2026年1月12日投票が行われた前橋市長選挙は、前市長の小川晶氏が2回目の当選を果たした。『SNS選挙という罠』(平凡社新書)を書いた作家・批評家の物江潤さんは「小川陣営にとって難しい選挙だったはずだが、思わぬところから追い風が吹いた」という――。

■小川氏圧勝のウラで起きていたこと
まさかの結末だったのではないだろうか。ラブホテル騒動で全国をにぎわせた小川晶氏が、前橋市長選で圧勝した。開票速報の直後に当選確実が出るという、いわゆる「ゼロ打ち」であった。
その背景には、山本一太群馬県知事のオウンゴールおよび、政治とは無縁の人々にとっても決して他人事ではない「What Got You Here Won't Get You There(ここまで君を連れてきたものが、この先へ連れて行ってくれるわけではない)」という、エグゼクティブコーチングの世界的な第一人者であるマーシャル・ゴールドスミスによる金言が隠されている。
本稿では、予想外の結末を迎えた前橋市長選を、オウンゴールと金言という二つの補助線から考えてみたい。
6年前に実施された前々回の市長選(2020年2月9日投開票、山本龍氏当選)まで、話はさかのぼる。
保守王国・群馬で生じた保守分裂選挙の傷跡が、本稿の主役・小川氏の逆転劇の遠因になっているのである。
■前橋市にあった特有の事情
その経緯について、もう一人の主役である山本知事はブログにて次のように分析している。(2024年2月11日投稿「前橋市長選挙で現職候補が敗北した原因⑤:最後まで修復出来なかった保守系支持者の分裂‼」)
先の市長選挙(編集部註:2024年2月4日投開票)で現職の山本龍候補(現時点ではまだ市長)が新人の小川晶候補に敗れた原因は、大きく言って次の5つだと思う。
(1)前回(4年前)の「保守分裂の構図」となった市長選挙において、「山本りゅう」という名前を書かなかった約6割の人たちを、この4年で全く取り込めていなかったこと。
特に山本市政に批判的だった保守系の人々の大半が、新人候補に流れた。選挙後のマスコミ各社の分析で、「自民党支持者の約4割が新人の小川候補を支持した」ことが判明している。
これでは到底、勝てるはずがない‼(ため息)
(2)市役所のガバナンスが上手く機能していなかったために連続して発生した官製談合による逮捕や、副市長との対立劇等、前橋市の不祥事に、多くの市民が辟易としていたこと。
口には出さなくても、市民の間には、昨年の「No.2の副市長が汚職で逮捕される」という衝撃的な出来事に関する十分な謝罪(反省)や説明がないという不満が広がっていた。
不運だったのは、あらゆるメディアで連日、報道されていた自民党派閥による裏金問題が、こうした有権者の不満や怒りに火を注いでしまったことだ。

