■「台湾有事発言」の深刻な副作用
もし解散総選挙でリセットできると考えているなら、かなり甘い。
それどころか、いよいよこの発言の「致命的副作用」が私たちの生活を直接おびやかすことになりそうなのだ。
年も明けてまだ間もない1月6日、中国商務部は最後通牒とも言える発表を行った。わが国を念頭においた「デュアルユース品目の輸出管理強化措置」のことである。
名目は「輸出管理の厳格化」だが、実質上は特定品目のわが国への禁輸措置と言ってもいいだろう。
今回の措置は、2024年11月に施行された「両用物項出口管制条例(デュアルユース品目輸出管理条例)」の運用細則として発表されたものだ。
従前とことなるのは、これまでは品目ごとに設定されていた規制を、「特定国家」という出口ベースで厳格化した点である。
「中国の国家安全および発展利益に対し、言動をもって著しい不利益を与えた国家・地域への輸出については、許可申請の審査基準を最高レベルに引き上げる」とされたのだ。
外務省はすぐさま中国側に抗議したが、状況はきわめて深刻である。
ネットでの反応を見ると、レアアースにかんする懸念が多く、「保守派」と呼ばれる論客には「これはいい流れ、これで“脱中国依存”が加速できる」などと“楽観視”する者もいるが、私は医師として非常に危機感をおぼえている。
その理由は、この特定品目は当然ながらレアアースにかぎったものではないからだ。
とくに懸念されるのが、抗菌薬製造にかかる心臓部ともいえる「発酵中間体」だ。
■「ほぼ完全に依存状態」という現実
現時点で中国側は、対象となる具体的品目の名称は明らかにしていない。
「日本側の軍事的ユーザーおよび軍事用途、ならびに日本の軍事力向上に資するその他一切の最終ユーザー・用途への輸出を禁止することを決定」としていることから、「軍事」に直接関係しない抗菌薬の原材料が必ずしもすぐに管理対象になるとは、たしかに断定できない。
しかし、「生物医学的分野における基礎的代謝産物およびその製造技術」を管理対象として挙げていることには注意すべきだ。
つまり法律上、たんなる「化学物質」として扱われる「発酵中間体」だが、先方の解釈で該当すると認識されれば、これも管理対象となってしまうのである。
ご存じのとおり、抗菌薬は感染症の治療や手術には必須の薬剤である。
この薬剤の製造に欠かせない「発酵中間体」がほぼ中国に完全依存状態である現実があると言ったら、いかに楽観的な人でも、思わず黙ってしまうのではないか。
2019年の「セファゾリンショック」をご存じの方もいるだろう。
これは中国にある原薬製造工場で、製造過程に異物が混入。さらに、当時の中国政府による環境規制強化のあおりを受け、工場が操業停止に追い込まれた事案である。
当時、日本国内で流通していたセファゾリンの原薬の大部分をこの1社に依存していたため、代替ルートがなく、供給が完全にストップしてしまったのだ。
日本のセファゾリン供給の約6割を担っていた製薬会社が製品回収と供給停止を発表。
一気に国内シェアの過半数が消滅した。
■「国産で賄えるから心配ない」の甘さ
全国の大病院で緊急性の低い手術が相次いで延期となるだけでなく、セファゾリンで事足りる感染症にまで、より広範囲に効く抗菌剤を使わざるを得ないという、耐性菌発生リスク(※)を引き起こしかねない薬剤選択が現場では余儀なくされた。
※筆者註:抗菌薬はなんでも広範囲に効く(強い)ものを使えばいいというものではない。これらの薬剤はいわば「最終兵器」のため、日常的に使いすぎるとこれらに効かない細菌(耐性菌)を発生させ、いざというときに最後の手段を失ってしまうのである。
そしてこの影響は1年も続いたのである。
楽観している人のなかには、セファゾリンショック以降、国産の抗菌薬の原薬製造が進んでいるから、抗菌薬についてもすでに十分“脱中国依存”となっているという向きもあろう。
しかし、現実はそう甘くない。
現在、国内で再開されている「抗菌薬の国産化」は、多くの場合、「発酵中間体」(7-ACAや6-APA)を中国から輸入し、最終的な「原薬」へと合成する工程を指している。
