※本稿は、和田秀樹『死ぬのも楽しみ』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。
■「死ぬのも楽しみ」とはとても思えない
死が近づく年齢になれば、無欲になっていくというのはごく自然なことです。
いろいろな身体機能も衰えてくると、欲を持っても仕方ありません。自分が好きなことや、やりたいことができれば、それで満足するようになります。
つまり、普通に老いていけば、穏やかな気持ちのままで死ぬことができるというのが、たくさんの高齢者の死を見てきた私の実感になります。
ただ、自分がこのまま死ぬことへの苛立ちや怒りに包まれる人もいます。後悔や周囲への恨みすら抱く人もいます。かつての成功や絶頂期を忘れられない人です。
たとえば、40代50代で事業が成功し、大勢の部下に囲まれて世間の注目を集めたような人が、晩年、事業に失敗して周囲には人がいなくなり、世の中からもただの老人とみなされているようなケースです。
誰も過去の成功を知らなければ自慢しても始まりません。50代の頃、自分が従えた大勢の部下も「終わった人」には近づきません。
そういう人は、「死ぬのも楽しみ」とはとても思えないでしょう。いまの自分の境遇が不満で毎日を不幸に感じるような人は、「このまま死ぬのか」と思えばジタバタするしかありません。幸福感のかけらもない高齢期は、ひたすら死を恐れる日々になっていきます。
■高齢期は、無欲だからこそ大きな自由が手に入る
そういう意味では、決して慰(なぐさ)めではなく、平凡な人生を送った人のほうが自然に無欲になって穏やかに老いていくということにもなります。
もちろん、平凡な人生を送った人にもいい思い出があります。仕事に夢中になれた時期もあるし、家庭を持ったり子どもが生まれたり、あるいは念願のマイホームを手に入れたときのように幸福感に包まれた時期があるはずです。
そういう幸福だった過去の思い出に浸って、高齢期を過ごしましょうとは言いません。
なぜなら、いま思い出せば幸せな日々だったとしても、その当時はそれなりにつらいことや不自由を感じたこともあったからです。仕事はつねに結果が伴っていたわけではなく、子どもの教育費や家のローンがのしかかってきた時期もあったことでしょう。
つらくても会社を辞めるわけにはいかず、我慢して定年まで勤め上げた男性がほとんどだと思います。いまの時代ほど働く女性は多くありませんでしたが、子育てに追われた母親業や主婦業にも嫌気の差した時期があったはずです。
つまり、私が言いたいのは、成功体験の有無はどうであれ、60代までの人生には自由がなかったということです。
70代の半ばを過ぎて、どんなに老いの実感が増してきても欲がなくなってきても、そこで初めて「それまではあきらめていた自由」が労せず手に入ったということです。
■死を恐れるあまり、せっかくの自由を手放す人がいる
ところが、せっかく手に入った自由に気がつかない人が大勢います。
定年退職した直後の60代なら「さあ、自由になったぞ」と大きく背伸びできますが、70代後半、80代と老いが進むにつれて、自分が自由だということを忘れてしまう人が増えてくるような気がします。
その大きな原因のひとつが、「死にたくない」という生への執着です。
とにかく病気を予防する、病気になったら徹底的に治療するといった「健康」へのこだわりがどんどん強くなってくる状態です。
病気を抱えていても、毎日、幸せに生きていけるなら健康ではないか、つまり、グレーゾーンでよしとする考え方がなかなかできなくなって、少しの異常でも完璧に排除しようとします。すると、日常生活の自由度は小さくなります。
高齢者の毎日は死に近づいていく日々です。病気を予防しても治療しても、老いていくのですから死に近づきます。まして、手術や入院で体力が衰えたり、食事や運動が制限されるようになると老いは加速します。
つまり、健康とは病気のない状態と思い込んでしまい、その健康にこだわればこだわるほど死に近づいてしまうことになります。
■「年なんだから好きにさせてくれ」はわがままか
同時に、毎日の生活の中の自由度も失われます。病気予防のためにたくさんの欲望を抑えつけ、規律正しく暮らそうとすれば、どうしても不自由を受け容れるしかなくなるからです。
これは、せっかく手に入った自由を手放し、わざわざ自分に不自由を強いながら老いていくということです。そういう様子を見ていると、「年をとってしまうと、自由なんかどうでもよくなるのかな」と思ってしまいます。
「せめて、家族や周りに迷惑かけないように暮らさなくちゃ」と思い込んでしまうと、怪我をしたり病気になったりしないこと、そして、心配させないことが大事になります。どうしてもおとなしく暮らすようになってしまうのです。
私はそこに大きな思い違いがあるような気がします。
むしろ逆に、「年なんだから好きにさせてくれ」とか、「自分の人生なんだから思い通りに終わらせてもいいじゃないか」といった自由への執着が出てくるのは当然だし、私はそれを“わがまま”とは思いません。
■「お疲れさん」と自分を労わってもいい年齢
つまり、周囲や家族に遠慮しなくていいということです。
70代80代ともなれば、それぞれいろいろな人生を経験しています。そして、どんな人にも不自由を強いられた長い年月があったはずです。
その不自由からやっと解き放たれたのに、そのことに気がつかないでまだ規則や規律を自分に当てはめて、「健康に長生きしなくちゃ」と自分に言い聞かせる人が大勢いるのはなぜなのでしょうか?
