※本稿は、枡野俊明『疲れない心をつくる休息の作法』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「八方美人」はかえって嫌われる
「いい人」を演じていると、
やがて「素の自分」を見失います。
「みんなにいい人だと思われたいですか?」
多くの方は「イエス」と、首を縦に振るでしょう。
自分のことを一人でも「イヤな人だなあ」と思う人がいたら、つき合いにくいものです。だから、多少無理をしてでも「いい人」に思われるようにふるまってしまうのでしょう。
たしかに、そのほうが人間関係に余計な摩擦を生じさせずにすみますが、自分自身は無理をする分、非常に疲れます。
もう一つ、質問します。
「あなたは八方美人になりたいですか?」
こちらは「ノー」と、首を横に振る人がほとんどでしょう。
「八方美人」という言葉には、「あっちにいい顔、こっちにいい顔」と、相手を見ながら、自分の言動をころころ変えるような、あんまりいいイメージはありません。
しかし、「みんなに『いい人』だと思われたいけれど、八方美人にはなりたくない」というのは矛盾しています。どちらもほぼ同じ意味だからです。
そこを踏まえると、
「みんなにとっての『いい人』を目指すと、八方美人だと思われ、かえって嫌われる可能性が高い」
ということに気づくのではないでしょうか。
■“いい人の仮面”をはずそう
そもそも「いい人」とはどんな人なのか、明確な定義はありません。
基準となるのは、あくまで「自分にとって、いい人かどうか」。
つまり、10人いれば10通り、100人いれば100通り、微妙に異なる「いい人」がいる、ということです。
あなたは、そんなにたくさんの“いい人の仮面”をつけることができますか?
そこに挑戦するのは自由ですが、一つたしかにいえるのは、そんなことをしていたらへとへとに疲れ果ててしまう、ということです。
「この人にとっていい人はどういう人だろう」と推測するのに疲れ、相手のリアクションを見ては「間違えたかも」と修正するのに疲れ……。正解がわからないから、なおさら疲れるのです。
だから“いい人の仮面”をはずして、素顔の自分に戻りましょう。
禅に「露」という言葉があります。
文字通り、「すべてが露わになった状態」を指します。
人間関係に置き換えれば、相手の顔色をうかがわず、背伸びをせずに、「素のままの自分」で他人と接しなさいと、禅は説いているわけです。
「いい人」でいることに疲れたときは、ぜひ、この「露」の精神を思い出してみてください。
■「主人公」のように生きていく
実際、相手によって“いい人の仮面”をつけかえていると、しだいに「自分の素顔」がわからなくなります。そうなると、やがて「他人の人生」に振り回されて生きることになるでしょう。
加えて、相手によって自分をころころ変えていたら、周囲に「信用ならない人だ」というふうに見られます。本心がわからないため、相手も警戒するのです。まさに、
「『いい人』を演じることに一利なし」
といえます。
それでも「いい人だと思われたい」気持ちがむくむくとわいてきたなら、自分自身に向かって、こう問いかけましょう。
「私の人生の主人公は私。他人の目で自分の行動を決めるなんて、愚の骨頂だ。さて、私はどうしたい? 何をしたい?」
じつは、この「主人公」という言葉、もとは禅語です。
一般的に使われる「物語の主人公」といった意味ではなく、私たちのなかの「真の自己」や「本来の自分」を指します。
ある高名な僧侶は、自分を「主人公」と呼んで「はい」と答え、「目を覚ましているか」と尋ねて「はい」と答える、という問いをひたすら繰り返したといいます。
こうして他人に振り回されず、自分の人生の舵を自分でしっかりと握ることができれば、不毛な「いい人疲れ」とおさらばすることができるでしょう。
■“便利屋さん”になっていませんか?
「いい人」を演じることにはもう一つ、“落とし穴”があります。それは、いつの間にか“都合のいい人”扱いされるようになることです。
たとえば仕事の場面だと、「ちょっと手伝って」と頼まれたとき、自分もたくさんの仕事があっていっぱいいっぱいなのに、無理して引き受けてしまう。
そういうことの多い人は、十中八九、“都合のいい人”扱いされています。「頼まれたら、絶対に断らない人」と、便利に利用されているのです。
自分に余力があるなら、大いに手伝ってあげればいい。それは「いい人」です。
けれども、無理を押して手伝ってあげると、回数が重なるごとに“都合のいい人度”を上げてしまうことになります。
そういう傾向のある人は、
「無理なときは、無理ときっぱり断る」
ことを、ムダに疲れないための作法として心がけたほうがいいでしょう。
その際、「断ったら嫌われるかな」とか「断ったら仕事が減るかな」などと気にしてはいけません。
「自分が手伝える状況にあるかどうか」
だけを基準に、受ける・受けないを判断することが大切です。
「頼まれ仕事」を優先して、自分の仕事がおろそかになったのでは本末転倒。
あと、安請け合いもいけません。いったん引き受けた以上は、途中で放り出したり、雑に仕上げたりしては、信用問題に関わります。
「時間的に難しいな」
「能力的に無理があるな」
と思ったら、引き受けないのが親切というものです。
ともあれ、“都合のいい人”でいることは、労多くして益少なし。自分の都合や気持ちに正直に行動して初めて、「心の休息」が得られるのです。
■「比較」は苦しみの源
禅は「比べる」ことを
もっとも嫌います。
「みんなにいい人だと思われたい」のと同じくらい強い願望に、
「周囲から高く評価されたい」
というものがあります。
この「評価」が曲者です。なぜなら、評価を求めると、どうしても「ほかの誰か」と比べなければ、自分の価値を認められなくなってしまうからです。
現代人は、幼いころから、そうした“比較社会”のなかで生きています。たとえば、
「○○ちゃんよりテストの点数がよかった、悪かった」
「△△くんより足が速い、遅い」
「××さんより歌が上手い、下手」
