。Industrial AIにおいて、現実世界での試行錯誤は許されない。工場や倉庫、インフラは、失敗を学習のコストとして支払えないからである。
だからこそ、シーメンスは「Simulation」を第二の鍵として明示した。しかも単なるSimulationではない。AI-native Simulationである。
従来のシミュレーションは、人が条件を与え、人が結果を解釈するための道具であった。つまり、人の思考を補助するツールに過ぎなかった。
しかしAI-native Simulationでは、主語が逆転する。AI自身が仮想空間の中で試行錯誤し、選択肢を探索し、学習する。
人はもはや、全ケースを想定する必要がない。AIが数万、数百万のケースを先に試し、その中から現実に適用すべき解を提示する。
これは効率化ではない。産業における思考の場所そのものが、現実から仮想へ移動したことを意味する。
■製造業の「前提」そのものが変わった
前述の一枚が示しているのは、明確な時間軸の反転である。
Before:現実で動かす→問題が起きる→改善する

After:仮想で試す→最適化する→現実に反映する
Industrial AIでは、現実は常に“二手目”になる。最初の一手は、必ずAI-native Simulationの中で打たれる。
この構造がある限り、事故やロスは「想定外」ではなく、事前に回避すべき事象になる。
AI-native Simulationは、前日のエヌビディア基調講演で語られた世界モデル、Compute、Omniverseと完全に接続する。
エヌビディアが提供するのは、世界を模倣できる計算能力、膨大な探索を可能にするGPU基盤。
シーメンスが提供するのは、産業ドメインを反映したモデル、制約条件と安全要件。
この二つが合わさることで、「現実に耐えるシミュレーション」が成立する。どちらか一方だけでは、Industrial AIは暴走する。だからこそ、このスライドは両CEO対談の文脈で提示された。
③第三の鍵:AI-native Adaptive Manufacturing
――Industrial AIが「計画主導」から「状況適応主導」へ移行した瞬間
「Industrial AI Operating System」が統治構造であり、「AI-native Simulation」が思考空間であるならば、この――AI-native Adaptive Manufacturing――は、Industrial AIが現実世界でどのように振る舞うかを定義する。
ここでシーメンスが示したのは、製造業の前提そのものの転換である。
従来の製造は「計画が主役」だった。従来の製造業は、計画主導であった。生産計画を立て、ラインを固定し、変更は例外として扱う。
この構造は、需要が安定し、製品ライフサイクルが長い時代には有効だった。しかし現在は、需要変動・多品種化・供給制約が常態化している。この環境下で、固定計画は足かせになる。
■Adaptive Manufacturingとは何か
Adaptive Manufacturingとは、計画を守る製造ではなく、状況に合わせて製造が変わる構造である。需要変化、原材料制約、設備トラブル、物流遅延、これらが起きた瞬間に、AIがシミュレーション結果を参照し、生産順序・ライン構成・稼働条件を再設計する。
重要なのは、これが人の手動判断ではなく、OSとSimulationに裏打ちされた自律的再構成として行われる点である。
単なる柔軟生産と、AI-native Adaptive Manufacturingは違う。従来の柔軟生産は、人が判断し、設定を切り替えることで成立していた。
AI-nativeでは、最初からAIが主語として設計されている。AIが前提条件を把握し、AIが代替案を探索し、AIが最適な再構成を提示する。人は、それを承認し、責任を引き受ける。この役割分担が、止まらない製造を可能にする。
前日のエヌビディア基調講演で示されたフィジカルAIは、ロボットや自動化機器が「見て、判断し、動く」能力を獲得したことを意味する。
Adaptive Manufacturingは、その能力を工場全体の振る舞いにまで拡張する。個々のロボットの賢さ、個々の設備の最適化ではなく、工場というシステム全体が適応する。
この全体最適を支えるのが、AI-native SimulationとIndustrial AI OSである。
■これからの工場は「固定資産」ではない
④第四の鍵:AI factories
――工場は「モノを作る場所」から「知能を生み出す場所」へ変わった
「Industrial AI Operating System」が統治構造であり、「AI-native Simulation」が思考空間、「AI-native Adaptive Manufacturing」が実行様式であるならば、この最後の鍵――AI factories――は、Industrial AI Revolutionの帰結点である。
ここでシーメンスが提示したのは、工場の定義そのものの更新である。工場はもはや“固定資産”ではない。従来、工場とは典型的な固定資産であった。建設した瞬間から減価償却が始まり、老朽化とともに競争力は低下していく。
AI factoriesは、この前提を根底から覆す。AI factoriesとは、稼働すればするほどデータを蓄積し、学習し、意思決定精度を高めていく工場である。
つまり、工場は減価償却資産ではなく、自己学習型の知能資産へと変わる。
重要なのは、AI factoriesにおいて主語が「factory」ではなくAIである点だ。AIが、生産結果を学習し、シミュレーションにフィードバックし、次の生産条件を更新する。この循環が、工場単位で、あるいは工場群として回り続ける。
工場は、「人が管理する設備」ではなく、AIが自己改善を続けるシステムの一部になる。
■日本メーカーに突きつけられる「問い」
前日のエヌビディア基調講演では、「AI factories」という言葉がCompute側から語られていた。
大量のGPUを並べ、AIモデルを学習させ続けるデータセンターとしてのAI factory。
シーメンスは、その概念を物理世界に拡張した。
・データセンターのAI factory(知能を学習する)

