■なぜ「暴君」のような政治家が誕生するのか
2026年、1月3日以降、世界は奇妙な二重構造の中にある。人工知能は人間の判断を補助し、宇宙開発は国家の射程を地球の外へと広げ、テクノロジーは確実に未来へ進んでいる。ところが同じ時代に、政治の振る舞いだけが逆方向へ動き出しているように見える。
国家のトップが、重大な決断を事前の説明や合意形成を飛ばして突然下す。国境が動き、約束が反故にされ、昨日までの前提が理由も示されぬまま無効化される。強い言葉が投げられ、説明は省略され、異論は敵意として扱われる。言葉は理解のためではなく、従わせるための道具になる。
重要なのは、こうした振る舞いがもはや「異常」ではなくなりつつある点だ。多くの人はニュースを見ながら驚かなくなり、「またか」「どこかで見たことがある」と感じ始めている。この既視感こそが最大の警告である。それは特定の国や特定の人物の逸脱ではない。
■「決断力」という名の思考停止
前稿で私は、この現象を政治が「統治」から「演劇」へと変質した結果として診断した。国家は私物化され、軍事力や経済力という「黄金の頭」を誇示しながら、社会の結束、財政規律、真実への合意という「粘土の足」から崩れ落ちていく。その構図は、ダンテ『神曲』の地獄篇が描いた、理性を喪失した世界と驚くほど重なっている。
だが診断は出発点にすぎない。読者が次に問うのはただ一つだ。「では、どうすればいいのか」。絶望を語るだけなら予言者の仕事である。戦略家の仕事は、どんなに困難でも、回復の条件を特定し、再発を防ぐ設計図を示すことにある。本稿は、診断の後で、その問いに正面から向き合う試みの一歩である。
現代政治の異変は、強権的な指導者が現れたこと自体ではない。より本質的なのは、そうした振る舞いが一定の支持を得てしまうことである。
■だから「わかりやすさ」が求められる
理由は単純だ。現代の政治課題はあまりに複雑で、明快な正解がない。戦争を止めれば安全になるのか、抑止が崩れるのか。制裁は相手を弱らせるのか、自国の生活を苦しめるのか。対話は妥協なのか、将来の保険なのか。こうした問いに人は疲れ、「わかりやすさ」を求める。原因を一つに、敵を一つに、正しさを一つにしたくなる。
ここで「強い言葉」が魅力を持つ。強い言葉は即効性のある安心感を与える。
ダンテが描いた地獄は、混沌ではなく「修正が起きない秩序」だった。誰も過ちを認めず、誰も考えを改めず、一度選んだ行動を永遠に繰り返す。地獄の本質は、戻れなくなった状態にある。この構造が現代政治にも現れる。一度決めた路線から引き返せない政治は、短期的には強く見えるが、長期的には現実とのズレを拡大させ、より強い言葉とより大きな敵を必要とする。こうして政治は自らを地獄に閉じ込めていく。
だがダンテは、地獄で物語を終わらせなかった。必ず「戻り道」を用意した。その名が煉獄である。
■現代政治に「最も欠けているもの」
煉獄は理想郷ではない。すぐには良くならず、苦しく、時間がかかる。だが決定的に違う点が一つある。戻ることが許されている。現代政治に最も欠けているのは、この「戻れる設計」だ。
ダンテは、煉獄の門に入る前に三色の階段を登らせた。白く輝く大理石、黒くひび割れた粗石、血のように赤い斑石である。これは、信頼を回復するための現代政治の手順そのものだ。
白い大理石は鏡のように自分の姿を映す。ここで求められているのは、己の姿を直視することだ。現代政治に翻訳すれば、事実の全面開示である。失敗した政治はまず事実を隠す。
次の黒い段は、砕けた心を象徴する。これは痛恨、すなわち本気の反省である。「遺憾である」という言葉では足りない。どこで判断が誤ったのか、誰が止められたのに止めなかったのか、組織として何が壊れていたのか。心がひび割れるほどの痛みを伴って「我々は間違っていた」と言語化できなければ、修正は起きない。
三段目の赤い石は、償いへの意志を示す。現代的には、出血を伴う改革である。予算を削る。
煉獄とは、事実の開示、痛烈な反省、血を流す改革という三段階を踏むプロセスだ。強権政治はこれを嫌う。弱く見えるからだ。だが裏口から入ろうとする政治ほど、信頼されない。信頼とは、目に見えるコストと引き換えにしか回復しない。
■強権に対する「強烈な皮肉」とは
ダンテの煉獄には、厳格な順序がある。門をくぐった者が最初に浄化させられるのは「高慢」である。嫉妬でも怒りでもない。高慢こそが、あらゆる罪の根源だからだ。
