※本稿は、内田由紀子『日本人の幸せ ウェルビーイングの国際比較』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■「経済状況のわりに」ランクが低いとされる日本
人生に意義を感じるというのは、一体どういう状態でしょうか。
これまでの人々の歴史を振り返ると、人が求めているものや幸福とは何かという捉え方は変化してきました。かつては安全・経済・健康が私たちの社会の発展を支えるものとして重要視されてきました。もちろんそれは今でも変わりありません。しかし、それだけではなく、自由や政治の公平さ、開放性や多様性なども重要な基盤として考えられるようになってきました。
また、第1章で紹介したように、文化心理学では文化の中で共有される「意味」についての問題が論じられてきました。そうであれば、幸福の感じ方にも文化差があるだろうと予想されます。
幸福の国際比較に関しては、さまざまな資料があります(詳細は第4章を参照ください)。代表的なものはOECDのHow’s life? index、アメリカ・ギャラップ社の世界幸福度レポート(World Happiness Report)などがこれに当たるでしょう。あるいは世界価値観調査(World Values Survey)でも幸せに関するデータを分析できます。
■経済の安定は「不幸を減らす」
経済状況のわりに、と書きましたが、実際、国際比較をする上で、経済的豊かさと人生の満足度には一定の相関があります。しかし完全に関係しているというよりは、経済の安定は「不幸を減らす」という表現が正しいかもしれません。というのは一定の経済水準がある国で幸福度の低い国は見られないからです。一方で逆にラテンアメリカの国々のようにGDPがあまり高くなくとも、幸福度が高い国はあります。
また、ある程度のGDP以上になると、経済が幸福度にもたらす影響は頭打ちになることも示されています。幸福度を高めるためにさらに経済活動を拡大しなければという考え方が有効なのは、ある発展段階までにすぎません。
日本はGDPが下がっていることから、暗く不幸な将来像をメディアは描きがちです。しかし、本当にそうなのか、そして、私たちがどういう幸福を求めていくべきかを考えなければなりません。
■国によって「幸福の意味」は異なる
平均値の比較はわかりやすいため、多くの人が好むデータです。国際機関がリリースするレポートで日本の幸福度の順位が低迷していると、新聞やウェブ記事は「やはり不幸な日本」とこぞって取り上げます。
国際比較については、各国間で幸福の意味が異なっているにもかかわらず、一定の尺度で序列をつけてしまっています。もちろん、まったく意味がないとまでは言いません。国際比較で継続的に北欧諸国の幸福度が高いことには何らかの意味があるでしょう。また、各国の社会制度がどのような強みや弱みを持っているかも見えてきます。そして自国の状況を理解するには、何らかの比較参照点は必要でしょう。
■比較の「使い方」には要注意
しかし比較に使われている物差しをしっかり理解せずに、単純に与えられた数値だけを見て表層的にああだこうだというのは危険です。もちろん物理的な大きさであれば、それそのものが絶対的な尺度ですから、たとえば世界の平均身長ランキングなどの発表データならそれ以上深掘りする必要はないのかもしれません。
ところが、幸福度に関しては、「どうやって測定されたのか?」「どこかの国に有利に働く物差しになっていないのか?」などを精査せずにランキングをそのまま素直に受け取るとすれば、それは、データ解析のリテラシーが高い状態とは言えません。価値基準はさまざまなので、政治や民主化の程度、エネルギー資源の有無など一義的な尺度の設定は困難であり、直接的な「ランクづけ」のための比較には限界も見えてきます。
一方でアメリカの政治学者ロナルド・イングルハートらが世界価値観調査を用いた一連の研究で実施してきたような(Inglehart et al., 2008)、各国をいろいろな軸でマッピングしたり、時系列の分析を加えたりして「どのような要素が、何をもたらすのか」を巨視的視点で検討することには価値もあります。つまり、比較には意義があるが、使い方についてはしっかりと考える必要があるということです。
■都道府県ランキングよりも重要な視点
さらに言えば、日本のような狭い国土の中での都道府県別のランキング化にもさらなる疑問を抱かざるをえません。話のネタとしては興味関心や愛郷心などを引き出しやすく、だからこそテレビ番組でも人気のコンテンツなのでしょう。
しかし幸福について科学的な手順をふまずに恣意的な指標化・数値化を行い、安易にランキング化するとすればかなり違和感があります。ちなみにこれまで主観指標(幸福に感じる程度)や客観指標(資産や家の広さ、就業率などを掛け合わせる)を用いた都道府県別の幸せランキングはあちこちで公表されてきました。
その際、低くランクされた都道府県の町の人に対して、インタビューがしばしば行われますが、「ほっといてくれ」「十分好きでここに住んでいます」という反応が見られます。逆に高くランクされた町の人からは「そう言われても実感がない」という声が出てきたりします。
