■「高市批判」する立民が批判される
高市早苗政権は、中国との関係で緊張を高めたことに批判を受けながらも、政権基盤そのものは驚くほど安定している。
その一方で、これまで自民党政権批判の受け皿である立憲民主党は、高市政権を激しく批判するほどに支持を落としているように見える。マスコミが日中関係の悪化で政権批判を展開する一方で、SNS世論を中心に、その批判の矛先はむしろ高市批判を強める立憲民主党へと向かう。
対中関係の悪化は、高市首相が台湾有事の際の存立危機事態を具体的に述べたことがきっかけだったが、マスコミが高市首相を批判するかたわらで、SNS世論の批判は、この答弁を引き出した立憲民主党の岡田克也氏により強く向けられた。
■キーワードは「新しい保守層」
このような現象は、単なる政権交代の有無を越え、日本の政治環境そのものが構造的に変化しつつあることの象徴だろう。
なぜ高市政権は安定し、なぜ立憲民主党などのこれまで反自民の中心となってきた野党が支持を落とすのか。その背景には、自民党の性格、安倍政権が残した政治的遺産、そして「新しい保守層」の台頭がある。
ここでは、なぜ新しい保守層が生まれ、それが高市政権や野党にどんな意味を持つのかを中心に考えたい。
■自民党の売りは“幅の広さ”
自由民主党は、しばしば「保守政党」と一括りにされる。しかし、その成り立ちを振り返ると、単純な保守政党とは言いがたい性格を持っている。
自民党は1955年体制のもと、反共を最大公約数として結集した政党である。そこにあったのは一貫したイデオロギーではなく、「イデオロギーを前面に出さない」という共通点だった。
戦後日本では、知識人層やマスコミ、教育界において左派・リベラルの影響力が強く、保守勢力が単独で政権を担う土壌は乏しかった。そのため、自民党はリベラルから保守までを内包する“幅の広さ”を持つ政党として発展してきた。
つまり、自民党の性質をひとことでいえば、「イデオロギーがない政治家の集まり」である。
だが、このことは戦後日本では重要である。戦後の日本では、社会主義の影響がアカデミズムを中心に強かった。それが共産党と社会党など野党やマスコミとつながり、実際の支持者の割合以上の影響力を持っていた。
だからこそ、「イデオロギー嫌い」が多い日本人の多くが自民党を積極的・消極的に支持してきて、長期政権を実現してきたわけである(日本人がイデオロギー嫌いであることを指摘した政治系学者に永井陽之助や丸山真男がいる)。
■「保守」の自民が憲法改正を目指す理由
この構造の結果、党内で保守が主導権を握ると、相対的に「右」に位置づけられる。たとえ保守中道の政策であっても、マスコミや野党から「右翼的」「戦前回帰」といったレッテルを貼られやすく、安全保障や憲法の議論はすぐに軍国主義と結びつけられてきた。
1つのイデオロギーや理想を重視する者にとって、自民党は「中道を装った巨大な寄り合い所帯」でしかない。
そもそも日本の「保守」には大きなジレンマがある。
通常であれば、憲法改正は「社会変化とともに実現するもの」であるのに、日本における憲法改正は「現状を守るものに戻す」という現実主義的な作業である。
そのため、日本では「保守」が憲法改正、「革新」が護憲というねじれが起こっている。
■中曽根政権と安倍政権の共通点
保守政策を柱に据えた中曽根康弘政権が誕生した1982年当時、日本は高度経済成長を終え、バブル経済を控える停滞期にあった。福祉など分配政策を重視するリベラル政策が財政赤字を生み、国が民間産業を引っ張る「官僚主導」にも限界が見え始めていた。
戦後平和主義による政治体制づくりが制度疲労を起こしたときに、中曽根が掲げた「戦後政治の総決算」は、現実主義的な再設計する試みとして好意的に受け止められた。
また、1980年代初頭はアメリカではロナルド・レーガン政権が誕生し、冷戦が再び激化した時期だった。日米同盟において、日本にも安全保障上の役割拡大が求められ、中曽根はこれを積極的に受け入れた。中曽根首相は日本を「不沈空母」になぞらえる発言をして物議を醸したが、それは日米同盟の強化と日本の国際的な責任を明確化する選択を象徴するものだった。
この厳しい環境下では、理念先行の社会党では自民党の代替になり得るはずがなかった。中曽根首相は自民党で保守改革を行い、日米はロンヤス関係(ロン=レーガン大統領、ヤス=中曽根首相)と呼ばれる蜜月関係を築いた。