いま、日本人の平均寿命は女性が87歳、男性が81歳ですが、ご存じのように健康寿命、つまり健康上の問題による日常生活の制限がなく、すべて自分で動いて不自由なく暮らせる年齢となるとガクンと下がります。
どうせなら健康なままで年を重ねたいと誰でも思いますが、逆に言えば、もう「お疲れさん」と自分を労わってもいいのがこの年齢ということになります。
ずいぶん無茶もやったし無理も重ねてきました。70代半ばといえば団塊世代ですから、受験勉強も競争の激しかった世代です。就職しても出世競争が続き、勝ち残りはほんの一握りですが、地方から出てきて、東京の会社で働いて首都圏にマイホームを建て、子どもの教育にも熱心だったのがこの世代です。
■「まだ死ぬわけにはいかない」の功罪
反抗の世代でもありました。学生運動に限らず、既存の習慣や組織、価値観を否定し、打ち破り、自分なりの生き方を探った世代でもあります。大勢の中に埋もれないためにも自己主張し続けた世代です。
そういう世代が、なぜやっと手に入った自由を楽しもうとしないのかと考えたときに、その理由として浮かんでくるのがこの健康寿命です。体力や意欲も含めて、自分の衰えを自覚し始める年齢だからです。
加えて、そろそろ同世代の入院や死、施設への入所などが耳に入ってきます。「私もそういう年なんだな」と気がついてくる年代です。
すると、どうしても「用心しなくちゃ」という気持ちになります。
「まだ死ぬわけにはいかない」と思えば、「健康に注意して規則正しく、きちんと暮らさなくちゃ」という気持ちになってしまうのです。せっかく自由になれたいまよりも、残りの人生を生き抜くことのほうが大事になってしまいます。
■外出や移動の制限を日本人がどう受け止めたか
これは私の実感ですが、日本人はなぜか自由を制限されることに鈍感です。
そのことにはっきり気づかされたのがコロナ禍のときでした。移動や外出を制限されても素直に従いました。感染拡大を防ぐためのマスクの着用にも、ほとんどの国民が応じました。
不要不急の外出や移動の禁止にしても、マスクの着用にしても、法的な規制ではありません。でも、現実には遊びや気分転換で旅行したり外食したりする人はほとんどいませんでした。これでは飲食店も観光地のホテルや旅館も休業するしかありません。出かけたくても出かける先がなくなったのです。
では、そのことにストレスや不満を感じなかったのかといえば、大部分の人が感じていました。
けれども、私が問題にしたいのは同じアンケートの中の、そういった外出や移動の制限を日本人がどう受け止めたかという結果です。
「許される」が22%、「どちらかといえば許される」が65%。つまり、個人の自由が制限されることを、ほとんどの日本人は「やむを得ない」と回答していたのです。
大部分の人が、ストレスや不満を感じてもそれを仕方がないことと受け止めていたことになります。
■日本人は不自由に慣らされやすい民族
そして、私がもっと驚いたのは、同じアンケートの中での「マスクの非着用者」に対する視線です。90%の人が「気になる」と答えています。つまり、自由を選ぶ人間に対してほとんどの人が反感を持っていたことになります。
確かにその通りでした。私はマスクをつけることにすごく抵抗があったので、取材を受けるときでもノーマスクで通しましたが、あからさまに顔を背けられたり、非難の視線を感じたりすることがたびたびありました。
おそらくこういった私の態度に対しても、「それはおまえが悪い」とか「マナーの問題だ」という批判が返ってくるでしょう。
けれども、不自由を強いられたことに対して、ほとんどの人がストレスや不満を感じていたのも事実です。そしてその不満やストレスを「仕方ない」と我慢していたのも事実です。
日本人は、不自由に慣らされやすい民族なのかもしれません。
■不自由を自分から受け容れてしまう日本人
いまの日本を自由な国だと思っている人は大勢います。思想の自由、言論の自由、表現の自由、すべて認められているのだから、中国なんかに比べれば日本は自由じゃないかと考える人は大勢いるはずです。
では、不自由な国は何が不自由なのか。
たとえば、その国の政権を批判しただけでたちまち投獄されるような国です。
順番としてまず、その人物の周囲に監視の目が光ります。言動や行動範囲、交流関係をチェックするためです。
