双方の意見が分かれた際に、最適解を見つけるにはどうすればいいか。弁護士の嵩原安三郎さんは「たとえば家族旅行の相談をするなかで、家族間で行き先が割れた際には、解釈をはさんではいけない。
すばらしい休日を家族で過ごすためには事前の交渉が必要だ」という――。
※本稿は、嵩原安三郎『ワンランク上の交渉力』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「交渉上手=話し上手」とは限らない
次々と言葉を繰り出し、ロジックにもスキがなく、相手を次々と「論破」し、すべてを自分の有利なほうに持っていく――。
「交渉上手」というと、そんなイメージが浮かぶのではないでしょうか。
しかし、このイメージは間違っている、といったらどうでしょう。言葉巧みにロジカルに話すことに長けている人、いわゆる「話し上手」が、交渉上手とは限らない。むしろ、そうした「力量」が交渉の足を引っ張ることも多いのだ、と。
にわかには信じられないかもしれませんが、じつはそうなのです。
「自分は話し上手だ」という自負がある人は、往々にして、交渉の進め方がワンパターンになりがちです。
自分で「ここが落としどころだ」と思っているところがあって、そこに話を持っていくための論理構成を考える。相手の質問や反論はすべてはじき返す――。
もちろん、思いどおりになることもあるでしょう。

でも、それを「上手に交渉した」とはいいません。なぜなら、「思いどおりに進んだ」というのは、多くの場合、たまたま、相手も同じような落としどころを想定しており、早々に交渉成立に至っただけであることが大半だからです。
つまり自分の交渉力の為せる業でも何でもなく、最初からお互い暗黙のうちに決まっていたゴールに到達しただけなのです。最初から「妥当な価格」が決まっている「市場の値切り交渉」と同じように。
■「自分の思う最善」を相手に押し付けない
それで十分じゃないか、と思われたかもしれません。
では、こう考えてみると、どうでしょうか。
自分の話術で押すばかりではなく、もっと相手の話を聞いて、前は知る由もなかった情報を引き出せたら……?
それができたら、最初に自分が思っていた「落としどころ」より、もっとお互いにいい条件や、より自分に有利な条件で合意できる可能性が開かれます。
こうした可能性を、言葉が巧みな人、ロジカルに話すことに長けている人は、なまじ話上手であるという自信があるばかりに見過ごしてしまう。
「自分の思う最善」を相手に押し付けることだけが「正義」だと考える。このような彼らが必ずしも交渉上手とは限らない、と最初にいったのは、そういうわけなのです。
あるいは、「あまり話さない」ことが、交渉を有利にする切り札になるとしたら、どうでしょう。
たとえば、本書でご紹介するテクニックに「沈黙」を活用するものがあります。

これなどは「話し上手」という自信のある人には、とうてい実践できない芸当でしょう。「話し上手」は、「自分が話したい」というのが、つねに先に立ってしまうものだからです。
■口下手であることは、まったくマイナスではない
みなさんのなかには、長いこと「自分は口下手だから……」と、交渉の場に自信を持って臨めなかった人も多いでしょう。
しかし、自分が話すだけが交渉ではないのですから、口下手であることは、まったくマイナスではありません。むしろ聞き手や質問する側に回り、情報を引き出すことで交渉の場をコントロールすることもできるのです。
相手の話を引き出す「聞き上手」になれるという意味では、かえって「口下手=交渉上手の資質十分」といってもいいのです。
本書でいう「交渉上手」とは、すでにわかっている情報、まだわかっていない情報、さらには相手の気持ちや立場、隠れた本音など、すべてを踏まえて満足のいく結果に導ける人のことです。
こう聞くと大変そうに思えるかもしれませんが、心配は不要です。誰でもすぐに取り入れられるテクニックをあなたにだけこっそり教えます。
ポイント

「口下手」でも交渉はうまくいく

■ビジネスもプライベートも交渉だらけ
「交渉」というと、まず思い浮かぶのはビジネスシーンでしょう。
取引先との契約で、相手から情報を引き出しつつ、いかに自分に(あるいは双方に)とって、よりよい条件に持っていくか。こういった場面をイメージする人は多いかもしれませんが、ほかにも交渉が必要になる場面はたくさんあります。