この構図は、行政改革を進めた小泉純一郎政権とともに、安倍晋三政権とはいくつもの共通点を持つ。
■「必然の政権」だから長く続いた
安倍政権もまた、経済面では金融緩和や雇用安定策といったリベラル寄りの政策を取りつつ、安全保障や国家観では明確に保守色を打ち出した。国際環境では中国が台頭し、アメリカの戦略転換によって「新冷戦」と呼ばれうる状況が進んでいた。
これまで米中と良好な関係を築いていた日本にも、主体的な安全保障対応が求められた。
また、両政権とも、マスコミや知識人層から強い批判を受けながらも、社会の側では現実的な支持を拡大した。これは、理念よりも統治能力や国際環境への適応が重視される局面で、保守改革が受容されたことを示している。
中曽根政権と安倍政権はいずれも、戦後平和主義が行きづまった構造転換期に登場し、保守を前面に出した政権であった。その意味で両者は、時代が要請した「必然の政権」という共通性を持っている。
安倍政権は国家観や安全保障観で中曽根政権と重なるところが多く、時代の要請から長期政権となった。だが、どちらもリベラル派メディアからの批判を一身に浴びて、攻撃対象になり続けた。
■安倍政権でも「生ぬるい」と感じる保守層
安倍政権の本質は「右傾化」ではない。たしかに安全保障では中曽根政権とも重なることが多いが、経済政策を見れば、金融緩和を柱とし、雇用の安定や女性の社会進出、労働規制の強化を進めるなど、リベラル色の強い政策が並んだ。
この経済政策は、既存の保守層だけでなく、若者層や非正規雇用層からも支持を集めた。一方で、安全保障政策を中心にマスコミの批判は激化し、政権支持世論とメディア世論の乖離が顕著になっていく。
その過程でSNS世論が急速に拡大し、「安倍政権を支持するSNS世論」と「安倍政権を批判するマスコミ」という対立構図が先鋭化していく。この対立の中で、公明党に妥協する安倍政権では「まだ生ぬるい」と感じる、より強硬な保守層が形成されていく。
55年体制以後の日本では、自民党以外はリベラル政党で占められてきた。また、自民党内にも野党と変わらないようなリベラル派も数多くおり、実際、平和主義を掲げる公明党と自民党リベラル派は長らく連携して、補完関係にあった。
公明党との連携によって、自民党はむしろリベラル色の強い政党になった。その基本構造は安倍政権になっても変わりはなかった。安倍首相は公明党に配慮するために親中派の二階俊博氏を幹事長に据えて、世界中を駆け回って中国包囲網作りに汗を流しながら、中国への一定の配慮も怠らなかった。
連立政権ゆえ「保守」に徹しきれない「甘さ」から、保守政策に目覚めた一部の保守強硬派には安倍首相への不満も起こり始めていた。ただ、基本的には保守支持層の多くが安倍政権を支え続けた。
だが、コロナ禍も「安倍一強」に微妙な影響を与えた。
■右からも左からも攻撃対象に
安倍政権の後、菅政権、岸田政権、石破政権へと移行する過程で、政権のスタンスは徐々にリベラル寄りへと修正されていった。
これは党内融和を重視した結果でもあったが、安倍政権期に形成されて「岩盤支持層」を形成してきた保守層の一部には、耐えがたいほどの不満を蓄積させていった。
さらに旧統一教会問題を契機に、自民党内の保守派は急速に弱体化する。一方で、参政党や日本保守党といった「自民党より右」の政党が支持を伸ばし、自民党は右と左の両方から批判を受ける状況に追い込まれる。
その過程でとくに躍進したのが、「日本人ファースト」を掲げる参政党と、「手取り収入を増やす」を掲げる国民民主党だった。
■新保守層が選んだのは高市首相
参政党や日本保守党は、かつての安倍支持者の中でも、とくに外国人問題に対して不満を持つ支持層を中心に伸長した。また、国民民主党は安倍政権がおこなったリベラル的な経済政策をさらに先鋭化することを主張して、同様に勢力を拡大した。
この時期、特筆すべきは、リベラル派マスコミや野党が自民党政権を部分的に擁護し、逆に保守層が自民党を批判するという逆転現象である。自民党内部でも危機感が広がり、これまで公明党と連携してきた党内リベラル派の影響力は低下した。
党内リベラル派は、菅義偉氏が支える小泉進次郎氏を担ぎ出すことで体制維持を図ろうとしたが、これに対し新保守層は激しい反発を示す。結果として、より中道的と見られていた林芳正氏に支持が集まるが、高市早苗氏が党員の圧倒的支持と危機感を持った議員たちによって大方のマスコミ予想を覆す勝利を収めた。
