■テクノロジーは未来へ、政治は過去へ
2026年、世界は奇妙な既視感に包まれている。
AIや宇宙開発といったテクノロジーは未来へ加速しているのに、政治のOS(基本ソフト)だけが数世紀前へと逆回転を始めたからだ。
国家元首や大統領などという肩書きを持つ者が、民主的な調整者としてではなく、中世の王、あるいは神格化された皇帝のように振る舞い始める。国境を自分の庭の柵のように扱い、同盟を家来のように扱い、法を自分の感情で書き換えようとする。
だが、ここで重要なのは「誰がそうなのか、そうなる可能性があるのか」ではない。
なぜ、そういう振る舞いが“量産される構造”になったのかである。
この現象を理解する鍵は、現代政治学の教科書のページをめくることではない。むしろ一度閉じ、2000年前のローマ史と、700年前の地獄めぐりの詩を開くことにある。そこには、権力が腐敗するメカニズムが、驚くほど透明に描かれている。
■なぜ現代に「王」が増殖しているのか
まず、現代に「ネロ型」が増える理由は、個人の資質ではなく、三層の因果で説明できる。
1)需要側:不安は「単純化」を欲する
不確実性が高まると、人は複雑な現実を複雑なまま理解することに耐えられなくなる。
この心理は、強い指導者待望論を生む。強い指導者とは、問題を解く者ではなく、問題を単純化してくれる者であることが多い。複雑な利害を調整する調整者ではなく、善悪の物語で世界を塗り替える語り手が歓迎される。
2)供給側:「政策」より「物語」が勝つメディア環境
次に供給側である。現代の政治家は、政策の勝負をする前に「注意(Attention)」の勝負を強いられる。SNSは政治を、政策論争からリアリティ・ショーへ変換する。短い言葉、強い敵、単純な結末。そこに最適化がかかる。
つまり、政治家は統治能力ではなく、劇場能力で評価される。
結果、政治は「統治」ではなく「上演」になる。
3)制度側:ガードレールが摩耗した社会
第三に制度側である。強者が増えたのではない。強者を止めるガードレールが摩耗したのだ。
・議会は分断で機能不全に陥りやすい
・司法は政治的圧力に晒される
・官僚は専門性より忠誠を求められる
・メディアは注意経済に引きずられる
・学界や知識層は「遠い存在」として軽視される
この三層因果が揃うと、社会は「王」を必要としてしまう。
王の出現は原因ではなく結果である。現代は、王が出やすい構造に入ったのである。
■暴君の正体は「主演男優」である
歴史はローマ皇帝ネロを残虐な暴君として記憶している。母殺し、妻殺し、虐殺。血塗られた履歴書は事実である。だが、現代が直視すべきネロの本質は、そこではない。
彼の本質は、「政治家」ではなく「エンターテイナー」だった点にある。歴代皇帝が重視した元老院(議会・エリート)との根回しを、ネロは退屈な事務作業として唾棄した。その代わり、円形劇場に立ち、自ら歌い、演じ、喝采を浴びた。
ここで決定的なのは、ネロが娯楽を愛したという話ではない。彼は、統治の困難さ――利害の調整、財政の規律、外交の抑制、法の手続き――を、熱狂という“近道”で迂回したのである。
演劇は合意形成コストを下げる。敵を作り、勝利を演出し、観客を興奮させれば、面倒な議論は不要になる。政治の難問は解かれなくても、拍手が鳴れば「解決した雰囲気」だけは成立する。これが劇場の効能であり、同時に罠である。
現代のリーダーたちも、地味な議会答弁を嫌い、SNSや大規模集会で直接大衆に語りかける。「敵」を名指しし、叩きのめすドラマを上演する。彼らが求めているのは国民生活の向上ではなく、観客の拍手である。
■国家を「私有財産」に書き換える
ネロの狂気を象徴する建築物がある。ローマ大火後の都心一等地に建てられた巨大私邸、ドムス・アウレア(黄金宮殿)である。
これは単なる贅沢ではない。公共空間(パブリック)を、皇帝の私室(プライベート)へ書き換える行為である。国家は私の所有物であるという宣言に他ならない。
この症候群が現代に甦ると何が起きるか。
世界地図が、地政学の盤面ではなく、「自分の塔を建てるための空き地」に見え始める。他国の領土が、主権の問題ではなく「取引」の対象に見え始める。同盟が、価値の共有ではなく「上下関係」に見え始める。
