2026年1月1日、ニューヨークに34歳の民主社会主義者、ゾーラン・マムダニ市長が就任した。
昨年11月にマムダニ氏が当選して以降、筆者が日本に住む人から繰り返し投げかけられた質問がある。
「なぜニューヨークでは、9.11を経験してもイスラム教徒の市長が誕生し得たのか?」
この問いにどう答えるべきかを考え続けた末にたどり着いた結論は、意外なほどシンプルだった。
それは、人種や宗教の平等といった理念が勝利したからではない。一度は恐怖の中で排除を選んだこともあるこの街が、それでも今の姿になったのは、都市を回すために最も現実的な選択をしたからだ。
極端に言えば、「寛容だから」ではない。そうしなければ、街が機能しなかったのである。
そこで気づいたのは、この方法論は、移民や多文化共生をめぐって揺れる日本にとっても、決して無縁ではないのではないか、ということだった。
もっとも、日本から見ると、これほど人種が多様な都市の政策は、「前提が違いすぎる」と感じるかもしれない。だがこの街は、世界でも稀に見る経済・文化都市として生き残るために、失敗と修正を重ねてきた。その経験値はマムダニ新市長にも受け継がれている。それは決して理想論ではなく、極めて実務的な「都市経営」なのだ。
■9.11直後はイスラム嫌悪が街を覆っていた
「彼が当選した時本当にワクワクした。だからここで一緒に祝いたかった」と語るのは、就任式に集まった黒人の若者だ。
1月1日マムダニ新市長の就任を記念して、市庁舎周辺の交通を遮断し市民を集めた大ブロックパーティが開かれた。強風で体感気温マイナス11度という極寒の中、集まった数千人の市民は、若者から高齢者、白人からアジア系まであらゆる世代と人種が入り混じっていた。南アジア系でイスラム教徒の34歳市長を街全体で支える――そんな連帯と希望が会場を包んでいた。
しかしニューヨークは常に異文化に「寛容な」街だったわけではない。特に2001年同時多発テロの直後は、イスラムフォビア(イスラム嫌悪)が街を覆い、イスラム教徒に対するバッシングが続いた。
■衝突は起きて当たり前、いかに小さくするか
しかし同時に変化も起きていた。筆者の記憶に残っているのは、バッシングにさらされていたアフガニスタン人コミュニティを支援するために、「アフガニスタン料理を食べに行こう」という呼びかけが広がったことだ。それは、未知への恐怖が、理解しようとする姿勢に反転し始めた、象徴的な瞬間だった。
もちろん、すべてが前向きだったわけではない。
グラウンド・ゼロ近隣でのモスク建設計画には強い反対運動が起き、テロと宗教を短絡的に結びつけることで、分断が深まった側面もあった。
だがその過程で、「排除は恐怖を和らげるどころか、街を不安定にする」という反省も共有されていった。
それは道徳的な気づきであると同時に、都市としての学習でもあった。
同じ街に住み、どれほど食や文化を共有しても、違いがある限り、衝突を完全になくすことはできない。価値観、宗教、生活習慣、経済状況――。多様であればあるほど、摩擦は避けられない。未知なるものを恐れ、排除しようとするのもまた、人間の本能だ。
ニューヨークが現実的だったのは、その前提を否定しなかった点にある。違いを美化するのでも、衝突を力で抑え込むのでもなく、衝突が起きることを前提に、それをいかに小さく、管理可能な形に抑えるかを考え続けてきた。
実はこの考え方の土台となる、もう一つの重要な回路があった。
マイノリティの権利そのものを拡大しようとする1960年代の公民権運動である。
それらは“正義の戦い”であった一方で、労働市場、大学、住宅、消費の各領域へアクセスできる人口を拡大し、社会不安が暴力として噴き出すのを防ぎながら、都市の労働力と消費者層を支えた。すなわち、都市が壊れずに回り続けるための副次的な安定装置としても機能したのである。
こうして権利の拡大と衝突の管理が並行して進んだことで、都市は多様性を制度として扱えるようになった。そのうえで、ニューヨークという都市は過去30年でさらに多様化すると同時に、治安も大きく改善していったのである。
その土台を時代ごとに異なる手法で築いてきたのが、ジュリアーニ、ブルームバーグ、そしてデブラシオという3人の市長だった。
■「一度終わった街」を蘇らせた3人の市長
2001年9月11日、同時多発テロが起きた直後、多くの人が「ニューヨークは終わった」と感じた。これほどのテロが起きた都市に、人も資本も戻ってくるはずがない――そう考えられたからだ。
だが結果は逆だった。
その背景には、9.11によって世界中から集まった関心を、都市再生のエネルギーへと転換した、当時の新市長マイケル・ブルームバーグの戦略があった。
その前提として、一代前のルディ・ジュリアーニ市長の時代についても押さえておきたい。
