老いを満喫するにはどうしたらいいか。精神科医の和田秀樹さんは「人生の後半になってから新しい趣味を初めてのめり込むのは、『いいとき』に出合えたと言える。
幸福感のピークを高齢になってから迎えることができれば、『死ぬのも楽しみ』という気持ちが自然に生まれてくる」という――。
※本稿は、和田秀樹『死ぬのも楽しみ』(廣済堂出版)の一部を再編集したものです。
■映画を撮って「遅すぎた」と後悔はない
私が映画を撮り始めたのは、50歳間近のころでした。
映画を撮りたいという夢は高校生の頃からあり、医学部を目指したのも「医者になれば資金も稼げるし食いっぱぐれはないから、映画で食えなくても続けられるだろう」と思ったからです。
受験生の頃も映画館に通い続けていました。そして、大学生のときに映画づくりに挑戦しましたが、資金が続きませんでした。
当時、すでに注目を集めて話題作を撮っている映画監督の中には、20代の新人もいました。焦りがなかったといえばウソになりますが、私が初めての劇場映画「受験のシンデレラ」を撮ったのはそれから30年近くも経ってからでした。
ですが、それでとくに「遅すぎた」と後悔することもありませんでした。次から次にいろいろなことに手を出してきた私ですが、映画はいくつになっても撮れると思っていたからです。
それはいまでも同じで、「一本ぐらい大きな映画を撮って死にたい」という気持ちがあります。
■途中で終わっても、楽しさは変わらない
ただ、その映画を撮り終わったら、もう子どもだって大きいのだからあとはのんびり孫の成長でも見届けたい、なんて厚かましいことは思っていません。
そんな、やりたいことをすべて実現させて、静かに余生を楽しむなんて老い方はでき過ぎでしょう。
映画でも、監督が撮影途中で亡くなり、そのあとを誰かが引き継いで完成させるというのはよくあることです。
つまり、私の「一本大きな映画を撮って死にたい」という気持ちは「完成させたい」というよりむしろ、「大好きな映画づくりの仕事をしながら死ねたら、幸せだろうな」というのが本音のような気がします。
完成を見なければ無念かもしれませんが、好きなことを楽しみながら死んでいけるのなら、それはそれで幸せな死に方だと思うからです。
世の中には「夢半ば」で終わった人は大勢いますが、決して無念な気持ちのまま、悔しさに包まれて亡くなったわけではないような気がします。好きなことをやっている最中に亡くなったのですから、「夢に包まれたまま亡くなった人」と言うこともできるはずです。
■死に支度なんか、急がなくていい
そう考えてくると、終活は自分の人生に無理やり区切りをつけることになります。
やりかけのことや、やり残して後回しになっていることを片づけて、「さあ、これでいつ死んでも誰にも迷惑はかからない」と納得したり安心するのが終活だとすれば、自分の人生を自分で店仕舞いすることになるからです。
終活が終わってしまえば、もうやることはありません。それで平穏な気持ちが生まれてきたとしても退屈です。
もう新しいことに手を出すわけにはいきません。
人間関係も広げるわけにはいきません。

それで悟りの境地が生まれるとしても、ローソクの火が消えるのをただ待っているだけの人生になります。「死ぬのが楽しみ」というより「このまま死ぬしかないのか」というさびしさに包まれてしまいます。「なんだかなあ」という気持ちです。
それならむしろ、やりかけのことに夢中になっていつまでも終わらない人生のほうが楽しいでしょう。「これは始末しなくちゃ」とか「これは区切りつけなくちゃ」でなく、「面白いから、もうちょっと続けよう」とか「今日はここまで、続きは明日」と楽しめるうちはとことん楽しみ尽くす毎日でいいはずです。
終活はたぶん、憂いなく死にたいという気持ちの表れなのでしょう。
身辺をきれいに片づけ、誰にも迷惑をかけず、自分の手で自分の人生を終えたいという気持ちです。
言葉を換えれば「死に仕度」です。
でも、仕度なんかしなくても人間は誰でも死にます。
だから、生きている間は自分が楽しいこと、好きなことだけやり続け、毎日が幸福感に満たされて過ごしたほうがいいのです。その幸福感の延長に死が待っているなら、いちばん幸せな死に方のような気がします。
■趣味と出合えたときが人生の旬、という考え方
人生の後半になってくると、「もっと早く出合っていればよかった」と後悔することがあります。

