牛丼チェーン大手「松屋」は2025年12月、91億円を投じて「六厘舎」「舎鈴」などのラーメン店を展開する「松富士食品」を買収したと発表した。なぜ松屋は巨額の買収に踏み切ったのか。
フリーライターの宮武和多哉さんが、牛丼各社がラーメン店の買収に乗り出す背景を読み解く――。
■値上げか安売りか、500円の壁が迫る
もはや「牛丼ひとすじ○○年」の時代は、終わりを告げたのか? ……牛丼チェーン大手が、相次いで「ラーメン店」の買収に乗り出している。
吉野家HD(以下「吉野家」)は、2016年の「せたが屋」を皮切りに、「ばり嗎」「キラメキノトリ」などの有名チェーンを次々と傘下に収めている。そこから遅れること10年、松屋フーズが「六厘舎」「舎鈴」「ジャンクガレッジ」などを擁する「松富士食品」(以下:松富士)を傘下に収めた。
2社が揺るぎない人気を誇る「牛丼」以外に、わざわざラーメンを手掛ける理由は、材料の高騰が激しい牛丼への依存を避ける「脱・牛丼一本足打法」を目指しているからだ。
第一生命経済研究所が21品目で調べた「外食値上がりランキング」では、「牛丼」カテゴリの値上げが過去5年で25.1%・上位3位にランクインしている。
牛丼の主役であるコメ・牛肉が、それぞれ「1.86倍」「1.41倍」も高騰しているがゆえに、両社とも毎年のように値上げを繰り返してきた。しかし、2020年の時点で吉野家が387円・松屋が320円だった牛丼・牛めしは、それぞれ498円、460円に(税込・2026年1月時点)。これ以上の値上げで「牛丼・500円の壁」を超えると、心理的な問題から客離れを起こしてしまうだろう。値上げを選ぶか、やせ我慢の安売りを選ぶか……牛丼チェーンが究極の選択を迫られるタイミングは、すぐそこに来ているのだ。
■ラーメンの壁は1000円
かつ「牛肉」という食べ物は、世界のありとあらゆる社会事情・政治などに、価格が極めて振り回されやすい。現在の牛肉高騰も「アメリカの干ばつ・飼料不足」だけでなく、トランプ政権の方針による緊急輸入制限(セーフガード)による関税引き上げの影響まで受けている。

さらに生産者不足などによって、アメリカでは肉牛の頭数が過去10年で最低クラスに落ち込んでいるという。吉野家・松屋が使用する「ショートプレート」(バラ肉の一部)が牛肉の中で格安であるという事実は変わらないものの、肉牛そのものが不足とあれば、つられて高騰するのは仕方ないことだ。くわえて、かつて日本中を騒がせた「BSE(狂牛病)による牛肉禁輸騒動」のような事態が、いつ起きるとも限らない。
一方でラーメンなら、上記のランキングでも中華そば(ラーメン)の値上がり率は13.5%、ほかの麺類も10%前後と、牛丼よりは値上げ幅が穏やかだ。かつ、来店客が「これは高い!」と感じると言われていた「ラーメン1000円の壁」は、有名店ならすでに突破しており、牛丼よりもトッピングが豊富であるがゆえに利益・単価を上積みしやすい。
■手広いが“コメ・肉”依存の「松屋」
かつラーメンは、「値上がりランキング」の他の料理(牛丼・ドーナツ・ハンバーガーなど)と比べてチェーンストアによる寡占が進んでいない。世間的にラーメン業界は倒産・採算悪化などの淘汰が進んでいるものの、薄利多売の象徴として早々にDX化・省力化のかぎりを尽くしてきた牛丼チェーンのノウハウを活かせば、利益も獲れて、うまく行けば“業界の勝ち組”を目指せる。牛丼チェーン店にとってラーメン業態は、意外と狙い目に見られているからこそ、参入が相次いだのだろう。
それにしても、飯に肉をかけただけの牛丼が、実は「肉を煮込む鍋がAI/IoT技術で繋がって一定の味をキープ」「AI活用で仕入れのムダ削減」といった工夫によって、ワンコインで食べることができている、と想像する人はいないだろう。今どきの牛丼店は、他にも応用が利くDX化・効率化の塊なのだ。
なお松屋フーズの場合、業態がしっかり多角化されているために、別にラーメンに頼らずとも……と思いがちだが、「松屋」の定食・カレーだけでなく「松のや」(揚げ物メイン)「マイカリー食堂」「ステーキ屋松」など、どれも「コメと肉」に依存している。手広い割に経営リスクが分散できていないからこそ、採算悪化のリスクがある牛めしに次ぐ2番手・3番手の柱として、ラーメン店を傘下に収めたのだ。