高慢とは、自分を現実よりも大きく見せる病である。他者を見下し、制約を無視し、失敗を認めない。だからダンテは、高慢の罪を負った者に巨大な岩を背負わせる。その重みで腰を曲げさせ、視線を地面へ向けさせる。治療法は物理的だ。現実という重石を背負わせ、現場を直視させるのである。
この描写は、現代の強権政治に対する強烈な皮肉になっている。強権的なリーダーは、胸を張り、顎を上げ、遠くの敵や壮大な理想を語る。だがそれは、岩を背負っていないから可能な振る舞いでもある。責任という重力から逃げているから、軽々と振る舞える。
煉獄の政治はその逆だ。解決困難な課題、過去から積み上がった負債、変えられない制約という現実の重石を背負い、脂汗を流しながら一歩ずつ地面を踏みしめる。その姿はスマートではない。常に頭を下げているように見えるだろう。だがダンテは明確に示す。その低さこそが、頂上へ向かうための唯一の姿勢だと。
岩を背負わない者に、山は登れない。
■断言は「責任からの逃避」にすぎない
現代の指導者に共通する奇妙な特徴がある。それは、迷っている姿を決して見せないことだ。断定的な言葉が並び、少しでも逡巡すれば「弱い」「ブレている」と叩かれる。その結果、政治の言葉は単純化し、善悪、味方敵、勝敗の二項対立へ収斂していく。
しかし現実の政治は、その単純さを許さない。戦争、制裁、同盟、経済、分断。どれも即答できない問題であり、どの選択にも代償がある。考え続ける時間を奪われた政治は、感情で穴埋めするしかなくなる。怒りと恐怖と断定が動員され、説明は後回しにされる。
憂鬱とは弱さではない。自分の選択が完全ではないことを知っている状態だ。強権的な政治はこの憂鬱を否定し、「唯一の正解」「歴史が証明する」という言葉で不安を覆い隠す。だがそれは確信ではなく、不安の否認である。
古代ローマの皇帝マルクス・アウレリウスが強かったのは、断言したからでも怒鳴ったからでもない。答えの出ない状況に耐え続けたからだ。彼は怒りや恐怖を社会に投げず、内側で処理し、言葉にして整理し、判断を少しずつ修正した。憂鬱とは、責任を引き受け続ける者だけが持つ感情である。
■「五賢帝」という解決モデル
ここまで見てきたように、煉獄の政治は割に合わない。拍手は減り、批判は増え、支持率は下がりやすい。だから多くの指導者は、この道を選ばない。強い言葉で押し切るほうが、はるかに楽で、わかりやすく、即効性がある。
それでも歴史上、この「割に合わない道」を選び切った人々がいた。ローマ帝国の五賢帝である。重要なのは、彼らを「人格的に優れた理想の指導者」として理解しないことだ。五賢帝の本質は、個人の徳ではない。統治の設計思想にある。
五賢帝の時代とは、ローマが一度、強権と混乱を経験した後に、「どうすれば二度と同じ失敗を繰り返さないか」を本気で考えた結果、生まれた統治モデルだった。ネロという“劇場型の皇帝”が国家を疲弊させ、内乱という現実を突きつけられたローマは、英雄を求めることをやめた。その代わりに選んだのが、「強い個人に依存しない仕組み」をつくるという発想である。
■「強い個人」ではなく、「壊れない統治」をつくる
五賢帝が最優先したのは、国家を「予測可能な存在」に戻すことだった。トップの気分で政策が変わらず、昨日の発言が今日には否定されず、例外が常態化しない。誰が権力の座にあっても、国家の基本的な振る舞いが大きく揺れない。これは地味だが、国家にとって最も重要な安定装置である。
現代政治に置き換えれば、この違いははっきりしている。強権的な政治は、「自分がいなければ国は回らない」という物語を好む。自分が決め、判断し、敵と戦い、秩序を保っているという自己像だ。だが五賢帝の発想は真逆だった。「自分がいなくなっても回る国家をつくることこそ、指導者の仕事だ」と考えたのである。
この発想の転換は、後継者の選び方に最もはっきりと表れている。五賢帝は血縁によって帝位を継がせなかった。忠誠や人気ではなく、統治に耐えうる能力と経験を基準に後継者を選んだ。これは、ネロ型政治の根源にある「高慢」への制度的な対抗策でもあった。自分の血、自分の系譜、自分の延長として国家を扱わないという決断は、指導者にとって最大の自己抑制を意味する。
■「迷い、逡巡する」ことこそ真の強さ
ここで重要なのは、五賢帝の統治が「理想的で平和な時代」だったという誤解を捨てることだ。実際には、戦争もあり、財政の緊張もあり、社会不安も存在した。つまり、彼らは問題がない世界を統治したのではない。問題だらけの現実を前にしても、劇場に逃げず、強い言葉で覆い隠さず、制度と手続きで耐え続けたのである。