・現実世界のAI factory(知能を実行し、再学習する)
この二つが循環したとき、AIは“研究成果”ではなく“産業基盤”になる。
この鍵が、日本の製造業に投げかける問いは極めて重い。
あなたの工場は、10年後、今より賢くなっているか。
設備更新をしなければ競争力が落ちる工場と、稼働するほど賢くなる工場。
この差は、時間とともに指数関数的に開く。
AI factoriesは、人手不足への対策でも、コスト削減策でもない。産業の持続可能性そのものである。
ここまで提示された四つの鍵を並べると、構造は明確になる。
・Industrial AI Operating System(統治)

・AI-native Simulation(思考)

・AI-native Adaptive Manufacturing(適応)

・AI factories(学習・進化)

この循環が閉じたとき、Industrial AI Revolutionは「構想」から「不可逆の現実」へ変わる。
「AI factories」という言葉は派手ではない。しかし、その意味は極めて重い。
それは、産業が“一度作って終わる存在”ではなく、学び続ける存在になるという宣言だからである。
この鍵は、Industrial AI Revolutionがもはや戻れない段階に入ったことを、静かに、しかし決定的に示している。
■「産業AI」が食品メーカーのビジネスを変えた
第4章:「産業AI革命」のケーススタディとしてのペプシコ
――Industrial AI Revolutionを“概念”から“日常業務”へ落とし込む実装モデル
シーメンス基調講演において、アメリカの飲料品・食品大手ペプシコは単なる事例企業として登壇したのではない。Industrial AI Revolutionが、重工業だけでなく「グローバル消費財企業の日常業務」にまで実装可能であることを証明する象徴的存在として位置づけられていた。
その意味で、ペプシコは単なる「成功事例」ではない。革命のスケール可能性を示すリファレンス・アーキタイプである。
本日公表された内容で一貫して使われている表現は明確である。
Intelligent Manufacturing and Warehouse

Industrial Metaverse

Digital-first design approach

Powered by Siemens

Accelerated by NVIDIA
ここで重要なのは、「AIを導入した」「自動化した」といった言葉が前面に出ていない点である。ペプシコ自身が語っているのは、事業運営の設計思想そのものを変えたという事実である。
ペプシコは世界中で食品・飲料を製造・流通する企業である。そのオペレーションは、以下の制約に縛られている。
・需要は地域、時間帯、天候で激しく変動する

・工場と倉庫は止められない

・品質、安全、規制を同時に満たす必要がある

・物理拠点を無制限に増やすことはできない
これは、典型的なIndustrial AI向きの世界である。
言い換えれば、「チャットボット型AI」が最も役に立たない世界でもある。
■ペプシコが選んだ解は「産業メタバース」
ペプシコがシーメンスと共に選んだ中核概念は、Industrial Metaverseである。
これは仮想空間を使った可視化の話ではない。現実の工場・倉庫・物流を、常時デジタルツインとして再現し、意思決定を仮想空間側に先行させる構造である。
このIndustrial Metaverseの心臓部にあるのが、前段で詳解したAI-native Simulationである。
・生産ライン構成