■過剰な取り締まり、排斥は差別を生んでしまった
すでに人種のるつぼとなっていた1970~80年代のニューヨークは、貧困、ドラッグ、殺人といった重犯罪が多発し、財政破綻寸前にまで追い込まれていた。ジュリアーニ市長は警察権限を強化し、徹底した犯罪取り締まりを行った。
この強硬な治安政策によって、ニューヨークの犯罪率は大幅に低下し、都市のイメージは大きく転換した。街は「危険な場所」から、「再び投資可能な場所」へと変わったのである。
続くブルームバーグ市長が、富裕層やグローバル資本の誘致を本格化させた。不動産再開発を積極的に進め、都市はさらに安全で清潔になり、ニューヨークはグローバル都市として再生していった。
そこには大きな犠牲も払われた。ジュリアーニ政権による治安維持政策では、特に黒人、ヒスパニック系移民への過剰な取り締まりが行われ、社会が分断すると同時に差別が固定化したとの批判も噴出した。豊かになったニューヨークは地価や物価が急騰、低所得者や移民が排除される結果になった。
ニューヨークは確かに、かつてより安全で豊かな街になった。その一方で、復興の恩恵から取り残された人々が、確実に存在していたのである。
■誰でも取得可能な「市民ID」が起こした変化
90年代と2000年代の反省を経て、ニューヨークの都市経営は新たな局面を迎える。その転換点となったのが、2014年に発足したビル・デブラシオ市長の時代だ。
彼の政策はしばしば「リベラル」「福祉重視」と語られる。だが実態は、治安と都市の安定をどう再設計するかという、極めて実務的な試みだった。
その象徴が、IDNYCと呼ばれる市民ID制度だ。
移民の在留資格を問わず取得できるこの市民IDは、銀行口座開設、行政サービス、学校手続きに使用可能で、美術館など公共施設の1年間の無料メンバーシップがつくなどの特典もあり、一般市民にも人気がある。
この制度は確かに、人道的配慮の側面を持つ。
無登録の人を減らすことで、犯罪やトラブルが「地下化」するのを防ぎ、行政や警察が社会の実態を把握できるようにする。人を制度の外に追い出さないことで、都市の不確実性そのものを下げる。IDNYCは、治安対策であり、安全インフラだった。
■移民を「可視化」でき、安上がりで済む
また、移民コミュニティ向けの英語教育・多言語行政アクセスを強化した。ルールがわからない状態が違反や対立を生む。誤解と不信を減らし、小さな摩擦が大きな衝突になるのを防ぐための装置で、決して移民のためだけの施策ではない。
ここで重要なのは、こうした措置に治安維持のコストが分散して組み込まれていることだ。治安は警察だけに委ねられているものではない。住宅、教育、福祉、移民の統合支援――。問題が起きてから強く取り締まるよりも、孤立や逸脱を生まない環境を先につくるほうが、結果的に安上がりになる。これは理想論ではなく、都市経営としての経験則だ。
デブラシオ市政によって可視化された移民の存在は、街の空気そのものを変えていった。
「移民がいなければ、この街は成り立たない」
そんな会話が日常的に聞かれるようになったのも、この頃からだ。
現在、ニューヨーク市民のおよそ4割が外国生まれで、家庭内で英語以外の言語が使われている世帯は半数近くにのぼる。
人種構成を見ても、白人は約3割にとどまり、黒人、ヒスパニック、アジア系などの非白人が多数派を占めている。
全米平均で白人が約6割を占めることを考えれば、ニューヨークはもはや「マイノリティが集まる都市」ではなく、多様性そのものが標準状態の都市だと言える。
■「多様性のある都市=危険」は思い込みでしかない
日本では今なお、「多様な都市=危険」というイメージが根強い。だが、少なくともニューヨークについては、過去30年のデータは逆の事実を示している。
1990年、ニューヨーク市は全米有数の犯罪多発都市で、年間の殺人件数は2000件超に達していた。それが2019年には300件前後まで減少し、犯罪全体もピーク時から7~8割減。現在では、アメリカの大都市の中でも比較的治安の良い都市に数えられている。
日本と比べれば依然として高い犯罪水準にあるが、多様化と同時に、治安が「悪化し続けたわけではなかった」という事実は重要だ。
そうした都市に誕生したのが、マムダニ市長だった。
南アジア生まれの移民として育ち、後に帰化したイスラム教徒の市長が誕生することは、これだけ多様化した街においては、それほど唐突な出来事ではない。
■市民全員が「同じ船に乗っている」と実感できた
だが注目すべきは、マムダニが選挙戦で自身の出自や宗教を、あえて前面に押し出さなかった点だ。
就任演説で彼は、「ニューヨークは世界中のあらゆる料理が楽しめる素晴らしい街だ」と讃えた。だが、マムダニが目指しているのは、多様性を賞賛する政治ではない。それはすでに、この街の前提条件だからだ。
