■マドゥロ氏逮捕に歓喜したベネズエラ人たち
「何年もこの日を待っていた。ベネズエラには自由が必要なのです」
1997年にベネズエラからアメリカに移住した女性は米フォックス・ニュースに対し、「恐怖もあるが、興奮もある」と複雑な心境を吐露した。
マドゥロ氏の拘束が報じられたのは、深夜のことだった。在米ベネズエラ人が多く住む米フロリダ州ドラルでは、パジャマ姿のまま街に飛び出す住民が相次いだ。米NBCによると、ベネズエラ国旗を振りながら踊り、歌い、涙を流す人々がレストラン前の通りを埋め尽くしたという。
「主に感謝します。アメリカ大統領に感謝します」。ベネズエラ北西部の都市マラカイボ出身の女性は、涙ながらにそう語った。8年前に渡米した彼女は、マドゥロ独裁政権下で兄を殺害され、弟たちは誘拐されていたという。
「何年も待っていました。マドゥロ大統領はあまりにも多くの被害をもたらしました」と、涙声で空を仰いだ。
祝賀ムードは世界各地に広がる。
カナダの公共放送局CBCによると、チリの首都サンティアゴでは、ベネズエラ人たちが街頭に繰り出して歓声を上げた。ペルーの首都リマでは、数十人のベネズエラ人がベネズエラ国旗を身にまとって集まった。
スペインでは数千人がマドリード中心部のプエルタ・デル・ソル広場に集結。マドゥロ拘束に関するトランプ大統領の記者会見を大画面で見守り、拘束の正式発表が伝わると、歓声と拍手が沸き起こった。
■「戦時中のよう」報復に怯える居住者も
一方、恐怖に震えているのがベネズエラ国内に住む人々だ。
作戦当夜、ベネズエラの首都カラカスでは、市民が深夜の轟音で目を覚ました。米公共放送PBSによると、現地時間午前1時50分に始まった作戦は約45分にわたって続き、爆発音が夜空に響き渡ったという。
ベネズエラ政府からの公式発表はほとんどなく、市民は何が起きているのか分からないまま不安な夜を過ごした。
攻撃後の様子を報じた米CNNによると、首都カラカスでは通りも高速道路も閑散としている。作戦から一夜明けた早朝、生活必需品を求めて人々は外出したが、待っていたのはシャッターを下ろした店舗ばかりだったという。
カラカス東部に住むドライバーの男性は、匿名を条件にCNNの取材に応じ、「どこか戦時中のような雰囲気です。
一方、マドゥロ氏支持者は大統領府近くに集結した。支持者の女性はロイター通信に対し、「大統領の解放を求めています。ニコラス(マドゥロ氏大統領)を返してもらえるまで、ここで戦い続けます」と訴えた。
実のところ政権は、数カ月前から軍事介入を想定していた。米公共放送PBSによると、マドゥロ氏は支持者たちに対し、「自分が政権の座を追われた場合は街頭に出て抵抗するように」と指示していたという。しかし現実には、街頭に繰り出した市民はごく一部にとどまった。
■800万人が祖国を捨てた
ベネズエラ人がこれほどまでにマドゥロ政権を憎む別の要因に、四半世紀にわたって進行した経済の崩壊が挙げられる。
米NBCによると、ベネズエラ人がアメリカ・フロリダ州などへ大量に流入し始めたのは2000年代初頭のことだった。ちょうど社会主義路線を掲げるウゴ・チャベス氏が大統領に就任した時期に重なる。
さらに、状況は2013年、後継者のマドゥロ氏が政権を掌握してから劇的に悪化する。
マドゥロ政権下で国外に逃れた人は、およそ800万人にのぼる。実に人口の2割に相当する規模だ。
CBCによれば、最大の受け入れ先は隣国コロンビアで約280万人、次いでペルーが170万人となっている。彼らは食料すら手に入らない窮状から逃れ、海外でより良い人生を歩もうと、住み慣れた母国に別れを告げた。
■マドゥロ氏だけではない…黒幕は異色の内務大臣
なぜベネズエラ国内に住む市民たちは、悪政の頑強が拘束されてなお、歓喜の声を上げられないのか。それはマドゥロ氏が拘束された今も、弾圧の手が緩んでいないためだ。
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、マドゥロ氏の拘束後、ディオスダド・カベーロ内務大臣がロドリゲス暫定大統領の就任式に出席。政権内の団結を示した。このカベーロ氏こそマドゥロ氏の右腕であり、国民の弾圧を強めてきた張本人だという。
就任式の夜、カベーロ氏はライフルを手に黒い制服の治安部隊を鼓舞し、カラカスの街をパトロールさせて市民の抗議の封じ込めに動いた。
マドゥロ氏拘束直後には、武装した治安部隊を集めて動画を撮影し、「常に忠誠を! 裏切り者にはならない!」「疑うこと自体が裏切りである!」と唱和させている。
国営テレビで10年以上続く番組『ハンマーで叩きのめせ』では司会を務め、放送は556回を数える。カベーロ氏は番組内でトゲ付きの棍棒を振りかざしながら陰謀論を展開している。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、盗聴した野党指導者間の通話内容を放送したり、「アメリカのスパイ」を拘束したとして実績を誇示したりしてきたと報じる。
■路線バスに検閲官が乗り込んでくる
カベーロ氏の存在がある限り、マドゥロ氏拘束後も弾圧が緩むことはない。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、治安部隊は現在、国内各地に検問所を設け、路線バスにまで乗り込んで乗客の携帯電話を検閲しているという。マドゥロ氏の拘束を歓迎するメッセージを送信していないか確認するためだ。
