アメリカ・MLB球団の日本人選手に対する評価が変わってきている。ライターの広尾晃さんは「特に打者への視線が厳しい。
これまで移籍した日本人野手で大谷以外はほとんど期待外れだったからだ」という――。
■日本プロ野球関係者が衝撃を受けた「オフの移籍」
今オフのNPBからMLBへの選手の移籍は、年明けになってようやく決着がついた。
2025年オフ ポスティングでの移籍
ヤクルト 村上宗隆 シカゴ・ホワイトソックス 2年総額3400万ドル(約51億円)

巨人 岡本和真 トロント・ブルージェイズ 4年総額6000万ドル(約90億円)

西武 今井達也 ヒューストン・アストロズ 3年総額5400万ドル(約81億円)
※レートは移籍当時のもの(以下同)

西武の髙橋光成も、ポスティングでのMLB移籍を希望した。3球団からオファーがあったとのことだが、髙橋はオファーを受けず西武に残留が決まった。また、楽天の則本昂大も海外FA権を行使しての移籍を希望したが国内残留を決断している。
メディアは、例によって「日本プロ野球からMLBへの人材流出」を問題視した論調で伝えている。
「日本では絶対に手にすることができない高額の年俸を手にして、優秀な人材がアメリカに行ってしまう」「NPBは、もはやMLBのマイナーリーグになったも同然だ」
しかし、そうした大雑把な論評はもはや的を射ているとは言えないだろう。
実際のところ、NPB関係者は、大きな衝撃を受けているはずだ。
■なぜ鈴木誠也より村上の方が安いのか
ここ5年間にMLBに移籍した主要なNPB選手の契約を見てみよう。
2020年

DeNA 筒香嘉智 タンパベイ・レイズ 2年総額1200万ドル(約13.1億円)

西武 秋山翔吾※ シンシナティ・レッズ 3年2100万ドル(約22.8億円)
2022年

広島 鈴木誠也 シカゴ・カブス 5年総額8500万ドル(約113億円)
2023年

ソフトバンク 千賀滉大※ ニューヨーク・メッツ 5年総額7500万ドル(約100億円)

オリックス 吉田正尚 ボストン・レッドソックス 5年総額9000万ドル(約120億円)
2024年

オリックス 山本由伸 ロサンゼルス・ドジャース 12年総額3億2500万ドル(約465億円)

DeNA 今永昇太 シカゴ・カブス 4年総額5300万ドル(約77億円)
2025年

巨人 菅野智之※ ボルチモア・オリオールズ 1年1300万ドル(約20億円)
※は海外FA権行使、他はポスティングでの移籍

2024年の山本由伸の465億円を始め、100億円を優に超える大型契約が続出していたのが、今回は一気に小粒になった。バブルがはじけたと言っても良いのではないか。
MLBに移籍する選手は「NPB時代の実績」に応じて契約額が決まる傾向にある。

沢村賞とMVPを3年連続で獲得した山本が、他の選手よりもはるかに高額になるのは、そのためだ。
ならば、令和唯一の三冠王になった村上や、本塁打王3回、打点王2回の岡本が、ともに首位打者2回の鈴木誠也や吉田正尚よりも低い契約額なのは、かなり違和感がある。
■オリックスに振り込まれた巨額
ポスティング移籍は、所属していたNPB球団にポスティングフィー(譲渡金)が支払われる。ポスティングフィーは総契約額の一定割合(2500万ドルまで20%、2500万~5000万ドルまで17.5%、5000万ドル超は15%)+出来高の15%を合算して算出される。つまり、MLB球団との契約金が高ければ高いほど、その選手が所属していたNPB球団にお金が入ることになる。
上記のポスティング移籍選手の譲渡金は以下になる。
2022年 鈴木誠也 広島に1462.5万ドル(約17.4億円)

2023年 吉田正尚 オリックスに1537.5万ドル(約21億円)

2024年 山本由伸 オリックスに5062.5万ドル(約70.9億円)

2024年 今永昇太 DeNAに982.5万ドル(約14.2億円)
オリックスが全選手に支払う年俸の総額は毎年40億円前後。単純計算ではあるが、吉田、山本のMLB移籍によってその年俸総額の2倍超の譲渡金を得た計算だ。
オリックスは2024年に西川龍馬、25年に九里亜連と、共に広島の主力選手をFAで獲得。その上、ベネズエラ代表として2023年のWBCに出場したマチャド、エスピノーザという大物外国人選手を獲得した。この軍資金が、2人のスター選手の譲渡金だったのは間違いないところだ。
■ヤクルトに入るのは山本の7分の1
しかし今年の移籍選手の譲渡金は、
村上宗隆 ヤクルトに657.5万ドル(約10.3億円)

岡本和真 巨人に1087.5万ドル(約17億円)

今井達也 西武に997.5万ドル(約15.6億円)
程度になる模様だ。

円安が進んでいるので、円換算では少しアップしているが、球団の皮算用とはかなり開きがあるのではないか。
なお、今井に関して、契約は3年総額5400万ドルとなっているが1年ごとにオプトアウト(契約破棄)条項がついている。ダメなら1年目、2年目でも契約を切られる可能性がある。
先にオリックスの例を挙げたが、それ以前からポスティングによる譲渡金は、球団経営を大きく潤してきた。
2007年、松坂大輔が西武からレッドソックスに移籍した際に西武は5111万1111ドル11セント(約75.9億円)の譲渡金を得たとされる。西武はこの資金で、球場の改修やファンクラブのサービスを充実させるなど営業面を強化したという。
2011年、ダルビッシュ有が日本ハムから移籍した際には日本ハムは5170万3411ドル(約76.8億円)の譲渡金を得た。球団は二軍本拠地である鎌ヶ谷球場や周辺施設の大改修を行ったとされる。
西武は、今季、DeNAから桑原将志、日本ハムから石井一成と2人のFA選手を獲得するなど、珍しく強気の補強をしたが、今井、髙橋の譲渡金を期待する部分もあったのではないか。
■なぜ契約金が低かったのか
問題は、今年のMLB移籍選手の契約金額が予想外に低かったことだ。これはなぜなのか。
投手の今井に関しては、一部に山本由伸に次ぐ大型契約を結ぶのではないかと言う報道もあったが、今井のNPB時代の成績(58勝45敗、防御率3.15)は、今永昇太(64勝50敗、防御率3.18)とほぼ同じレベルであり、妥当な線ではないかと思われる。

