キャリアを活かしたシニアの転職は、なぜ難しいのか。シニア層を長年取材しているジャーナリストの若月澪子さんは「時代のスピードが加速するのとは反対に、知力や体力は低下していく。
その“反比例”の中で、収入や働き方や生き方を含めた自分の立ち位置を決めなくてはならないからだ」という――。
■「SE不足」なのになぜ「シニアSE失業」か
人手不足が叫ばれる中で、とくに深刻と言われているのがSE(システムエンジニア)である。企業の間では「SE人材の獲得競争」が熾烈を極めており、一部には20代で年収1000万円を稼ぐプレイヤーがいるなどの話を耳にする。
しかし技術がハイスピードで進化する世界では、昨日までの技術が今日には古くなる。その流れは加速する一方で、技術者は生き残るためにリスキリング(学び直し)を迫られる。しかしアップデートを繰り返したところで、シニアになるまで生き残れるSEは稀(まれ)のようだ。
取材をしていても、すでに業界を離れた「元SE」の中高年にはよく出会う。素人からすると「人手不足なのになぜ」と思うが、業界が求めるのはあくまで「先が長い」「投資する価値のある」、とにかく「若い」技術者のようだ。シニアSEは、そもそも頭数に入っていないのが実情なのだろう。
「今のSE不足というのは、限られた年齢の人たちの話です。技術の進歩は速く、求められる人材は常に変化していくので、年が若いほど価値がある時代になっている」
こう話す山梨県在住のBさん(63歳)も、つい1年前まではSEの一人だった。しかし今は、地元の市役所で契約職員として事務の仕事をしている。

■「コスト回収できる人」と企業が判断するライン
BさんはSEとして6つの会社を渡り歩いてきた。最後の会社で60歳定年を迎え、その後は同じ会社で給料3割減で1年契約の嘱託社員として働いたが、3年目は契約更新がなかった。
「できる限りSEを続けたかった。ただ同僚は20~40代前半までの人ばかり。60歳を過ぎた私は、社内で浮いた存在でした」
今、法律では企業に対し「65歳まで希望者全員の就業確保」を義務付けている。しかし、定年以降はほとんどが非正規雇用の1年契約になり、途中で契約が打ち切られても違法ではない。つまり非正規ゾーンに入った途端に、法的な歯止めは弱くなる。
エンジニアに限らず、シニアに取材していると、65歳になるのを待たずに62歳ごろで再雇用を離脱した話をしばしば聞く。これは若手との世代間ギャップ、本人のやる気や体力以上に、企業側が「コスト回収できる人」と判断する限界ラインが、62歳ごろに訪れるからではないだろうか。
ここからリスキリングを施したところで、「使える」期間は長くない。中小企業なら尚更、そのコストを惜しむだろう。
■スキルもキャリアも活かせないシニア求人
雇用契約が切れたBさんはハローワークで仕事を探した。
しかし、自分のこれまでのスキルを活かせる求人は見つからなかった。
「私が手がけてきたのは、半導体製造装置や産業機器の制御ソフトなど、ニッチなジャンルなんです。私の住む地域では、そういう仕事が見当たらなかった」
どうやらBさんは、SEとはいっても流行りの「WEB系エンジニア」「AI系エンジニア」ではないようだ。その代わりニッチなジャンルなので、60歳を過ぎても仕事があった比較的「息の長いSE」なのだろう。
「もっと技術を身に付けておけばよかった。そうすれば、こんな状況にはならなかったかも」
Bさんは嘆息するが、これは自己責任で済ませていい話なのだろうか。
拙著『ルポ 過労シニア 「高齢労働者」はなぜ激増したのか』でも述べたが、今は時代の変化が目まぐるしく、シニアになった時には自分の職業がなくなってしまう人もいる。
テクノロジーの進化とグローバル化は、もはや個人の「努力不足」では片付けられないスピードで進んでいる。「リスキリング」と言えば聞こえはいいが、人間が使い捨てにされる風潮は危ういと言わざるを得ない。
■衝撃的な予想以上の低年金額
同時にBさんには、転職回数が多い人が抱える低年金の問題もあった。
「60歳を迎える少し前、改めて『ねんきん定期便』を見た時の衝撃は忘れません。親世代はもっともらっていたから、もう少しマシだろうと思っていたのに」
Bさんが65歳から受給する年金額は、国保と厚生年金を合わせて月12万円。
Bさんは自分の年金の少なさに落ち込んだという。
「それに会社からもらった退職金は、たったの200万円です」
SEは転職回数が多いことでも知られる。30年以上、専門職・正社員として働いても、転職回数が多いと報酬の上昇が鈍く、結果的に厚生年金の額も伸び悩む。ちなみに非管理職で通したBさんの現役時代の最高年収は550万円、最低年収は250万円である。
SE業界は建設業界のように下請け、孫請けなどの多重構造だ。発注元から離れるほど報酬は下がる。そしてBさんが勤務した6社は、いずれも従業員数10~200名程度の中小企業だった。
「SE不足」とはいえ、業界の裾野にはBさんのような中小企業の技術者が数多くいるのである。
■履歴書を送った5社は惨敗
SEとしての転職を諦めたBさんは、「せめてパソコンが使える仕事を」と事務職の求人5件に履歴書を送った。そのうち4社は「おそらく年齢を理由に」書類選考で落とされ、面接まで漕ぎつけた1社も不採用に終わった。一緒に面接を受けたのは40~50代くらいの女性数名で、Bさんは自分のミスマッチを痛切に感じ、その場で「これはダメだ」と思ったという。
結局、Bさんを採用してくれたのは、地元の市役所だった。

