1月2日の新年一般参賀では、天皇皇后両陛下や愛子さまのほか、秋篠宮ご夫妻の長男悠仁さまも初めて出席された。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「今後、敬宮殿下(愛子さま)がご公務によって国民との触れ合いを重ねられ、海外でも歓迎されるご様子が伝われば、待望論は今よりもさらに高まるはずだ」という――。

■高まる「愛子天皇」待望論
昨年を振り返ると、皇室をめぐるさまざまな出来事の中でも、天皇皇后両陛下のご長女、敬宮(としのみや)(愛子内親王)殿下への共感と敬愛の気持ちが国民の間により広がった事実が目につく。これは初めての晩餐会へのご出席、5府県へのご訪問、初めての海外公式訪問においてラオスで国賓に準じた待遇で迎えられたことなど、ご公務による国内外へのお出ましの機会が増えたことによる。
国内各地では多くの人たちが集まって熱烈に奉迎した。その盛り上がりぶりに「愛子さまフィーバー」という言葉まで生まれた。
殿下はどのご公務にあたっても、入念な事前準備の上で臨まれる。現場ではつねにその場に最もふさわしい振る舞いをなさるだけでなく、接する人々への敬意と思いやりが、こまかな所作からも伝わった。
その結果、敬宮殿下の輝きと存在感はさらに大きなものとなり、敬宮殿下こそ次代の天皇に誰よりもふさわしいという気運が、一層高まった。
海外メディアでも日本国内での「愛子天皇待望論」の高まりが紹介された(AP通信2025年12月1日配信など)。あわせて、そのような国民の希望にもかかわらず、一夫一婦制なのに皇位継承資格を「男系男子」だけに限定するという、世界にほとんど類例を見ない不安定で時代錯誤な制度が、そのまま維持されている事実も報じられた。
現代の国際社会において、一夫一婦制でも継承資格を男系男子に限定している例外的な君主国は、日本を除けば人口が4万人弱のミニ国家・リヒテンシュタインだけだ。
■一般参賀でも愛子さまの姿に歓声
AERA』(令和8年[2026年]1月12日号)は「『愛子天皇』への期待 高まる待望論」という巻頭特集を組んだ。そのリードには「いま『愛子天皇』待望論が最高潮に達している」と書かれていた。
しかし今後、敬宮殿下がご公務によって国民との触れ合いを重ねられ、海外でも歓迎されるご様子が伝われば、待望論は今よりもさらに高まるはずだ。
現に1月2日の「新年一般参賀」でも6万人あまりの人々が詰めかけ、その場の群衆の中からはさかんに「愛子さまー!」という歓声があがっていた。ライトブルーのドレスをお召しになって長和殿のベランダからにこやかにお手を振られる敬宮殿下に、デコレーションした手製の“愛子さまうちわ”を振る人たちもいたという。
■意外だった悠仁さま19歳の成年式
その一方で、昨年には少し意外な出来事もあった。それは秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下のご成年式が19歳になってから挙げられたことだ。
改めて言うまでもなく、民法の改正によって誰もが18歳で成年を迎えることに変更された。皇室は民間以上に儀式を重んじておられる。にもかかわらず、悠仁殿下が成年を迎えられた18歳のうちには、ご成年式を挙げられなかった。
丸1年間遅らせて、19歳のお誕生日の当日に行われている。18歳のお誕生日が受験期に重なっていたとはいえ、わざわざ翌年のお誕生日まで延期する理由はない。
これまでもご成年式を延期した事例はある。しかし、たとえ延期してもご成年を迎えた年のうちに行われていた。
もう1歳ご年齢が上がるまで延ばした前例はない。
明らかに異例のなさりようだった。これは何故だろうか。
皇室典範には天皇と“直系”の皇太子・皇太孫だけが18歳で成年という規定が残っている(第22条)。そのために、秋篠宮殿下は“傍系”の宮家として18歳でのご成年式を控えられたと拝察できるのではあるまいか。
■「宮家行事を宮殿で開くことは適切ではない」
ご成年式の時期を遅らせられたことは、これにともなう祝宴を、宮殿で行うことを避けて民間の施設を使われた事実とも、ピッタリ重なる。
直系であれば、男女の性別に関わりなく宮殿で祝宴が行われる。このことは、浩宮(ひろのみや)殿下(天皇陛下)、礼宮(あやのみや)殿下(秋篠宮殿下)、紀宮(のりのみや)殿下(黒田清子(さやこ)さま)の実例がある。
直系の皇女でいらっしゃる敬宮殿下も、前例通り宮殿で祝宴が行われるはずだった。だが、この時はコロナ禍と重なった。そのために、やむなく中止されたのは残念だ。
悠仁殿下のご成年式にともなう祝宴が民間施設(帝国ホテル、明治記念館)で行われたことについて、宮内庁は次のような説明をしていた(毎日新聞デジタル、令和7年[2025年]7月29日公開)。

