ベネズエラ攻撃の衝撃が冷めやらぬ中、トランプ大統領の「次の一手」に国際社会の警戒が強まっている。米メディアはその論法を「プーチンと同じだ」と厳しく批判。
覇権と資源をめぐる強硬姿勢は、戦後80年かけて築かれた国際秩序を揺るがしかねず、中露に口実を与えると警告している――。
■トランプが狙う西半球の覇権
トランプ政権が西半球(南北アメリカ大陸)の支配権を確立しようと、不穏な動きを見せている。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙ほか国内でも多くのメディアが報じたように、1月にはベネズエラを攻撃したことが記憶に新しい。だが、トランプ氏の野望はベネズエラにとどまらない。
米有力シンクタンクのカーネギー国際平和財団は、トランプ大統領がかつてアメリカが管理していたパナマ運河の支配権を奪還するほか、カナダをアメリカ51番目の州として併合すること、さらには「国家安全保障上の理由」を口実にデンマーク領グリーンランドを併合するなど、複数の意欲を表明していると指摘。いずれについても軍事手段の行使を辞さない構えだとして問題視している。
背景には石油業界との蜜月がある。同シンクタンクによると、石油・ガス業界は2024年、トランプ陣営とスーパーPAC(候補者を支援する政治広告に無制限の支出が認められる団体)に対し、少なくとも計9600万ドル(約150億円)を寄付。選挙後もさらに、就任式基金などへ4100万ドル(約64億円)を拠出した。トランプ大統領自身も軍事行動が石油採掘と結びついていることを認めており、アメリカ軍が自国の石油企業の利益のために動員されている構図が浮かび上がる。
アジアの治安維持への関心は薄くなるとみられる。2期目就任以前から一部専門家は、欧州やアジアの同盟国から距離を置き、南北アメリカ大陸での影響力確保に注力するようになるとの予測を示していた。

■ロシアのウクライナ侵攻と類似
目下、「ベネズエラの次」とされるのがグリーンランドだ。
トランプ氏は大統領就任前の昨年1月、デンマーク領グリーンランドの購入をめぐり強硬姿勢を鮮明にした。米ニューヨーク・タイムズ紙によると、同氏は記者会見でデンマークが売却に応じなければ「非常に高い関税を課す」と脅しをかけ、軍事力行使の可能性についても「(行使しないという)保証はできない」と否定しなかった。
アメリカ大統領が同盟国への武力行使を否定しない姿勢は異例だ。同氏はグリーンランド獲得の理由として北極航路の戦略的重要性を強調するが、政治リスク分析会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏は、地政学的理由を掲げて他国の領土を要求するこの論法が、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻の正当化と類似していると指摘する。
3月の議会演説でも、トランプ大統領はグリーンランドを「なんらかの形で手に入れる」と改めて表明した。
グリーンランドはデンマーク領でありながら、高度な自治権を持つ。同自治政府の首相は「我々は売り物ではない」と即座に反論した。実際、昨年の世論調査では、住民の85%がアメリカへの編入を望んでいないとの結果が出ている。英ガーディアン紙は、賛成はわずか6%に留まると報じた。
そもそもデンマークは長年のNATO同盟国である。その自治領を強引に手に入れようとする姿勢は、米欧の同盟関係の根幹を揺るがしかねない。

■「カナダはただ乗りしている」執拗な併合要求
グリーンランドと並びトランプ氏が狙うのが、国境を隣接する大国・カナダだ。米経済に「ただ乗り」していると主張し、トランプ氏は不快感を滲ませる。
トランプ氏はカナダの「第51州化」、すなわちカナダをアメリカの51番目の州として併合する構想を繰り返し公言している。米フォックス・ニュースのインタビューでは、「率直に言えば、カナダは51番目の州になるべきだ」と発言。
米タイム誌のインタビューでは、こうした発言が単なる「煽り」に過ぎないのではないかと問われると、「我々はカナダの軍事も生活も面倒を見ている。この状況を解決する唯一の方法はカナダが州になることだ」と述べ、真剣に検討していると強調した。
これに対しカナダのカーニー首相は、一貫して拒否の姿勢を崩さない。カーニー首相は選挙期間中から、「カナダ経済にとって最大のリスクはドナルド・トランプだ。彼は我が国を壊して自分のものにしようとしている」と批判しており、「併合は絶対に起こらない」と明言している。
会談の場で「カナダは売り物ではない」と伝えたカーニー氏に、トランプ氏は「(その可能性が)絶対ないとは言うな」と返した。
なぜカナダなのか。カナダ政府はトランプ大統領の真意を冷静に見極めようとしている。

