※本稿は、橘玲『新・貧乏はお金持ち』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■誰かが「年金の赤字」を埋めないと制度が破綻する…
税金と並んで家計に大きな影響を与えるのが年金と健康・介護保険の社会保険料だ。
サラリーマンの場合、いまでは税負担よりも社会保険料の負担がずっと重くなってしまった。これまで厚生年金や組合健保に加入できることがサラリーマンの大きなメリットだと考えられてきたが、この「神話」はすでに崩壊している。
自営業者などが加入する国民年金は高齢化によって財政が悪化し、収支は大幅な赤字に落ち込んでいる。
誰かがこの赤字を埋めなくては制度そのものが破綻してしまう。
■サラリーマンは簒奪され続ける運命
じつをいうと、国民年金と厚生年金は基礎年金(いわゆる一階部分)でつながっていて、国民年金の赤字が厚生年金から補填されるようになっている。
健康保険も基本的には同じ仕組みで、高齢者の医療費が急増することで高齢者医療制度は巨額の損失に陥っている。この赤字を、サラリーマンが加入する組合健保や協会けんぽが負担しているのだ。
このことがよくわかるのは、社会保険料率がどんどん上がっていることだ。
今回新版を著わした『新・貧乏はお金持ち』の親本が刊行された2009年当時、厚生年金の保険料率は15.704%だったが、それが2025年には18.3%になっている。
同じく協会けんぽの保険料率は、東京都の場合、40歳以上が支払う介護保険料込みで、9.39%から11.6%に上がった(同時に、保険料を支払う収入の上限も引き上げられてきた)。
■16年間で手取りは14万4000円減った
年収600万円のサラリーマンでは、2009年には収入に対して合計で25.094%の社会保険料を支払い、その金額は150万5640円、自己負担分はその半額の75万2820円だった。それが2025年には、社会保険料率は合計で29.9%、金額は179万4000円で、自己負担分は89万7000円になっている。
これをわかりやすくいうと、年収600万円のサラリーマンは、2009年には(ボーナスをならして)月額50万円の給与に対して、6万3000円ほどの社会保険料を引かれ、手取りは43万7000円ほどだった(ここからさらに所得税分が源泉徴収される)。
一方、2025年の年収600万円のサラリーマンは、月額50万円の給与から7万5000円ほどの社会保険料を引かれ、手取りはおよそ42万5000円だ。
すなわち、このあいだに毎月の手取りが約1万2000円(年間約14万4000円)も減っている。
あなたが給与明細を見て、「会社はベースアップしたというけれど、手取りは逆に減っているじゃないか」と疑問に思ったら、その理由は社会保険料率の引き上げにある。
■「家計を圧迫するもの」の正体
2009年刊行の親本では、年収600万円に対して労使合計で150万円以上を年金・健康保険に支払うことを「サラリーマンは惜しみなく奪われる」と書いたが、いまやこの金額は180万円(月7万5000円×12カ月×2)にもなっているのだ。
昨今は選挙対策のために消費税減税や廃止をうたう政党がかまびすしい。しかし、ここには大きな錯誤がある。
年収600万円の人なら、手取り(約480万円)の8割を消費に回したとして、概算で年間約380万円の買い物をしていると考えられる。消費税が10%だとしたら、約38万円。ところが社会保険料は労使合計で180万円(個人だけなら90万円)も支払っているのだ。
単純計算で、消費税の4.7倍(ないし2.4倍)もの金額を支払っているのだ。どちらがより家計を圧迫しているかは言わずもがなだろう。
■「年金」という名の割の悪い金融商品
それでも、毎年送られてくる「ねんきん特別便」を見ると、これまで納めた保険料の2倍程度の年金が将来、受け取れることになっている。これならそんなに悪くない話だと思うかもしれない。
だがここに、日本の社会保障制度の最大の秘密(というか詐術)がある。どんな資料を見ても、「社会保険料は労使折半」と書いてあるのに、あなたが払ったはずの会社負担分の保険料がねんきん定期便には記載されていないのだ。
本来は、「これまでの保険料納付額(累計額)」の欄にある「厚生年金保険料(被保険者負担額)」の金額を2倍にしないと正しい計算はできない。
■20歳のときに収めた1万円が、45年後に1万円のまま戻ってくる…
だったらなぜそうしないかというと、サラリーマンが加入する厚生年金が、「20歳のときに納めた1万円の保険料が、45年後の65歳になって1万円のままで戻ってくるだけ」という、ものすごく割の悪い金融商品であることがバレてしまうからだ。
あなたが納めた会社負担分の厚生年金保険料は、基礎年金の赤字を補塡するために国に「没収」されてしまっているのだ。
*「ねんきん定期便」から事業者負担分を消してしまうという国家の詐術はSNSなどで批判され、厚労省は2025年4月から、「事業者も加入者と同額の保険料を負担している」旨を記載することになった。だが労使合計でいくらの保険料を支払ってきたかの金額表示はなされず、不都合な事実はいまも隠されたままだ。
■国民年金と国民健康保険の損得
国に代わって会社が税金と保険料の徴収を代行する源泉徴収と年末調整によって、国家から「惜しみなく奪われる」サラリーマンに比べて、自営業者の加入する国民年金や国民健康保険はまだマシだった。
