高齢化が進む日本では、とくに認知症予防についてのニーズが高い。残念ながらこれまでは、医学的・科学的根拠のある有効な予防法は少ないとされてきた。
しかし認知症の専門医として診療をする内田直樹さんは「さまざまな研究や論文によって、認知症予防の『朗報』を伝えられる状況になってきた」という――。
※本稿は、内田直樹『脳にいいスマホ 認知症をスマホで予防する』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■注目される「認知予備能」
「認知予備能」という言葉をすでにご存じでしょうか。一般的にはまだあまり知られておらず、初めて聞いた人も少なくないかもしれません。しかし、認知症の研究や診療分野では、とても注目されている概念です。
この「認知予備能」とは、脳を多面的に使うことで鍛えることができる「余力」のこと。「認知機能のへそくり」みたいなものだとイメージしましょう。これはみなさんに備わっていて、知らず知らずのうちに日々役立てている能力です。
たとえば、夕食の献立を考えるとき、冷蔵庫にある食材を思い出し、家族の好みや栄養バランスを考慮してメニューを組み立てる。同時に、足りない食材をピックアップして、頭のなかで買い物リストを作り、スマホで近所のスーパーのチラシをチェックしながら、過去の価格も思い出しつつ、どこで買い物をするか決める。
買い物から帰り、調理中は同時進行で複数の作業を進め、味つけなどを調整しながら、ふいにかかってきた電話にも対応し、洗濯物を取り込んで畳む。
こうした一連の動作は、記憶、判断、注意の切り替えといった複数の認知機能を総動員していて、同時に認知予備能もはたらかせ、鍛えている、と考えられます。

■脳の状態と症状にはズレがある
本来、認知機能というのは胎児期から発達を始め、概ね30代にピークを迎え、以後、年齢を重ねるなかでゆるやかに低下していくものと考えられています。
そして認知症は、「一度、正常に発達した認知機能が、後天的な脳の障害によって持続的に低下し、そのために日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」と定義されていて、この「後天的な脳の障害」をもたらすのがアルツハイマー病など70種以上もある病気、と考えられているわけです。
アルツハイマー病の場合、40代には脳に病気による変化が始まり、脳神経細胞が減少し、脳が萎縮していく「病理変化」が出るとわかっています。
しかし、そのような病理変化があっても、「認知機能が低下しにくく、そのために日常生活や社会生活に支障をきたすことがない、もしくは少ない」人が一定数いることもわかりました。そこで脳の病理変化とその人の症状のズレを説明する概念として「認知予備能」の存在が、注目されているのです。
存在が注目されている、といっても、脳の余力である「認知予備能」がどこに、どれくらいあるかなどが明らかになっているわけではありません。
しかし、脳にダメージがあっても、「認知症の状態になる人」と「ならない人」がいる事実から、その違いが突き詰めて研究され、「どのような人の認知予備能が高い傾向にあるか」や、人生段階(幼年期・中年期・高齢期)の「どのような経験・活動が認知予備能を高めるか」、「認知予備能(余力)の『高低』と認知症発症リスクの関係」などが調べられているのです。
■「認知予備能」は中年期以降も鍛えられる
この概念は、私が認知症の診療によって抱いている臨床感ともフィットしています。
脳の画像診断などで確認する病理変化の状態と、症状の状態がイコールではないことはよくあること、だからです。
そして認知症とはそもそも病気ではなく、「一度、正常に発達した認知機能が、後天的な脳の障害によって持続的に低下し、そのために日常生活や社会生活に支障をきたすようになった『状態』」ですから、アルツハイマー病やレビー小体病などであっても、認知予備能が高く、認知症の状態とは言えない「状態」の人がいる、というのもうなずけます。
さらに、この「認知予備能」は「本来の認知機能の発達やピーク」とは別に、中年期以降も暮らしのなかで「鍛えることができる」と考えられている点が見逃せません。
つまり、中年期以降は「認知予備能をアップする」イコール、認知症という状態になることの予防につながると考え、鍛え、高めて悪いことはなにもないでしょう。

