定年後の生活に不安を覚えている人は多い。60歳以上でも働ける仕事はあるのか。
ライターの神舘和典さんによる『60歳からのハローワーク』(Hanada新書)より、解体業で日雇いを行ったエピソードを紹介する――。
■外国人移民が増えるほど必要になる仕事がある
日本にいる外国人、移民が問題化している。
正規の在留資格を持ち日本で暮らし働いている外国人とは共生の道を進んでいくだろう。人口が減り今後さらにさまざまな業種・職種で深刻な人手不足になることははっきりしている。その一方で、在留資格を持たずに日本で暮らしている外国人も多い。日本の法に反する彼らをそのままにしておくわけにはいかない。
2010年代からクルド系トルコ人の問題がある。彼らの多くは観光名義で日本を訪れ、日本とトルコの間で正規に認められている90日間の滞在期間中に難民申請をする。
しかし、そのほとんどは難民認定されない。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の基準からはずれているからだ。申請者が多いために審査には2~3年を要し、外国人はその間仮放免扱いで日本の街に居続ける。不認可になると再申請し、そのループで20年在留している人もいる。

2024年の入管法改正で、難民申請が2度不認可になった外国人は強制的に送還させられるようになった。違法滞在の外国人は送還しているが、まだその途上。問題の解決には時間がかかりそうだ。彼らは住民登録されず、就労資格もない。それでも働いてしまう。仕事をして収入を得ないと食べられないからだ。
■解体現場で違法滞在の外国人を取り締まる
主な仕事は解体業。解体現場で働く下請け会社にクルド系の経営者が多いのだ。彼らは必ずしも貧しいわけではない。高額な航空券を購入して来日し、違法な手段で“出稼ぎ”している。そんな状況下、さまざまな事件やトラブルが起きた。埼玉県川口市の自治体が運営する総合病院では、2023年にはトルコ系クルド人同士の100人規模の暴動が起きた。

頭や頸を刺して地面は血で濡れ、病院の救命救急機能が5時間半もストップした。2024年には無免許ひき逃げで死者が出た。未成年女子への性的暴行事件も続いた。逮捕された外国人は在留資格を持たない難民申請中の仮放免状態の人たちだった。山岳地帯で生まれ育ったクルド人は、コンビニの駐車場で日常的に放尿し、子どもたちが遊ぶ公園のトイレで性行為にも及んだ。
そこで、解体業の企業は、就労資格のない外国人が違法に働かないように現場をパトロールしている。その仕事を紹介してもらった。違法滞在の外国人を取り締まる仕事とは、世の中にはいろいろな職種がある。
■パトロールでもらえる報酬額
この日本人経営の解体会社の本社は埼玉県。経営者は現場の中学卒業後、日雇い労働からスタートした。たたき上げから会社を成長させてきた。役員には小中学時代に一緒にやんちゃをしていた時代の仲間がいる。
しかし、やんちゃ時代の面影はまったくない。
きわめてまじめに働き、そして違法滞在の外国人問題に頭を悩ませている。
前述のように、工事現場に立ち続ける警備の仕事を行うには力不足だが、巡回パトロールならば60代でもやれなくもない。実は最初、解体の現場作業を希望した。間違いなく、もっとも人手不足に苦しんでいる職種の1つだからだ。ゴミ収集の仕事を体験したことで少し体力に自信を持ててもいた。
解体の現場は日本人外国人問わず給与はいい。未経験で、資格をもっていなくても、日給1万3000円ほどが期待できる。具体的な仕事は解体した建物の廃材を集めたり埃が舞わないように水を撒いたりだが、経験を積むと日給は2万円を超える。
廃材はトラックに載せて処分場に運ばれるが、積むにはコツが要る。荷台の周囲をベニヤ板で囲み、荷が道路に落下しないようにブロックする。その囲いの中に廃材を秩序だてて積んでいく。
この技術を身に付けると評価が上がり給料も上がる。クレーンをはじめ重機を扱えると、さらに給与は増える。
また、日本語の会話ができると、元請けと下請けとのコミュニケーションの助けになるので評価が上がる。実際に日本人が好待遇で働いていると聞いた。
■手袋もせずに便器を雑巾で拭く
しかし、現場の仕事は元請け業者に断られた。63歳で未経験者が現場で作業を行うのは危険すぎるという判断だ。その代わりに提案されたのが、現場をパトロールする仕事だった。
集合は元請け会社のロビー。その後、会議室で業務の説明を受けた。一緒に現場をまわってくれるのは30代の役員、スギモトさん(仮名・以下同)。創業時からいて、今は取締役の1人だ。彼も若いころは社長のやんちゃ仲間だったらしいが、今はそんな様子はまったく感じられない。

