■小一郎の思い人「直」は実在しない
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に、若き日の小一郎(のちの秀長)の思い人「直(なお)」が登場している。演じるのは白石聖さん。当初、永野芽郁さんがキャスティングされていたが出演を辞退したため白石さんに交代したもので、SNSでは「代役と感じさせないハマりぶり」と好評だ。
ドラマの直は、小一郎が住む中村の地の土豪・坂井喜左衛門の娘という設定だ。喜左衛門は実在した人物で、信長の叔父にあたる織田信次に仕えたのち、信長の配下に転じたのはわかっているが、中村の地との関係や、娘がいたかは確認できない。
つまり直は、ドラマオリジナルの人物なのである。
そもそも秀長の生い立ち~青年期は史料に残っていないため、どのような女性遍歴をたどったかは一切不明だ。
『豊臣兄弟!』では今後、秀長の正室として「慶(ちか)」という女性が現れる予定であり、すでに吉岡里帆さんが扮すると発表されている。つまり、秀長と直は(理由はわからないが)結ばれない運命にあるとみて良い。
では、秀長の正室として登場する慶とは、史実ではどういう人物だったのか。慶以外に秀長を支えた女性はいたのか――。
人数は諸説あってはっきりしないが、側室が少なくとも12人ほどはいたと考えられる兄と異なり、質素で地味な女性関係がうかがえる。そうしたドラマのキーとなり得る情報を、ネタバレにならない程度に紹介したい。
■「慶」の正体は家臣の娘か?
秀長の正室は、京都・誓願寺(せいがんじ)に残る『誓願寺奉加帳』に、「大和様慈雲院殿(やまとさまじうんいんでん)」の名が記録されている。天正19(1591)年の秀長死去から文禄元(1592)年の間に、大和様(秀長)の後室(こうしつ)(身分の高い人物の未亡人)である女性が夫の霊を弔ったという記録で、その女性が秀長亡き後に髪を下ろし、慈雲院殿を名乗ったことが読み取れる。
また、秀長の葬儀を執り仕切った僧侶・古渓宗陳(こけいそうちん)の語録を編纂した『蒲庵稿(ほあんこう)』に、「芳室慈雲院紹慶大禅定尼」との尊称もある(『大徳寺禅語録集成 第4巻』法藏館)。ドラマで正室の名を「慶」としたのは、この「紹慶」にちなんでいるのだろうか。
戦国史研究家の和田裕弘によると、慈雲院殿の父は秀長の家臣だった「神戸伝左衛門秀好」と考えられるという。これは『多聞院日記』(奈良興福寺の塔頭・多聞院の僧侶たちによって書き継がれた日記)の文禄2(1593)年5月19日付に、「大納言の御内(みうち)の母は伝左衛門の内(妻)」と記していることによるものだ。
他にも「伝左様」と、秀長の岳父(がくふ)(妻の父)として「様」付きの敬称を記した文書もあり、また秀長の菩提寺である大徳寺大光院(京都市北区)の過去帳にも「慈雲院殿父」と記載されているという(『豊臣秀長「天下人の賢弟」の実像』中公新書)。
秀長と婚姻を結んだ時期については、『豊臣兄弟!』の時代考証を務める黒田基樹が永禄9(1566)年頃と推定しており(『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』角川選書)、これは秀吉と寧々が結婚した永禄4(1561)年~同8(1565)年と大きな隔たりはない。
■病を乗り越え、人質になることも受け入れた
慈雲院殿は天正13(1585)年、秀長が四国を平定した恩賞として大和国(奈良県)を賜り、郡山城へ入城する時期から文献に登場し始める。
『多聞院日記』では「濃州女中」「大納言ノ御内」「大納言内公」などと記されている。
このうち「濃州女中」は初期のもので、日付は天正13(1585)年9月20日。「一昨日、濃州女中、郡山へ来られ了」とある。すでに9月3日に秀吉・秀長が大和・郡山城に入城しており、それに追随して秀長の妻もやって来たというわけだ。
結婚したのが永禄9(1566)年という説(前述)に則れば、郡山入城の時点ですでに20年近く、苦楽をともにしてきた夫婦の姿がうかがえる。特に秀吉が織田軍の中国方面司令官となってからは、兄に従って各地を転戦したため、留守を守る心労は並大抵ではなかったろう。
郡山に入った秀長は紀伊・和泉・大和の3カ国を領有し、合わせて実質約73万石を有することになった。この三国は寺社勢力が強大なため統治しやすいとはいい難い土地だった。郡山入りの1カ月前には紀伊で検地も実施し、反発した農民が一揆を起こすなど、一筋縄には行かなかった。
慈雲院殿も懸命に夫を支えたろうが、翌年の天正14(1586)年9月には病に伏している。幸い無事に回復したものの、天正17(1589)年の小田原征伐の際は、特別扱いできないのを理由に人質として在京するよう秀吉に命じられるなど、困難は続いたようだ。
■13歳と5歳を結ばせた秀長の焦り
慈雲院殿と秀長の間に生まれたと考えられる嫡子が、与一郎だ。
和田裕弘は存在を「疑問」と述べ、黒田基樹は天正10(1582)年に早世した可能性を指摘する。いずれにせよ、息子のいない(または失った)秀長は、丹羽長秀の息子・千丸(せんまる)を養子に迎えた(『郡山城主記』など)。