・倉庫内の動線

・ピッキング、搬送、積載

・人とロボットの協調
これらを現実で試す前に、AIが仮想空間で探索・学習する。
ペプシコは、Industrial AIを「現場改善の延長」ではなく、設計・検証・最適化をすべて仮想空間から始める“デジタル・ファースト”として実装している。
ペプシコがシーメンスを選んだ理由は明確である。
・工場、倉庫、設備を止めずに扱えるOTの知見

・生産、品質、安全、保守を一体で扱う産業OSの経験

・現場データを“責任を持って扱える”企業であること
Industrial AI Revolutionでは、AIの賢さよりも、責任の所在が重要になる。
その点で、シーメンスは「AIを売る企業」ではなく、AIを産業の中で引き受ける企業である。
一方で、この構造を現実的な速度で回すための加速器が、エヌビディアである。
・Omniverseによる高精度シミュレーション

・大規模並列計算による探索

・将来的なロボティクス、自動化との接続
ペプシコのプロジェクトにおいて、エヌビディアは主役ではない。しかし、速度とスケールを担保する不可欠な存在である。今日の公式表現で使われている“accelerated by NVIDIA”という言葉は、極めて正確である。
■ペプシコ×シーメンス×エヌビディアの新しい方程式
このプロジェクトが重要なのは、ペプシコがハイテク企業でも、重工業でもない点にある。世界中の人が毎日口にする製品を、止めずに、安定して、持続可能に供給する企業である。
その企業が、Industrial AI Operating Systemの上で、AI-native Simulationを回し、Adaptive ManufacturingとWarehouseを実装し、AI factoriesへと進化しつつある。これは、Industrial AI Revolutionが一部の先進工場の話ではなく、グローバル経済の基盤技術になったことを意味する。
ペプシコの事例は、日本企業にとって極めて示唆的である。
産業AIは、高度な製造業だけのものではない。「止められない業務」を持つ企業すべての問題である。食品、物流、医薬、エネルギー、小売。これらの分野こそ、Industrial AI Revolutionの主戦場である。
ペプシコ×シーメンス×エヌビディアのプロジェクトは、Industrial AI Revolutionの完成度の高い実装例である。それは、構想ではなく、デモでもなく、将来計画でもない。既に回っている産業の新しい運転方式である。
この事例がCES2026で前面に出された理由は明白だ。Industrial AI Revolutionは、すでに始まっている。しかも、私たちの生活のすぐ隣で。
■CES2026が静かに、明確に告げたこと
最終章:産業AI革命は「未来予測」ではない。すでに運転が始まっている
Industrial AI Revolutionとは、AI導入の話ではない。それは、産業がどのように意思決定し、どのように責任を引き受け、どのように進化していくかという「運転方式」そのものを再設計する革命である。
2026年のCESが示したのは、技術の可能性ではない。すでに回り始めている新しい産業の物理法則である。
エヌビディアは、AIの主戦場を「言語」から「世界そのもの」へ移した。
シーメンスは、そのAIを止められない産業の中で、責任を持って動かすための産業OSを提示した。
そしてペプシコの事例が示したのは、この構造が重工業に限らず、日常消費を支える産業にまで実装可能であるという現実である。
ここで重要なのは、誰が先進的かではない。どの企業が、産業AIという新しい運転方式に切り替えたかである。
Industrial AI Revolutionの世界では、工場は減価償却される設備ではなく、稼働するほど賢くなる知能資産になる。計画は固定されるものではなく、状況に応じて再構成される前提となる。そして意思決定は、人の経験だけでなく、AIが仮想空間で先に試行錯誤した結果を踏まえて行われる。
この変化は、静かである。だが、不可逆である。
日本の製造業は、これまで「現場力」や「改善力」によって競争力を築いてきた。それらは今後も重要であり続ける。しかし、それだけでは足りない。
問われているのは、どのレイヤーを自らの主戦場とし、どのレイヤーを信頼できるパートナーに委ねるのかという戦略判断である。
Industrial AI Revolutionは、誰かに革命される話ではない。産業が主語となり、AIを内在化して自らを再設計するかどうかの選択である。
CES2026は、その選択を先送りできる段階が終わったことを、極めて静かに、しかし明確に告げていた。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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