米CNNによると、メラニー・ジョリー外相は「トランプ大統領はカナダを経済的に弱体化させ、最終的に併合しようとしている」と指摘。民主主義国家であるウクライナが隣国ロシアから侵攻を受ける事態を目の当たりにしてきたカナダにとって、自国もまた隣国アメリカによって力で併合されるという想定は、決して絵空事ではない。
■自国防衛に動くカナダ軍
こうした事態を、カナダ国内ではどう受け止めているのか。
対ベネズエラでアメリカは、すでに軍事力を行使した。カナダの公共放送CBCによると、ボブ・レイ元国連大使は、カナダが対象外だと考えるのは誤りだと警告している。
同氏は「トランプ政権はカナダの主権を真剣に受け止めていない」と指摘する。カナダの元外相顧問アダム・ゴードン氏も、「少なくとも武力行使やその威嚇がある可能性を、もはや排除できない」と警戒心をあらわにしている。
レイ元大使は英フィナンシャル・タイムズ紙に、トランプ氏が「第二次世界大戦以来見られなかった世界的緊張」を引き起こしたと語った。
南北アメリカ地域との関係促進を担うカナダ米州評議会のケネス・フランケル会長は同紙に、かつては疑う余地のなかった同盟関係が崩れ、カナダはいまやラテンアメリカ諸国と同様に、アメリカからの圧力に晒される立場に置かれていると認める。
危機感を強めるカナダは、防衛に動く。英エコノミスト誌によると、カナダ軍トップのジェニー・カリニャン将軍の号令の元、16歳から65歳までの国民を対象に民間防衛要員の募集が始まった。軍事攻撃や大規模災害に備え、重機操作、ドローン操縦、サイバーセキュリティなどの技能を持つ人材を求めている。

同将軍は昨年11月、フィンランドにチームを派遣。ロシアと長い国境を接するフィンランドは、その脅威に対抗するため独自の民間防衛体制を築いており、そのノウハウを学ぶ狙いだ。
■パナマ大統領が「トランプの嘘」に猛反発
さらに、以前からトランプ氏が手中に収めようと画策しているのが、パナマ運河だ。南北アメリカの“くびれ”に位置し、米東海岸と西海岸を結ぶ海運の主要ルートでもある。
米CBSによるとアメリカのコンテナ輸送の約40%が同運河を経由しており、米経済にとって重要性が高いことは確かである。
1月7日の記者会見でトランプ氏は、中国がパナマ運河を運営していると主張。「経済の安全保障のために(パナマ運河の入手が)必要だ。パナマ運河は我々の軍のために建設された」と述べ、かつてアメリカが保有していた支配権を回復するよう唱えた。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、軍事力行使を排除するかと問われた同氏は「確約するつもりはない」としながらも、「何かしなければならないかもしれない」と回答。1977年のカーター政権時代に調印され、1999年にパナマへの完全返還が実現した運河返還条約についても、自らはその制約を受けないと独自の見解を示した。
だが、中国が運河を運営しているという主張は事実に反する。同紙は、中国は運河周辺の2つの港を管理しているにすぎず、運河自体の運営には一切関与していないと指摘する。

しかし、パナマのムリーノ大統領はSNSで「トランプ大統領は嘘をついている」と激しく反発。「運河はパナマのものであり、今後もそうあり続ける」と断言した。
■コロンビア、キューバにも……
トランプ氏の矛先はコロンビアにも向いている。
カタールの国際ニュース放送局アルジャジーラによると、同氏は大統領専用機エアフォースワン機内で記者団に対し、コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領を「コカインを作ってアメリカに売るのが好きな病んだ男だ」と中傷。コロンビアへの米軍による軍事作戦の可能性を問われると、「(やっても)いいと思う」と即答してみせた。
ベネズエラのマドゥロ大統領を拘束した直後には、ペトロ大統領に向けて「自分の身に気をつけろ」との警告も発している。これに対しペトロ大統領は強く反発し、「中傷をやめろ」と要求。ラテンアメリカ諸国に団結を呼びかけ、さもなければ「(アメリカの)召使いや奴隷のように扱われる」と訴えた。
これとは別にトランプ氏は、キューバに対しても強硬姿勢を示している。キューバは長年ベネズエラから石油の供給を受けてきたが、トランプ氏は「崩壊寸前だ。収入のすべてをベネズエラの石油から得ていたが、今は一切入ってこない」と発言。さらに「破綻国家であり、いずれ話さなければならない問題になる」とも言及し、キューバへの対応も今後の検討課題になりうるとの認識を示した。