「社長の友だちだから責任ある仕事を任されていると思われたくないんです。縁のあったこの会社、この仕事で、自力で成果を上げたいと思って働いています」
スギモトさんは言う。仕事をするモチベーションなのだろう。
出発前には社内の清掃を行った。担当は社屋の3階の男性トイレ。なかに入ると、掃除する必要を感じないくらいピカピカだった。常に清潔を心がけているのだろう。「これを使ってください」と、スギモトさんからしぼった雑巾を渡された。
目の前で彼は手袋もせずに便器を雑巾でゴシゴシ拭き始めた。素手で行うのが会社の方針らしい。気合いを感じた。役員が率先して素手で便器を掃除したら、社員もやらないわけにはいかない。
こういう行いは会社にいい緊張感をもたらす。
■「役所広司」も素手でトイレを磨いていた
トイレ掃除に重きを置く経営者は少なくない。パナソニックホールディングスの創業者で“経営の神様”と言われる松下幸之助氏は自社工場のトイレが汚れていたことに憤り、自らの手で掃除をしたエピソードが残っている。2025年1月に他界したカー用品メーカー、イエローハット創業者の鍵山(かぎやま)秀三郎(ひでさぶろう)氏は毎日素手で便器を磨き上げていたという。
「凡事徹底」の精神を持つ経営者が多いせいか、自己啓発セミナーの多くがトイレ掃除の大切さを説いている。
手袋をせずに便器を磨くことに抵抗を覚えなかったわけではない。なにしろ、見ず知らずの人たちがオシッコをした便器だ。しかし“郷に入れば郷に従え”という。ヴェンダースの映画『PERFECT DAYS』で便器をゴシゴシ磨く役所広司の姿に禅の精神を感じてもいた。受け取った雑巾で、男性用の小用便器をキュッキュと磨いていった。
掃除を終えると、いよいよ現場へ出動。社用車で事務所を出た。この日はあいにくの雨天。解体作業を休んでいる可能性も危惧したが、どこも通常通り稼働していた。現場は日雇いが多い。休んだら、その日の収入はゼロだ。
■ただ作業員の働く姿をながめる
最初の現場を訪れて「危険」と言われたわけがよくわかった。80坪ほどの敷地に建つ50坪ほどの日本家屋の解体だったが、クレーンのヘッドを使ってひたすら破壊する。建物をガンガン壊していく。柱や壁や屋根が上から降ってくる。地面には廃材が重なり、雨のせいで地面はぬかるみ、落ちてくる廃材を避けるだけでも大変な労働だ。
作業員は6人。この日は全員トルコ系クルド人だという。もちろん在留資格を持つ人たちだ。クレーンを操縦する男性とトラックに廃材を積む男性がリーダーシップをとっていた。あとの4人のうち3人は男性、1人は女性だった。男女とも鎧を着ているように立派な身体だ。
リーダー格の2人のほかは、廃材を拾って集め、トラックに積み、埃のたつところに水撒きをしている(雨降りに水を撒くので、地面は沼のようになっていた)。他の作業員が働く姿をながめている時間は長く、これで日給1万3000円ならばコストパフォーマンスのいい仕事かもしれない。
スギモトさんは担当エリアの現場を手際よくまわっていく。日雇いの僕はサポート役に徹する。現場作業員の名簿をはじめ書類を持ったり、トラックや重機を誘導したり。
■現場に緊張が走った瞬間
名簿と労働者を照合するときは現場にうっすらと緊張が走った。クレーンを操縦していたリーダーが、パトロール担当の男性にその日のメンバーの名前と在留証明書を渡す。名簿には見たことのない文字で名前が書かれていた。まったく読めない。このときに在留資格のない作業員がいたら、その人は現場から追放される。もちろん日当は支払われない。
その作業員が次の抜き打ちパトロールのときにまた現場にいたら、下請け会社は即契約打ち切りになる。この元請け会社からは二度と受注できない。
この解体元請け会社から現場作業員として雇用されることはなかったが、ネットで調べてみると、他社では現場作業員の求人はある。しかし、実際に作業現場を見た後、応募する気持ちにはなれなかった。確かに危険すぎる。こうした状況はしばらく続くだろう。
日本人の若い世代は解体の現場の仕事をやりたがらない。常に危険と隣り合わせで、朝から夕方まで泥にまみれる重労働だからだ。それで、トルコ系クルド人、ベトナム人、コスタリカ人……など日本語が不自由な外国人労働力に頼らざるを得なくなっている。
■日本人だけにできる仕事
しかし、元請け業者も下請け業者も外国人ばかりではなく日本人も雇用したい。言葉の壁がなく、コミュニケーションをとりやすい。現場に日本人がいれば作業はスピーディーになるだろう。パトロールの負担も軽減される。日本では多くの産業が成熟しきっていて、未経験者が参入する余地が少ない。
でも体力に自信があり本気で解体業に身を投じる気骨があれば、チャンスを見つけられるかもしれない。未成熟の業種だからだ。そもそも2000年代くらいまでは、現場でも日本人が頑張っていた業種だ。日本人が活躍する場はまだまだ残されている。そして、この会社のように現場をパトロールする会社は増えるのではないだろうか。
2025年10月、高市早苗内閣が発足した。高市首相は日本の移民問題に積極的に取り組む姿勢を見せ、小野田紀美参議院議員を外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣に任命した。小野田大臣は不法滞在をはじめ、ルールを守らない外国人に対し厳格な対応をする意向。
それを鑑みると、解体業のパトロールチームは時代に則した仕事といえるだろう。

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神舘 和典(こうだて・かずのり)

ジャーナリスト

1962年東京都生まれ。著述家。音楽をはじめ多くの分野で執筆。『墓と葬式の見積りをとってみた』『ジャズの鉄板50枚+α』(いずれも新潮新書)、『25人の偉大なジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。

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(ジャーナリスト 神舘 和典)
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