「宮殿は天皇の諸行事が行われる場所であり、宮家行事を宮殿で開くことは適切ではない」
■「帝王学」不在の理由
皇室では、天皇ご自身と親子の血縁でつながる直系(内廷)と、そこから分かれた傍系(宮家)との区別が、大きな意味を持つ。
皇嗣でいらっしゃる秋篠宮殿下ご自身も、「直系優先」のお考えをお持ちだ。だからこそ、ご成年式の時期をあえて遅らせ、民間施設での祝宴を当たり前に行われたのだろう。
秋篠宮殿下は悠仁殿下のご養育にあたっても、できるだけ姉宮たちと同じように接することを心がけ、ことさら「帝王学」(皇位継承者としての適性を身につけるための特別な教育)を授けようとされなかった。これは、おそらく教育に熱心でないという理由によるものではあるまい。
そうではなく、直系と傍系の区別を重んじられ、天皇陛下にお子さまがいらっしゃらないならともかく、現に敬宮殿下がいらっしゃる以上、皇位は直系による継承こそが望ましいという、ご自身の明確なお考えによるものだったのではないだろうか。
■“傍系の皇嗣”は相対的・暫定的
「皇嗣」というお立場について、今も一部に誤解があるようなので少し整理しておこう。
まず直系の「皇太子」(皇嗣である皇子)や「皇太孫」(皇嗣である皇孫)は傍系の皇嗣と異なる。どう異なるかと言えば、次代の天皇として即位されることが確定したお立場だ。
これに対して、傍系の皇嗣の場合は、単にその時点で皇位継承順位が第1位という、相対的・暫定的なお立場にすぎない。条件の変更次第では、その順位が第2位以下に下がる可能性を抱えている。
たとえば上皇陛下がお生まれになる前は、昭和天皇のお子さまに男子がおられなかった。
なので、昭和天皇のすぐ下の弟である秩父宮が皇嗣だった。しかし、上皇陛下が皇太子としてお生まれになった瞬間に順位は第2位に下がり、皇嗣ではなくなられた(その後、秩父宮のご存命中に上皇陛下の弟の常陸宮殿下がお生まれになったので順位は第3位に)。
これは今、秋篠宮殿下が皇嗣であられるのも同様だ。
皇室典範特例法に秋篠宮殿下について「皇室典範に定める事項については、皇太子の例による」(第5条)とあるのも、条文に明記する通り、典範の規定のままでは皇籍離脱の可能性が残り続けるなどの不都合を生じるので、その点をテクニカルに処理しているにすぎない。傍系の皇嗣の相対的・暫定的なお立場に本質的な変更があったのではない。
■前代未聞だった「立皇嗣の礼」
政府は無理やり「立皇嗣の礼」という前代未聞の儀式を作り上げ、「内閣の助言と承認」による“国事行為”としてそれを実施した。これによって、秋篠宮殿下があたかも次代の天皇になられることが確定したかのような印象を国民に与えるのが、政府のもくろみだったのではないかと私は疑っている。なぜそのような印象操作を図ったかといえば、皇位継承問題の解決には避けて通れない「女性天皇」を認めるなど、国民の多くが望む根本的な議論をしばらく封じるためだろう。
しかしこの儀式は、あくまでも秋篠宮殿下が“傍系の皇嗣”という相対的・暫定的なお立場にいらっしゃる既定の事実を、そのまま再確認する意味しか持ち得ない。そもそも明治憲法のもとでも、傍系の皇嗣の場合は皇太子の時に行われる「立太子の礼」のような儀式は“行わない”ことになっていた(美濃部達吉『憲法撮要 改訂第5版』)。
■秋篠宮さまの即位辞退は可能
よく知られているように、秋篠宮殿下のご年齢は天皇陛下よりわずか5歳お若いだけ。なので、天皇陛下がご高齢を理由として退位される時点では、秋篠宮殿下もかなりご高齢になっておられる。