たとえば、上司から振られた仕事を、どう進めるか。なるべく自分に都合のいいように進め、自分に無理のないタイミングで提出したいものですが、それを一方的に主張したら、上司の覚えが悪くなるだけでしょう。
上司がその仕事を自分に振った背景や意図などを踏まえて、進め方や納期をすり合わせていく必要があります。
これは、つまり上司=相手が抱える本音や事情を聞き出しつつ、合意点に持っていくということですから、立派な交渉なのです。
仕事の場面だけではありません。プライベートでも交渉が必要な場面はたくさんあります。
たとえば、休日のデートはどう過ごすか、夏休みの家族旅行はどこに出かけるか、というのを決めるとき。予定を詰め込むか、「何もしない時間」を作ってのんびり過ごすか……。
相手の本音が見えなかったり、意見がぶつかったりしたら、やはり、互いに気持ちよく過ごせるようにすり合わせが必要になります。これだって立派な交渉なのです。
家族旅行の相談をするなかで、お母さんは「子どもたちを自然に触れさせるために、アウトドアで遊べるような場所に行こう」といい、お父さんは「軽井沢の貸別荘に泊まろう」といったとしましょう。
ここで、お母さんは考えました。
「軽井沢にもアウトドアで遊べるところはあるだろうから、夫の案に乗ろう」。ところが、いざ軽井沢の貸別荘に着いてみると、お父さんは、ろくに子どもを連れ出そうとせず、のんびりしているばかりです。
当然、お母さんは納得がいかないでしょう。「軽井沢まで来て、何も遊ばずに過ごすなんて……!」と。
私は離婚の相談も多く受けていますが、こうした不満が積もり積もることが、家庭内不和の一番の原因だったりしますから、「たかが休日の過ごし方」と侮ることはできません。
■発言のなかに隠れた本音を探る
さて、この夫婦は、いったいどこで間違ってしまったのでしょうか。
時計を戻せば、「アウトドアで遊べるところか、軽井沢の貸別荘か」というところで、互いの本音、ニーズをもっと詰めるべきでした。まさに「交渉」が必要な場面だったのです。
お母さんを主人公として考えてみましょう。
自分のほうには、「子どもを自然のなかで遊ばせたい」というニーズがありました。間違いだったのは、お父さんの「軽井沢の貸別荘に泊まろう」という提案を聞いて、「アウトドア遊びができそうだ」と思ったこと。いわば勝手な期待を抱いてしまったのです。

人は「自分にとって都合のいい解釈」をしがちです。しかし、「きっとこうなるだろう」という独りよがりの期待をすると、お互いの認識のずれが生じ、トラブルが起こってしまうのです。
では、どうしたらよかったのでしょう。
お父さんが「軽井沢の貸別荘」を提案してきたのはいったいなぜなのか。発言のなかに隠れた本音を探ればよかったのです。
■たったひと言の質問
そこでひと言「どうして貸別荘で過ごしたいの?」と聞いてみる。「どうして?」は万能の質問です。そう聞けば、「たまの休暇は、のんびり過ごしたいんだよ」という本音を引き出せたに違いありません。
たったひと言の「どうして?」という質問が、すばらしい休日を家族で過ごせる第一歩となるわけです。
しかし、「のんびり過ごしたい」というお父さんのニーズを100パーセント飲んだら、子どもたちを自然のなかで遊ばせることができませんから、こちらのニーズが満たされません。
さあ、ここからは次のステップです。
「そっか、のんびりしたいんだね。
いつもお疲れさま。じゃあ、最初の2日間は思いっ切りのんびりして、あとの3日間は遊ぶっていうのはどう?」

「もし軽井沢に、子どもが喜びそうなアスレチックがあったら、どうかな?」

「もし軽井沢に、よさそうなキャンプ場があったら、どうかな?」
と、理解と共感(労い)を示しつつ、こんなふうに、自分のニーズを満たす案を示していけば、「うーん、それはどうかな」「ああ、それならいいかも」など、何かしら反応が得られるでしょう。
それを見ながら、プランを練っていけばいいのです。
■結果を「肯定」し、「ニーズ」と調整する
ちなみに、いま挙げたように「もし~」と条件を示していくのも、先ほどご紹介した「どうして?」と聞くのも、どちらも交渉テクニックです。
というわけで、適切な交渉を経ていれば、この家族は、誰も不満を抱くことなく、みなのニーズが満たされた楽しい休暇を過ごせたはずです。
「どうして?」あるいは「なぜ」と聞いて、その結果を「肯定」し、こちらの「ニーズ」と調整する。これが交渉の基本形です。多くの人はこれを間違えており、「こちらのニーズ」を主張し、「説得」というかたちで相手のニーズを否定することを「交渉」と呼んでいるのです。
とくに「肯定」の過程は絶対に入れてください。
さきほどの「労い」の部分がこれに該当します。人間の意思決定の大部分は「理屈」ではなく「感情」です。「頭ではわかっているけど、同意できない」とはまさにこの状態です。
だから私は交渉の際には「相手の感情」を重視しています。
「理屈のみに頼った交渉はよい結果につながらない」ことは交渉の心がまえとしてつねに意識してください。
私たち人間は「社会的動物」です。
つまり、絶えず人と触れ合い、協力しながら生活している。そういう存在である以上、探り合ったり話し合ったりして、双方にとっての「最適解」を見つけるというプロセスは、つねについて回ります。
私たちの生活は、ビジネスもプライベートも「交渉だらけ」なのです。
ポイント

疑問、肯定、調整が交渉の基本形

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嵩原 安三郎(たけはら・やすさぶろう)

弁護士

大阪府中小企業青年中央会理事。一般社団法人弁護士EAP協会理事。一般社団法人終活レスキュー協会理事。一般社団法人境港観光協会監事。1970年、沖縄県生まれ。京都大学卒業後、29歳で司法試験合格。2007年にフォーゲル綜合法律事務所を立ち上げる。現在は、協力弁護士も併せて弁護士9名を擁する事務所に成長。全国の損害保険協会で「保険犯罪防止セミナー」を行ない、「交渉で不正を自白させる」方法を指導するなど、セミナー、講演を多数行なっている。また、弁護士による「退職代行」のパイオニアとして、これまで2万人以上を退職させてきた。「情報ライブ ミヤネ屋」「キャッチ!」などテレビやラジオなどのメディアでも活躍中。

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(弁護士 嵩原 安三郎)
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