戦後「大きな声をあげる」ことはリベラル派の専売特許だったが、SNSの登場によって保守層が大きな声をあげ1つのムーブメントを作り出した結果だと言える。
■「中道保守」としての自民の立ち位置
高市政権の誕生は、日本政治の座標軸を大きく動かした。まず、公明党が政権から距離を置き、自民党内のリベラル派は孤立する一方で、参政党や国政維新といった自民党より右に位置する政党が存在することで、高市政権は相対的に「中道」に見えるようになっている。
つまり、自公政権で「自民党リベラル派+公明党」の勢力が強まると同時に支持率が下がった反動で、「自民党保守派+(国政)維新」の右寄り政権に切り替わった。
これはかつて「自民党よりリベラル寄り」しかいなかった野党に、「自民党より右派寄り」の野党が誕生したことが大きい。国民政党を自認する自民党にとって、これまでの連携はリベラル寄り政党と組むしかなかったものが、保守寄り連携が可能になったのである。
自民党と維新が連立する構図は、右派が複数存在する状況を生み出し、高市政権の政策を過激ではなく現実的なものとして映し出している。
■「何かを変えてくれる政権」を求めていた
高市政権は、埼玉県川口市のいわゆる「クルド人問題」で可視化された「外国人問題」に対応する政権として期待されている。これまでであれば、外国人に対して規制を強める対策はリベラル派が批判する「右翼政策」であった。だが、自民党より強い外国人対策を求める参政党の台頭や日本保守党の誕生で、「排外主義」に至らない「管理政策」として、相対的に中道的政策に位置づけられる。
この変化は若者層の支持回復にもつながっている。リベラルで公明党との協調や対中政策を重視する石破政権は、これまでの政策を温存しているだけ、つまり何もしない政権に見えた。それに対して、わかりやすい政策を発信して実現していく高市政権は、「何かを変えてくれる政権」に見える。
また、これまで自民党批判の受け皿だった立憲民主党は、安倍政権でおこなってきた「代案のない批判」に終始する印象だったが、マスコミの援護もあって、それで成立していた。ところが、SNSの切り取り動画などでその様子が視覚化されると、批判はむしろ立憲民主党に多く向くようになる。
野党側では、維新に加え、国民民主や参政党との部分連携も可能となり、高市政権は安倍政権時代以上に柔軟な政治運営ができる環境を手に入れた。また、これまで「自民党の受け皿」としての立憲民主党の働きは、国民民主党などに分散していくと考えられる。
■安倍政権レベルの長期政権になる可能性
高市政権の安定は、個人の政治手腕だけで説明できるものではない。安倍政権が生み出した強硬的な新保守層、自民党の構造的変化、そして政党配置の再編が重なった結果である。
右に複数の選択肢が生まれたことで、高市政権は「極端な保守」ではなく「中道保守」として認識され、野党は戦後からの対抗軸を失う。この構図が続く限り、高市政権が長期政権となる可能性は高まっている。
この勢力図が維持されるのであれば、高市政権は超長期政権となった安倍政権よりさらに安定政権となり得る可能性がある。ただし、政局は「一寸先は闇」であり、少数与党で連立が必要な高市政権をここで「長期政権になる」と断言はできない。
ただ、中曽根政権や安倍政権のような「一方的な批判」が許されない現状で、長期政権となる環境が整ってきている。経済政策の運営で大きなダメージがあるなどのアクシデントがないかぎり、時は高市首相に味方するのではないだろうか。
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白川 司(しらかわ・つかさ)
評論家・千代田区議会議員
国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。
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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)

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