といった具合に、あらゆる分野の能力を、他者との比較で評価するのがクセになっているのです。
この“比較グセ”は、たいていの場合、大人になっても消えることはありません。むしろ、仕事の能力や実績、ポジションなど、比較できることが増える分、ますます拍車がかかります。そしてそれが、不要な「苦しみ」を生む源泉になるのです。
■「優劣」ではなく「個性」と捉えてみる
ここまで身にしみついてしまったら、いまさら「比較はやめましょう」といわれたところで、この悪癖を直すのは難しいかもしれません。
けれども、「どう比較するか」なら、変えようがあります。
たとえば、比較した結果を「優劣」ではなく「違い」と捉えてみる。
「あの人はこと□□にかけては、自分と違ってすごい。でも××に関しては自分も負けてない。みんな、得意なこと・不得意なことが違っていて、おもしろいなあ」
というふうに考えるのです。
そうすると、優劣はたんなる違いであって、それが個性なのだと思えてきます。
そして、それと同時に、
「自分の能力が人より優れている、劣っている、ということよりも、優れているところを生かして何をするかが大事」
ということに気づくことができるのです。
こうして「比較」を「個性の発見」に転用すれば、劣等感から生じる疲れがなくなります。
■「自分らしい生き方」が「疲れない生き方」につながる
「山是山、水是水(やまはこれやま、みずはこれみず)」
という禅語があります。
「山は水になれないし、逆に水が山になることはできない」
ことを意味します。
あまりに当たり前すぎるせいか、私たちはつい、
「山が山としてあり、水が水としてあるからこそ、自然は調和が取れている」
ことを忘れてしまいがちです。
人間も同じ。一人ひとりが異なる個性の持ち主で、その個性に応じてできることも違うからこそ、社会の調和が取れるのです。
そういった観点に立つと、人の優れているところをうらやんだり、自分は劣っていると落ちこんだりすることが、いかに無意味かに気づきます。
それよりも、自分にしかないよさや、自分にしかできないことを見いだす目を持ったほうがいい。
同じ比較をするのでも、前者と後者では「心の疲れ」が格段に違います。
自分の内側を見つめ、自分の持つ“山は山、水は水”的な個性を際立たせて生きていく。そういう姿勢が、「疲れない生き方」につながるのです。
■比べるべきは「他人」ではなく「過去の自分」
比較の対象はふつう、「他人」ですが、「過去の自分」に変えてみてはいかがでしょうか。自分自身が相手なら、落ちこんだり、妬んだり、逆にいい気になったりすることがないので、疲れることもないでしょう。
「過去の自分」と比べるメリットは、大きく二つあります。
一つは、成長を実感できることです。たとえば、
「新入社員のころはうまくできなくて、時間もかかった仕事が、いまや5倍のスピードで、5割増しの出来映えに仕上げることができる」
「一年前の自分にはゼロだった知識が、ぐんと豊富になり、いまや周囲に頼られるまでになった」
「昨日わからなかったことが、今日理解できるようになった」
など、自分というのは気づかないうちに日々成長しているものです。
そこを再認識すると、「すごいな、自分」となって、比較が成長エネルギーに転換されます。
もう一つのメリットは、いまがパッとしなくても、自信を取り戻すのに役立つことです。
この場合、比較の対象とするのは「過去の自分」のなかでも「絶好調だったときの自分」です。過去の栄光にすがるのではなく、
「あのときの自分はすごかった。やればできるんだから、気合いを入れ直そう」
と捉えると、それが成長のモチベーションになります。
こうして「絶好調のときの自分」を一つのベンチマークにし、そのレベルを超えたら、それを新たなベンチマークに設定して、もっとがんばる。そんなふうにすると、よい“成長循環”をつくることができます。
しかも「他人」と比較することで生じていた疲労が解消され、自分自身が大きく成長していくエネルギーを獲得できるでしょう。
他人との比較は疲労感を生み、過去の自分との比較は成長エネルギーを生む――。「心の休息」につながる大事な教えとして、ぜひ胸に刻んでください。
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枡野 俊明(ますの・しゅんみょう)
曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー
1953年、神奈川県横浜市生まれ。禅僧、庭園デザイナー、教育者、文筆家。曹洞宗徳雄山建功寺住職。多摩美術大学名誉教授。大学卒業後、大本山總持寺にて修行。以降、禅の教えと日本の伝統文化を融合させた「禅の庭」の創作を続け、国内外で数多くの作品を手がけている。芸術選奨文部大臣賞(1998年度)を庭園デザイナーとして初受賞。カナダ総督褒章(2005年)、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章(2006年)なども受賞している。2006年、『ニューズウィーク(日本版)』にて「世界が尊敬する日本人100人」に選出。主な作品はカナダ大使館庭園、セルリアンタワー東急ホテル庭園「閑坐庭」、ベルリン日本庭園「融水苑」など多数。2024年には最新作品集『禅の庭IV 枡野俊明作品集2018~2023』(毎日新聞出版)を刊行。禅の精神と現代人の悩みをつなぐ語り口に、世代を問わず共感の声が寄せられている。教育の現場では、長年にわたり多摩美術大学で後進の指導にあたり、2023年、名誉教授の称号を受ける。
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(曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー 枡野 俊明)

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