公私の境界が溶け、国家が一個人の資産ポートフォリオに組み込まれる時、民主主義は静かに死ぬ。帝国主義とは、しばしば外征のことではない。
■「批判の不在」が組織を壊死させる
なぜ初期のネロは善政を敷けたのか。
それはストア派の哲学者セネカという「理性のブレーキ」があったからである。
しかし、自意識が肥大化したネロにとって、諫言役は邪魔になる。ネロはセネカを遠ざけ、最終的に自殺へ追い込む。その後に残ったのは、称賛だけを供給するイエスマンである。
ここでダンテが残した描写が、異様なほど鋭い。『神曲』は、おべっか使いを地獄の汚物の中に沈める。なぜか。権力者を堕落させ、現実認識を破壊するからである。
「批判の不在」こそが、組織が壊死し始めるサインである。ブレーキを外した車は、崖から落ちる瞬間まで最高速度で走り続けることができる。
■ダンテが見抜いた「巨人の粘土の足」
では、劇場型の王たちはどこへ向かうのか。
その結末を、ダンテは冷徹な寓意で示している。
『神曲』地獄篇に登場する巨大な老人像。頭は黄金、胸は銀、腹は銅。だが、全体重を支える右足だけが、焼いた土(粘土)でできている。
この寓意の現代的意味は明確である。軍事力やGDPや株価がどれほど輝いていても、それを支える足元が脆ければ巨人は倒れる。ここで言う足元とは何か。少なくとも三つである。
1.財政の規律(持続性)
短期の熱狂のために借金を積む国は、足場を削って頭を磨いているだけである。
2.社会の結束(分断耐性)
憎悪を燃料に支持率を稼ぐほど、共同体は割れ、国家の荷重分散ができなくなる。
3.真実への規律(嘘への免疫)
劇場政治は、事実より物語を優先する。事実の共有が崩れた社会は、政策という合意形成が不可能になる。
現代の王たちは、黄金の頭を輝かせるために、粘土の足を削る。叫べば叫ぶほど帝国は重くなり、ひび割れた足に負荷がかかる。帝国の崩壊は外敵ではなく、自重による自壊として突然訪れる。
ここで「劇場の罠」を一段深く言語化しておく必要がある。劇場政治が強いのは、社会全体が「単一KPI」に吸い寄せられるからである。
支持率、視聴率、再生数、トレンド。これらは強烈にわかりやすい。わかりやすさは、複雑な統治を切り捨てる。KPIが単一化したシステムは、必ず最適化の暴走を起こす。企業でも同じである。短期指標に最適化した企業は、長期の足場を失う。
国家も同じである。拍手が鳴る政策だけが残り、必要だが不人気な政策は消える。結果、足場が弱くなる。粘土化が進む。そして、ある日突然倒れる。
■大火の後に来る再建の「設計図」を準備せよ
ネロの時代、ローマは焼けた。
現代のネロたちもまた、承認欲求のために世界を焦土にするリスク(戦争・経済崩壊・制度破壊)を孕む。
しかし歴史には続きがある。
ネロの後の混乱が収束した瓦礫の中から、五賢帝の時代が生まれた。演劇ではなく理性で、熱狂ではなく自律で、文明は再建された。
では我々は何をすべきか。
答えは「誰かを倒せ」ではない。制度と文化を設計せよである。ここでの設計は三層である。
・国家の設計:諫言役が機能する制度、権力を縛る手続き、事実を共有する装置
・組織の設計:イエスマンを生まないガバナンス、異論が出る会議設計、リスクの可視化
・個人の設計:怒りの物語に飲まれない情報衛生、他者を敵化しない対話習慣
そして、ダンテが言う「同僚(Conservo)」とは、道徳説教ではない。水平な連帯を可能にする“社会設計の原理”である。王を崇拝する社会ではなく、互いを同僚として尊重し合う社会。これが、劇場政治の反対側にある文明のOSである。
歴史は繰り返す。
愚者はショーに熱狂し、賢者は再建の準備をする。
2026年、あなたはどちらの側に立つのか――その問いが、ダンテの地獄から今も聞こえてくるのである。
※本稿は、特定の複数の国家や人物を念頭に置いたものではない。ローマ史と古典文学を通じて、権力が孕む普遍的構造を考察したものである。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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