■「91億円買収」から感じる焦り
ただ、松屋フーズは今回の買収に91億円を投じており、「時価純資産+営業利益の2~5年分を加えた金額」というM&Aの相場として、「純資産41億円・年間営業利益4億円」の松富士への評価が、かなり高いようだ。見方を変えれば、松屋フーズが「とにかくラーメン店が欲しかった」「高掴みで飛びついた」状態だったのでは? と、勘ぐりたくもなる。
なぜ松屋フーズは、91億円をはたいてまで、松富士を傘下に迎え入れたのか。その背景を探るべく、松屋グループで唯一のラーメン店「松太郎」を訪れた。あまり賑わっている様子がない店内で感じるのは、「自前ラーメンブランドを立ち上げる困難さ」だ。
東京都新宿区にあるラーメン店「松太郎 新宿小滝橋通り店」は、2025年7月にオープンしたばかり。周囲に「ラーメン二郎」「創始 麺屋武蔵」など有名店がひしめく小滝橋に、突如として出店した「松屋フーズのラーメン店」は、開業当時から大きな話題を呼んだ。ただ、2026年1月現在で、あまり混み合っている様子がない。
■自社ブランドの成長より有名店買収
看板メニューの「醤油ラーメン」「塩ラーメン」(730円)を筆者が実食した限り、美味しいことに間違いはない。ただ、褒める要因もけなす要因もない「キングオブ・普通のラーメン」には、「ボリュームも満足感も物足りない」「印象が薄い」という声が多く、おなじ醤油味の「幸楽苑」中華そば(480円)があれば、そちらを選ぶだろう。
求人票に「牛めしのノウハウを活かした誰でも作れる超カンタン調理」と記載されているように、オペレーションの効率化を優先するあまり、ラーメンとしての個性や魅力が犠牲になっている印象は否めない。
美味しいラーメンを提供できるのは当たり前として、チェーン店展開するなら、特徴的な味や見た目(例:「天下一品」なら「こってりスープ」)で何らかのサプライズを残しつつ、年に何度もフェアメニューを投入するなど、飽きさせない工夫が必要となる。
しかし、そういったノウハウがなさそうな松太郎の成長を待っていては「脱・牛丼」で大きく先を越され、下手をすると他のラーメン店も、根こそぎ吉野家に吞まれてしまう。
松屋フーズは、すでに有名店である「六厘舎」「舎鈴」などを展開する松富士を傘下に収めたうえで、迅速にラーメン業界に打って出る道を選んだのではないか。食材を含めたすべての高騰が進む中、一刻も早く「脱・牛丼」「脱・コメと肉」の道筋を示す必要があるからこそ、91億円という厚遇を提示してでも、不動のブランドを擁する松富士と手を組む必要があったのだ。
■30年前の教え子と手を組んだ
ただ、松屋フーズ×松富士の場合は、こういった事情だけでなく不思議な縁がある。「六厘舎」の創業者である三田遼斉氏が、おおよそ30年前に上京した際に勤めたのが、当時の松屋だったというのだ。(公式Xより)
創業当初から「松屋のような会社を作りたい」と言い続け、今も当時の教育テキストを大事に持っておられるそうだ。しかも、松屋フーズ・元社長の緑川源治氏が、松富士の各店で頻繁に指導を行っている様子が、三田氏のXにも投稿されている。(2025年10月時点で緑川氏は「取締役」)
つけ麺文化を広めた立役者であり、業界で知らない人はいない三田氏はいまも緑川氏に教えを請い、「チェーン店で一番好きなのは松屋」「牛焼肉定食・ごろチキ(ごろごろチキンカレー)は神」と言ってはばからないほど、松屋への愛に満ちている。そんな三田氏が立ち上げた松富士と松屋が運命を共にするのは、もはや必然であり、運命だったのではないか。
■10年前から買収を進める「吉野家」
松屋フーズがようやく「牛丼一本足打法からの脱却」に力を注ぎ始める中、吉野家のラーメン事業は、すでに軌道に乗っている。「2034年までにラーメン提供食数世界一」と目標を掲げている、吉野家のラーメン店・買収戦略を振り返ってみよう。
2026年1月現在、吉野家は以下のラーメン店・関連業者を傘下に収めている。

ラーメン店:「せたが屋」(2016年)「ばり嗎」など(2019年)「キラメキノトリ」(2025年)

製麺業者:「宝産業」(2024年)