この五賢帝モデルの到達点が、マルクス・アウレリウスである。彼の治世は、決して恵まれていなかった。戦争は長期化し、疫病は広がり、財政は逼迫し、国内の不満も強かった。現代の指導者が直面している環境と、驚くほどよく似ている。
それでも彼は、怒りや恐怖を政治の前面に出さなかった。強い言葉で国民を煽ることも、敵を単純化することも、即断即決を演出することもしなかった。なぜか。彼は知っていたからだ。自分の不安を国民にぶつけた瞬間、政治は壊れるということを。
『自省録』に残された彼の言葉は、勝利宣言でも理想論でもない。迷い、逡巡し、怒りを抑え、自分自身を戒める内省の連続である。ここにあるのは弱さではない。責任の重さを引き受け続ける姿勢だ。答えの出ない状況に耐え、翌日の判断をほんの少しだけ修正する。この「小さな修正」を積み重ねる力こそが、煉獄を生き抜くための資質である。
■「岩を背負う」覚悟はあるか
現代の強権的な政治が最も嫌うのは、この姿勢だ。迷いを見せず、断言し、即答するほうが「強く」見える。しかしそれは、岩を背負っていないからこそ可能な軽さでもある。五賢帝とマルクス・アウレリウスが選んだのは、その逆だった。現実の重さを背負い、頭を低くし、地面を見ながら一歩ずつ進む。派手ではない。支持率も上がりにくい。それでも国家は壊れない。
ここで、現代政治との対峙が避けられなくなる。強い言葉で支持を集め、批判を敵意とみなし、説明を省き、断定を繰り返す政治は、一時的には力強く見える。だがそれは、煉獄を生き抜けない政治でもある。五賢帝モデルが示すのは、その対極だ。強さとは、声の大きさではない。耐え続ける設計を持つことである。
五賢帝という解決モデルは、過去の理想像ではない。強権化しがちな現代政治に対して、「別の選択肢は存在する」と示す、きわめて現実的な設計図なのである。
■「強い言葉」か、「壊れない政治」か
ここまで読み進めてきた読者は、すでに気づいているはずだ。本稿が問いかけてきたのは、特定の国や人物の是非ではない。
問われているのは、私たち自身の選択である。
強い言葉に拍手を送るのか。
説明のない決断に安心するのか。
「考えている」と語る政治を、弱いと切り捨てるのか。
現代政治がここまで強権的に傾いたのは、そういう指導者が現れたからだけではない。そういう政治を、私たちが受け入れてきたからでもある。
わかりやすさは魅力的だ。敵と味方を分け、勝ち負けを提示し、「正解」を即座に示してくれる。不安な時代において、この誘惑は強い。
だが、そのわかりやすさは、現実を削り落とした結果でもある。長期的な影響、見えにくい犠牲、修正の余地。それらが切り捨てられた政治は、短期的には強く見えても、長くは持たない。
五賢帝とマルクス・アウレリウスが示した強さは、私たちがテレビやSNSで見慣れているものとは正反対だった。断言せず、即答せず、拍手を煽らない。その代わりに、制度を整え、異論を残し、自分がいなくなった後を考え続けた。
それは英雄の物語ではない。だが、文明を続かせるための、唯一現実的な選択である。
■拍手より「戻れる構造」を
ダンテ『神曲』の最大の知恵は、「戻る道は存在する」という一点にある。ただしその道は楽ではない。時間がかかり、支持率は下がり、批判は増え、不安と憂鬱に耐えなければならない。それでも、煉獄を通らなければ地獄からは出られない。
では、その道を選ぶのは誰か。
それを決めるのは、王でも、皇帝でもない。
私たち自身である。
かつて、戦場を転々としながら帝国を率いた一人の皇帝は、こう書き残している。
善き人とはいかなる者かについて、論じ合うのは、もういい加減に切り上げよ。
ただ、善き人であれ(マルクス・アウレリウス『自省録』)
議論の時間は、もう十分にあった。あとは、レンガを積むだけである。
強い言葉ではなく、壊れない制度を。
拍手ではなく、戻れる構造を。
そして、地獄に戻らないための政治を。
2026年、私たちは再び分岐点に立っている。
その選択の責任は、静かに、しかし確実に、私たち一人ひとりの手に委ねられている。
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田中 道昭(たなか・みちあき)
日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)

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