ベネズエラの人権団体「ヒューマン・カレイドスコープ」の代表は同紙に対し、「治安部隊はWhatsAppを開き、『侵攻』『マドゥロ』『トランプ』といったキーワードで検索して、マドゥロ氏の逮捕を祝っていたかどうかを確認していた」と明かした。
実際に逮捕者も出ている。ベネズエラ西部スリア州で農産物を販売する56歳の男性は、かつて集会に姿を見せては踊っていたマドゥロ大統領を揶揄し、「今度は刑務所で踊ることになるな」と声を上げた。その2日後、男性は警察に連行された。
警察は釈放の条件として家族に1000ドル(約16万円)を要求。
ロドリゲス暫定大統領は90日間の緊急事態を宣言し、「アメリカによる武力攻撃を支持する者」を即座に捜索・逮捕できる権限を治安部隊に与えた。街頭には警察や、親政府派の武装民兵集団「コレクティボ」の姿が増え、市民を威圧している。
■2倍差で負けても当選、蔓延する腐敗政治
国民にここまで嫌われながらも、マドゥロ氏は権力の座に君臨し続けてきた。大統領選で票数を操作した疑惑が持たれている。
マドゥロ氏の3期目当選は、明らかに不正選挙であったと指摘されている。2024年7月の大統領選挙後、野党は全国の電子投票機の8割以上から集計票を収集し、結果をオンラインで公開した。
その結果、対立候補のエドムンド・ゴンサレス氏がマドゥロ氏の2倍の得票を獲得していたことが判明。アメリカの選挙監視団体カーター・センターも、この集計を正当だと認定した。
だが政権寄りの選挙当局は、投票終了からわずか数時間後にマドゥロ氏の勝利を宣言。詳細な得票数は一切開示されなかった。
選挙結果に異を唱える者に対し、マドゥロ氏政権は容赦ない弾圧を加えている。
弾圧の矛先は野党関係者の家族にも及んだ。野党の大統領候補エドムンド・ゴンサレス氏の娘婿は首都カラカスで誘拐され、娘のマリアナ氏は「エドムンド・ゴンサレス・ウルティアと親族であることが、いつから犯罪になったというのでしょう」と政府を非難した。
選挙後の抗議活動では2000人以上が逮捕され、20人以上が死亡した。拘束された人々に対する拷問も報告されている。政府は市民に対し、政権に反対する者を通報するよう求めてさえいる。
■「石油のための流血反対」米国でも抗議の声
こうした事情から、世界各地でマドゥロ氏の拘束を祝う声が上がる。一方、トランプ政権によるベネズエラ攻撃を正当な行為と見なすのは早計である。アメリカ国内では軍事行動に反対するデモも起きている。
米CNNによると、ボストン、ロサンゼルス、ニューヨークなど各都市で抗議活動が行われた。ホワイトハウス前では数十人が「石油のための流血反対(No blood for oil)」と書かれた看板を掲げ、ボストンでは「ベネズエラの土地から手を引け」との声が響いた。世界最大の石油埋蔵量を誇るベネズエラへの軍事介入は、資源目当ての侵略行為ではないかとの批判だ。
アメリカの社会主義政党・社会主義解放党のカメロン・ハート氏は同局の取材に対し、「アメリカ政府が見ているのはドル記号だけ。良い生活を送ろうとしているベネズエラの人々など眼中にない。だから深夜にベネズエラを爆撃したのだ」と語っている。
ラテンアメリカ諸国でも反応は分かれた。米CBSによると、チリではベネズエラ人がサンティアゴの街に繰り出して祝った一方、アルゼンチンでは左翼組織がブエノスアイレスのアメリカ大使館前で「アメリカによる爆撃とマドゥロ氏誘拐を非難する」と抗議した。
コロンビアのペトロ大統領はSNSで爆撃への懸念を表明し、国連会合の開催を要請した。キューバのディアス・カネル大統領も「アメリカによる犯罪的攻撃」と強く非難した。
このように、マドゥロ政権への批判とは別の文脈で、反戦・反米の立場に根ざした抗議が行われている。
■マドゥロ氏が失脚しても先行きは見通せない
マドゥロ氏が今後権力の座を追われたとしても、ベネズエラの未来が明るくなる保証はどこにもない。
ワシントンに拠点を置くラテンアメリカ専門シンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」のマイケル・シフター氏は米CNNに対し、「国民はマドゥロ氏が権力の座を去ったことに安堵しているかもしれないが、次に訪れる体制がより良いものになるとは確信していない」と分析する。
海外で祝杯を挙げるベネズエラ人たちとは異なり、国内に残る人々はこれからもベネズエラで生きていかなければならない。マドゥロ氏の身柄拘束からわずか数時間後、トランプ大統領が「適切な政権移行までアメリカ主導で国を運営する」と表明したことも、市民の不安にかえって拍車をかけている。
トランプ政権の関心は、明らかにベネズエラの民主化よりも資源確保に向いている。ニューヨーク・タイムズ紙は、アメリカ政府高官らはベネズエラの石油確保と麻薬流入対策に注力する一方、民主主義や人権については優先度が不透明なままだと指摘する。
トランプ大統領は政治犯の釈放や野党政治家の帰国について問われたが、「まだそこまで至っていない」と述べ、「今やりたいのは石油の問題を片付けることだ」と答えた。
米石油企業がベネズエラ入りし利益を上げたいならば、汚職の払拭と治安安定は必須となる。短期的な「ドル記号」に目を奪われれば、石油戦略の限界は明らかだ。連綿と続く悪政から人々を解き放てるか、手腕が問われる。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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