※参考「はなまるうどん」(2006年)
2016年に吉野家HDの傘下となった「せたが屋」は、「東京ラーメンストリート」(東京駅構内)などの国内出店にとどまらず、ニューヨークなどに幅広く出店している。また2025年に傘下となった「キラメキノトリ」も、インバウンド観光客に人気が高い名店だ。
吉野家はこれらのチェーンを子会社化、それまでの経営陣との協力関係を築くことで、有名店としてのブランドを維持している。その上で、「キラメキノトリ」の目標であった海外出店、「せたが屋」とは吉野家と共通の食材を使った「牛肉ラーメンわだ」のチェーン店化など、M&Aで取得した企業への手助けを行ってきた。
■ラーメン・牛丼の相乗効果を生んだ
さらにチェーン店だけでなく、麺・スープなどの卸で一大勢力を誇る「宝産業」を傘下に収めることで、国内外で業界への影響力を強めている。かつ吉野家の既存店でも「ばり嗎」監修のスープを使った「とんこつ醤油牛鍋膳」や、しっかり味が染みる麺が癖になる「牛肉玉ラーメン鍋膳」が次々とヒットを記録。既存の吉野家店舗が売上高・単価ともに前年比110%近くをキープする起爆剤ともなっている。
こうして見ると、吉野家HDのラーメン事業は店舗・卸・牛丼店のすべてにおいて相乗効果を発揮しており、「2024年→2029年度で売上80億円→400億円」「2034年までにラーメン提供食数で世界一」という驚くような経営目標も、だんだんと現実味を増してきた。
これに、同じく吉野家HD傘下の「はなまるうどん」(年間売上300億円強)をプラスすれば、吉野家HDの3割~4割をラーメン・うどんが占めることになる。どうやら、「せたが屋」買収からの10年で、吉野家の「脱・牛丼一本足」戦略の将来像が見えてきたようだ。
■出遅れた松屋の挽回策
さて、吉野家に遅れること10年。松屋フーズは吉野家のような「脱・牛丼」への道筋をつけることができるのか……自前のラーメン店「松太郎」の停滞もあり、吉野家と比べると遅れていると言わざるを得ない。

その中で、ポジティブにとりたい点は「新規出店の余地」だろうか。創業者の三田遼斉氏が「100店舗までは関東しか出店しない」と明言していたこともあってか、松富士が展開する9ブランド・120店舗のほとんどは、首都圏にしかない。
海外にはまだ進出しておらず、2024年に進出した大阪も、まだ2店舗しかない。首都圏は埼玉県所沢市の工場を中心に既存店の足場を固め、他地域は松屋の物流を活かして出店加速、といった戦略をとることも、十分にあり得る。
もうひとつ有利なのは、松屋の物件からの転換のしやすさだ。吉野家は「サッと牛丼を食べて帰る」個食の方が多いせいか30坪・カウンター数十席程度の店が多いのに対して、松屋はファミリー層でくつろげるボックス席を備え、60坪程度の広さがある物件も多い。絶品のつけ麺をゆったりした環境で提供するなら、松屋フーズの持ち物件の方が「六厘舎」「舎鈴」などに転換しやすいはずだ。
こういった条件を見る限り、松屋フーズと松富士は、なかなか相性が良い。出店の面では早期に見える成果を出せそうだ。ただ、このM&Aには、そこまでポジティブになれない要素もある。
■「第二の資さん」にできるか
ただ今回のM&Aには、ひとつだけ明暗を分けそうな懸念がある。松富士の売り上げは100億600万円、営業利益が4億円少々、利益率は約4%。
吉野家のラーメン事業が2025年3~5月期で「売上高17.6億円(152.7%増)営業利益1.9億円(553.0%増)利益率10.8%」を記録しているのに対して、利益があまり獲れていないのだ。
松富士そのものは直近の5年で売上が倍増しているものの、2023年には9.4億円の赤字に転落するなど、経営面では若干の波が見受けられる。はっきり見えている松富士の課題は「急成長する売上に応じた利益確保」「安定経営」といったところか。
ここで松屋フーズの経営資源を活用し、外食系・流通系M&Aの定番である「不動産・人材・物流の共有による効率化」を施すだけで、利益は早期に改善されるだろう。こういった手法は、240億円で「すかいらーく」に買収されて全国進出と利益率改善を両立した「資さんうどん」という特大級の成功例もあり、松屋フーズは松富士を「第二の資さん」のように成長させることができるか、といった面も課題となるだろう。
個人店からスタートして成長してきたラーメン店は、松富士に限らず「つけめんTETSU→磯丸水産」「麺屋たけ井→CoCo壱番屋」などのM&A案件が相次いでいる。数十年にわたって縁を築き上げていた「松屋フーズ×松富士」がどこまで相乗効果を発揮し、「脱・牛丼一本足経営の脱却」「国内・国外への進出」という双方の課題を解決できるのか。カウンターでつけ麺を啜りつつ、ワクワクしながら見守っていきたい。

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宮武 和多哉(みやたけ・わたや)

フリーライター

大阪・横浜・四国の3拠点で活動するライター。執筆範囲は外食・流通企業から交通問題まで、元・中小企業の会社役員の目線で掘り下げていく。各種インタビュー記事も多数執筆。プライベートでは8人家族で介護・育児問題などと対峙中。

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(フリーライター 宮武 和多哉)
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