だから、それから即位されることは現実的に無理だし、殿下ご自身もご高齢での即位は難しいとのお考えを、すでに漏らしておられる。即位の辞退は制度上、もちろん可能だ(皇室典範第3条、園部逸夫『皇室法概論』)。
その場合、もし今の皇位継承順序にしたがって直ちに悠仁殿下が即位されるならば、生まれてから「天皇」というお立場の方から身近に感化・薫陶を受けた経験がまったくない皇族が、そのまま皇位を継承する結果になる。それで果たして、天皇としての覚悟や皇室の伝統的な精神がつつがなく受け継がれるのか、どうか。
■宮号は傍系のしるし
皇位継承順位が同じく第1位でも、次代の天皇として即位されることが確定しているか、そうでないかの違いは、決定的だ。その違いに対応して、皇太子と傍系の皇嗣の間に、敬意の度合いや待遇の軽重にも差が出てくる。
たとえば皇太子なら、お住まいは天皇の「御所(ごしょ)」に準じて「東宮(とうぐう)御所」と呼ぶ。外出されることを、天皇の「行幸(ぎょうこう)」に次ぐ敬意を込めて「行啓(ぎょうけい)」と表現する。
これに対して傍系の皇嗣の秋篠宮殿下のお住まいは、ほかの皇族方の場合に○○宮邸(みやてい)と呼ぶのと同じく「秋篠宮邸」であり、外出もほかの皇族方と同じ「お成り」。
警衛についても、皇太子なら皇宮警察本部に独立の専用部署が置かれるが、秋篠宮殿下にはそれがない。
何より秋篠宮殿下の場合は、傍系であることを示す「秋篠宮」という宮号を、ご自身の希望によって大切に維持されている。平成から令和への御代替わりの際に、秋篠宮という宮号を廃して内廷に加わる選択肢もあった。
だが、それを選ばれなかったという事実がある。
秋篠宮殿下ご本人が、自らの傍系としての位置づけを深く自覚されていることが分かる。
■宮内庁の新旧長官の“苦言”
ここで注目したいのは、宮内庁の長官の交代にあたっての新旧長官の発言だ(令和7年[2025年]12月25日)。2人はそろって、安定的な皇位継承や皇族数減少への対応をめぐる国会での合意形成が滞っている政治の現状に対して、率直に苦言を呈した。
西村泰彦・前長官の発言の中で、とくに目を向けておきたいのは次の箇所だ。
「なかなか議論が集約せずに進まないっていうのは、大変じくじ(忸怩)たる思いで拝見していました」