「パソコンが得意であることをアピールしたら、1年ごとに更新される契約職員として採用されました」
事務の仕事をするのは初めて。週5日出勤し、勤務時間は7.5時間。時給は1130円(山梨県の最低賃金は2026年1月現在1052円)だ。ほぼフルタイムで働いているが、手取り月収は14万円程度だという。
「今の職場は30~40代の女性が多い。私の役割は、窓口対応、書類作成、その他雑用です。役所で使う専門用語など、最初はワケがわからないことばかり。勝手な判断をして、大失敗をしたこともあります」
Bさんは今の仕事を、更新される限り続けていくという。
「本当は時給1300円は欲しい。今は妻が主たる生計者で、自分の給料は貯金しています。65歳以降に年金だけで暮らしていくのは厳しいでしょうから、70歳くらいまでは働かなくては」
■事務職で転職できたら「勝ち組」
BさんはSEに未練があるようだが、60歳以降に事務職で採用されたシニア男性は、むしろ「勝ち組」と考えていい。一般事務職は参入障壁が低いうえに求人が減少しているので、競争が激しいからだ。

中でも官公庁の事務は人気がある。ここで活躍するのは40~50代の非正規の女性だ。近年この「事務職」市場に、リタイアしたシニア男性が参入しているが、「使いにくい」という理由で敬遠されることもある。では、どのようなシニア男性が採用されやすいのだろう。
これはとある会社の採用担当者に聞いた話だが、女性メインの職場では結局「現場での扱いやすさ」が重視されるという。確かに、女性の多い職場にシニア男性が入っていく場合、「腫れ物に触る」ような存在では採用されにくいだろう。
Bさんの場合は「パソコンが得意」という点が功を奏した。「元SE」ならば、この点は問答無用の頼りがいがある。女性が多い職場では大きな強みになるに違いない。
■キャリア継続を見定める3つのポイント
シニア転職とは結局「人生の出口戦略をどう考えるか」であると思う。つまり、「自分」というキャリアの閉じ方だ。
時代のスピードが加速するのとは反対に、自分は年を重ね知力や体力は低下する。
その「反比例」の中で、収入や働き方や生き方、役割を含めた自分の「座標」をどこに定めるか。
もし自分のキャリア継続に迷っているなら、次の3つのポイントを検討してみてはどうだろう。
1 60歳を過ぎても「自分の市場価値を上げること」がプラスになるか

2 体力や気力が落ちた時も続けられるか

3 予定された年金額で65歳以降も生活できるか
Bさんの場合は、SEとして戦い続けるより、自分の強みを生かしながら長く働けそうな仕事に落ち着いた。
Bさんは窓口業務を初めて体験し、「人にやさしく接することを覚えた」と話していた。これは自分の人生の「成功」の尺度が「アップデート」された瞬間だとも言えるのではないだろうか。

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若月 澪子(わかつき・れいこ)

ジャーナリスト

1975年生まれ。ジャーナリスト。大学卒業後、NHK高知放送局・NHK首都圏放送センターで有期雇用のキャスター、ディレクターとしてローカル放送の番組制作に携わる。結婚退職後に自殺予防団体の電話相談ボランティアを経験。育児のかたわらウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。生涯非正規労働者。ギグワーカーとしていろんな仕事を体験中。著書に『副業おじさん』(朝日新聞出版)。

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(ジャーナリスト 若月 澪子)
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