各マスメディアもまた、同様の分析を報じている。裏金問題により自民党の信頼が失墜していた当時、ただでさえ自民党は全国各地の選挙で苦戦していたなか、前橋市には特有の事情があった。
■前回は「反自民」が効果的だったが…
政治理論家エルネスト・ラクラウが提唱した、空虚なシニフィアンという言葉がある。具体的な定義が曖昧であるがゆえに、多様な人々の不満や希望を丸ごと飲み込み、団結させることができる空白の言葉のことだ。
たとえば、小泉純一郎元総理による「自民党をぶっ壊す!」や、トランプ大統領による「Make America Great Again」という言葉は、具体的に何を意味するのかは判然としない。しかし、その中身が定まっていないからこそ、様々な考えを有した人々が共鳴し結集しうる。
意味が空白であること、人を惹きつける魅力があること、そしてその言葉の体現者として見なされるという3つの条件を満たしたとき、小泉やトランプのように、一人の政治家が大きな力を持つのである。
前回選挙にて小川氏が有した武器もまた、「反自民」または「反現職」という空虚なシニフィアンであった。自民系の現職に反対すること以外、この言葉にはほとんど中身がない。
が、だからこそ一部の自民党支持者から共産党支持者までを包摂することに成功した。選挙において、空虚なシニフィアンの形成とその占有は大きな意味を持つ。
一方、今回の選挙では、その大きな武器が消えつつあった。高い支持率を維持する高市政権の誕生により「反自民」の機運が薄れつつあるだけでなく、世間をにぎわせた不倫騒動があったためだ。仮に「反自民」という空虚なシニフィアンに力があったとしても、不倫騒動を起こした小川氏が、その体現者として見なされるかどうかは甚(はなは)だ怪しかった。
■群馬県知事の異常な情熱
しかし、選挙結果を見れば答えは明らかだ。小川氏は不倫騒動をもろともせず、反自民という空虚なシニフィアンに包摂された有権者から票を得ることに成功したのである。
なぜ、小川氏は消えかかっていた大きな武器を、再び手にすることができたのか。その背景には、山本知事の執拗ともいえる小川氏への批判が透けて見えてくる。
小川氏が辞職届を出した翌日の11月26日から1月11日までの間、前橋市長選関連の話題を含んだ山本知事のブログ記事は40以上にもおよび、その分量は約8万文字という、薄めの新書一冊分ほどの量に達している。驚くべき情熱であると言わざるを得ない。
しかし、そこで展開される小川氏への厳しい批判および、市議会の保守系2会派が支援する新人・丸山彰氏への熱烈な応援は反感も買った。
そして山本知事自身、その反感に対する自覚があるようだ。
■言えば言うほど相手が有利に
そのことを示唆するように、山本氏は1月4日付けのブログにて、
「『なぜ、知事がそこまで批判するのか?』とか、『どうして、山本一太はそんなに怒っているのか?』と感じた人もいるに違いない。事実、前橋地域の支持者の方々にも、いろいろご心配をおかけしているようだ。その点は、申し訳なく思っている。(ごめんなさい!)」
または
「世の中で、『どう考えてもおかしい!』と思うことが起こっていても、周辺にいる人たちが、それを口にしない場合がある。誰だって矢面に立って、損したくないからだ。大人の事情で、目をつぶる人が何と多いことか!(ため息)が、だからこそ、誰かが、反発を覚悟で『正論を言い続けなければならない!』と強く感じていた。いろいろとお叱り(?)を受けながら、他人を批判するネガティブな発言を続けることに大きなストレスを感じつつ、今回の問題を見過ごせない理由を、山ほど発信して来た」と記している。(2026年1月4日投稿 「前橋市長選、なぜ『まるやま・あきら』氏を本気で応援するのか?:⑧~絶望から救ってくれたヒーロー!」)。
無論、前橋市長選への言及はネット上だけに留まらない。そのことを象徴するのが、丸山候補の集会における、ある発言だ。
■小川陣営の“嬉しい誤算”
山本知事は廃止された県民会館について「丸山さんみたいな人が市長になって、『一太さん、違いますよ。
そのまま解体しなくても、やり方によっては群馬県と前橋市のためになるやり方がある』。そう丸山さんが言ってきたら、ちゃんと耳を傾けますよ」と述べた。(2026年1月8日 前橋新聞「mebuku」「県民会館 検討しますよ」山本知事、丸山候補集会で明言
有権者からすれば、現職の県知事が丸山氏を全面的にバックアップしているように感じられただろう。
しかし、長らく自民党に所属していた山本知事が全面的に丸山氏を応援し、そして小川氏を批判すればするほど、丸山氏には「自民党」という色がついていく。そして同時に、「反自民」という空虚なシニフィアンは力を取り戻すとともに、いつの間にか小川氏の手元に舞い戻ってしまった。小川陣営からすれば、嬉しい誤算であったに違いない。
■ここまで君を連れてきたものが、この先へ連れて行ってくれるわけではない
かつて山本知事は、自民党の重鎮たちに対しても歯向かう、血気盛んな参議院議員だった。毀誉褒貶はあったものの、ブログという新しい武器を手に取った新しい世代の議員と目されていた。
それから年月が流れ、かつての若手議員は群馬県知事になった。大きな権力を手にした彼は、権力に憑(と)りつかれ変わってしまったのだろうか。権力は、かつての青年議員さえも虜にしてしまうのだろうか。
いや、おそらく事態は、その反対である。
20年以上続くブログが、最初から今の今まで変わらず情熱的であるように、山本知事は変わっていない。そして、その変わらなかったことが問題になっている。人間自身は変わらなくても、立場が大きく変わったからだ。
猛烈な応援と批判に対し反感があることは、山本知事自身も認識していただろう。しかし、批判がありつつも突き進むという政治スタイルは、従前からの山本知事の姿勢であった。そしてそれが一定の成功を見たからこそ県知事になれたのだろうが、その成功体験は足枷(かせ)にもなる。
かつてブログで永田町の不条理を批判していた時代、山本知事の言葉は「権力に立ち向かう武器」だった。しかし今、彼は知事という「権力そのもの」である。以前と同じような調子で批判をすれば、それは危うさと魅力をはらんだ直言ではなく、人々の目には権力者の横暴に映りうる。同じ力強い言葉だとしても、その立場によって意味がまるで変ってしまう。
■捨てる勇気こそが成功後の試練
山本知事がかつて武器にした、権力に抗う姿勢と攻撃的な発信力は、間違いなく彼を現在の地位まで押し上げた原動力だった。
しかし、ゴールドスミスが警告するように、その原動力に固執すると罠が待ち構えている。
成功によって立場が変わった人間に必要なものは、かつて自分を支えてくれた最大の武器でさえも、時には手放す勇気なのだろう。
アンラーニングの痛みを引き受け、自身のスタイルを壊せるか。それとも、過去の成功法則を堅持するのと引き換えに、築き上げた成功そのものを崩してしまうのか――。
前橋市長選が突きつけた教訓は、特定の政治家やリーダーに限られたものではない。何かを成し遂げ、その結果として立場が変わってしまったすべての人間の喉元に、静かに突きつけられている。

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物江 潤(ものえ・じゅん)

作家・批評家

1985年福島県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東北電力、松下政経塾を経て、政治・社会・教育などについて執筆活動を続けている。著書に『空気が支配する国』(新潮新書)『入試改革はなぜ狂って見えるか』(ちくま新書)『現代人を救うアンパンマンの哲学』(朝日新書)など。近著に、尾崎行雄記念財団「咢堂ブックオブザイヤー2025」選挙部門大賞を受賞した『SNS選挙という罠』(平凡社新書)がある。

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(作家・批評家 物江 潤)
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