彼の目的はむしろ、出自や肌の色、宗教の違いにかかわらず、誰もが経済的にも、治安の面でも安全に暮らせる街を、もう一度つくり直すことにある。
そのために家賃、保育、交通など生活コストに直結する分野に、彼は極めて具体的な公約を掲げた。
これらの公約が支持された理由は明確である。政治的イデオロギーでも、人種でも、移民か否かでもない。あらゆる市民に共通する切実さに焦点を合わせたからだ。
この瞬間、多くの人が「自分たちは同じ船に乗っている」と実感した。
移民も、白人の低所得者も、若者も、子育て世代も、高齢者も、生活コストの上昇という同じ波にさらされている。
その実感は、マムダニ就任を祝うブロックパーティで出会った白人女性の言葉にも表れていた。
「彼は、家賃や生活費の負担増、交通問題など、労働者階級がこの街に何を求めているのかを、本当にわかっている」
■マムダニの経営モデルが「革命的」といえるワケ
一方で、マムダニは年収100万ドル以上の富裕層への増税も掲げている。
これに対しては、「富裕層はニューヨークを出ていくだろう」との批判も根強いが、現時点で、その兆候は報じられていない。
理由は単純だ。税収が増え、庶民の生活が安定し、インフラが整えば、街はより安全で、より機能的になる。その結果、都市の価値は維持され、むしろ高まる。ニューヨークの富裕層は、過去の経験からそれを知っている。
一見当たり前に聞こえるこの発想こそが、いまのニューヨークでは「革命的」なのだ。
その根底にあるのは、「奪い合いや欠乏を前提にしない」社会設計である。犯罪や経済問題を移民の責任に転嫁することもなければ、富裕層を敵視することもない。持てる者が妥当なシェアで貢献し、その結果として街全体の安定と価値が高まる。
マムダニが描いているのは、理念としての多様性ではなく、都市が長く回り続けるための、現実的な経営モデルなのである。
■無理に移民を好きになる必要はない
多くの日本人が、「移民社会はなんとなく嫌だ」と感じるのは、決して不思議なことではない。それは排外意識というより、街がどう変わってしまうのかわからないという不安に近い。
治安は守られるのか、ルールは共有されるのか、自分の生活は脅かされないのか――。その問いに明確な答えが見えないとき、人は変化そのものを避けたくなる。
ニューヨークもまた、恐怖と反発、そして失敗を何度も経験してきた街だ。9.11後の混乱、過剰な取り締まり、再開発による排除。決して一直線に「多様性」を受け入れてきたわけではない。
それでもニューヨークがたどり着いたのは、移民を「好きになる」ことでも、価値観を一つに揃えることでもなかった。違いがあることを前提に、どう管理すれば、街が不安定にならず、自分たちの生活が守られるのかを考え続けた結果だった。
■完璧ではないが「悪くない」社会ができた
ここでニューヨークが示しているのは、社会の理想像ではない。治安が悪化した社会が、どこで踏みとどまったかという記録だ。
もちろん全ての人が納得したわけではなく、今も反発はある。しかし、完璧ではないにせよ、「悪くない社会ができた」と感じているニューヨーカーは多い。
マムダニ市長が就任演説で強調したのが「世界中のあらゆる料理が楽しめる街」という言葉だったことは象徴的だ。
多様性はもはや理念ではなく日常となり、違いは魅力でもあり資源ともなった。お互いの文化を楽しむ余裕が生まれたことで、レスペクトも育っていった。そうした積み重ねの結果、ニューヨークは市民にとって誇りうる移民都市になったのである。
それが、9.11を経験したこの街で、イスラム教徒の市長が「選択肢として成立した」理由でもある。
この経験が、日本にそのまま当てはまるとは限らない。ただ、社会が不安定になりかけたとき、排除ではなく管理を選ぶという判断があり得ることだけは、共有できるはずだ。
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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
NY在住33年。のべ2,000人以上のアメリカの若者を取材。彼らとの対話から得たフレッシュな情報と、長年のアメリカ生活で培った深いインサイトをもとに、変貌する米国社会を伝える。専門分野はダイバーシティ&人種問題、米国政治、若者文化。ラジオのレギュラー番組やテレビ出演、紙・ネット媒体への寄稿多数。アメリカのダイバーシティ事情を伝える講演を通じ、日本における課題についても発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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