認知予備能については、すでに信頼できる論文がいくつもあるなかで、私がとくに注目した論文(※1)には、次のような解釈が付記されていました。
※1:Liu Y, Lu G, Liu L, He Y, Gong W. Cognitive reserve over the life course and risk of dementia: a systematic review and meta-analysis.Frontiers in Aging Neuroscience 2024; 16: 1358992. doi:10.3389/fnagi.2024.1358992
■認知症予防「戦略」の新たな希望
その解釈によると、幼年期は「教育年数が長い(高学歴)」ほど、また高齢期は「知的な活動の機会が多く、人やコミュニティとのつながりが多い」ほど、認知予備能が高く、認知症の予防につながる可能性がある、とのこと(中年期は「複雑な仕事をしているほど」とありますが、予防的な影響は少ないとされています)。
また、一生を通じた認知予備能の蓄積は、いかなる時期でも認知症発症リスクの低減に寄与する、とも書かれています。
認知症研究・診療の専門家の間では、認知症の予防について長いことこれといった「戦略」が見つからないことが重たい課題でしたが、この論文で「何歳からでも認知予備能は鍛えられ、認知症の予防につながる」と希望が示されたのは朗報でした。本書ではご紹介する予防法のベースとしてこの概念を主軸にします。
認知症予防を標榜する本ですから、中年期以上の読者の方が中心になることでしょう。そこで、スマホを用い、脳に知的刺激をたくさん与えるハウツー、人やコミュニティと多く、深くつながるハウツーを本書に予防法としてまとめます。
■最新の「認知症予防の指針」が示すこと
イギリスの世界的医学雑誌『The Lancet(ランセット)』が母体となっている組織の一つに、「ランセット認知症委員会」があります。
国際的な認知症の専門家(医師、研究者、疫学者、政策提言者など)が集まり、世界最新の研究成果を統合して、社会的・臨床的に実行に移せる提言をまとめて公表していて、2024年にも報告書を出しました(Dementia prevention, intervention, and care:2024 report of the Lancet standing Commission)。
この報告書の目的は、医療政策や医療現場にインパクトを与えることで、実際、世界保健機関(WHO)の指針などにも影響を与えていて、医学的・科学的根拠を社会政策へつなぐ役割を果たしています。
この2024年版の報告書「認知症発症の修正可能な因子の割合」は、現在のところ最も確かな「認知症予防の指針」と言えるでしょう。
示された「修正可能な14因子」は図表1のとおりです。
これらをすべて改善すると、認知症発症のリスクを45%減らすことができる、とされています。
各因子がどのように認知症リスクとなるのかは別の章で詳しくご紹介しますが、「低学歴」「難聴」「抑うつ」「身体的不活発」「社会的孤立」「視力障害」などが挙げられていて、先の「認知予備能」が高まりにくい状態と重なる感があります。
■認知症リスクを45%減らす14因子
「難聴」や「視力障害」はコミュニケーションエラーや情報入手困難につながるため、人やコミュニティとのつながりが得にくい、と考えられるでしょう。
つまり、認知予備能を鍛えることが、修正可能ないくつかの因子の改善にもつながり、一挙両得ということですね。
認知症発症の修正可能な14の因子は「生活習慣病」と関係があります(日本の失明原因の第2位は糖尿病網膜症なので「視力障害」も含む。「外傷性脳損傷」と「大気汚染」も生活のなかで一部、自力で避けられることとして含む)。
つまり、一般的な生活習慣病の予防や早期治療が、認知症の予防にも通じるという結論になります。
ただ、みなさんも「生活習慣病を予防するのが大切」とは重々承知しているでしょうから、いまさら体重管理や減塩、睡眠の質、ウォーキング、衛生などの話をされても、「認知症予防」のモチベーションは上がらないのではないでしょうか。
そういった情報はほかの書籍やウェブ、動画でもたくさん得られます。
そこで本書は、やはりスマホを用いて生活習慣をコントロールし、認知症を防ぐ「健康習慣」をいかにして守るか、それをご紹介することとします。

(認知症専門医 内田 直樹)
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