たしかに、Meiji Seikaファルマが30年ぶりに6-APAの国内生産を再開させたという報道も昨年末にあった。外国に依存せずに自前の抗菌薬製造を再開したことについては、なんら批判の意図はないし、むしろ経済安保上も歓迎すべき快挙といえる。
しかしそのニュースに、「抗菌薬も国産でもう賄えるから心配ない、さあ脱中国依存だ」などという人については、あまりの無邪気さにあきれるばかりだ。
■自動車工場で「ネジ」がないのと同じ
同社が「一気通貫」で生産しはじめたのは、6-APA発酵中間体だ。
しかもやっと昨年末にやっと製造開始したばかり。「ペニシリン系抗菌薬の一貫した国内供給体制」の確立は2028年メドという、まだまだ発展途上レベルなのだ。
さらに現在日本で手術や多くの感染症で汎用されているのは、セファゾリンに代表される「セフェム系」抗菌薬だ。
セフェム系はペニシリン系とは細菌にたいする「守備範囲」が異なる。またペニシリンにアレルギーを持つ人も一定数いることから、医療現場では必要不可欠の薬剤だ。
しかし、セフェム系の発酵中間体(7-ACA)を中国に依存せず、国内の全需要を賄える規模で「発酵」から一気通貫生産できているインフラは、残念ながら今の日本にはまだ存在しないのである。
つまり「発酵中間体」を止められれば、いかに製造ラインがあっても抗菌薬は作れないということだ。自動車工場に例えれば、国産エンジン製造ラインはあっても、エンジンの心臓部に使う「特殊なネジ」が完全に他国依存となっている状況に等しい。
「そんな非人道的な制裁をすれば、中国は国際的批判の的になるはずだ」という声もあろう。
しかし今回中国が狙い撃ちにしようとしているのは、完成した錠剤や注射剤という「医薬品」ではない。その一歩手前、化学合成の「心臓部」にあたる発酵中間体だ。
「これは人道的な医薬品ではなく、多目的(デュアルユース)な工業用化学物質である」
中国商務部はこのような口実で、国際的な人道批判をかわしながら、日本に圧力を仕掛けることも可能なのである。
■なぜ「品目」を明示しないのか
さらに過激にすすめば、高市首相が「台湾有事」に言及したこととからめて、「日本に送る発酵中間体は、有事の際に自衛隊員の外傷治療や手術をするための薬剤製造に使われる、すなわち中国の安全を脅かす軍事利用だ」という解釈をされてしまうことも可能だ。
つまり「あえて品目を具体的に明示しない」という戦略は、「いつでも、どの薬の原料でも、われわれのさじ加減一つで止められる」という全権掌握の宣言に他ならないとも言えるのである。
今回の危機について「国産できるから大丈夫」と言い、普段から「中国は信用できない」と叫んでいる人たちが「軍事以外のものは対象外のはず」などと、中国に絶大の信頼を寄せて根拠なき楽観論にひたっているのは、あまりに皮肉だ。
こうした楽観こそが最大の危機といえよう。
はたして高市政権は、どこまで危機感をもっているのだろうか。
医療現場に身をおく者としての不安は、処方しようと思った抗菌薬が「欠品です」と薬局から言われる日が、あるとき突然おとずれることだ。
もちろんわが国の抗菌薬の濫用も由々しき問題だが、本当に必要な人にまで処方できない日が、それも「政治」が原因でおとずれることなど断じてあってはならない。
■高市首相に伝えたいこと
この不透明な状況を突破できるのは、両国の事務方どうしの交渉ではもはや難しいのではなかろうか。現在のトップでは対話も無理なら、もうこれは政治的決断(リセット)しかない。
レアアースの供給停止ももちろん深刻な事態を引き起こすが、抗菌薬の供給停止はそれ以上に、わが国に生きる人すべてにたいして即効的で致命的な「劇薬」となることは間違いない。
この状況で高市首相に解散総選挙などしているヒマはあるのだろうか。「自己都合」などよりも、国民の命を救うための「一刻も早い政治的決断」を、最優先とすべきではなかろうか。
----------
木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。
----------
(医師 木村 知)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