そもそも都市部や地方ではそれぞれに求める幸せの質が異なります。都市部には不満を持ちながら仕事のために仕方なく暮らしている人もいれば、逆にあこがれて移り住み大満足だという人もいるかもしれません。大事なのはそれぞれの町が、住民のことを考えた自治や行政を行っているか、他地域ではなく過去とくらべてより良くなっているのかという視点です。そもそもA県がお隣B県をライバル視してランキングを上げたところで、果たして日本全体として幸せ度が上がるかと言えばそうではないことは、おわかりいただけるでしょう。
■日本における幸福感は「穏やか」に表現されがち
つまり幸福度について考えるべきは、「どうやって幸せを測定しているのか、本当に一律に、同じ基準で比較可能なのか」という問題です。経済活動をGDPで測定すること自体の是非も問われる昨今、幸せというあいまいかつ価値観に左右される対象を、同じ尺度で測定して比較し、ましてやランクづけできるのかと問われると、単純な話ではありません。
幸福の意味は、国によって一律ではないのです。ヘドニックな価値観が重要な幸福の定義とされる国もありますが、日本における幸福感は、どちらかというとウキウキよりは、穏やかな感情で表現されがちです。他者とのつながりを実感するとか、平穏で人並みの生活を送れているなと感じるとかいった内容です。安定性や日常性を重視するため、「幸せすぎると逆にちょっと怖くなってしまう」、というような感覚もあります。
ですので、単純に平均値だけを他国と比較するのは、情報価値の一つではありますが、一喜一憂するよりも、比較データを見ることを通してその国や地域の住民の幸せの意味が何であるかを考えるきっかけとするほうがむしろ大切なのではないでしょうか。
■幸福の意味は時代によっても変わってきた
幸福の意味は時代によっても変わってきました。そもそも人類史の中で、個々人の幸福を考えている余裕がなかった時代は長くありました。そして現在でも、そのような状況に置かれている国や地域もあります。
紀元前800年~紀元前200年ごろ、世界的な宗教が勃興した枢軸時代になってようやく、人生についての知や思考が展開されるようになります。明日をも保証されていない、はかない命をつないでいく中で、あるいは集団のアイデンティティや超越的な存在とのかかわりが模索される中で、自分の生きる意義を見つけていくという思考は存在したと思います。
しかしながらそうした幸せを、集団あるいは国家が守るのが当然とされた時代や場所ばかりではありません。今も昔も民衆の多くが、国や一部の権力者のために犠牲になってきました。命に対する考えも、かつての日本では今ほど重かったわけではありません。世界的に見ても、近代国家が誕生してようやく、個人が幸福になる権利が議論されるようになってきたにすぎません。
■第二次世界大戦後も「幸福」は変化している
近現代以降においても変化があります。ポーランドの研究者クーバ・クリスらの論文においては、戦後における世界の幸福にまつわる価値観の変遷を分析しています(Krys et al., 2021)。それによると、第二次世界大戦以降、社会発展の支配的なパラダイムは経済成長に焦点を当ててきました。特にアメリカ型の市場主義が重視されるようになると、経済成長が人々の生活の質を向上させたことから、経済的成長に基づく「生活満足度」が幸福の指標となります。
一方で、そこには、文化的な違いが十分に考慮に入れられてきませんでした。社会ごとにさまざまな発展の可能性があるにもかかわらず、ある種のグローバルに普遍化された物質的満足こそが幸福であるとされてきたとも言えます。
現状においては、基本的なニーズを満たす経済成長と生活の質だけではなく、さまざまな要素が認識されるようになったとクリスらは主張しています(Krys et al., 2022)。
日本、香港(中国)、ポーランド、トルコ、ブラジル、フランス、ナイジェリア、アメリカ合衆国、カナダの2000人以上の参加者からデータを収集し、28の発展目標に対する好みを測定したところ、基盤的な目標(信頼、経済発展など)、福祉的な目標(貧困撲滅、教育など)、包括的な目標(開放性、ジェンダー平等など)が3つの近代化の側面として捉えられ、従来の目標(軍事、人口増加など)よりも高く評価されていました。
----------
内田 由紀子(うちだ・ゆきこ)
京都大学 人と社会の未来研究院教授
1975年、兵庫県生まれ。スタンフォード大学先端行動科学研究センターフェロー。内閣府「幸福度に関する研究会」「中央教育審議会」「総合科学技術・イノベーション会議基本計画専門調査」委員、日本社会心理学会常任理事、Association for Psychological Science(APS)理事などを歴任。03年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了(博士:人間・環境学)。専門は社会心理学、文化心理学、特に幸福感や対人関係の比較文化研究。著書に『これからの幸福について』(新曜社),共編著に『社会心理学概論』(北村英哉共編,ナカニシヤ出版)、『「ひきこもり」考』(河合俊雄共編、創元社)、『資本主義と倫理』(岩井克人ほか共著,東洋経済新報社)など。主な受賞歴に、日本計画行政学会論説賞(2012)、京都大学優秀女性研究者賞(2015)、日本心理学会国際賞奨励賞(2016)、APSフェロー(2022)などがある。
----------
(京都大学 人と社会の未来研究院教授 内田 由紀子)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