「多くの国民が受け入れてくれる、多くの国民が支持してくれる、そうした案を是非、作っていただきたい」
かなり踏み込んだ発言だ。ここで「多くの国民が受け入れてくれる、多くの国民が支持してくれる、そうした案」と述べているのは見逃せない。
政府は皇族数の減少対策として、2つのプランを提案している。
①敬宮殿下をはじめとする未婚の女性皇族が婚姻後も皇族の身分にとどまられることを可能にする皇室典範の改正と、②天皇からの男系血縁が遠く、被占領下に皇籍離脱を余儀なくされたいわゆる旧宮家系の、具体的には賀陽家・久邇家・東久邇家・竹田家の4家の子孫男性を、養子縁組という法的な手続きだけで新しく皇族にする制度だ。
しかし、②は昨日まで誰も知らなかった民間の男性が、女性皇族との心情的・生命的な結合であるご婚姻も介さずに、いきなり皇族になるという乱暴なプランだ。はたして「多くの国民が受け入れてくれる」かどうか。かなり疑問ではあるまいか。
そう考えると、宮内庁としてはおもに①プランの速やかな実現を望んでいることが伝わる。
■「安定的な皇位継承」という課題
黒田武一郎・現長官の発言からは次の部分を紹介する。
「宮内庁としましても皇室の現状につきましては、何度も申し上げてますように、安定的な皇位継承という観点から課題があること、また皇族数の減少は、皇室のご活動との関係で課題があると認識しておりまして、これは議論をしっかりと進めていただきたいと考えております」
この発言で要注意なのは、皇室が直面している課題について、(1)安定的な皇位継承と(2)皇族数の減少への対策という“2つ”があることを、明確に指摘していることだ。というのは、政府が提案している先の①②のプランは、もっぱら(2)についての“目先だけ”の手当てにとどまっているからだ。
それに対して皇室をお支えすべき職責を負う宮内庁は、より重要かつ根本的な課題として(1)安定的な皇位継承というテーマから目をそらしていないことが分かる。
将来的にこのテーマを解決するためには、側室不在の一夫一婦制なのに男系男子限定というミスマッチを解消して、「女性天皇」「女系天皇」を可能にする皇室典範の改正が不可避となる。
■愛子さまへの期待
黒田長官の発言中には「今後、本格的に公的なご活動を担われることが期待される方もいらっしゃる」という表現も出てくる。これは具体的にはどなたを念頭においているのか。
悠仁殿下は目下、大学生でいらっしゃる。よって「学業優先」という制約がおありだ。だから、今後しばらくは「本格的に公的な活動を担われることが期待される」ということには、ならないはずだ。
また同じく秋篠宮家のご次女、佳子内親王殿下については、真偽不明ながら、これまで皇籍離脱を望んでおられる可能性も、しばしば取りざたされてきた経緯がある。
そうすると、おもに対象となるのは敬宮殿下だろうか。
■天皇陛下のご意向
以上の宮内庁新旧長官の発言を受け止める上で大切なのは、それが決して長官本人の個人的な見解であるとか、単に役所としての宮内庁の見解などにとどまるものではないという点だ。そうではなくて、憲法上、ダイレクトに国政に関与することが禁じられている天皇陛下のお気持ちを踏まえている、と考えなければならない。
皇室をめぐる今の制度の重大な矛盾点は、皇室典範がもっぱら皇室の方々に適用されるルールであるにもかかわらず、国会の議決による法律と位置づけられていることだ。そのために国政事項とされ、天皇陛下をはじめ皇室の方々はどなたも、その改正についてストレートに発言できない仕組みになっている。
だが改めて言うまでもなく、皇室典範が当事者でいらっしゃる皇室の方々のお気持ちを無視した内容であることは、許されない。人道上の問題だけでなく、制度としての安定性、持続可能性を考えても、可能なかぎり当事者のご意向が反映されるべきだろう。
そこで、ご発言が制約される天皇陛下のお考えを代弁すべき立場にあるのが宮内庁長官であり、現にこれまでもそのような役割をある程度、果たしてきている。
ここに引用した発言は、まさにそのような文脈の中で受け取るべきメッセージだ。
■「愛子さまのお気持ち」は
未婚の女性皇族についての制度改正をめぐる天皇陛下のご意向が、当事者でいらっしゃる敬宮殿下ご本人のお気持ちも真剣に汲み取られたものであることは、疑う余地がない。ということは、敬宮殿下ご自身はすでにご婚姻後も皇族の身分にとどまられるご覚悟を固めておられる、と拝察できる。
はつらつとご公務に取り組んでおられる殿下のお姿からも、皇族としてのお務めにやりがいを感じておられるお気持ちが伝わる。
このところ、愛子天皇待望論にブレーキをかける文脈で「敬宮殿下ご本人のお気持ちが大切」とする言説に触れることがある。ちらっと耳にすると、正論のように聴こえる。
しかし、そのように述べる当人が、肝心な敬宮殿下のお気持ちを真摯に拝察しようとする態度が見られないのは、不思議だ。
■両陛下のお気持ちを受け継ぐ
国民の間に敬宮殿下への期待が高まると、一部から「人気だけで次の天皇を決めてよいのか」という声も聞こえるようになった。しかし、誰も人気“だけ”で決めてよい、などと思っていないはずだ。
そうではなくて、天皇皇后両陛下にお子さまがいらっしゃり、その方こそが誰よりも両陛下のお気持ちやお考えをまっすぐに受け継いでいらっしゃることが明らかなのに、「女性だから」というだけの理由で皇位継承のラインからあらかじめ排除されるルールはおかしい、と考えているにすぎない。
敬宮殿下への共感と敬愛の気持ちが高まっているのも、両陛下によって愛情豊かに育てられた殿下こそが、「国民と苦楽を共にする」という皇室の伝統的な精神を次代に受け継ぐのに最もふさわしい、と受け止めているからにほかならない。
皇位が「世襲」とされているのは、単なる血統の継承だけでなく、むしろ精神の受け継ぎこそが核心だろう。「国民統合の象徴」という地位も、国民から幅広く共感と敬愛の気持ちを集めてこそ、期待されている役割を十分に果たすことができるのではないだろうか。

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高森 明勅(たかもり・あきのり)

神道学者、皇室研究者

1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録

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(神道学者、皇室研究者 高森 明勅)
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