また髙橋は、奪三振率が低く、制球力もいまひとつで、打たせて取るタイプの投手だった。同じタイプの上沢直之(現ソフトバンク)が芳(かんば)しくない契約をオファーされたのと同様、髙橋にも良い条件提示はなかったと考えられる。
では、村上宗隆、岡本和真というNPBを代表する2人の強打者の評価が低かったのは、なぜなのか。
これは、近年、NPBからMLBに移籍した打者のほとんどが、期待を裏切っていることが大きいだろう。
■村上より岡本の方が高評価だったワケ
OPS(出塁率+長打率)は、MLBでは.700で並みの選手、.800で中軸打者だといわれる。この4人の中で鈴木だけが中軸打者だといえる。
WARは、リーグの標準的な選手を0.0とし傑出度を見る指標だ。筒香と秋山はこれがマイナスになっているから「標準以下の選手」という評価だった。
鈴木のWARは年平均で3弱になるので中心選手クラス、吉田は1弱だから「標準より少し上」という評価だった。
ちなみに大谷翔平のWARは25年だけで6.6だった。
4人のWARが低かったのは、打撃成績だけでなく、守備の問題もあった。
筒香、吉田の外野守備は早々に「失格」の烙印を押された。
筒香は内野、DHも含めていろいろなポジションをたらいまわしにされた。吉田はDHになった。
秋山は外野守備では一定の評価を得ることが出来たが、本塁打0と長打がないことが問題視された。
鈴木は、右翼守備でそこそこのパフォーマンスを見せたが、他の打者との兼ね合いもあって25年はDHになった。
結局、NPBからMLBに移籍した野手は大谷翔平を極端な例外として、存分に期待に応えてきたとは言い難い。特に、筒香、秋山、吉田と「左打者」は、MLBの投手に対応できていない。三冠王をとって、年齢も若い村上宗隆が、契約年数と総額で岡本和真を下回ったのは、彼が左打者だからだろう。
■岡本が直面する厳しいレギュラー争い
村上の入団が決まったシカゴ・ホワイトソックスは、アメリカン・リーグ中地区最下位。2024年は、20世紀に始まった近代MLB史上最悪の121敗を喫した。また23年から3年連続で100敗以上となっている。
25年の年俸総額は6343万ドル(約95.1億円)で、30球団中28位。2年51億円の村上は、恐らくチーム1の高給取りになるだろう。
チーム編成は今季も期待できなさそうなので、7月には解体モードになる可能性が高い。
2年契約の村上は、来年(27年)のトレード期限である7月末で、他球団に放出されることになろう。その時までにどれだけ好成績を上げるかがアメリカに残れるかのカギとなる。
ただチームはペナントレースからは早々に脱落するはずなので、少々成績不振でもスタメン落ちはしないと考えられる。
これに対し、岡本が入団するトロント・ブルージェイズは、アメリカン・リーグ東地区でニューヨーク・ヤンキースと激しい首位争いを演じた。94勝68敗の相星で、直接対戦で勝ち越したブルージェイズが地区優勝となった。ワールドシリーズに進出し、ドジャースと球史に残る大激戦を演じたのは記憶に新しい。
25年の年俸総額は2億4206万ドル(約363億円)で、30球団中5位。今年も激しい競り合いが予想される。現時点でのロースターには、一塁には絶対的な中軸打者のゲレーロJr.がいる。26年の年俸は4021万ドル(約60.3億円)。右翼、DHには年俸2416万ドル(約36.2億円)のジョージ・スプリンガー、三塁にはアーニー・クレメントもいるので、岡本のレギュラーは保障されていない。

■MLBに移籍する選手の最大のネック
岡本は、入団早々厳しい競争に巻き込まれそうだ。
できれば開幕早々に結果を出して、チームに大きなインパクトを与えるべきだろう。
村上も岡本も打率ではなく、30本塁打、OPS.800が求められるところだ。
NPBからMLBに移籍してメジャー契約すれば、NPBにいては一生手に入らない高額年俸を手にすることができるのは事実ではあるが、MLBサイドも徐々にNPB選手、とりわけ「打者」をじっくり見極めつつある。
端的に言えば「誰もが大谷翔平ではない」ということだ。
とりわけ「守備」は、NPBからMLBに移籍する選手の最大のネックになっている。人工芝でイレギュラーが少なく、腰を落としてじっくり打球を処理する日本のフィールディングはMLBでは通用しないのだ。
投手に関してはNPBとMLBは、ある意味「交換レート」ができているので、これからも人材流出は続くだろうが、野手に関しては安易な意識での移籍は、もはやないと考えるべきではないか。
移籍だけを考える必要はないとは思うが、NPBの野手は、さらなる進化が求められている。

----------

広尾 晃(ひろお・こう)

スポーツライター

1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

----------

(スポーツライター 広尾 晃)
編集部おすすめ