野望は西半球にとどまらない。昨年2月、トランプ氏はガザ地区の住民230万人をエジプトとヨルダンへ移住させ、同地区を「中東のリビエラ」として再開発すべきだと主張した。リビエラとは、フランス・イタリア国境に広がる地中海沿岸の高級リゾート地帯を指す。加えてトランプ氏は、同地区の管理権をイスラエルからアメリカへ移すよう要求。他国の領土をまるで自社の敷地のように扱う姿勢に、国際的な非難が相次いでいる。
■ロシア・中国に格好の口実を与える
専門家はトランプ氏の発言について、プーチン大統領がウクライナ侵攻を正当化した際の論法と酷似していると警告する。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、政治リスクコンサルティング会社ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏は昨年12月、デンマーク領グリーンランドの購入要求やパナマ運河の管理権への不満表明について言及。安全保障を理由に他国の領土や権益を奪取しようとする姿勢は、ロシアがウクライナ侵攻で用いた論法そのものだと指摘した。
こうした姿勢は、アメリカが長年対峙してきたロシアや中国をかえって勢いづかせる恐れがある。
カーネギー国際平和財団は、モンロー・ドクトリンの復活が深刻な逆効果を招くと警告する。中国やロシアに対し、自国周辺で勢力圏を追求する口実を与えてしまうからだ。
モンロー・ドクトリンとは、欧州列強による南北アメリカへの介入を拒否し、この地域をアメリカの勢力圏と宣言した外交方針だ。実際、中国の当局者らは南シナ海における領有権主張を正当化する際、かつてアメリカがカリブ海を「アメリカの湖」と称して自国の勢力圏に組み込もうとした歴史を引き合いに出してきた。
アメリカ自らがモンロー・ドクトリンを復活させれば、大国が近隣地域で勢力圏を主張することを容認する前例となる。そうなれば、中国の拡張主義に抵抗するフィリピンやベトナムなど、アメリカの同盟国・友好国の立場を弱めることにもなりかねない。
■地下資源を得るために、アメリカが失ったもの
モンロー主義とともにアメリカに根付いてきた、アメリカ第一主義。そこからの転換をもたらしたのが、フランクリン・ルーズベルト大統領だ。
ルーズベルトは1933年、ラテンアメリカ諸国との協調を目指す「善隣政策」を掲げた。さらに第二次大戦後は、集団安全保障に基づく国際秩序の構築を主導した。トランプ氏の行動は、ルーズベルト以降の指導者たちが80年かけて築いてきた国際協調の枠組みを、ここへ来て根底から揺るがすものだ。
トランプ氏を突き動かしているのは地下資源を入手したいという欲望に他ならない。
ベネズエラの石油のほか、グリーンランドにはリチウムや希土類(レアアース)など31種類の鉱物が埋蔵されている。世界の希土類生産の約7割を中国が占める現状において、アメリカが新たな供給源の確保を急ぐ動機は明らかだ。
だが、米CBSは、その質は低いとも指摘。2世紀近くをかけてアメリカが築き上げてきた世界からの信頼を、質の低いレアアースを入手するために、たった一代で失おうとしている。あまりにもアメリカに利の少ない政策だ。
一方でトランプ氏の手法は、ニクソン大統領が冷戦期に用いた「狂人理論」とも比較される。これは敵対国に対し、自分は何をするか分からない狂人だと思わせることで、交渉を有利に運ぶ戦術だ。ただしアメリカのタフツ大学のドレズナー教授は、米公共放送のNPRに対し、「トランプの場合、(演技ではなく)純粋に予測不可能なのだ」と指摘する。およそ計算高い行動には思えないという。
アメリカの利益優先を強調するトランプ氏だが、果たして本当にアメリカの利益になるか、先行きは不透明だ。結果として中国やロシアに口実を与え、アメリカ自体や国際的な治安への打撃となる事態が懸念される。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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