国民年金の保険料は定額制で、2009年の月額1万4660円が2024年には月額1万6980円まで引き上げられたが、その引き上げ幅は月額2320円、年額では2万7840円に抑えられている。
それに対して厚生年金に加入している年収600万円のサラリーマンは、保険料率が15.704%から18.3%に引き上げられたため、自己負担分だけで年間7万7800円も余分に払うことになった。会社負担分を入れれば15万5760円の引き上げだ。
国民年金の場合、平均寿命まで生きれば払った分の2倍程度は戻ってくる。これは、国民年金が保険料と受給額(満額を納めると65歳以降月額6万8000円)が決まっている明朗会計で、大幅に保険料を引き上げたり、受給額を引き下げたりすると、(会社負担分を国がひそかに「没収」できる厚生年金とはちがって)損をすることがすぐにわかってしまい、誰も年金保険料を払わなくなってしまうからだ。
このように制度上、国民年金の「改悪」には限界がある。
■厚生年金<国民年金+NISA
だとしたら、厚生年金の高い保険料を無駄に払うのではなく、保険料の安い国民年金に加入し、余裕資金をNISAで非課税で運用したほうがいいに決まっている(NISAについては拙著『新・臆病者のための株入門』〈文春新書〉を読んでほしい)。
一方、国民健康保険の保険料率は協会けんぽに合わせて引き上げられてきたが、サラリーマンが給与の額(標準報酬月額)で保険料を自動的に決められるのに対し、国民健康保険は所得が基準になるので、自助努力で保険料を減額できる(マイクロ法人から自分に対して支払う給料を安くすればいい)。
ただし、組合健保や協会けんぽは扶養家族に無料で健康保険証が発行されるので、家族構成によっては会社の健康保険のほうが有利になる。
制度上、もっとも不利なのは夫婦共稼ぎで子どものいないサラリーマン家庭と、扶養家族の多い自営業者だ。
■パートの社会保険加入という大転換
このような理由から、2009年刊の親本ではマイクロ法人で国民年金・国民健康保険に加入することを前提に議論した。法律上は、役員一人のマイクロ法人でも社会保険に加入する義務があるものの、この規定は有名無実になっていて、大半のマイクロ法人(と零細企業)は社会保険に加入していなかったからだ。
だがその後、厚生労働省が方針を大きく転換して、社会保険加入の企業規模要件(パート労働者を社会保険に加入させなければならない企業の従業員数)が501人以上から101人以上、さらに51人以上へと引き下げられ、2025年の年金制度改革で2035年までに段階的に撤廃されることになった。
また「106万円の壁」問題を受けて、これまで月収8万8000円(年収約106万円)以上としていた収入要件の撤廃も検討されている。
これによって、週20時間以上働くパート労働者は、収入や勤務先の規模にかかわらず社会保険に加入しなければならなくなる(当然、それによって保険料の分だけ手取りが減り、同時に会社の保険料負担は重くなる)。
■「一石四鳥」のステルス増税
すべてのパート労働者を社会保険に加入させれば、「壁」を意識して就業調整する理由はなくなり人手不足が解消できるし、国民年金よりも受給額が増えるので、将来の低年金を避けられる。
さらに会社負担分の保険料を「没収」して年金・医療・介護保険制度の赤字を補塡できるし、個人一人ひとりから年金保険料や健康保険料を徴収するより、会社に社会保険料の計算と納付をやらせたほうがずっと効率がいい。
厚生労働省からすると「一石四鳥」なのだ。
しかし、世の中にこんなウマい話があるわけがない。大手スーパーや飲食店チェーンが社会保険料の負担増を商品やサービスに転嫁すると物価が上がるので、ツケは消費者が負担することになる。これは消費税増税と同じ効果があるが、社会保険料の引き上げは税金に比べて目立たないので「ステルス増税」に適しているのだ。
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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
1959年生まれ。早稲田大学卒業。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラーに。05年の『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補に。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。著書に『「読まなくてもいい本」の読書案内』(ちくま文庫)、『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』(文春新書)、『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎文庫)、『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』(集英社)など多数。
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(作家 橘 玲)

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