つぎに自宅に軟禁状態にされ、それから投獄です。
こうしてみると、不自由な国でも最終的に奪われるのが移動の自由だというのがわかります。
ところが、民主主義国では思想や言論の自由はなかなか規制できませんが、移動の自由は国がやろうと思えば段階的に制限できるのです。
そのかわり、国民の反発も強いです。目に見える自由の制限ですから国も慎重になります。コロナ禍にあって、世界各国で都市部や特定エリアのロックダウンが行われましたが、日本は法的な規制を伴うロックダウンまでは行っていません。これは憲法上の制約があるからですが、むしろその必要がなかったからとも言われました。
つまり、自由の制限に猛反発するヨーロッパやアメリカでは自粛要請が何の効果も持たないのに比べて、不自由を強いられても「仕方ない」と従う日本人には外出や移動の自粛要請でも大きな効果があると思われたからでしょう。
事実、先ほどのアンケート結果にも示されていたように、ストレスを感じながらも大部分の日本人は不自由を受け容れたし、従わない人間に対して非難の目さえ向けたのです。
ちなみに、交通違反で捕まると罰金のほかに違反点数が科せられます。点数が増えてくると免停になります。違反の種類によっては一発で免停です。
そのことを一般のドライバーは法律だから仕方ないと受け止めていますが、罰金はともかく、免停となると車の運転ができなくなって移動の自由が奪われます。
留学した頃に知ったのですが、アメリカはスピード違反でも高額の罰金が科せられますが、違反点数は科せられません。
なるべくなら移動の自由まで妨げないような法律にしているのでしょう。
■「自分がいま自由になったこと」に気がつかないという不幸
自由を制限されることに対して、なぜ日本人は鷹揚というか我慢強いのかと考えたときに、私が思い当たるのは戦後の日本の歩みです。もっとも戦前まで遡(さかのぼ)っても同じですが、日本は一度も自分たちの力で戦って自由を勝ち取ったことのない国なのです。
戦後の自由も、すべてアメリカから与えられた自由でした。独立や自由を求めて支配国と戦った経験はないし、自国の圧政や軍国主義と戦って自由を勝ち取った経験もありません。
つねに与えられた自由でした。
もちろんここで多くの犠牲を払っていることを忘れてはいけないでしょう。日本は自由を勝ち取れなかったけれども、多くの犠牲を払って戦争に負け、その結果、自由を手にしたと言うこともできます。
つまり、勝ち取ったのでなく負け取ったのです。
勝とうが負けようが、犠牲を払ったうえで自由を手に入れることは同じです。ですが、負け取った場合は、自由への執着や歓喜はどうしても弱くなってしまいます。
高齢者の自由も同じようなことが言えそうです。
健康でかつ経済的にも恵まれた高齢者は、ごく一部に限られます。
ましてや、トレーニングで身体を鍛え、規律正しく生きて健康を守り、なおかつ熾烈(しれつ)なビジネスを勝ち抜いて、自分の力で財産を築いてきた高齢者なんてほとんどいるはずがありません。
■高齢者の自由はそれなりに払った犠牲の代償
そういう高齢者がもしいたとしたら、ビジネスを退いて自由な暮らしを始めたときに「この暮らしは私が勝ち取ったものだ」と思えるかもしれませんが、そういう高齢者はまずいないのです。
ほとんどの高齢者は、いろんな不自由に耐えながらなんとか70代を迎え、体力も衰えてひとつふたつの病気を抱え、それでも時間だけは自由に使えるようになったというところでしょう。勝ち取ったというより、それなりに払った犠牲の代償としての自由です。
ところが、あまりに長い人生を不自由に慣らされてしまうと、自分がいま自由になったことに気がつきません。
おまけに、体力も気力も衰えているのですから、「さあ、自由になったぞ」という喜びも湧いてきません。
「あとはだんだん弱って死ぬだけだ」と思えば、せっかく手に入れた自由に何の喜びも感じないのです。
----------
和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
----------
(精神科医 和田 秀樹)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