ところが、秀吉・秀長がともに、羽柴の血を引いた者を後継にしたいと思い直したのか、長姉・日秀尼の三男・御虎(おとら)に白羽の矢を立てる。御虎がのちの豊臣秀保(ひでやす)である。そして千丸は藤堂高虎の養子となり、藤堂高吉(たかよし)と名を改めた。
娘も2人いたとみられている。1人は「御末様」と呼ばれた女児で、毛利家から贈られた進物にその名があるが、早世した可能性が高いらしい。
そこで養継子として迎えた秀保と次女を結婚させ、御家の存続をはかったとみられる。秀保と次女の婚儀は天正19(1591)年、健康を害していた秀長の病状が悪化したため、急いで挙行されたようだ(『国史肖像集成第六輯』目黒書店)。
秀保13歳、次女はまだ5歳ほどだった。子をつくるには早すぎた(なお秀保と結婚した次女については異説もあり、詳しくは後述)。
■秀長の遺志空しく、羽柴家断絶
秀長が死去するのはこの直後、天正19(1591)年1月末である。幼い夫婦では「羽柴大和家」を運営できない。補佐し、導く役割が、慈雲院殿に重くのしかかった。同年2月には2人とともに上洛し、同月末には大政所(秀吉の母)と一緒に秀吉に拝謁した。
だが、秀保も文禄4(1595)年、子をもうけぬまま17歳で夭折し、「大和羽柴家」は断絶する。その先の次女の消息や没年は、明らかではない。
秀長が亡くなり、後継者として迎えた養子・秀保も没した後、慈雲院殿は郡山城を出たようだ。時期ははっきりしないが、秀吉の重臣・増田長盛が郡山を領有した文禄4(1595)年頃だったと見るのが妥当で、その後は京に移り住んだ。
慶長13(1608)年~同15(1610)年には、京で平穏に過ごした記録がある。すでに60歳を超えていた。
没年は元和6(1620)年。72歳だった。
秀吉の妻・高台院(寧々)がそうだったように、かつての自分の家が大坂夏の陣(慶長20/1615年)で滅亡する様を、離れた京から見聞きしたかもしれない。
■別妻との出会いは一度の過ちという逸話も
秀長には別妻(べっさい)もいた。別妻は「正妻以外の妻」という意味で、正妻が夫を補佐して政務や家事といった家宰(かさい)を担うのに対し、家の運営には携わらない〔『NHK大河ドラマ 歴史ハンドブック 豊臣兄弟!』(NHK出版)より「知られざる秀長の妻の実像」黒田基樹〕。
秀長の別妻は法号・摂取院光秀尼(せっしゅいんこうしゅうに)という。和田裕弘が『大和名所図会』に所収された秀長との出会いの逸話を紹介している。
父は大和国の「秋篠の沙弥(しゃみ)」。光秀尼は早くから出家していたが秀長に見初められ、不犯の戒律を破って契りを結んでしまい、途方に暮れて伯母の元に身を寄せた。その一度の過ちで子を宿し生まれた娘が、毛利秀元(毛利元就の孫でのちの初代長府藩主)の妻となった――。
光秀尼が生んだ娘が毛利秀元に嫁ぐのは史料でも確認できるが、その他はいかにも「落胤」を強調した作り話という印象で、にわかには信じ難い。伝説というのは得てしてそういったものなのだろうが……。
ちなみに光秀尼はもう1人娘を生んでおり、秀長の養継子・秀保に嫁いだ娘(前述)は、実は正室・慈雲院ではなく光秀尼の娘だったという異説を和田裕弘が唱えている。
そもそも光秀尼は、出自についても曖昧な点が多く、父の「秋篠の沙弥」は秀長以前の郡山を治めていた筒井順慶の家臣「秋篠某」に婿入りした人物で、その娘が光秀尼という説もあった。
この辺りの込み入った説を『豊臣兄弟!』がどのように描くのか、注目したいところだ。
参考文献
・和田裕弘『豊臣秀長』(中公新書、2025年)
・黒田基樹『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』(角川選書、2025年)
・柴裕之編著『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究14』(戎光祥出版、2024年)
・河内将芳『図説 豊臣秀長』(戎光祥出版、2025年)
・『NHK大河ドラマ 歴史ハンドブック 豊臣兄弟!』(NHK出版、2026年)
・『大徳寺禅語録集成 第4巻』(法藏館、1989年)
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小林 明(こばやし・あきら)
歴史ライター 編集プロダクション「ディラナダチ」代表
編集プロダクションdylan-adachi(ディラナダチ)代表。歴史ライターとしてニッポンドットコム、和樂web、Merkmal、ダイヤモンド・オンライン、弁護士JPニュースなどに記事を執筆中。また
『歴史人』(ABCアーク)、『歴史道』(朝日新聞出版)など歴史雑誌の編集も担当している。著書『山手線「駅名」の謎』(鉄人社)など。
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(歴史ライター 編集プロダクション「ディラナダチ」代表 小林 明)

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