たとえば、70歳を過ぎて初めてゴルフ場のコースに立つようなことです。
会社員時代は誘われたことはあっても、週末ぐらいは自宅でのんびりしたいと断ってきました。けれども、定年を迎えて運動不足を感じるようになり、近所の練習場に通ううちに仲間ができてコースに誘われたというようなケースです。
仕事絡みではないし、初心者だというのも知られていますから気楽に参加してみたところハマってしまい、「こんなに楽しいなら、もっと若いうちにやっておくんだった」と後悔します。
こういうパターンはたいていの人にあると思います。
誘われて何かの習いごとを始めて、自分の興味や感覚にピッタリ合って夢中になると、「もっと早く出合いたかった」と悔しくなります。それが山歩きや水泳のような体力の要るものだったら、「いまから続けても若い人のようにはいかない」と思って恨めしい気持ちになったりします。
でも、それは「いいときに出合えた」と考えてください。
■老いてしまえば怖いものなし
いくら体力があって覚えるのが速くても、それに興味を持つとは限りません。若いときに出合っても「こんな辛気臭い運動は面白くない」と嫌ったかもしれないし、なかなか上達しなくて早々に投げ出したかもしれません。
その点で、老いてしまえば怖いものなしです。
下手くそだろうが覚えが悪かろうが、「年を考えれば上出来だ」と気楽に構えることができます。

出合いが遅かったとしても、いま楽しめるなら思いがけないめぐり合わせと考えることもできます。
それにもう、競争心とか虚栄心もなくなっている年齢です。グループの中で注目されたいとか、「さすがは○○さん!」の声を期待することもありません。素直に楽しめるし、下手でも下手なりに夢中になってしまいます。
これはむしろ、「いいとき」に出合えたのです。出合いが遅かったのではなく、ちょうどよかったのです。
■幸福感のピークを高齢になってから迎えよう
俳句や短歌のような取り組みやすい文芸でも、若い頃は「年寄りくさい」と敬遠されます。
でも、60代の頃から習い始めて熱心に勉強すると、だんだん夢中になってくる人がいます。
もちろん、年齢は高くてもキャリアは浅いので、まだまだ初心者扱いです。
ところがそういう人が、70代80代になっても無邪気に楽しみながら俳句や短歌をつくり続け、新聞に投稿した作品が思いがけず賞に選ばれて大きく掲載されてしまうことがあります。キャリアは必ずしも作品に反映されるわけではありませんから、まぐれでもなんでも幸運なデビューを果たしたことになります。
本人はもちろん大喜びです。
しかも、無邪気なうれしさです。
「こんな年で、なんだか厚かましくて恥ずかしい」と照れますが、心底、うれしいはずです。
高齢になるほど無欲になっていくという話をしましたが、無欲だからこそ小さな賞やマスコミに取り上げられるようなことがあると素直にうれしくなります。
同じことを若いときに経験すれば、「これからもがんばらなくちゃ」とか「これで終わったら、ただのまぐれになってしまう」と考えてしまいます。プレッシャーが生まれるのです。
でも、高齢になればなるほど、「もう十分」と思います。
「人生の最後で、こんな幸運にめぐり合えるなんて」と素直に喜べます。
しかも、プレッシャーはそれほど感じません。
「こんなにうれしいんだから、死ぬまで楽しもう」とますます元気が出てきます。
気持ちが華やいで、生きているのが楽しくなる日々、そういう幸福感のピークを高齢になってから迎えることができれば、「死ぬのも楽しみ」という気持ちが自然に生まれてくるような気がします。
■遅咲きの人生ほど、老いの幸せを満喫できる
それに比べて若いときの成功体験というのは、そのままピークを保つことが難しくなります。どうしても年齢とともに下降線になります。
すると、過去の自分といまの自分を比べてしまいます。
「このまま忘れられてしまうんだな」というさびしい気持ちが強くなれば、感情の老化がますます加速することになってしまうでしょう。
遅咲きの人生が幸せというのは、感情が若返ることで、逆に過去の嫌な思い出もすべて「笑いごと」になってしまうからです。
「いまがいちばん幸せ」と思える高齢者は、その幸福感に満たされたまま老いていきます。そうすることで「死ぬのも楽しみ」という境地が自然に生まれてくるような気がします。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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